「結果論ですよ。仕方ないでしょう。ドライバーさんも良かれと思ってやってくれたんだから。」

その言葉に、どれくらい救われたことか。まわりのお客さんたちも頷いていたので、なおさら救われた。

ヤイロでの休憩の時だ。ここまで至る過程を説明した時、この男性客の言葉をはじめとして、文句はどこからも出てこなかった。

そこから約二時間。ドライバーの頑張りのおかげで、到着は0時半と、当初の予想を30分も早めることができたのだった。

瞼を閉じていた方、熟睡に近い状態だった方、様々だ。そして、

「みなさん、今日は大変な中、ご協力ありがとうございます。そして、ドライバーさん、大変な道のりを頑張っていただいてありがとうございます。」

と、マイクを使って案内した時だった。どこからともなく拍手が起こった。時間が時間だし、どの方も疲れているから、力強い盛大なものではないが、間違いなくドライバーへの敬意を表していた。

そしてバスを降りる時、或いはスーツケースを受け取る時、誰もが「ありがとう」、「サンキュー」とお礼を言っていた。

 

稀に見る美しい光景だった。いや、頑張ってくれたドライバーにお礼を言うのは当たり前だ。当たり前なのだが、こういうシーンで当たり前なことが、なかなか行われないのがツアーなのだ。

二十人以上ツアーのメンバーがいれば、一人くらいは不機嫌になったり、「自分はそうは思わない」というメンバーがいてもおかしくはない。元々七時到着予定だったものが、0時を過ぎてしまったのだから。だが、このグループには、そういう方がいなかった。或いは、そういう気持ちだったとしても、表面には出なかったし出さなかった。

僕は、真っ先にドライバーに部屋の鍵を渡して聞いた。

「この時間の到着だけど、明日の朝は予定通り出発できるのですか?」

ヨーロッパには、厳しい労働時間規制がある。通常なら、ホテル到着後、九時間空けないと朝出発できない。そうなると、僕らの予定もかなり狂う。

「大丈夫だ。問題ない。説明するから、まずはお客さんたちに部屋の鍵を渡せ。」

弁当と部屋の鍵を渡すと、お客さんたちは、疲れた顔に笑みを浮かべながら、またドライバーにお礼を言って部屋に入っていった。それからドライバは説明を始めた。

「さて、ツートン。明日は予定通り出発するから心配するな。」

「でも、EUの規定では・・・」

「ここはヨーロッパだが、EUではない。」

おっと、言われてみればそうだった。

EUの規定にノルウェーも則ってはいるがな。私たちには独自のルールがある。今回のように事故などが理由の場合、レポートを作成すれば問題にならない。」

「本当ですか?」

「ああ。問題ない。私からバス会社と手配会社には連絡しておく。いずれにしろ、レポート作成は明日だ。今日はもう寝る。」

「手配会社には僕が連絡しておきますよ。」

「いや。すべて私がやる。」

その言葉に何か含みを感じたので、僕はドライバーに問い質した。

「本当に問題ないのですよね。」

「ない。この国でドライバーが規則を破ったら仕事を失う。そんな無理はしない。君だってそれくらいは知っているだろう。」

確かに。

「ただし、もし、ツートンがドライバーを替えたいというなら話は別だ。私の疲れが心配ならオスロから別のドライバーを呼ぶことはできる。出発時間は変わるがな。」

最終的にはそうなる。僕は考えた。

「出発は、朝の七時。グドヴァンゲンに着くのは八時半くらい。あなたは、それからヴォスに移動して、午後二時まで待機。その間は十分に休めますね。僕らが船と列車二つを乗り継いで落ち合って、そこからベルゲンまでのドライブは一時間半。短いドライブですね。僕の判断も、・・・まあ問題ないかな。」

「そういうことさ。おやすみ。」

ニコッと笑って、ドライバーは自分の部屋に消えていった。

ドライバーにしてみれば、国の法律に基づいた当然の判断なのだが、僕にしてみれば翌朝の出発時間を変更せずに済むのは奇跡だった。そして、お客さん全員のドライバーへの感謝。これも参加客にしてみれば当然のことなのだろうが、僕にしてみると「全員」というところが奇跡だった。

この夜、ツアーは二つの奇跡によって守られた。大袈裟な話ではく、僕にとっては本当に奇跡だった。

 

「おつかれさまです。」

女性添乗員が話しかけてきた。フロントで控えており、僕のお客さんの何人かを、部屋へ誘導してくれたようだ。

「おつかれさまです。セブンイレブンで待機して正解でしたね。」

「はい。おかげさまで1120分くらいに着けました。」

その報告には、ちょっとへこんだ。

「それで、今お話聞いていたんですけど・・・明日は予定通り出発するんですか?」

翌朝、僕と彼女のグループは、同じクルーズ船に乗ることになっていた。

「ええ、なんとか。いろいろありましたけど、問題は全てクリアになりました。」

「私たち、一緒に出られないんです。」

「え?」

唇をかみしめながら、彼女はうつむいた。
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