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(これまでの登場人物は、こちらでご覧ください。)
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-2011年3月20日~31日 世界各地-
-クロアチア ドブロヴニク-
「おはようございます。」
朝食の時間。「お好きな席へ」と案内された洋平は、少し迷った後に窓側の海が見えるテーブルに席をとった。普通、添乗員は遠慮して条件の良いところに席を取ったりしない。しかし彼は、
「海側の席はたっぷりあるし、今回はお客さんの人数は少ないし、うるさそうな人もいないし・・・たまにはいいか。」
という判断を平気で出来る添乗員だった。しかも読みを外したことがない。「添乗員のくせに」などと言う説教をされたことがないのは、「やばい客」と「うるさい客」を見分ける能力に秀でているからだ。
十二人のツアー客たちは、次々とやってきた。
「おはようございます。」
小人数のツアーだと、自然とアットホームな雰囲気になり、朝食の自由席の時なども、添乗員と客が近くの席に座ることが多くなる。大人数のツアーだと、客も添乗員も、自然とある程度の距離を置くようになるのに不思議だ。
ビュッフェの食事を取ってきた夫婦の奥様が、爽やかに言った。
「ずっと天気がよくて気持ちいいわねー。やっぱり来て良かったわ。毎晩よく眠れるし。ね!」
と、最後は洋平に相槌を求めた。
いきなり話を振られた洋平は、ベーコンを口に含みながら慌てて頷いた。
「あら・・・ひょっとしてよく眠れない?」
確かによく眠れているが、なぜ他人までがよく眠れていると思うのだろう。
「よく眠れていますよ。分かりますか?」
ベーコンを飲み込んで言った洋平に、奥様は得意げに仰った。
「分かるわよー。こっちに来たら、全然地震がないんだもの。揺れに安眠を妨げられないっていいわよねー。」
「そういうことか!」と気づかされた。確かに日本にいる時は、一日何回か必ず余震があり、夜中に起こされることもある。タフな洋平にその自覚はなかったが、知らないうちに疲れがたまっていたのだ。
目の前には、春の朝日を浴びたアドリア海が、夢のようなブルーをたたえて広がっている。この日は、ドブロヴニクの観光と自由行動のみで、しかも連泊ということで余裕があった。
いつも、ゆったりとした空気を切り裂く日本人のツアー客も、今日はそこに溶け込めそうだった。大地震後に数人のキャンセルが出た為、ツアーは少人数。とても「有事の選抜メンバー」が神経を削りながらする仕事ではなかった。
余裕と時間があるから、つい余計なことを考えてしまう。洋平は、郡山の実家のことを思い出した。
「東京であれだけ揺れるんだ。郡山は大丈夫なのだろうか。」
クロアチアにいる今は、考えてもどうしようもないのだが・・・。人間、考えてもどうしようもないことを、どうにもできない時に考えてしまう。
「当分帰ってくるな。」
電話が繋がった時、父親に言われた。
「ひどく揺れたが、郡山の被害はそれほどでもない。お前が来なくてもなんとかなる。来て、何かあって東京に戻れなくなったらどうする?仕事に穴をあけるな。」
自分が父親の立場でも同じことを言うだろう。だからと言って、それで割り切れるものではない。
なぜだろう。日本にいた時より、クロアチアにいる今のほうが、ずっと郡山のことが気になる。
遠くからでも近くからでも美しいドブロヴニクの街とアドリア海
-トルコ カッパドキア-
「自粛なんて考えませんでしたね。とにかく早く日本を出たかった。毎日の揺れで頭がおかしくなりそうでしたよ。」
洞窟ホテルでのディナーの時、横浜から来た男性がそう言うと、その場にいた全員が頷いた。
「こういう言い方は、良くないかもしれないけど、旅行の予定を入れておいてよかったと思ったわ。」
という女性の言葉は、余震が続く環境で暮らしている人の実感がこもっていた。「良くないかもしれないけど」という言葉には、メディアで目にする東北の人々のことを考えると・・・ということなのだろう。
ビジネスクラス利用で、宿泊ホテルが全て五つ星ホテルのツアーの定員は元々少なかったが、地震による自粛モードでキャンセルが出た為、たったの九人になっていた。
それに日本語ガイド、添乗員、バスドライバーの三人の案内人がつくのだから贅沢な旅だ。
毎日いつ来るか分からない余震、節電のためにいつもより暗くなっている街並み、重苦しい自粛ムード。全てから解放された客たちの気持ちのはじけ具合が半端ない。
「楽なツアーだなあ。」と、匡人は思っていた。こちらがいちいち気を遣わなくても、客同士で勝手に盛り上がってくれるのだ。これまでの自分の海外旅行、趣味、そして地震。当初の予定通り木崎杏奈が来ても、まったく問題なかったであろう。
有事に備えたツアーは、あまりにも無事過ぎるとさえ思えた。
「地震と津波が起こったのは、トルコではなくて日本なのに、何が有事なの?」
と、ガイドのジンギスに問われた時には、「本当だよな」と同意するしかなかった。
ただ、一部の客が妙に、ある意味時々不自然に盛り上がるのが気になった。興奮状態にも見える。
「あれって地震のせいかな?」
「私もそう思った。みんな、地震で疲れているんだよ。トルコも地震が多いから、なんとなく分かる。みんなお互いに分かっているから、話を聞いてあげられるんだよ。」
「こんな理解のあるガイドなら、なおさら杏奈が来るべきだったのに」と、匡人は悔しく思った。
カッパドキアの洞窟ホテル。映画のワンシーンを思い起こさせる。(写真と本文は関係ありません)
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