マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

こんにちは。海外添乗員のマスター・ツートンです。天使の添乗員です。

長年している海外添乗員という仕事の中で、経験したことを、ドキュメント小説風にシリーズとして書き上げていきます。

海外旅行好きの方、旅行や添乗のお仕事に興味のある方は、ぜひお立ち寄りください。時には、旅の情報も載せますよ。

コメントはお気軽に。返信は必ずします。ただし、誹謗中傷や内容に関係ないものは、ただちに削除いたします。

登場人物

 

N美

いよいよ特訓が始まった。この日は、立ちっぱなしのトレーニングに、涙を浮かべながら堪えた。

 

マスター・ツートン

逃げなかったN美はえらいけど、この状態から逃げなかった自分も、少しはえらいと思っている今日この頃。

 

マネージャー

まさか本当にN美を教えるとは!と驚いていたが、教え始めた頃の厳しさには、もっと驚いていた。

 

社長

上に同じ。この日、特訓の様子を一番気にしていたのはこの人。

 

営業くん

高校までサッカー部だっただけあって、礼儀には厳しい。僕にも、いつだって礼儀正しかった。

 

 

この年の年末年始の仕事は、アルゼンチンとブラジルだった。イグアスの滝で、激しい水しぶきとマイナスイオンを浴び、リオデジャネイロでは、コルコバードの丘とコパカバーナビーチで美しい海を目に焼き付けて、ツアーを通して美味しいビーフを食べまくって帰国した。なんだかとても順調なツアーで、帰国までずっと、頭の中でサンバが鳴り響いていたような気がする。

 

家に帰ってからは、2日後に控えたN美との二度目の研修のことを考えていた。とりあえず、初回から二週間あった。与えた課題は、再集合の案内をすらすら言えるようにすること。それほど難しくはない。たかだか3~4分の案内を言えるようにするだけだ。一日一回練習するだけでも上達する。十分な時間はあった。

 

一方で、もし、進歩した様子が見られなかったら、これ以上続けるのはやめようとも思っていた。

 

待ち合わせ時間になり、N美がオフィスに入ってくると、僕の傍にして座って挨拶してきた。

 

「よろしくお願いします。」

 

「・・・(新年の挨拶しろよと思いながら)あけましておめでとうございます。」

 

「あ・・・おめでとうございます。」

 

「N美さん、今年会社来るの初めて?」

 

「え?はい、そうですけど。」

 

「じゃ、社長と内勤の人にちゃんと新年の挨拶をして来て。常識だから。」

 

「・・・・・・はい。」

 

N美は、まるで反抗期の中学生のように「かったるい」というような態度で(本人がどう思っているかはともかく、僕にはそう見えた)挨拶に回って戻ってきた。初期のN美には、社会人になってから2年近く経っているとは思えないような非常識さが目立った。その理由は後から分かってきて、少し指導法を変えるのだが、この時は、ただの「ゆとりな非常識」だった。

 

さて、挨拶を終えて、新年最初のレッスンだ。非常識な態度とは対照的に、彼女の再集合の案内は、年末時よりも遥かに上達していた。所々つっかえるし完璧ではないが、案内としては成立していた。

 

「よし、次は立ち上がって本番を想定してやってみよう。」

 

僕は、N美をオフィスの中で立たせて同じことをさせた。

ここで、当時の派遣元のオフィスの構造を知らせておきたい。下の写真の通りだ。


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部屋の奥行きは、おそらく1213ⅿほど。幅が7~8ⅿくらいか。写真の見取り図よりは多少細長かった。入ってすぐにコピー機があった。添乗準備のためのコピーは、無料でし放題。そのすぐ奥は、添乗員の作業スペースになっていて。長いテーブルが3つ並んでいた(見取り図には4つ書いてしまったが間違い)その奥は、内勤者用のデスクがあった。全部で6席あったが、スタッフは4人。残りのデスクのうち、一つは添乗員の席が足りない時に使われたり、時々雇われる短期のアルバイトが利用したりした。もう一つには、添乗員用のパソコンが備え付けられており、皆で交替で利用した。一番奥には社長席があり、社長様が魔王のようにかけており、窓の傍には応接用のテーブルがあった。接客、会議、内勤の人たちのランチやテーブルが足りない時は、ここでレクチャーも行われた。また、添乗資料は、本棚にたっぷり入っていた。

 

なお、入って右側から社長席の背後までは、全部足元近くから天井すれすれまで窓だ。オフィスは10階にあるから、隣にビルがあっても、そこそこ景色はよかった。右奥のスペースからはスカイツリーも眺めることができた。はっきり言って、ドラマに出てくるようなシチュエーションで、みんな満足していた。よその派遣元から移籍してきた人は、まずこの環境に、声をあげて喜んだものだった。

 

オフィスは、ワンフロアぶち抜きで一部屋だけ。他には使えるところはどこにない。つまり、N美が立ち上がって、本番を想定して再集合のトレーニングをする時は、ここでやらなければならなかった。会議室などないのだから。

 

写真の中に書いたABに立たせてやることが多かった。社長がいて、内勤スタッフが皆いて、時間によっては添乗員の出入りが多い。N美は、添乗員トークのトレーニングをこういう環境で行った。普通の会社で言ったら、若手社員に初めてのプレゼンの練習を、大勢の社員がいるオフィスの中でやらせるようなものだ。これは精神的にかなりプレッシャーだったと思う。いろいろとうるさい今なら、やり方によってはパワハラにだってなりかねない。

 

だが、ここしか場所がないのだから仕方ない。この日はAの場所に立たせて、再集合の案内をやらせた。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

「あー!待て。早口過ぎる。早く終わらせようとするな。聞き取れなかったら、何度でもお客さんから同じことを質問されるぞ。最後まで丁寧にやれ。最初からやり直し。」

 

「ほら、また同じところで噛んだ。どうして同じところで間違える?自分で書いたものを読んでるんだろう?ノート見せろ。・・・ここで間違えるんだから、マークしておけ。それと全文を、こんなにつなげて書いてるから、一度目を離すと、どこに視線を戻すか見つけられないだろう?次からはその辺を考えて書け。」

 

「はい。また同じところで噛んだ。最初からやり直し。」

 

この日は徹底的に追い込んだ。この状況に慣れていない内勤の人たちは、時々こちらの様子を伺っている。オフィスにやってきた添乗員たちも「なにが起こっているのか?」という感じで観察していた。時計を見ると、一時間半経っていた。彼女はその間、ずっと立ちっぱなしで同じ案内の練習を続けて、しかも最後までたどり着けないでいた。

 

この環境だ。集中しにくいのは分かる。でも、練習場所はここしかない。これに慣れるしかない。慣れていきながら、与えた課題をできるようにもしなければいけない。

 

必死にやっているのは分かる。集中力が少しずつ高まり、だんだん研ぎ澄まされているのも分かった。たどたどしい部分はあるが、たった90分で格段によくなっていた。それから15分ほどして、ようやく最後までたどり着けた。

 

「よし!10分休憩。そのあともう一回やるよ。」

 

「まだやるんですかー・・・。」

 

「やるよ。嫌ならやらなくてもいいけど。そのかわり、もう二度と教えない。」

 

「・・・・・・やります。」

 

10分休憩後に始めると、N美は、またもや、この日何度も間違えた場所で噛んだ。さすがに疲れてきたのか、そこで止まって少し涙ぐんでいる。

 

「N美、ノートを閉じて。」

 

「え?」

 

「ノートを閉じて。もう一回やり直し。」

 

「・・・え?でも・・・」

 

「ここ数回はノートをほとんど見てないじゃん。疲れてきて目が文字を追えてない。うまくできてないところだけ文字を追おうとするから、余計に間違えるんだ。ほとんど見てないってことは、もうこの案内は、君の頭の中に入ってるんだよ。」

 

「そうかなあ・・・。」

 

「そうだよ。読んで声を出すってことは、目で追う作業と、声を出す作業を両方やってるから、これは疲れるよ。内容が頭に入ってれば、声を出すだけのほうが楽だよ。やってごらん。」

 

手元にノートがない不安のためか、うまくできたものの、少し間違えた。

 

「もう一回やってみよう。せっかくだから、できるようになって終わろうよ。」

 

顔にはっきりと疲れが出てきたN美。でも、最後に踏ん張り、ようやくノーミスでやり切った。

 

「よし!完璧。今日はこれで終わり。どう?初日のグループの動きが、自分の頭の中で整理されてるのが分かる?」

 

「・・・なんとなくわかります。」

 

「なんとなくか()。それと、こういうのは続けてやったほうがいいんだ。明日も来れる?」

 

「明日もですか・・・」

 

力のない声を出したうつむくN美。

 

「そう。明日。だめなら僕が添乗出た後だから2週間後になる。」

 

「2週間・・・・・・じゃあ、明日来ます。」

 

「こら!『明日もお願いします』だろ!」

 

営業くんが突っ込んだ。まあ、今は疲れてるし大目に見よう。これだけ多くの人に見られながら、しかもあれだけダメ出しをされながら、二時間乗り切ったのだから。

 

N美はこの日、真っ白な灰のように燃え尽きて帰っていった。

 

彼女がオフィスを出てすぐに、社長が僕に突っ込んできた。

 

「お前、厳しいなあ。」

 

「うーん。厳しいですねえ・・・」

 

マネージャーが同意した。

 

「明日もって、あいつ明日来るかなあ?泣いてたぞ。」

 

社長が心配している。マネージャーは苦笑いしていた。

 

「来なかったらそれで終わり。でも、来ますよ。」

 

かなり疲れて大変な思いをしたことは間違いない。でも、少しは自分ができるようになった実感はあるはずだ。それに、前年あれだけ干された状態だったにも関わらず、派遣元を去らなかったくらいだ。そこまでして添乗員をやりたいなら、今の状況は、これまでに比べて相当マシだと感じているはずだった。

 

翌日、N美は、前日よりも少し緊張した表情で現れた。

 

やはり来た。今考えてみると、最初に見つけた彼女の取り柄がこれだった。時々弱気なところはあるが、彼女は決して逃げなかった。

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カッパドキアのウチヒサール
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登場人物

 

N美

やっと、ツートンと出会えた究極のへっぽこ添乗員。これより下のレベルはないというところから、いよいよ研修が始まった。研修というよりも訓練。いや、特訓。

 

マスター・ツートン

この時点は、N美と出会わなかったほうがよかったと思っているマスター(教官)。それを一番強く思ったのが、この日だった。

 

マネージャー

派遣元の敏腕営業マン。この時点でN美のことはまったく買っていない。

 

営業くん

セクシーな声で、まったく添乗していないN美を忘年会に呼び出したが、彼女のおかげで取引先からは、けっこう嫌味を言われていた。だからこの時点では、これ以上N美には添乗してほしくない。

 

社長

派遣元の創業者。N美の指導をツートンに頼んでおきながら、1週間も経たないうちに忘れていた不届き者。

 

S子さん

派遣元の教育係。少し前までは添乗員だった。それも凄腕の。

 

 

初めての研修は、クリスマス前に行われた。

年末年始ツアーの準備に入る前だった。N美は、ある旅行会社でアルバイトをしていたので、開始は夜の7時前後になった。

 

当時のオフィスは、内勤の誰かが、必ず夜の8時くらいまでは残っていた。派遣元にはレクチャー制度というものがあり、訪問経験のないツアーが割り当てられた時、経験者から教えを受けられることになっていた。そのスケジュール合わせが中々大変で、オフィスが開いている時間をそこまで伸ばさないと、調整が不可能だった。

 

N美が来る前に、マネージャーに彼女のこれまでのデータを見せてもらった。前にも書いたが、散々な結果だ。自分になりに分析していると、なんだか妙なマネージャーの視線を感じた。

 

「なに?」

 

「いや・・・あのさ、本当にやるの?N美を教えるの?」

 

「そのつもりだけど。だめなの?」

 

「いや、別に。・・・・本当にやるんだってさ()

 

話しを振られた営業くんは、目だけこちらに向けて、

 

「よろしくお願いします!」

 

と、半分からかうような感じで言ってきた。なんなのだこの空気は?

 

そのうち外出先から社長が帰ってきた。

 

「おお!ツートン。どうしたんだ今日は。年末ツアーの打ち合わせ帰り?」

 

「いや、この前言われたとおり、N美にいろいろ教えようかと。今日は初日です。」

 

「・・・・・(なにか思い出してる仕草)・・・ああ!あれかあ。本当にやるのか?」

 

みんな揃ってなんなのだ?社長なんて、僕に「やれ」と言った張本人ではないか。だんだんイライラしてきた。

 

やがてN美が現れた。朝からフルタイムでアルバイトをして馳せ参じたせいか、少し顔が紅潮していた。或いは緊張していたのかもしれない。簡単に挨拶した後、いよいよ研修開始だ。

 

「とりあえず悲惨な結果は見た。添乗で一番苦労してるところってなに?」

 

「うーん・・・。」

 

「なにか、これを教えて欲しいとか、希望はある?」

 

「うーん・・・ないです。」

 

「!!・・・ないの?」

 

「・・・ないっていうか、わかりません。」

 

ひょっとして、こいつは何もわかってないのか?と思いながら、彼女に最初の課題を出した。

 

「座ったままでいいからさ。再集合の案内をやってみて。設定はこれね。トルコ航空のこの便で何時出発ということで。」

 

最近は流行らないが、かつて、2005年くらいまでは、空港の受付時に再集合というサービスがあった。当時は、大半のお客さんが旅慣れていなかったため、チェックイン後にもう一度ご集合していただき、出国や手荷物検査の案内、搭乗口のお知らせ、現地までの所要時間、時差、現地通貨の両替など、すべてそこでご案内していた。

 

今は、お客さんが旅慣れているし、再集合を設定しても来ない方が多くなったため、それに該当するものを書面で渡して、各自で搭乗口に向かっていただくことが大半だが、添乗員研修の時は、今でも再集合の案内を言えるように訓練することがある。出発日の空港での動きを覚えるのにちょうどいいのと、多人数のお客さんの前で、声を張って案内をするトレーニングに適しているからだ。

 

「・・・・・・。」

 

「どうしたの?始めていいよ。」

 

「これから乗る飛行機ですが・・・」

 

「ちょっと待って!最初の研修で教わった通りにやって。自己紹介からでしょ?」

 

「あ、はい・・・。N美です。今日これから乗る飛行機は・・・」

 

「ちょっと待って!」

 

内勤者がいるテーブルに視線を送った。マネージャーは、ほんの少しあきれた笑みを浮かべていた。営業くんは、自分の仕事に集中して聞こえていない(フリをしていたと思う)。僕に背中を向けて固まっていたのがS子さんだ。彼女は、かなり実力を持った添乗員だったが、この1年ほど前から内勤になり、添乗員の教育係をしていた。N美の研修も彼女が面倒を見ていた。

 

「添乗員がいる意味がなかった。」N美が最後に出た添乗で、あるお客さんがアンケートに記入したコメントが頭をよぎった。

 

「再集合の案内忘れちゃった?手本を見せてあげる。」

 

「みなさん、おはようございます。この旅はT社のトルコツアー8日間にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。私、本日から帰国までご案内いたします、添乗員のツートンです。どうぞよろしくお願い致します。

 

さて、本日の流れにつきましてご案内申し上げます。皆さんがこれから利用される航空機は、トルコ航空のTK○○便です。・・・・・・・・・」

 

一通り終えると、「おお!」とN美は感心して拍手までしてきた。

 

「いや。君がやるんだよ。」

 

僕は、N美に案内すべきことを箇条書きさせた。そして、再度同じことをやらせた。

 

「みなさん、おはようございます。この度は、T社トルコ旅行に参加・・・していただ・・・いただいてありがとうございます。私、添乗員のN美でございます。みなさんが利用する航空機はこちらでございます。TK○○便でございます。」

 

「ちょっと待って!」

 

無茶苦茶だった。

 

「むやみに『ございます』を連発しなくていいよ。変だ。悪いけど日本語になってない。もう一度・・・いや、いいや。」

 

僕は、細かく一言一句を指示しながら、1時間ほどかけて再集合の案内を書き取らせた。そして、今度はそれを声に出して読ませた。不思議なもので、N美が自分で書いた文字であって文章なのに、何度も何度もつっかえた。きちんとした敬語を話せないことは分かった。読めないことも分かった。この辺りは、自分でなんとかしてもらうしかない。

 

「あとは年明けにしよう。僕が帰国して、えーと・・・6日ね。6日に来て。時間は今日と同じ。今書いたものを、ちゃんと練習してきて。何度も何度も。諳んじるくらいに。」

 

「諳んじるってなんですか?」

 

「覚えること。暗記するくらいにね。」

 

「え・・・?」という感じで、自分で書いた文章を見入るN美。

 

「そこを覚えてこないと、先はないから。」

 

こうして最初の研修を終えた。帰り道、マネージャーと社長の「本当にやるのか?」という言葉が何度も頭の中でこだました。いや、二人だけじゃない。もう一人の声も聞こえる。僕自身の声だ。

 

「本当にやるのか?できるのか?」

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トルコのカッパドキアより。外見はロマンチックな洞窟ホテル。中も素敵ですけどね、まあいろいろあります。


今年の3月。現時点で最後の添乗から帰ってすぐ、僕は父親を亡くした(本編㉒参照)。

その後、母親も体調を崩して入院した。

 

僕は東京で暮らしていて、実家は栃木だ。母は退院できるまで回復しているが、世間がこんな状態だし、今はどこよりも病院が安心だから、そのまま入院させてもらっている。療養型というのは、そういうところがありがたい。最近は、予約制で面会も可能になった。

 

父の新盆と母のお見舞い。ふだんなら絶対に帰省するところだ。でも、今回はさすがに中止すべきか悩んだ。

 

我が家は、昔からお盆という行事を、とても大切にしてきた。社会人になってからは、僕の仕事の都合もあって大目に見てくれていたが、さすがに実の父親の新盆に行けないのは心苦しい。母の見舞いに行けないのも、とてつもなく親不孝な気がした。でも、今は歴史的事態だ。

 

そんなことを考えていた7月下旬。母親が入院していた病院から連絡が来た。

 

「ご予約いただいたお母さまの面会の件なのですが。」

 

「僕は、東京に住んでる兄のほうです。弟が予約したのだと思いますが。」

 

「ええ。そうです。弟さんから聞いてないのですか?それならこちらから直接お話しします。面会をされるなら、その二週間前からこちらに帰省されて、検温などの体調管理をなさってください。その間に問題なければ、面会にいらしていただいてけっこうです。」

 

「え?いいんですか?」

 

「今、こちらが申し上げたことを守ってくだされば。それにお父様の新盆でしょう?帰省するべきなんじゃないですか?」(父はこの病院で亡くなった)

 

母親が入院してからしばらく、着替えを持って行ったり取りに行ったりした時、きちんと消毒などして病院側が言うことに、ことごとく協力していたため、思った以上にスタッフたちと良好な関係を結べていたらしい。気を遣って面会に来れないならかわいそうだということで、電話をくれたようだ。もちろん、コロナ禍の中で譲れない条件はあるから、それは絶対に守らなければいけない。

 

4月にこちらに帰ってきた時よりも、僕自身神経質になっている。スーパーは、朝の開店直後か夜の10時過ぎに行く。人がほとんどいない時間帯を狙う。日中は家にいる。実家には風呂、トイレ、キッチンが一階の東西に別々にあり、他の家族とは完全に隔離生活している。夕方、陽が沈む前、誰もいなくなった近くの山を歩く。ヒグラシの鳴き声が響く山の中を歩くのが唯一の楽しみだ。

 

自分自身のことをウィルス扱いしてるようで、ちょっと悲しい時もあるが、優しい提案をしてくれた病院には感謝したいと思った。お盆までは長いけど。

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日が暮れる前の山頂にある神社。ヒグラシの鳴き声とあわせて怖い。人がいないからもっと怖い。でも、行くたびにお参りしてます。打倒コロナ!と。



登場人物

 

N美

この物語の主人公。ヒロイン。添乗に出たくてもがいている。いや、この頃はもがき方さえ知らなかった。

 

Y子さん

当時からN美の面倒をよく見ていた、ある意味姉御。頭脳明晰で知識豊富。訪問国数は100を超える超ベテラン。

 

営業くん

当時の派遣元で2人しかいない営業の一人。声がダンディー。

 

社長

派遣元の創業者。この人の経営力と営業マンのセンスで、当時の派遣元は小規模ながらもやっていけていた。忘年会の時は、最初だけホスピタリティーを見せて、その後は自分が楽しむタイプ。

 

マスター・ツートン

このブログの作者で、N美の師匠。長らくお待たせしました。ようやくN美と会話を交わしました。

 

 

「こんなことで辞めるの?」

 

Y子さんからかけられた言葉は、N美の中で鮮明に残っている。少なくとも、添乗員をあきらめずに続けるきっかけとなった。「辞めなくてもいいんだ。」そう思ったN美。後輩思いの先輩が、かっこよく励ましたように見えるこの会話。

 

しかし、Y子さんのニュアンスは、N美が感じたものとは、少し違う。

 

「当時はね、みんな忙しかったし、いろいろな取引先で仕事をしていたから、いろいろやらかしちゃうことも多くて、一人一社くらいの出入り禁止って、別に珍しくなかったのよ。だから、たった一社で辞めるというのは、どうかと思ったの。」

 

念のため申し上げるが、これはあまりの多忙さ故、感覚が麻痺している時の状態であって、たとえ一社でも出入り禁止はよくない。が。ここは聞き流すとにする。みなさんも読み流そう。

 

「それにまあ、N美がへっぽこ添乗員というのは分かってたのよ。つまり、あの出入り禁止は、単純に技術的な問題であって、彼女の性格や人格の問題じゃなかった。お客さんにあり得ない暴言を吐いたとか、お金の横領などの犯罪めいたことが絡んでいたわけでもない。技術面だけなのよ。そんなもの、磨けばいいだけの話じゃない。」

 

N美を守るというよりも、「客観的で冷静な意見」だったが、N美が感じたのは「先輩の愛」だった。

 

二人の会話が、2012年のいつ頃だったかは、N美もY子さんも覚えていない。ただ、タイミング的にはC社から出入り禁止を食らってから間もない時期と思われる。おそらく初夏くらいだろう。

 

残る決心をしたはいいが、「いても意味がない添乗員」のN美には、当然仕事が回ってこない。「私、本当に派遣元に所属しているのかしら?」という状態が続く。そのうち、派遣元とは関係ないところで、ある旅行会社のアルバイトを始めた。安いフリーター並みだったが、収入は確保した。

 

派遣元の「は」の字さえ忘れそうになっていたN美のところに連絡が来たのは、12月になってからだ。

 

「久しぶり。元気?忘年会おいでよ。」

 

と、電話口で営業くんから、とびきりの美声で誘われたという。

 

「なんで添乗に出ていない私が忘年会に出るんですか?」

 

「たまには顔見たいじゃん。」

 

言うまでもなく、人数合わせのためのお誘いだった。この派遣元の忘年会は、ひとり三千円で有料制だった。そのかわり、内容はわりと豪華で、屋形船だったり、マジックショーつきのダイニングバーだったり、とにかく楽しませてくれた。一度だけ、六本木ヒルズのパーティールームで行われたこともある。高くつく忘年会の費用を、「大半会社が持つから少し払ってね」というものだった。

 

ふだん一人で仕事をしている添乗員が、みんなで集まって騒げる機会はめったにないから、忘年会はとにかく楽しい。おまけに楽しい演出つきだ。添乗員は女性が多いが、この派遣元は特にその割合が高いから、男性の僕からすると盛り上がり方が異様に感じた。

 

二次会にもなると、さらにすごいことになる。ストレス発散なのだろうが、笑い声だったり叫び声だったり、あちこちで核爆発が起きていた。

 

僕は、たまには社長とお話しようと正面に席を移した。彼はN美と話していた。

 

「お前、そこまでして添乗に出たいのか。しょうがねえなあ。それなら・・・あ、ちょうどいいや。ツートンに、いろいろ教えてもらえ。」

 

「え?教える?」

 

「おお。ツートン。こいつ、添乗出たがってるんだけど、全然だめなんだよ。いろいろ教えてやってくれ。」

 

社長は、そう言いながらさっさと別の輪の会話に加わってしまった。はっきり言えば、その場でのN美との話を押し付けられた。

 

「久しぶり。」

 

「・・・・え?」

 

「去年の忘年会の時、屋形船に乗る前にY子さんから紹介されたんだよ。覚えてない?」

 

「いえ。覚えてないです。」

 

「・・・そう。まあいいや。添乗出たいの?」

 

「はい。出たいです。」

 

「本当に教えて欲しいならやるけど・・・本気?」

 

彼女は声を出さずに頷いた。この時の彼女の第一印象は「人見知り」だった。N美自身も当時の自分のことをそうだったと言っている。このシリーズで、ここまで書いた彼女のヒストリーを、この時僕はなにひとつ知らない。ただの人見知りな若い女性だった。

 

年末年始のツアーが始まる直前、最初のレッスンが行われたのはその翌週だった。


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パムッカレ。すっかり水量が減ってしまったが、晴れればご覧の通り美観。

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なお、近郊の洞窟に石灰棚があり、こちらは現在も水をたたえている。










GO TO トラベルキャンペーン」に関しては、人によってかなりの温度差があると言われているが、僕に言わせてみれば、捉え方の違いだと思っている。

 

一般の人々、つまり利用する立場の人たちにとっては、いろいろ変更があったり、不徹底があったり、政策として優れているかと言われたら、頷けない事柄が多いのは確かだ。

 

だが、受け入れる側に立ってみると、旅行者が来てくれるための大切なきっかけであり、手段でもある。観光地の経済対策ではあっても、景気対策ではない。一番ピンとくるのは救済策という言葉だ。

 

利用する側から受け入れる側へ気持ちを移すと、しっくりくるものもある。

 

“感染者が増えてきたなあ・・・。ここでキャンペーン終わって欲しくないなあ。やっと予約が入ってきたのに。このままいけば、とりあえず当分はしのげる。”

 

“え?東京除外?・・・痛いなあ。でも、誰も来ないよりはましだ。いや、少しでも来て欲しい。お願い。このまま少しでも来てくれ。そうでなかったら、コロナに感染しなくったって我々が死んでしまう。”

 

「こんないびつな政策に意味があるのか?そこまでしてやる必要があるのか?」と言われたら、それでも意味はあると主張しよう。そこまでしてやらないと、死んでしまう業者がたくさんあるのだ。

 

「感染が広まったらどうするんだ?」と訊かれたら、「それそれ、これはこれ。」とこたえよう。感染を抑える前に倒れてしまう業者がたくさん出てくる。今を生き抜かなければ、コロナ後もない。

 

GO TO トラベルキャンペーンは、良策ではないかもしれない。でも、政府が無策だと一貫して非難される中で、いびつであっても、遂行されようとしている数少ない策のひとつだ。少なくとも、旅行の現場では必要な策なのだ。

 

このキャンペーンを非難する報道があった時、旅行会社も一緒に非難しているシーンがあった。東京除外や団体旅行に対する規制などで、不徹底が横行して混乱したためだ。政府の不徹底を叩くのは構わない。でも、「それでも来て欲しい」とか、「なんとか対応します」などの態度は見られなかった。不徹底を叩くのでなく、メディアと一緒に政策を叩こうとしているように見せていた報道もあった。

 

違う。旅行会社が最終的に言いたいのはその先だ。「それでも来てください。」という言葉だ。なぜそこまでテレビで映してくれない。

 

昨日、8/5のニュースで、旅行業界のお偉方が小池都知事と面会するシーンが流れた。そこで都知事にお願いしていた。

 

GO TO トラベルキャンペーンに、東京都で参加してください。お願いします。」

 

国の政策について都知事に懇願?小池さんがお願いしてOKが出たとして、政府が動いてくれるのか?いや、まずは都知事の意向ということか。まあ、細かいことはさておき、

 

あー・・・やっと流れた。業界の人々が、助けを求めるシーンがやっと流れた。その是非はともかく、これまで議論の的にさえならなかった旅行業の窮状を初めてメディアで語れた。

 

政治の総論は、各論のぶつかり合いだ。各論同士が矛盾することは珍しくない。その中で、自分の居場所となるところは、自分で主張して守らなければいけない。

 

それにしても・・・海外はまだまだ遠いなあ・・・。

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隅田川沿いの摩天楼。いつもきれいな風景を見せてくれます。

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