マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

November 2020

今日、ギャラが振り込まれた。我が派遣元では、実働の翌月末日に振り込まれる。
3月2日にアフリカから帰国して、最後の振り込みがあったのが、4月末日。助成金と支援金を除けば、自分の口座に振り込まれる、それ以来の久しぶりの収入だった。
実働3日間だから、わずかなものだが、久しぶりに「稼いだ」という実感があって嬉しい。支援金に頼りっぱなしなのも悔しいし、貯えが減っていくだけなのを眺めているのも悲しかった。お金をもらうべき仕事をこなして、その対価を手にする喜びを、今日は久しぶりに味わった。支援金があって生活できても、ギャラがなければ、こんなにも虚しく悲しいものなのだということを、この半年間で嫌というほど味わっていたし、正直、屈辱だった。それが終わったこの日は、僕にとって大切な日だ。ここから、また始めよう。

ところで、国内添乗を始めてから、週に半分近くは温泉に入っている。国内添乗専任の添乗員の楽しみのひとつに、頻繁に温泉につかれるというのがあるらしいが、それをとても理解した。これだけ入っていると、肌がツルツルすべすべするのを実感できるようになる。これが、女性がよくいう「きれいになっている」のを自覚するということなのだろうか。
これが所謂、「見せたい肌づくり」ということなのだろうか(ちなみに見せるつもりはまったくない)。だとしたら、美容ってけっこう楽しいかもしれない。

今日、GOTOトラベルキャンペーンの5月までの延長が提言された。承認されたとして、その先にあるのは?東京の一時的除外?緊急事態宣言?経済を保持しつつ、ウィルスに打ち勝つ動きはこれから始まる。
僕も、きれいになった肌で、すべてを受け止めて戦わなければいけない。

どんなにつらい状況でも、少しはいいことはあるものだ。僅かでも収入を得たり、肌がツルツルすべすべになったり。

この前のツアー中、ある温泉ホテルでの夕食前、いきなり
「福山正治さんに似てるって言われませんか?」
と、自分よりもやや年上の仲居さん三人組に言われた。
言われたことは、あるにはあるのだが、発言主は常に75歳以上の男性限定で、発言時に、すぐそばにいる福山ファンらしき女性からは、いつも真っ向から否定された。別に自分でそう言ってるわけでも思ってるわけでもないのに、なんでそこまで否定されなきゃいけないんだというくらいに。

まあ、年齢の高い男性の目からはそう見えるのであろう。そもそも、僕はイケメンの部類ではない。

ところが、今回は自分と年齢が近い女性からの発言。今思うと、少し舞い上がっていた。はい。嬉しかったです。素直に。

しかし、やがて現実に気づく。僕は、それまでずっとマスクをしていた。仲居さんたちは、僕の隠れた顔の、鼻の上の部分しか見ていない。
お客さんの誘導を終えて、添乗員用のテーブルについた。この日に限って、「マスクとりたくないなあ」などと思いながら。
でも、そこは仲居さんたちもプロフェッショナル。「マスクをとってもいい男ね」などと言いながら、接客してくれた。しかし、僕は気付いていた。彼女たちの、僕に対する関心が薄れたことに。僕へのチヤホヤ度数が格段に落ちたことに。

別に、イケメンに見せようとしてマスクしているわけではないのに、なんか悔しい。
同時に、カフェやレストランで、マスクを外した女性に対して何度もがっかりした経験があるけれど、彼女に対して失礼だったことにようやく気付いた。この場を借りて、お詫びします。どうもすみませんでした。

みなさん、マスクをしている人を褒めて優しくしてしまたら、外した後も最後まで優しくしましょうね。

それでは素敵な日曜日を。「史上最悪な盗難事件」の再開は、あとちょっとお待ちください。

「それでも旅行がしたい。」

先日、山陰から帰着したツアーに参加したお客様たちの気持ちを一言で表すと、それに尽きると思う。これまで30名様以上の大きなグループばかり案内してきたが、今回は17名様と、比較的人数が少ないせいで、大半の方々と密度の濃いコミュニケーションが取れた。

例えば、こんな方がいらした。ツアーは、夜の10時に東京駅構内で解散。それから多摩地区の自宅に帰るお客様は、最寄りの駅から20分以上歩いて帰るという。

「だって、タクシーなんて誰が座ったかわからないじゃない。運転手との間に衝立(お客様の表現)があったってて、客席の消毒なんて、いちいちやらないでしょう?」

実際どうなのかは知らない。でも、この方はそう思っていらした。

「なにかあったら、このツアーのことも言わなきゃいけない。そうしたら、ツアーの皆さん全員に、ものすごい迷惑がかかっちゃうじゃない。絶対に感染しないようにして帰らなきゃ。」

そのお気持ちは、とても嬉しい。

「国内ツアーは、GOTOトラベルが始まって二度目だけど、ツアーは安心よ。バスは、いつも一人で二席だし(この旅行会社の、一部のブランドがそうであるだけで、必ずしもすべての旅行会社がそうであるわけではない)、私たちがバスを降りて観光している時は、いつも消毒してるじゃない。」

これは、本当にしている。常にドライバーかガイドのいずれかが、消毒液をシートに吹きかけているし、消毒液を沁み込ませたタオルで、肘掛けを丁寧に拭いている。涙ぐましい努力だ。ドライバーは、「車内の空気は5分に一回のペースで入れかわるようになっており、十分な換気対策になっています。」と説明する。宿泊施設では、常に消毒が促されて、食事中のテーブルはグループごとに十分な距離をとり、座席は対面なし。風呂場のスリッパは、ビニールに入れての持ち込みか、アルコールスプレーでの消毒。

きちんとした説明と、目に見える努力ほど、お客様に安心感を与えるものはない。

「普段の自分の生活よりも、国内ツアーに参加したほうが、感染対策は安心なくらい。」

というお客様の言葉は、本心だろう。「この時期のツアーに参加していいのかと、正直迷った。」というお客様も、最後は、旅の余韻も手伝ってか、そんな複雑な思いを忘れたかのようにお帰りになった。

逆に言えば、そこまでやらないと、お客様は納得されないし、ツアー参加を継続していただくことは難しいだろう。

現場では、このように感染対策をしっかりしながら、旅は楽しく過ぎていく。さすがに現在の状況で、旅行を推奨したいとは思わないが、今の時点での国内ツアーの現場の様子はここに残しておこう。

昨日、このツアーの報告に行ってきた。オフィスは活気に溢れていた。感染対策の徹底を叫び続けながら、GOTOキャンペーンと、今ある国内ツアーの存続を信じつつ、みんな実務に勤しんでいた。

 

そんな中、もちろん葛藤はある。東京では、「不要不急の外出を控えるように」と言われながら、GOTOトラベルが推奨されるという、一見奇妙な現象が起こっている。正直、「このまま仕事を続けてもいいのだろうか。」と思うことはある。似たようなことを、ここ最近のブログで何度も書いているが、毎日、この気持ちが浮き沈みする。

「一見奇妙」という言い方をしたが、医療と経済を共になんとかしなければいけない状況を考えると、間違えてはいない矛盾とも思えるのだ。相応しい例えではないかもしれないが、今の旅行業界は、癌治療の真っ最中のようなものだ。コロナという癌がある。それが理由で旅行業は不全状態に陥った。

そこにGOTOキャンペーンという名の「放射線治療」が登場した。癌細胞を叩くには有効な放射線治療だが、大きな副作用が伴い、腎臓や肝臓に大きな負担を強いることがある。GOTOトラベルキャンペーンを利用された人々で、コロナに感染した人は、200人少々いると言われている。あくまで利用した人の中での感染者数であって、必ずしも旅行の中で感染したか定かではない。だが、決して無視していい数字ではない。つまり、キャンペーンが、感染者増という副作用を起こしたという可能性は否定できない。放射線治療は必要だが、副作用で別のところを傷つけてもいけない。

 

医療関係者が、明確なエビデンスを示すことができないながらも、GOTOキャンペーンの一時的な中止を求めるのはよくわかる。しかし、もしそうなったら、今度こそ旅行業界という社会の中の細胞は、かなりの部分が死ぬ。

仮にだ。収束の目途が立っていれば、より早くそれを達成するためにキャンペーン中止をして、収束後の再開を目指すことになるのだろう。でも、それがいつになるか分からない現在において、中止を公言することは困難ではないのか。逆に、この状況で、キャンペーン中止を実行するには、かなりの勇気が必要なはずだ。そうなったら、僕らも様々な覚悟を求められる可能性がある。医療よりも経済というわけではない。医療も経済も同時になんとかしなくては、崩壊してしまうのが、旅行業界だ。

 

そんな不安を抱えながら、来週は、北海道のツアーが待っている。

昨日、宿泊した玉造温泉のホテルは、実に感染防止管理が徹底していた。チェックイン時の検温や消毒はもちろん、施設が作成した健康チェックシートが配布されて、団体客は、その記入が終わって、健康上問題ないと認められないと、バスから降りることさえできない。

館内のあちこちには、これまで見た宿泊施設以上に消毒用アルコールが設置されていた。大浴場の洗い場も、半分が利用停止でもちろんサウナも禁止。浴室のスリッパは、脱ぎっぱなしにせず、ビニール袋に入れて脱衣場まで持参。夕食時は、夫婦でさえ対面ではなく対角線。今回のお客様にはいらっしゃらなかったが、五人以上のグループは、二つ以上のテーブルに分けるという徹底ぶり。なんだか、無理矢理旅行させてもらってるような感じだった。

温泉でゆっくりしたり、買い物や温泉街の散策を楽しまれたり、一見旅行を楽しんでいるかのように見えるお客様たち。分かっていることとはいえ、息苦しさを感じていないか心配になった。

そんな不安を払拭してくれたのが、夕食会場のスタッフだった。会場の確認に行くと、

「今日は、ゆっくり料理をお出しします。鍋が食べ終わるころに、揚げたての天ぷらをお出しして、デザートもゆっくりと出します。本日は、『ゆったりキャンペーン』です。」

と、張り切って提案してくれた。正直、僕自身利用するのが初めてのホテルで、今までどんなサービスをしていたのかも知らなかったので、「そうですか。よろしくお願いします。」としか言えなかった。

 

ピンと来ていない様子の僕を見て、彼は苦笑しながら説明してくれた。

「コロナ騒ぎのせいだと思うんですけど、最近のお客様は、あっという間に食べてお部屋に帰ってしまうんですよ。会話やお酒を楽しみにくい時勢なのかもしれません。せっかくの温泉での食事ですから、ゆっくり食べて、楽しんでいただけるようなサービスをします。皆様にも、そのようにお伝えください。」

会場入りされたお客様たちにそのことを告げると、にっこりされる方が多かった。

「ゆっくり飲みながら食べられるんだね。嬉しいよ。」

はっきりと、そう言葉にされた方もいらした。コロナ禍の現在、食事は会話とお酒を控えめに、さっさと切り上げなければいけないと思ってる方が、やはり多いようだ。だから、わざわざホテル側からそのような提案をいただけたことが嬉しかったようだ。

「対策は、感染防止が目的ではありますが、みなさんが、安心して楽しめるようにするものでもあります。ゆっくりとお酒と料理を楽しめないなんて、温泉旅行とは言えませんからね。」

もちろん、コロナ禍など関係なく、食事をさっさと終えて帰りたい方々もいらっしゃる。そういった人たちには、融通を利かせて迅速なサービスがされた。

 

カニを含んだ本格的贅沢和食を楽しませた後は、がらりと雰囲気を変えて、まるでパリやウィーンのカフェで出されるかのようなムースケーキが出てきた。ちょっと感動した。料理にもサービスの心意気にも。

 

全ての方々の食事の時の笑顔は、コロナ禍の中での「コロナへの勝利」を物語っていたと思う。それが、たとえ、その瞬間だけであってもだ。

 

と、強がってみたら、今日になって札幌と大阪のGOTOトラベルキャンペーンの一時除外のニュースが飛び込んできた。あー・・・やはり来たか。

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出雲大社に隣接する北島国造館にある神尾の滝。すぐそばに拝殿や本殿があるのに、ここはとても静か。敷地に入った途端に小さな滝の音が響き渡る。
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日曜日の朝、サンデージャポンで、GOTOトラベルについての議論が行われていた。

話したがりの出演者が、言いたいことをバンバン言って、「いろいろな感じ方や考え方があるなあ」で終わってしまうことが多い番組なのだが、この日は珍しく議論が繋がっていた。

お医者様が、薄口政治評論家に

「医者の立場としては、GOTOキャンペーンを決して推奨することはできなかった。でも、薄口政治評論家さんは、『これは消費者にとっては、とてもラッキーなものであるから活用すべき』と言い続けた。感染が収束していない中、それはいかがなものだったか。」

確かに。だが、薄口政治評論家も負けてはいない。

「7月から行われたキャンペーンで、全国で救われた業者や観光従事者が、どれほどいたことか。それを忘れてはいけない。」

さらに付け加える。

「新型コロナは、今年が初めての流行だからデータはないが、インフルエンザや肺炎、その他の呼吸器系の疾病は、昨年よりも遥かに患者数が減っている。マスクなどの対策で効果は出ているのではないか?他を見ないで新型コロナだけを取り上げて物を言うのは、『木を見て森を見ず』という感じがしないでもない。」

これはこれで正しい。そこにすぐ、薄口さんの師匠という元役人の方が双方にフォローを入れた。

「それは確かにそうだ。7月からこのキャンペーンは始まっているが、すぐに感染者が増えたわけではないから、この政策だけを悪くいうのはどうかと思う。ただ、寒くなってきて、感染のしやすさが季節性のものであるかもしれない。そう考えると、ふだんの生活と共に、このキャンペーンも、一時的に見直すべきなのではないか。」

確かにその通り。他にも、いろいろな意見が飛び交ったが、いい議論だったと思う。結果的に「寒くなってきて、感染者が増えてきたから、一時的に見直すべきかもしれない」という論調になった。ニュアンスとして「やはりGOTOトラベルはだめだ。全面的に中止すべき」という極端なことを言う出演者はおらず、ほっとした。そうなってしまったら、仮に一時的な中止が実施されたとして、再開のハードルがグッと高くなってしまうような気がする。

 

急に国内添乗の仕事が忙しくなった。今は、頭の中にいろいろなものが浮かんできて、書いて書いて書きまくって、様々な事を残しておきたいのが、ただでさえ慣れない仕事が忙しくなると、なかなか時間がない。昨日、佐渡から帰ってきて、明日から島根と鳥取に出かける。

 

佐渡では、旅行を楽しみながら「こんな時に旅行していいのかな?」と葛藤を抱えながら旅されていた方がいらしたようだ。明日からの旅でも、きっとそういう方はいらっしゃるだろう。僕の取引先では、まだクラスターなどは起きていない。そして、これからも起こすまいと、みんな必死に頑張っている。

現地ホテルや旅館の感染対策も厳しくなっている。「こんな雰囲気であるなら、旅行などするのではなかった」と思われないように、お客さんの心に寄り添っていこう。

 

ツアーが出る限りは、ひとつひとつのツアーを、いい旅にしていくしかない。一時的に、また旅行が止まるかもしれないその日まで。

 

「史上最悪の盗難事件」の連載は、27日に再開します。

「まず、最初のペルピニャン観光中止というところですが、この中だと、お客様の安全確保に入ると、僕は思っています。」

この中というのは、旅程の一部を中止にする際、旅行会社の免責事項となる「天災、戦乱、暴動、官公署の命令、.運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、当初の運行計画によらない運送サービスの提供、旅行参加者の生命、又は身体の安全確保のため必要な措置」のことだ。

「どんな解釈でそうなるの?」

「もし、あの時にペルピニャンの観光をしていたら、ドライバーの労働時間の関係で、翌日の出発は7:30でなく8:30になっていました。そうなったら、出発後すぐにあの渋滞に巻き込まれて大変なことになっていました。」

「そうね。代替観光もあったしね。」

「いや、ペルピニャンの観光をした仮定での話ですから、この場合は代替観光のことは考慮しません。」

「あ、そうか。」

「7:30に出発したおかげで、最初の4つくらいのデモ隊からは、ほとんど影響を受けずに通過できたのです。8:30に出たら、代替観光なしでも、かなりアビニョン到着が遅れたと思います。」

「うん。それはわかります。」

「そうなると、おそらくアビニョンでの警察書類発行が危うかったかもしれません。」

「無事に全員が帰国するための安全確保ね。」

「そうです。」

「なるほど。まあ、そこは最初の意図と結果の辻褄が合ってるわけね。」

「そうです。」

「結果論ね。」

「・・・そうです。でも、ここでは過程よりも結果が大事で・・・。」

「それはそうなんだけどね。とりあえず、ペルピニャン観光中止の、そちらの言い分は理解しました。その言い分が成立するかどうかという質問をこれからさせてください。」

「・・・・・・はい。」

彼女の同行者たちは、「こんなつもりではなかったのに」という表情で、僕らのやり取りを見守っていた。ディナー案内に乗ろうと提案してくださったリーダー格の方は、特に僕に対して気まずそうだった。

「警察書類は、夜中にでも、あなたとドライバーさんが、バスの被害届を出して書面を発行してもらえばよかったんじゃないの?私たちが行く必要あった?あなたが現認書を書いて、その書面を添えれば立派な申請書類になったんじゃないかしら。」

「いや、それは・・・。」

「結果的に、そんな感じになったじゃない。最初からその判断にすれば、ペルピニャンの観光はできたと思うのよね。どうしても、そこは判断ミスだったんじゃないかと思ってしまうのよ。」

 

なんて頭の切れる方だろう。実は、そのパターンは考えてはいた。もし、盗難物にパスポートが含まれていなかったら、最初の警察の人出不足の状況を見極めて、おそらくそうしていた。確かに、たいがいの盗難物の保険申請は、それでなんとかなるのだ。だが、パスポートを現地大使館や領事館での再発行するとなると、絶対に警察書類が欠かせなかった。

「パスポートを盗られた人がいたから、警察書類が必要なのは分かる。でも、パスポートの盗難は、私たちには関係ないじゃない。」

こちらの思考を読んでいるかのように、次々と言葉を投げかけてきた。

「あの方たちが、個人的に誰か雇って警察にいくことにでもすれば、私たちは、予定通り全て観光を消化できたんじゃない?」

「いや、この場合は・・・」

「パスポートを盗られたのは、あの人たちのミスよ。バスの中に置きっぱなしにしておくなんて、旅慣れた人たちがすることじゃないわ。問題外よ。」

「その通りです。」

「でしょ?添乗員は、あの人たちに誰かを雇わせて離団してもらって、他の人たちの案内に集中することができたんじゃないかって思うの。あそこまで同情して、いろいろしてあげることはなかったんじゃない?」

「だから。この場合はそうもいかなかったのです。」

「どうして?」

「パスポートを盗られたのは、あの方たちの不注意ですし、それについて旅行会社は、なんの責任も負いません。そこまではいいのですが、たとえ置きっぱなしでも、被害に遭われたのは旅行会社の専用車の中です。パスポートだけでなくて、他の貴重品の盗難に関しては責任は負えないし補償もできませんが、それを補うためのフォローはします。それくらいの面倒を見るのが旅行会社ですよ。」

「うーん・・・。」

「もし、パスポートを盗られたのが、観光中の不注意などでしたらお客様が仰った通りになったと思います。今回は、なにかしらのフォローをすべき状況でしたし、それ以外のお客様もバス被害のレポートに現認書を添付するよりも、盗難証明に現認書添付のほうが、おそらく手続きはスムーズです。警察も、書類は何通りもつくってくれませんから。バス被害ならバス被害だけ。盗難なら盗難だけとパターンを少なくしたほうが快く作業してくれます。当たり前ですが、今回は盗難証明が優先です。」

「なるほど。パスポートの盗難は、盗られた場所も考慮されて、あなたは動いてるわけね。原因は、どう考えてもあの人たちのせいなのに。私たちにとっては、完全なとばっちりだけど。」

納得できないが、理屈は分かったというところだろうか。このツアーでは、お客様とこの種の会話が多かったような気がする。

「えーと、次は・・・。」

「ねえ、もうやめましょうよ。」

リーダー格のお客様が口を挟んだ。

「ごめんなさい、ツートンさん。私、こんなつもりじゃなかったのよ。あなたが、「美味いもの」を食べに行くっていうから、皆で参加したつもりだったの。実際、美味しかったわ。こんな困らせるつもりじゃなかったのよ。」

「いえ。私もパスポート被害のフォローのことばかり考えてましたし。お答えできるものは、この場でお答えします。ずっと我慢してたって仰るし。」

「そうよ。その通りよ。さっきも言ってたけど、ずっと我慢してたのよ。もうちょっとだけ、私に時間ちょうだい。」

「あなたが、こういうことで、こんなに粘る人だと思わなかったわ。」

先ほどとは、別の方が口を挟んだ。

「みんなと旅行してる時は、今までこんなことなかったもの。」

「そうだとしても、こういうことは帰国してから旅行会社に言えばいいじゃない。」

「現場で対応をしたのは添乗員よ。添乗員に質問するのが筋よ。」

「そうです。それに、かなり筋の通った質問ですから。まったく問題ありません。」

お客様同士でエキサイトしそうな雰囲気だったので、僕は会話に割り込んだ。

「ほら、ご覧なさいよ。」

質問を繰り返すお客様が、急に言い出した。

「なにが?」

他の三人と僕は、何をご覧になって欲しいのかさっぱり分からないでいた。

「ツートンさんはね、絶対に逃げないのよ。」

「ああ・・・うん。確かにそうね。」

リーダー格の人が同意すると、他の2人も頷いた。

「でしょ?みんなで言ってたじゃない。パスポートや現金を盗られた人が、けっこう失礼な態度をとっても、ぶれないで案内してるのよ。変に声を高くしないで地声でお話されるし、媚を売るような話し方もしないし、それが、少し生意気に感じる時もあるけど、こちらの言うことを正面から受け止めて、全部真っすぐ返してくれるじゃない。だから、私も思い切っていろいろ聞けるのよ。私がしているのは、かなり正当な質問よ。理不尽なことはなに一つ言ってないわ。」

「うん・・・まあね。」

三人は再び黙った。確かに理不尽な質問はなかった。

「私だって、楽しむところは楽しんだ。だから、最後はできるだけ納得して帰りたい。全部は無理かもしれないけど、なるべく納得して帰りたい。私にとっては、質問の嵐も旅行の一部なのよ。」

 

この方を出来る限り納得させることは、今後の対応における大きなポイントのような気がしてきた。

 

次回。

今考えてみると甘かった。あれほど大きなトラブルがあって以来、ようやく全員帰国の目途が立ったことでホッとしていた。作業的なものに関して言えば、すべきことは全て行った。だが、それでお客様の被害が消えるわけではないし、完全に心の傷が癒されるわけでもなかった。

今ならそう考えられるのに、当時は、まったくそう思えなかった。甘いというよりも、未熟だったのかもしれない。作業を終えて、比較的、旅行を楽しまれてるように見えた4人と食事をご一緒できることで、「通常のツアー」のフィナーレモードに僕の心理は変化していた。だから、グラスのワインを二杯も空けていたのだろう。

そんな状態だから、いきなり突っ込んできたお客様の心理を、正確に測ることもできなかったし、あろうことか僕が感じていた動揺は、苛立ちに近いものだった。

お客様は、畳みかけてきた。

「さっきの約款のことだけじゃなくてね、もうひとつ言っておきたいことがあるの。」

「・・・はい、なんでしょうか?」

リラックスモードに入っていた僕は、懸命に頭を戦闘モードに切り替えようとしていた。

「このツアーって華がないじゃない?」

「華?」

「そう、華よ。例えば・・・サグラダファミリアとか。あと、ドイツの、ほら、バイエルンのノイシュバン・シュタイン城みたいな絶対的な華。」

「ああ・・・そういうことですか。まあ、確かにありませんね。売りはありましたが。」

「なにが売りだったの?」

「プロヴァンスの田舎町が、メインにはなっていました。地名がパンフレットのタイトルにもなっていましたし、ゴルドの街の写真も載ってますから。地味ですが、そこが目玉で華ですかね。」

「なるほど。じゃあ、プロヴァンスでもいいわ。あの時、(ペルピニャン観光の中止を決定した時)がっかりしたけど、ツートンさんが言った理由には納得したのよ。でも、後々考えたの。もし、あそこで残されていた観光が、ペルピニャンではなくて、プロヴァンスだったら観光を飛ばした?ゴルドを飛ばせた?サグラダ・ファミリアだったら、やはりあきらめるように、私たちのことを説得したのかしら?」

実に鋭い指摘だった。ここは、慎重に説明しなければいけない。僕の心の中で、苛立ちという名の動揺が、緊張に変わってきた。

「痛いところをつかれたと思ってない?」

「痛いというか・・・正直、説明しにくいところを突かれたなあとは思っています。」

思わず本音が出た。お客様は、ゆっくりと小さく頷いた。

「返答によっては、弁護士に相談させていただこうと思って。私、以前、旅行に納得できないことがあってね、実際に弁護士に相談したことがあります。友人に弁護士がいてね、気軽に相談できるの。裁判になる前に旅行会社が折れたけどね。」

「ツートンさん、今のは本当よ。」

別の方が教えてくれた。その方に軽く目配せして話を続けた。

「どうしても納得できない。他の方たちは、ペルピニャンなら別にいいみたいなこと仰ってたけど、私にとっては、このツアーの中で最高の華だったのよ。考えれば考えるほど、ペルピニャンだから軽く飛ばされたような気がしてならないの。」

だんだんと語気が強まってくる。僕の心理も「弁護士」という言葉に、一瞬さらに緊張が高まった。

 

しかし、だんだんと頭が冷えてきた。お客様本人にその自覚があるかどうかは別にして、どちらかというとこの方は、訴える材料を探しているよりも、納得できる理由の提示を求めているような気がした。

「旅行に関する訴えなんて、よほどのことがない限り、親しい弁護士や友達の弁護士なら、訴えをやめさせようとしますよ。返ってくるお金よりも弁護士費用のほうが上回ってしまうことが大半ですから。ただ、旅行会社の対応があまりに不誠実だと、損を覚悟で正義感だけで訴える人も稀にいるみたいですね。だから、きちんとした正当な理由があるなら、顧客にとって面白くないものでも、きちんと説明したほうがいいですよ。そうすれば、相手の弁護士さんが止めてくれる確率が高いです。」

いつだか、会社経営者で顧問弁護士を雇っていらっしゃる方がツアーに参加されていた時、伺ったお言葉だ。

「でも、町の弁護士さんだと商売だから受けてしまうかもね。あと、顧問弁護士とある程度の主従関係を築いてる経営者も、止めても聞かずに訴える可能性はあるかな・・・。面子の問題だけで。」

この女性客は、「友人に弁護士がいる」と言った。前述のアドバイスをあてにすれば、筋を通った話をすれば、訴訟までは行かない可能性が強いと思った。というよりも、(今にしてみれば)常識的にそこまでいく話でもなかった。

 

僕は、頭の中で話を組み立て始めた。やましいことがあった訳ではない。ただし、「ペルピニャンを軽く見たか?」と言われれば、答え方によっては、そう受け取られかねない心配もあった。

別のお客様が、ご馳走してくださるということで注文してくださった3杯目のグラスワインをテーブルの端にどけて、かわりにガス入りのミネラルウォーターをグッと一口飲んだ。そして、慎重に言葉を選びながら、僕は説明を始めた。

 

昨晩、三度目の国内添乗から帰着した。ツアーそのものはわりと順調で、天気に恵まれて観光は楽しめた。

 

でも、コロナ禍の中ならではのシーンはあるものだ。

例えば食事。今回は、一人参加の方が29名の参加者の中で一人だけいらした。この時期だから、グループで食事をするときも相席はない。お部屋が一緒の方々同士が同じテーブルになるだけで、各テーブル同士は、十分に距離をとっている。所謂宴会のようにはならない。同じテーブルの中でさえしっかりと距離をとっているくらいだから、一人参加の方は、いつも一人で食事をすることになる。

レストランの対応も、こちらからリクエストを出さなければ、一人席は、いつも末席だ。途中で「いつも端っこに一人で置かれている」と仰っているのが聞こえたような気がしたので(確信はない)、そこから配慮したが、末席から中央にテーブルを移しても一人という状況は変わらない。だからと言って、「一緒に食べましょう。」と、添乗員が、声をかけて同席できないのが、コロナ禍の旅行だ。

 

国内ツアーでは、夕食会場に添乗員は行かず、お客様のケアを宿泊施設側にまかせるのが普通らしい。国内添乗研修でも、そう教わった。海外添乗では、絶対に添乗員が食事のケアをする。その習慣もあったし、一人参加の方をを含めテーブル割も気になったので、つい行ってしまった。日光のホテルでのことだ。

すると、添乗員がたくさんいた。「あれ?」と思いながら、スタッフ用の食事部屋で言葉を交わしてみると、全員、コロナ禍前までは海外添乗のみを生業としていた人々だった。

 

「テーブル割が、きちんとリクエスト通りになってるかどうしても気になっちゃって。あとは習慣かな。」

 

みんな考えてることは同じだった。

ホテルのスタッフからは、とてもありがたがられた。

「普段は、添乗員の方々にはお休みいただいてるのですが、今は人が足りなくて・・・。コロナ禍で一度辞めてもらった人たちに声をかけているのですが、戻って来てくれないのです。」

僕のグループは29人。今回は二台口で、もう一台のバスは30人。合計59人をたった5人で対応していた。15分置きくらいに入ってくる複数のグループを、あとの3人を含めて、たったの8人でまわしているのだ。宴会場のように、お客様が詰めて座っているわけではない。家族ごとにテーブルが置かれて、けっこうな距離をおいている。大変だったと思う。

「だから、席の誘導だけでも手伝っていただいて、本当に助かりました。」

どこのホテルもレストランも、さほど状況は変わらない。あるホテルの夕食は、ビュッフェ形式だったのだが、スタッフが足らず、飲み物の注文がまったく追いついていなかった。

スタッフが少ないまま、いきなり繁忙期がやってきてしまったから、当初は、作業がまったく追いつかなかったそうだ。ホテルに着いたのに部屋ができておらず、1時間もお待たせしてしまったホテルや旅館もあったという。

「もうそんなことはありませんけどね。この人数でどうにか回せるようにはなりました。」

 

たまたま感じる不便さの理由については、時々、その場やバスの中で説明すると、だいたいお客様は納得してくださり、助かった。今は、コロナ禍という「通常でない時」であることを悟った僕は、夕食会場の入りの時間だけは、顔を出すようにした。やることは誘導の手伝いくらいのものだたが、「私たちにおまかせくださればけっこうですよ。」とは、一度も言われず、すべて「人出が少ないので助かります」と言われた。(たまたま今回がそういう状況だったのだろうか)

 

それでも楽しく続く旅の中、ニュースで感染者急増の報道がメディアで次々流れた。

国内、海外の違いはあるが、海外の仕事を失う直前もそうだった。たった10日間の添乗中に、劇的に感染者が増えて、帰国した途端に仕事がなくなった今年の3月時と状況がよく似ており、ちょっと嫌な気分になった。

 

今回は、九州からのお客様を羽田でお迎えして、帰りも羽田でお見送り。GOTOキャンペーンで、いろいろ騒がれて、一見旅行ブームに見える。でも、羽田のモニターには欠航便が目立つ。最近の報道のこともあり、さらに、まだまだコロナ禍であることを実感する。

 

帰りに事情があって、国際線ターミナルに立ち寄った。寂しいものだった。去年の今頃はクリスマスデコレーションが始まっていたのに、そんなものはまったくない。夜の7時過ぎ。ひと気のない、白っぽい空間は、ただ白いライトに照らさされているだけだった。人は、ポツリとしかいない。航空会社のカウンターによっては、ベニヤ板のようなもので、完全に覆われているところもあった。モニターには、たくさんの便名が表示されていたが、ほぼすべて欠航。経済が、かろうじて動いていても、まだまだまだまだコロナ禍なのだ。

 

欧州で、次々に実施されるロックダウン。海外はまだまだ遠い。・・・というか、本当に行ける日が来るのだろうか。心の中に、本当に疲れてきた自分がいる。それを支えているもう一人の自分を、今は実感できていることが、せめてもの救いだ。
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閑散とする羽田の夜の羽田空港国際線ターミナル。モニターには、一応予定便名が表示されているが、ほぼすべて欠航。この状況がいつまで続くのかと思うと、少し涙が出てきた。少しね。

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いきなり、なんの知らせもなしに現れた4人組。本来ならレストランに電話して、テーブルに空きがなければお断りするところだが、当初予定されていた4人がいらっしゃらない。

「ちょうどいいじゃない。予約はツートンさんを含めて5人だったんでしょ?それならレストランに迷惑をかけなくて済むわ。行ってらっしゃい。いつ戻って来れるか分からない主人たちを、待ってることないわよ。」

「そうそう、その通りよ。いってらっしゃい。」

奥様たちが2人揃ってそう仰ってくださったので、僕は、いきなり現れたマダム4人グループをご案内することにした。念のため、予約していたレストランと、その他のホテルおすすめレストランのメモはお二人にお渡しした。

 

ご案内することになった4名様は、元々4人グループでのご参加だった。高校時代からの友人らしい。お互いに気兼ねすることなく物を言える素敵な友人同士のようで、いつも楽しそうではあったが、このツアーの中では、少し微妙な部分があったような気がする。

この連載でのエピソード⑪「溢れ出てきた思い」の中で、思い出のコートを盗まれた方は、この4人のうちの1人だ。また、別の方は、現金とブランドのコートとサングラスで合計20万円を超えると思われる被害を受けていた。

一方で他の2人は、「貴重品が一切入っていない、まあまあ良いカバン(本人たちの談)」を盗られただけだった。被害額に関係なく、「盗られたショック」というのは残るものだが、それからある程度立ち直ってからは、落ち込む二人を、元気づけている様子が見受けられた。

 

微妙な様子はともかく、こう言ってはなんだが、パスポートを紛失された夫婦二組のディナー案内よりは、なんとなく気楽さを感じていた。女性四人組は、料理さえ美味しければ、文句なく勝手に楽しくお話される。たまに同意を求められたら「そうですね」と頷いてればいい。良くも悪くも、男性添乗員は空気になれる。あとは、おすすめの旅行先を求められたら、スマホに入っているきれいな写真を見せて、「ここがおすすめです。今度、是非ご一緒しましょう。」とか言ってればいいのだ。女性特有の好き勝手な言動にイラッとすることもあるけれど、だいたいその手の表現は翌日になると、口にした本人が覚えていないくらいの軽いものだから、聞き流して問題ない。別に女性の案内を軽く見ているわけではない。女性複数を男性1人で案内する時は、「余計なことはしないほうがいい」ということを、僕なりに学んだ結果、そうなっている。もちろん、いちいち話を振られれば、楽しく会話に参加させていただく。

 

ただ、この時は、気楽に感じたことで、罰が当たったかもしれない。

ラタトゥイユ、ブイヤベース、サラダ、ヒラメのグリル、ローストチキンなどを取り分けてもらいながら、ワインをそこそこ楽しんでお腹いっぱいになり、デザートを頼んだ時だった。お客様の1人が言い出した。

「あー・・・なんだかんだで楽しかった。でも、ペルピニャンに行きたかったなあ。」

ギクッとした。よくよく思い出してみると、ペルピニャンの観光中止を決めた時、この方は大きくため息をついていた。

「あなた、代替観光を随分と楽しんでたじゃない。」

「それはそうだけど。フランスには、きっとこれからも来るし、あの代替は南仏のツアーに参加すれば、必ず含まれてるのよ。でも、ペルピニャンなんて、こんな時でもないと来れないのよねー・・・。」

急に居心地が悪くなったのを感じた。案内する側にとっては、もっとも触れて欲しくない話題でもあった。これを言い出したのは、被害が大きかった二人ではない。この日の午前中に「大変ね」と声をかけてくださった4人のリーダー格でもない。被害額が小さく、4人の中では、これまでで一番おとなしい方だった。少なくともこの時点では、ペルピニャン観光中止をお知らせした時の大きなため息以外は、これといった印象もなかった。

 

「あ、ねえ。これでちょっと質問があるんだけど、伺ってもよろしいですか?」

「どうぞ。」

彼女は、小さく畳んだ紙をカバンから取り出して広げた。この旅行会社が、ツアー申込時にお客様に発行する約款だった。大半の参加者が、一度も目を通すことなく旅を終える、あの細かい文字の書面だ。

「あの観光内容の変更につきまして、正当性は、この中のどれに当てはまるの?」

「あなた、いつもそれを持ち歩いてるの?」

「そうよ。なにか納得いかないことがあったら、これに目を通して質問するの。」

「全然知らなかった。」

「みんなで旅行する時には、すべてに納得していたのよ。納得してれば出さないわよ、こんなもの。」

「今回は、納得できないものがあるの?」

「そうよ。でね、ツートンさん、ここにあるじゃない。旅程保証って。天災、戦乱、暴動、官公署の命令、.運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、当初の運行計画によらない運送サービスの提供、旅行参加者の生命、又は身体の安全確保のため必要な措置・・・どれに当てはまるの?」

「ちょっと、あなた・・・せっかく夕食連れてきてもらってるのに。」

「もう食べたでしょ。こんな時じゃないと聞けないじゃない。私だって、ずっと我慢してたのよ。パスポート発行に必要な警察書類の発行とか、車の手配とか。大きなものを優先するのは仕方ないけど・・・でも、(被害が大きい2人に向かって)本人たちがいる前で言うのもなんだけど、多額の現金をバスに置きっぱなししにしたり、パスポートを置いてったり、完全に不注意じゃない!貴重品の案内なんて、基本だし、旅行会社の案内にも、ツートンさんが渡してくれた最初の案内にも、『もういい』ってくらいに書いてたのに。」

被害が大きいお二人が、決まり悪そうにうつむいた。

「私の被害なんて、本当は警察書類なんかなくたって、保険申請できるのに。ペルピニャンの観光をできなかったのが、一番の被害よ。あんなに楽しみにしてた観光を、どうして諦めなければいけなかったの?きちんと説明してください。ずっと思ってたの。飲んだ勢いで言ってるわけじゃないの。ペルピニャンは、本当に楽しみだったのよ。」

確かに飲んだ勢いではない。彼女は、ワインをグラス一杯もあけていない。

 

想像もしていなかった方からの厳しい突っ込みに、僕はかなり動揺していた。

現地滞在最終日。とりあえず、できることはやった。あとは、聞こえてこないお客様の声を可能な限り拾い上げて留飲を下げるなど、できることが見つかったら、実行していくしかない。

事件があったのが金曜日。土日を挟んで月曜日になっていたため、本社のより素早い対応も期待できたため、僕は、前日のうちに担当者にメッセージを送っておいた。これまでの経過とグループの雰囲気を書いた後、以下の要望を加えた。

 

・午前中の観光の後はニースに戻ってランチ。その後は自由行動またはオプショナルツアーとなっている。パスポート紛失者の二人は、オプショナルツアーにお申し込みになっている。通常は、出発後のオプショナルツアーのキャンセルは、お客様の全額ご負担がルールだが、ここは、お見舞いを兼ねて全額返金してもよいのではないか。営業的にも、売り上げと利益率が下がるくらいで、支払いなどの実損はないし、現場にいる者の心情としては、それくらいしてあげたい。

・現地にいるうちに、会社からのお客様へのお見舞いのお手紙が欲しい。ファックスでもホテルへのメールでもかまわない。コピーしてお渡ししたい。なるべく肩書が上の方が良い。

 

朝、目を覚ますと、すでにきちんとして回答が来ていた。オプショナルツアー代金の返金は、現場ですぐにでも対応可ということだった。お見舞いの手紙に関しては、既に作業に取り掛かっているとのこと。迅速な対応に感謝した。

東京からの心配事もあった。

「現金やクレジットカードを盗られた方もいらっしゃるようだが、旅行を楽しむためのお金は、皆様十分にお持ちだったのか?添乗員が、所持金からお客様に貸していないか?」

「今回の参加者は、夫婦、親子、友人同士とすべて二人組以上のグループ。一人参加の方はいらっしゃらない。所持金やカードについては、二人揃って被害を受けたグループはないので、仲間内で対応をしている。添乗員からも伺ってみたが、そこはなんとかなっているようだ。」

既に担当者に報告済の事柄もあったが、朝、すべてを確認できたことは、僕の心理的には大きかった。

 

集合時、早速お二人にオプショナルツアー代金をお返しした。1万円ほどで大した金額ではないが、返ってきて悪く思うはずもなく、快く受け取ってくださった。

この日も天気は快晴。ニース近郊には、黄色いジャケット軍団に都合の良い運動場所がないのか、スムーズに移動出来て、無事に観光を終えた。岩山の上にあるその形状から「鷲の巣村」と呼ばれるサン・ポール・ド・ヴァンスの観光を終えて、バスに戻る前に、マルセイユ行きの専用車との待ち合わせ場所に向かった。

「お!こりゃ快適そうだ。さすがは520ユーロだな。」

お一人のお客様が、嬉しそうに言った。車は、ルノーのミニバン。僕は、車に詳しくないが、お客様に言わせると最新型らしかった。しかも、ドライバーは、品のある素敵な女性だった。

「ほお・・・!!これはラッキーだな。ドライバーさんも優しそうだ。」

もう一人のお客様も、これからのドライブが、急に楽しみになったかのように見えた。「どうやって見送ればいいか分からない」と仰ってた他のお客さんたちも、この高級車を専用車として使えることは羨ましいと思ったのか、素直に「貸し切りドライブを楽しんでくださいね!」と口々に二人を励ましていた。

ちなみに、被害者二名様とも夫婦で参加されていたが、奥様たちはオプショナルツアーに参加された。できた夫婦というのは、そういうものらしい。「私たちは、旅を楽しみます。」だそうだ。

「あ、ツートンさん!夕食ご一緒に頼みますよ。最後くらい、気持ちよく美味いものを食べたい!」

出発間際、、男性二人揃って窓を開けて、大きな声をあげながら手を振って、二人は旅立った。

この日の夕食は、ツアーに含まれておらず自由食だった。僕の場合、お客様の人数が20人くらいまでの時は、僕自身が同行する夕食手配のご希望を承る。レストランの席だけ予約して、添乗員を含めて割り勘で食事をする。ご希望されるのは、だいたいツアーの半分くらいで、一人参加や年配のご夫婦が多い。10人くらいまでなら、ほとんどのレストランの当日予約が可能だ。それ以上になると、当日手配は難しいので、おすすめレストランの紹介や予約などを承るに留まる。

最近は、スーパーで総菜を買ってきてお部屋で食事をしたり、ガイドブックなどであらかじめレストランを調べておいて、料理の写真を指差して好きなものを注文したりするなど、ツアー客も知恵をつけてきているから、希望者は少なくなってきている。この日も、この時点では希望者は0だった。

 

お見送りをした後は、少し離れたバス専用の駐車場に向かった。

「残念ね。夕食希望者が出ちゃって。夜は一人でゆっくりできるはずだったんでしょう?しかも、あの方たち、あなたが一番気を遣ってた方たちじゃない。」

突然、一人のマダムが、僕の横に並んで話し始めた。

「そんなことありませんよ。僕も食事はしますから。一人でするか、みなさんとするかの違いです。」

「あら、そう。」

「それに・・・。この場合は、『美味いものを食べたい』って言ってくれることが嬉しいです。昨日の夜までは、そんな雰囲気じゃなかったし。」

「なるほどね。・・・・・・・・・ねえ、美味いもの食べに行くの?」

「そのつもりです。あのホテルの周辺には、あまり詳しくないので、ホテルにいろいろ聞いてみますけど、観光エリアから少し外れてるし、会社員みたいな人も朝はずいぶん見かけたし、地元の人がよく行く、ちょっとしたところがあるんじゃないかなと思って。」

「あら・・・そう。」

マダムさんは、元々大きなめを、さらに見開いた。

 

バスに乗ってニースに戻った。海岸線沿いのレストランでランチをとって、オプショナルツアー組は、午後のみ雇ったニースのガイドさんの案内で、午前とは別の田舎町へ観光に向かった。自由行動を選ばれた大半の方は、僕が海岸沿いの散策に案内した後、少し離れたシャガール美術館やマチス美術館訪問を希望された方をタクシー乗り場へ案内した。後は、地図上でホテルやショッピングエリア、カフェの場所などをチェックしてあげて解散だ。

 

本当は、のんびりしたいお客様を、ちょっとしたカフェにでもご案内したいところだが、今日は、そんな時間はない。お客様たちも察してくれたのか、聞きたいことを聞いたら、すぐに自由行動に入っていった。このツアーの方々は、ご自身で動ける方たちばかりで助かった。

 

僕は、まず、マルセイユの総領事館に電話をかけた。この前は書かなかったが、事件直後の移動途中に、一度電話をいれていた。順調に進んでいれば、そろそろお二人は着いてもいい頃だ。

「いや、まだ着いてませんよ。黄色いジャケットの人たちに随分と邪魔されているはずですからね。まだまだ着かないでしょう。念のため伺いますが、ツートンさんですよね。アビニョンのガイドさんから、色々聞いてますよ。大変でしたねえ。南仏は、日本人に限らず盗難は多いのですが、こんなのは私も初めて聞きました。」

「え?ガイドさんをご存知なのですか?」

「はい。日本人がトラブルに遭った時は、彼女が、よく同行してここに来るのですよ。よくやってくださる方でねえ。ツートンさんも、あの方がガイドさんでよかったですね。」

「はい。それはもう本当に。とにかく、そちらに着きましたらよろしくお願いします。」

「ええ。今連絡いただきましたしね。明日、帰国されるんでしょ?事情はガイドさんから全部聞いてますから。最悪、そのお二人のためだけにでも、時間過ぎても受けますよ。」

「え?そこまでご存知なのですか?」

僕は、丁寧にあいさつをして電話を切った。後で、様々な添乗員仲間に聞いたが、そんな対応と会話をしてくれた大使館や領事館などないという。僕も、あまりに気さくなのでびっくりした。

 

その後、すぐにアビニョンのガイドさんに電話をした。

「今の総領事館の方、とても親切なんですよ。気さくだし。ずっとあの方ならいいのになあって思っています()。」

「それはそれで良いのだけど・・・領事とコネをお持ちなのですか?妙に親しそうだったけど。」

「まあ、何度も顔を合わせてるから、信用はありますね。コネってほどじゃありません。」

「なんだか、いろいろ対応してくれるみたい。ありがとうございます。本当に、なんて感謝したらいいか・・・。」

「あれだけのチップいただいたのだから、これくらいはやりますよ。」

「チップがなくてもやったでしょ?」

「・・・どうかな。やったかなあ・・・。でも、モチベーションは違いましたね。チップってそういうものです。翌日のランチを食べてる時にね、あの日の疲れは吹っ飛びましたもの。」

やはり、チップの威力は大きいのだ。その後、何度もお礼を言って電話を切った。

 

ホテルに戻る。会社から届いていた書類を確認した。キャリーバッグを丸ごと盗られた僕の手元には、会社への提出書類が、まったく残っていなかった。日報レポート、精算書、全体報告書・・・。アンケートはスーツケースに入れてあって無事だった。お客さんの個人情報も面倒くさがらずに身につけていた。だが、すべての書類をこれから仕上げるのは、けっこうな労力だ。ん?お客様への手紙がない。日本は、夜の九時を回っていた。僕は担当者にラインを送った。

「それが・・・。営業レベルで手紙を出そうと思ってたのだけど、作成途中で役員クラスから出すということになっちゃって・・・。そちらの朝にはお送りできると思うのですが。」

役員クラスの手紙が来るならありがたい。そこは歓迎だ。

 

その後は、書類をできるところまで進めた。今回のトラブルに関しては、帰国便に乗るまでの様子を見極めてから、帰りのフライトの中でまとめることにした。

「あとはは、パスポート盗難に遭われたご夫婦二人に、美味しいディナーを召し上がっていただいて、明日は帰国か。」

僕は、少しベッドで横になって、今回のことを思い出していた。少し気になったのは、思ったよりもお客さんから不満が噴出しないことだ。もう少し、正しいかどうかは別にして、いろいろ言われてもおかしくないのだが、ここまで協力的だと(失礼な言い方だが)、逆に不気味だった。

 

夕食の待ち合わせ時間が近づいていた。10分前にロビーに下りた。マルセイユにいらしたお二人の奥様達が、先にソファにおかけになっていた。

「ご主人たちは?」

「それが・・・まだ帰って来てないの。」

「え?」

待ち合わせの10分くらい前だろうか。僕の携帯電話が鳴った。

「ツートンさん?だめだ。まだニースの20kmくらい手前にいるんですけどね。いちいち黄色いジャケットの人たちがいて、全然進まないよ。とても時間は読めない。申し訳ないけど夕食はキャンセルで。」

「・・・わかりました。奥様に電話をかわります。」

奥様達は、僕と一緒にレストランには向かわず、彼らを待つことになった。ご主人たちは、僕と一緒するように仰ったらしいが、とてもそんな気にはなれなかったらしい。

「こんな時間まで、ずっと渋滞に巻き込まれて・・・。かわいそうよ。」

 

その時、マダムの4人組が現れた。昼間、「夕食希望者が出てきちゃって残念ね」と仰った人がリーダー格の4人組だ。

「美味いものを食べるって聞いたから来ちゃった。ご一緒していいかしら?」

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