http://mastertwotone2020.livedoor.blog/archives/14390127.html

(これまでの登場人物は、こちらでご覧ください。)
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サラッと言われたことが、匡人の心に重く響いた。「聞かなければよかった」と思いながら、わずかに顔をしかめた。優佳が、自分を見つめているのが分かったが、あえて目を合わせなかた。

アサイン変更の理由は、そんなものだろうとは思っていた。だが、きっと杏奈は、自分と同じ「添乗に行く側」だと思い込んでいた。

「巴さんが、トルコに行って、今更なにするんですか?」

優佳が、ズバッと挑発的なことを言った。確かに、トルコのツアーは、日本語堪能な現地ガイドがつき、ホテルや食事などの手配が整っており、トラブルが少ないため、若手新人向けという認識が旅行業界にはある。キャリアも能力もある添乗員がアサインされると「ご褒美」とか「ホリデー」と言われるくらいだ。

だが、この時の優佳の言葉には、その認識以外の何かが込められているようだった。

「添乗に決まっているだろ。先方のご要望だよ。」

それを無視して、本城が事務的にこたえた。

「杏奈のかわりに巴さんを?大げさな。おかしいでしょ。他にも添乗員はたくさんいるのに。」

「木崎のかわりだから巴なんだよ。」

少し、本城の口調が強くなった。しかし、優佳も一歩も引かない。

「意味がわかりません。ちゃんと説明してください。」

「木崎のレギュラー外しは、ニューワールドの上層部の指示なんだ。担当者レベルの話じゃない。」

興奮する手前の優佳を見かねて、杉戸が口を挟んだ。

「上層部?なにそれ?」

「木崎が頼りないという指摘は、お客さんからの電話だったんだ。それが、よりによってお客様相談室につながれてしまった。」

お客様相談室とは、実質クレーム対応センターのようなものだ。

「ニューワールドの相談室は、上層部に直結しているから、すぐにそれが伝わってしまった。そこで、しばらくは若手を外して、有事に対応できるベテランをアサインする方針になったらしい。うちの場合、木崎と雪輪は実名でお客さんから頼りないという指摘をいただいたので、しばらくの間はアサインできない。」

「雪輪?僕がポルトガルで会った子だろ?お客さんへの情報開示が遅いとかのあれ?会社の指示を待つように言われていたんじゃないの?」

「ツアー担当の大山さんが、全ての責任を雪輪になすりつけた。」

「最低!」

杉戸と匡人のやり取りの後、吐き捨てるように優佳が言った。杏奈同様、雪輪元子のこともかわいがていたから、ニューワールドの仕打ちが許せなかった。

「元子は、忠実に会社の言うことを守ろうとしただけでしょう?大山さんだって、今まであれだけ評価していたのに。」

「大山さんのそのあたりの性格は、ニューワールドの上層部も分かっているよ。それでも、雪輪には、自分で判断して欲しかった部分があるのさ。そこは、いざという時に事後報告になっても自分で事を進められるかどうかが、今回の処置の基準にはなっている。二人の現場での様子を聞く限り、取引先の判断は、福居が思っているほど理不尽じゃない。」

「・・・わかりました。でも、杏奈のかわりに巴さんて、どういうことなんですか?まさかそれも先方のご要望?」

「そうだ。」

「は?なにそれ。言いなりですか?」

福居は、元々跳ねっ返りなところがあるが、三十を過ぎてからは影を潜めていた。それがこの日は、久しぶりに爆発した。こうなると、周りはおさめるのが大変だ。熱くなっても、突っ込みどころは冷静なのだから。

「現場レベルの対応は、上層部の指示とは別だから。」

「どういうことですか?」

「木崎は評価が高いからね。さすがに大山さんも、アサインを外すように言われて焦ったらしい。木崎と雪輪には救済措置をお願いしたけど、だめだったと、彼から連絡があった。」

「自業自得ですよ。」

「そうなんだ。でも、木崎レベルの添乗員のかわりとなると、ベテランでもあまりいない。彼女は好感度高いからな。そこで、巴とか福居とか、高松とか・・・うちの看板を出してくれるように頼まれたんだよ。スケジュール的に、このトルコに入るのが、たまたま巴だった。」

「そういうことか・・・。」

福居は、大きくため息をついて、静かになった。納得したわけではない。ニューワールドの理不尽さにあきれて言葉が出なかったのだ。

「今は、うちもニューワールドも生き残ることが第一だ。これを機会に潰れる旅行会社があるだろう。取引先がないことには、うちも商売にならない。ニューワールドもスカイツアーズも、うちにとっては大切だ。」

しばらく黙っていた本城が口を開いた。

「お前たちは、本当にすごいよ。どこに出しても一流のプロフェッショナルだ。うちみたいな小さな派遣元が、旅行会社から頼りにされるのは、お前たちのおかげだ。」

本城は、そこにいる十人ちょっとの顔ぶれを見渡した。いつ見ても、素晴らしい面子だ。そして続けた。

「でもな、ドルフィンは添乗員の派遣会社だ。その立場は旅行会社の下請けなんだよ。」

その場の空気が変わった。突然突きつけられた現実であり、事実だった。
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