http://mastertwotone2020.livedoor.blog/archives/14390127.html

(これまでの登場人物は、こちらでご覧ください。)
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「あー・・・嫌なもの見たな・・・。」

食事が終わって客と一緒に歩いてホテルに戻りながら、匡人は思っていた。

なぜ、あのようなことになったしまったのか、彼に並んで質問してくる人がいた。「彼女に他意は全くなかったが、『痛恨の不徹底』が祟ってしまった」と説明すると、深く頷いた。

「経験だね。」

「え?」

「経験だよ。自分に自信がないから、大切なことを指示なしでは言えなかったのさ。巴さんは、昨日は東京から指示をされる前に、私たちに知らせてくれたのだろう?あれはよかった。私たちが落ち着いていられるのは、あんたの初動が正しかったからさ。」

「ありがとうございます。」

「経験があればね、適当なことを言ったって、客は信用するしね。嘘だと分かっていて『このやろー』とか思っても、なぜか突っ込めないことがあるもんだよ。」

「そうなんですか?私は、適当なことを言ったことがないから、そのあたりはよく分からないなあ。」

匡人がシレッと言うと、「ほらそこ!そういうところだよ。さすがだねー。」と、なぜか満足気に笑いながら客は離れていった。

今回の経緯は、ホテルに帰ってすぐ杉戸に報告としてメールを打った。旅行会社が別とは言え、同じ派遣元の添乗員のピンチだからだ。

朝起きると返信が来ていた。

 

「同じ件で雪輪からもメールが来ていた。最初、ディナーで巴君が立ち上がった時に、雪輪の客に地震のことを知らせに行ったと思ったらしいから、そこは誤解を解いておいた。既に一部の客が把握していたという時点でアウトだしね。

君からのメールをそのまま転送してアドバイスをしたよ。彼女のグループは、前日の深夜にリスボンに着いて、その次の日にいろいろ見ながらナザレに移動したから、なかなかお伝えするタイミングもなかったらしい。優秀な子なんだけどね。今回は、少し経験不足だったかもしれない。

それよりも、問題は、彼女のツアー担当が大山ってことだよ。嫌な予感がする。」

 

「大山か・・・。」匡人は、朝から嫌な気分になった。旅行会社の担当者にもいろいろいるが、添乗員にしてみると、彼は最悪の担当者の一人だ。現場の添乗員の意見に耳を傾けないで、いちいち細かい指示を出す。にもかかわらず、それがうまくいかないと、すべて添乗員の対応が原因として上に報告する。強気に媚びて弱きを挫くようにしか見えないタイプだ。

もし、元子の対応について、客の誰かがアンケートで言及したならば、きつく叩かれることが予想された。

「あーやだやだ・・・。」匡人は、胸にモヤモヤを感じながらその日に訪れる場所の資料をバッグから取り出した。

今は、自分のグループのケアで精いっぱいだ。元子には、別れ際、助言を一つだけしていた。

 

「本当に不満そうな顔をしているのは五、六人だ。他の方は大丈夫。五、六人の機嫌を取るよりも、グループ全体で旅を楽しくして、怒ってる人たちも、楽しい雰囲気に巻き込め。地震は君のせいじゃない。」

 

「あとは彼女次第だ。」そう言い聞かせて、この日の資料に目を通し始めた。

匡人のグループは、残り四泊残していた。十四日間の長丁場も、いよいよ終盤を迎えつつあった。この日は、陶器で有名なカルダス・ダ・ライーニャ、歴代のポルトガル王妃が所有したオビドス、そしてローマ時代の神殿と水道橋で有名なエボラをを訪れて宿泊して、最後はリスボンで三泊することになっていた。
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ポルトガル歴代王妃の街だったオビドス。美しい旧市街とアズレージョ(タイル)で装飾された教会が有名。ジンジャというサクランボのリキュールが名物。
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エボラ旧市街のサイコ地点に今も残るローマ時代の神殿
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エボラ大聖堂の祭壇。金箔がふんだんに使われている。細部まで見事に職人の仕事がされている。

エボラの大聖堂では、黄金の主祭壇に、このツアーと日本の無事を皆で祈った。

順調に旅が進み、リスボンに向かう時のことだ。ここで予想をしなかったことがおこった。

朝、エボラの街を出て、リスボン近郊でランチの予定だった。レストランは、どちらかというと若者向きの雰囲気で、サッカーファンが集まりそうなスポーツバーのようなところだった。案内された部屋は、十六人のグループに割り当てるには少々広すぎるくらい。そして、全部で五つの大きなテレビモニターがあった。どの席に座っても、自然な姿勢でモニターを見られるようになっているようだ。

やはりスポーツ観戦を売りにしているレストランのようだ。慣れない雰囲気に、年配の客たちは少し居心地を悪そうにしている。

みんなが席についたところで、若いスタッフが匡人のところにやってきた。

「どうぞ。こちらでドリンクメニューを案内しますよ。」そうして、別の部屋に案内された。

「ありがとう。」

「日本は大変でしたね。みなさんも、日本の様子を気にされているでしょう。今からお見せします。」

「お見せする?」

次の瞬間、客たちがいる部屋から轟音が響いてきた。驚いて匡人が振り向くと、女性客の一人が、いかにも気分を害したという顔で部屋から出てきた。

「あのモニター、どうにかして!」

「どうかされたんですか!?」

匡人が部屋に駆け込むと、一番大きな特大スクリーンには、日本の津波の様子が映されていた。それも大音量で。他のどの画面にも、同じものを見られた。どこかのニュース番組を映しているようだった。

この演出が、自然ドキュメントや、それこそスポーツのハイライト特集なら盛り上がっただろう。しかし、母国の大地が津波に飲み込まれている映像は、この時の客たちには、ショック以外なにものでもなかった。

「止めろ。」

「え?でも、せっかくちょうどニュースがやっているのに・・・」

「止めろ!」

ようやく、すべてのモニターから忌まわしい映像が消えた。

「君が旅行している時に、君の家が火事になった。君は家や家族のことが気になって仕方ないけど、すぐに駆け付けられない。そんな時、テレビで自分の家が燃えているところを見たいか!?」

冷静な匡人が、少し声を荒げた。痛恨のおせっかいに対する怒りだった。

「すみません・・・。」スタッフは、ようやく自分のしたことに気付き、客たちに謝罪した。

女性客二人組のうち、一人の目から涙が溢れ出した。

「私たちね、きっとつらくなるからって、ホテルでテレビを一切つけないようにしていたの。つけたら、きっと映像が出てくるじゃない?見たら、旅行する気分じゃなくなっちゃうから。」

「すみません。まさか、こんな形で・・・。」

「本当ね・・・。でも、帰国してすぐにこれを見るものショックよね。あの人にも悪気があったわけじゃないだろうし・・・。」

「いえ、本当にすみません・・・。」

スタッフに気遣おうとする女性客の様子に、匡人は胸を痛めた。

店のオーナーらしき人が出てきた。事情を話すと、若者をポルトガル語で軽く叱った後、

「申し訳ありません。彼にも悪気はなく、サービスのつもりでした。許してあげてください。今日は、ワンドリンクサービス致します。」

「え?この程度で?」と匡人は思ったが、日本に対するお見舞いの意味もあったようだ。

実は、それほど怒っていない客が半分くらいなのだが、そうしてくれた。その落ち込んでいない一人の男性が、悪ノリで「シャンパン?」と言うと、オーナーは、「もっと美味しいものです。」と言いながら、シャンパンの値段の十分の一ほどの、ヴィニョ・ヴェルデ(ポルトガル独特の微発泡の白ワイン)を出してきた。

美味しいバカリヤウ・ブラス(干しダラとジャガイモを合わせた料理)と絶妙に合うそのワインを、みんなが楽しんでくれたのが、匡人にとっては救いだった。

 

その後、無事に行程を終えて、匡人のグループは帰国日を迎えた。
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