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(これまでの登場人物は、こちらでご覧ください。)
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-2011317日 成田空港 日本-

震災直後のツアーでは、大半の添乗員は空港ホテルでの前泊を義務付けられた。東日本の鉄道運行状況が不安定で、万が一空港にたどり着けない事態を避けるための処置だった。

昼頃出発の便なのに、前泊させてもらえるとはありがたい。愛は、いつものツアーならありえない、優雅な時間を過ごそうとしていた。

ところが、いつもの状態ではない成田空港が、そんなひとときを与えるはずがなかった。

朝七時半。ラウンジでコーヒーをゆっくり楽しんでいると、社用携帯が鳴った。

「和泉さん、なにしているんですか?早く空港に向かってください。」

担当者の太田からの電話だった。相変わらず太い声だ。

「え?集合時間までかなりありますけど・・・。」

「今がどういう時期だと思っているんですか?普段とは違うんだから、常に早めに行動するようにしてください。」

「え?でも、まだお客さんの集合まで三時間ありますよ?せいぜい、あと一時間くらいしてからでないと、受付カウンターも使わせてもらえないと思・・・」

「いいからサッサと行け!」

電話の向こうでの怒鳴り声に、愛はビクッとした。

「わかりました。それでは空港に向かいます。」

愛が宿泊したホテルは、唯一成田空港の敷地内にあるホテルで、オランダ航空が発着する第一ターミナルまでは歩いていくことができた。既に準備は済ませてあったので、部屋に戻り、スーツケースを持って歩いて空港に向かった。

声を荒げた太田には、強い反感を持ち、後で派遣元に報告してやろうと思ったが、すぐに空港へ向かうよう命令された理由は、集合カウンターに着くとすぐに分かった。

「あんたが和泉さん?遅かったねえ。」

一人の男性客に呆れた顔で言われた。そして無言で彼女を見つめてくる年配の男女たち。

「みなさん、銀座トラベルサロンのお客様ですか?」

「そうよ。」

今度は一人の女性客がこたえた。

「こんな時だから、みんな早く来たのよ。どうして添乗員のあなたが一番遅いの?よその会社の添乗員さんは、みんな来ているわよ。」

「申し訳ありません。」

と、頭を下げながら時計を見る。まだ八時だ。添乗員のカウンター集合は九時半。客の集合は十時半。フライトは十二時半だ。有事で早く行動すべきと言っても、そんなに文句を言われる時間帯ではない。

「すぐに必要なものをお配りします。」

スーツケースにつけるグループ用の荷札とEチケットを、すぐに全員に配った。

「今回は心配かけました。よろしくお願いします。」と、そっと耳打ちしてきたのは、気仙沼から来た菊池夫妻だ。

「まずはチェックインに行きましょう。それから、またこちらに集合ということでお願いします。」

「飛行機飛ぶの?」

別の女性客が怪訝そうな顔で言った。

「実は、我々夫婦は先にチェックインしようとしたんだ。Eチケットがなくてもパスポートがあれば、チェックインできるからね。」

マニアックなツアーが多いGTSの客には、普通のツアー客にはない知識や行動力がある人がいて、時にやりにくいことがある。愛は、胸を小突かれたような嫌な気分になった。

「予定していた飛行機は、成田に来ないで関空に行っちゃったって言われたよ。チェックインできなかった。」

「え?」今度は、胸を突き抜けていく動揺が走った。

「確認してきます。皆様、あちらのベンチにおかけになってお待ちください。」

成田発着の九人の客たちは、みんな不機嫌そうにベンチにかけた。

愛は、カウンターにいるスタッフにスーツケースを預けて、カウンターに向かった。

「和泉さん!」

カウンター前のセキュリティーを過ぎると、顔見知りの添乗員に声をかけられた。

「小村さん!機材が成田に来ないって本当?」

「本当だよ。福島の原発騒ぎがあるでしょ?被曝を怖がってヨーロッパの航空会社が、いきなりデスティネーション(この場合、到着空港のこと)を変えちゃう例が続出しているんだよ。旅行会社から聞いてないの?それでみんな早く来ているんだよ。」

「聞いてない・・・」

激しく動揺した後、意識しながら自分を落ち着かせた。まわりのいろいろな動きが見えてきて、ボソッとひとりごとを呟いた。

「やばい・・・出遅れた。」
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