マスター・ツートンのちょっと天使な添乗員の話

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

May 2021

できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

登場人物は、上のリンクをご覧ください。

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便利な時代になったものだ。桐生は、レストランでWIFIがつながると、すぐに国定にLINEを送った。

「こっちは、今日、ゴルドナー・ヒルシュに泊まる。時間があったらビール一杯くらいどう?」

しばらくして確認すると、国定からの返信を見つけた。

「俺は、リーメンシュナイダーに泊まっている。ディナー後に時間を取れる。」

ふたつのホテルは、旧市街のメイン広場を挟んで徒歩7、8分の距離にあり、二人で仕事後の一杯を楽しむ時間はありそうだった。

海外添乗員たるもの、仲が良い仕事仲間と会える機会はそうそうない。気が付けば、この前の焼き鳥屋の集まりから、一か月半が過ぎていた。

男性添乗員は、女性添乗員と違って、友人とLINEのやりとりをする頻度も低いし、その内容もシンプルだ。三人であれだけ騒いだ国定のお見合いの報告でさえ、

「この前のお見合いだけど、だめだった。」

「そうか。おつかれ。」

この二行で終わっていた。必要最低限の連絡。それが男性添乗員同士の基本的なLINEだ。一般的な女性添乗員たちのように「ちょっと聞いてよ!」的なやり取りはない。「わかるー」や「かわいい」といった枕詞的な共感や褒め言葉など絶対にありえない。

ちなみに、このやり取りは国定と桐生の間だけで行われた。駒形に知られたら、見合いの失敗を馬鹿にされると思ったので、敢えて国定は、桐生だけに報告したのだった。

連絡はシンプルだが、実際に現地で出くわした時に、やたらと時間を取って会おうとするのも男性添乗員だ。なぜか会ってしまうと、急に寂しがり屋モードエンジンが火を噴くことがある。この時は、出くわしたのが、お互いに認める親友同士だったからなおさらだ。

「ツアヘルっていう、居酒屋風レストランを敬ちゃんにすすめられた。そこに行こう。八時半くらいに行ってる。」

OK。じゃあ、ディナー後に地獄の入り口で。」

それぞれのお客の夕食の案内を終えて、待ち合わせ場所である「地獄の入り口」にあるレストランへ向かった。「ツアヘル」というのは英語で言うと、「To hell」。「地獄へ」という意味だ。ブルク通りの一角にあるレストランで、名店として知られている。

店のあるエリアは、日が傾いてから、街の中で一番最初に暗くなることで知られており、古くから「地獄の入り口のようだ」と皮肉をこめて言われていた。そこに、あえて「地獄へ」という名前のレストランをつくったのが面白い。しかも、すぐそばには「中世犯罪博物館」という、かつて罪を犯した者が、拷問を受けた道具が展示されている観光施設がある。ちなみにレストランと博物館は、なんの関係もない。

「こっちの人は、まるでコラボしているかのように、隣に合わせて徹底的にやるよね。」

店の中で会うと、国定が笑いながら言った。12月中旬のローテンブルクの中心には、クリスマスマーケットが設立されていた。華やかな雰囲気の広場の裏側にある地獄の入り口は、そのコンセプトを守るかのように、簡単な装飾だけで、その様相を守っていた。

観光客向けの店であるが、ローテンブルクの中では特に人気がある。日本語メニューはあるが、日本人を含めて、大きな団体は見かけない。料理メニューはアラカルトのみ。料理名に「地獄の串焼き」(肉の串焼き)などがあり、とことん地獄にこだわっている。

同時に、ワインへのこだわりも相当なものだ。このあたりの地酒「フランケンワイン」が、数多くグラスで用意されている。ビールがメニューにあるのに、いざ注文すると

「うちに来たらワインを頼めよ。」

などと、店の人が言われた。

古い建物の中は、とてもロマンチックな雰囲気だ。

豊富なワインリストの中から、国定はヴュルツブルクのリースリングを、桐生はジルバーナーを頼んだ。

ザワクラフトと地獄の串焼き、ジャーマンポテトを味わいながら、ワインをグッと飲み、国定がしみじみ天を仰ぎながら言った。

「このお店の名前って、天国の入り口だっけ?」
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昨日、コールセンターの仕事に向かう時、駅前である表示に気付いた。

 

東京オリンピックまであと55日(本日で54日)

 

「あっという間にそんな時期か。」と、思いながら足早にオフィスへ向かった。

スポーツの祭典というのは、多くの人に祝福されながら開催されるべきものだと思うが、まったくそんな雰囲気はなく、「東京オリンピックを見たい」などと言おうものなら、発言する場所によっては「非国民扱い」されそうだ。

ただ、開催に向けて肯定的なのは、日本政府とIOCだけかというとそうでもない。

海外に目を向けた時、各メディアは開催に批判的ではあるが、政府レベルになると開催を後押ししているところも少なくない。例えば、27日に日本とEU首脳会議が行われたが、オリンピック開催支持で一致した。フランスでは、厳しい開催批判を一部のメディアがする一方で、擁護派はいるし、オリンピックの宣伝動画まで出回っている。

 

IOCEUの高官たちは、開催場所が欧州内だったら同じことを言えるのか?」という声が、日本では聞こえてくるが、彼らの多くは、自分のところと日本の感染状況を比べてものを言っている。発言そのものに無責任さは感じるが、「その程度の感染状況ならオリンピックはできる」と主張している。つまり、開催場所が欧州内であっても、(感染状況が日本くらいならという条件付きではあるが)彼らは同じことを言うと思う。(発言の解釈について語っているのであり、開催の賛否をこれにつなげるつもりはない)

 

話は変わるが、日本がファイザーからワクチン供給を受けるまでの経緯が、メディアで語られるようになった。急いでいたため、従来の厚労省ルートに加えて、外交ルートを使ってアメリカの日本大使館からファイザーのトップに連絡を取り、そこから首相の直談判へ繋げたそうだ。
当初は、相手にしてもらえなかったが、トランプ政権時代の厚労長官とゴルフ仲間だった当時の大使は、彼に間に入ってもらい、なんとかパイプを作ったらしい。交渉は河野行政改革相が中心になって進められて、詰めの段階でファイザー側が、首相とも話したいと希望したため、直談判が実現した。その後、交渉を重ねて、一度は「年内には」と言われていた対象者分のワクチンを、なんとか9月までに得られそうなところに至ったという。しばらくしてから、語られそうなストーリーではある。

興味深いのは、その時のファイザーのトップであるブーラ氏の発言だ。「オリンピック・パラリンピック選手団などへのワクチン無料提供」は、この時に提案されたものだという。やがて、それがIOCの発表に繋がった。

つくづくオリンピックって政治だと思う。まあ、これだけ人もお金も動いているのだから当然だ。サッカーもラグビーも、世界的なスポーツイベントには、必ず政治が付きまとう。スポーツが政治と結びつくのはよくないというけれど、理想的幻想だ。(スポーツにおいて、政治的なものが前面に押し出されて目に入るのがよくないというなら、話は分かるけど)

だから、これらの流れを、ここで良く言うつもりも、悪く言うつもりもない。もし、コメントで議論を投げかけられてもこたえるつもりはない。

 

だが、国産ワクチンを持たない環境で、しかも一億近い対象者のワクチンを手に入れた政府の努力は、確かにあったのだ。EU内で生産されたワクチンの四割強が、日本へ輸出されることを見ても、それはわかる。

そして、そこだけを見たら、国やIOCがオリンピック開催にこだわる事情も理解できる気がした。(もちろん経済的損失や、このようなことでの中止という前例をつくりたくないという前提ありでだが)

だが、僕ら一般国民が気にしているのは、感染拡大のリスクだ。フランスの一部メディアが言っているような「変異株の祭典」になってしまうかもしれないというリスクだ。

 

なんだか、こんな短い文章の中で、肯定と否定がいちいち混在して入れ替わっているが、自分がどこに基準を置いて考えるかで、まるで違う結論になってしまうのが、今のオリンピック議論なのだと思う。

 

正直に書いておこう。僕は、オリンピックは開催されるべきではないと思う。世界中の人々から批判される世界的スポーツイベントなど考えられない。明確な感染拡大や人命のリスクがある以上、それだけでアウトだ。

もっと正直に書いておこう。心の底では、オリンピックが開催されて欲しいと思っている。
僕ら旅行業界の人たちの中には、現時点でオリンピック業務に携わろうとしている者もいる。本職が機能しない中で、それに近い業務を行うチャンスだし、海外添乗が再開されてから、実行されるであろう感染対策の参考になる動きがあるだろうから、そのノウハウを仕入れるチャンスだ。もちろん、今よりも国内の感染事情が大幅に改善されることが前提だ。

当初、暑い時期だから、オリンピック業務は敬遠していたが、今の状態で「来い」と言われたら行くだろう。

念のために言うが、この考えは業界全体傾向ではなく、僕個人のものだ。コールセンターには、成田空港や羽田空港でスタッフとして働いていた人たちもいる。もし、オリンピックが開催されて呼ばれたら現場に戻るかと聞いたら、三人とも首を横に振った。

「今は感染が怖い。対策が十分にされるかが不安。」

と、口を揃えた。彼らは、本当に空港から人がいなくなるまで業務を続けていた。感染拡大が深刻になってからは、防護服を着用して仕事をしていたらしい。接客した外国人の中には感染が確認された人もいたという。

昨年三月の頭、まだ感染事情が、本当に深刻になる前に帰国した僕などに比べると、コロナに対して抱いている恐怖感が遥かに大きいのだろう。同じ業界でも、これだけ感覚が違う。

少なくとも、今現在、一般の国民レベルであっても、オリンピックはスポーツの祭典というよりも、政治的な話の一部になってきている。そのためか、日常会話の中で、話題として出しにくくなっているように思う。そう感じているのは、たぶん僕だけではないだろう。

 

ああ・・・難しい。本当に難しい。

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桐生は、ドイツのローテンブルクに来ていた。案内しているのはVIPの三人家族だ。

夫婦が、ドイツに留学している娘に会いにやってきて、ミュンヘンのホテルで合流し、南ドイツを旅していた。桐生は、その家族の案内人として同行していた。

本来なら現地ガイドを手配するものだが、夫婦が、自分たちだけで日本からミュンヘンの空港に辿りくことに不安を覚えており、日本から桐生が同行した。

「細かい観光案内はいらないよ。道案内をしてくれて、その街で一番きれいなものを見せてくれればいいから。あと、美味い酒と食事ね。」

こんな要望があったこともあり、結局現地ガイドは手配されず、家族三人を桐生だけで案内していた。

元々この仕事は、ドイツを得意とする駒形にリクエストが来ていた。ところが、彼には、先に受けてしまったツアーがあり、たまたまスケジュールが空いていた桐生に白羽の矢が立った。

ドイツに詳しいだけなら、他にいくらでも添乗員はいたが、VIPの三人家族となると、別のスキルが必要となってくる。そのための人選だった。

とはいえ、フランスやイタリアを得意とする桐生にとって、ドイツのVIP案内には、多少の不安があった。添乗の難しさにもいろいろある。一見、多人数を案内している添乗員を見ると、とにかく忙しく大変そうに見える。確かにそういう一面はあるが、時間に限りがあり、テキパキ動いていかないといけないツアーでは、参加客に提供する情報も限られており、それを掴んでツアーをうまく回せれば問題ない。早い話が、ぼろが出にくい。

このVIP家族旅行では、行程そのものが、その家族専用のオリジナル。主に娘さんの好みでつくられていた。そのため、普通のツアーならせいぜい一泊、時と場合によっては数時間の観光で移動してしまうローテンブルクに二泊する行程になっていた。

これだと、ローテンブルクだけで、添乗員にはかなりの知識が必要になる。この手のVIPツアーでは「添乗員の知識不足」が、かなり深刻に評価されることがあるから、久しぶりにドイツを訪れる桐生には、ちょっとしたプレッシャーになっていた。

 

「平気だよ。知識は、桐生さんが持っているもので十分だよ。観光中のトークは付録。ドイツの街の場合は、なにを話すかよりどこを歩くかだから。この旅行ならローテンブルクとハイデルベルクできれいに町を見せられれば勝ったも同然。」

出発前にそう言って、時間を惜しむことなく助けてくれたのは駒形だった。

「ホテルがゴルドナー・ヒルシュか。いいところだね。ここならまず、プレーンラインの塔をくぐって、左側を見ると、城壁の上り口があるから、まずは上を歩くんだ。ローテンブルクの城壁は、一周するほどの価値はないけど、プレーンラインからガルゲン門の間は、旧市街の様子を一望できる。

それと、城壁沿いには一般民家がたくさんあって、上からそれらの小さな庭園なんかも覗ける。ローテンブルクの街並保存のコンセプト知ってるだろ?建物を残すだけでなく、実際に人が住んでいてこそ街が保存されていると言えるってやつ。それを実感できるのが、城壁歩きだよ。」

駒形は、観光場所の特徴によって、必ずテーマを持って案内に臨んでいた。

「ヨーロッパの古い町は、まず遠くから全景を眺めて、それから中を歩くのが理想。ローテンブルクは、外側からの眺望を楽しめる機会はないけど、城壁の上から旧市街を眺められる。それはもう赤い屋根がきれいでさ。それを見たお客さんは、街の中を歩きだしたくなってウズウズしてくる。そうなったらこっちのもんさ。

ガルゲン門で下りて、マルクト広場まで行って、そこから先は桐生さんがいつもしている動きをすればいいよ。一回案内すれば、だいたいお客さんは自分で歩こうとすると思う。あ、せっかく時間があるなら、ヤコブ教会に行きなよ。リーメンシュナイダーの『聖血の祭壇』は見せたほうがいい。キリスト教に興味がなくても、キリスト教文化は楽しめる。本当に素晴らしい作品だから。」

桐生は、駒形のアドバイス通りに街を歩き、駒形の一言一句通りの案内をした。駒形と言う男は、時々かなり押しつけがましいところがあった。例えば、

「メモは後で取って。知識に自信がないところでそんなものを取っても、僕が言ったこととニュアンスが変わっちゃうよ。まず話を聞いて。え?忘れちゃう?なら話を録音して。それを観光前に聞けばいいよ。書く時間なんてもったいない。」

 

「うーむ。」

一泊した後の午前中、一通り街歩きを終えた時、大満足した家族の様子を見た桐生は、駒形のすごさを感じていた。少なくとも、今まで自分がローテンブルクを案内して、ここまで客が笑顔になったことはなかった。

ランチの時間になり、予約したレストランに向かう時だった。聴き慣れた声がマルクト広場で聞こえた。遠くから見ると、15人ほどの客を率いて国定が案内していた。

「そう言えば、ドイツに来るって言ってたな。」

歩きながら、大きく手を振ると、国定も気付いて小さく合図をした。

あの焼き鳥屋以来、1ヶ月半ぶりの再会だった。

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昨日、とある旅行会社が、顧客とのオンライン懇親会を開催した。

テーマはイタリア。添乗員九人が、ブレイクアウトルームに分けられて、お客さんたちと対話する。お客さんはもちろん、添乗員も基本的には自宅から参加だった。

基本的にというのは、ズーム利用に自信がない添乗員は、旅行会社に出向き、スタッフが用意したものを使う。「そんなこともできない人に、オンラインの仕事をさせるのか?」と思われるかもしれないが、「お客さんとの旅の会話」がメインだから、重視されるのは、旅の経験とコミュニケーション能力なのだ。

 

僕自身、生まれて初めてズームを使った。利用そのものは難しくなかったが、端末から消去した、クラウドにしか残してしない写真の表示に少しだけ手こずった。できるようになってしまえば、なんてことないのだが、イベントの中での写真表示を失敗したら、かっこ悪いし白けると思ったから、一人で何度もリハーサルを行った。

写真は、すべてiPhoneで撮ったものを利用したが、とりあえず、問題なくうまくいったと思う。僕がいたルームでは、お客さん五人を添乗員二人で対応したが、相方がお客さんに喋らせるのが、とても上手で助かった。同時に、ズームを上手に利用されている年配客が多いことに驚いた。おしゃれなアバターを用いてる女性もいたな。家族に設定してもらったのか、自分でやったのかはわからない。

そういえば、北欧のオンラインイベントの仕事をいただいているが、いつもこちらから一方的に話すだけで、お客さんからの発信はチャットのみだ。

今回のように、複数のお客さんと会話するのは久しぶりだった。終わってみて、妙になつかしさを感じたのは、そのせいだったのかもしれない。

お客さんが出かけたり、旅行会社が会場を借りる手間が省けるオンラインイベントは、コスト的に魅力だし、遠方にお住まいの方も参加可能だ。今回は、ローマのスタッフも参加して、コロッセオの前やスペイン階段からレポートがあるなど、現場の臨場感も素晴らしかった。

この形態のイベントは、コロナ禍が終わってからも続くだろう。個人的には機会があれば、ずっと関わっていきたいと思った。

 

イベントとは関係ないが、つらいことも書いておこう。この日、緊急事態宣言が620日まで延長されることが正式に発表された。まだまだ先は長い。

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「一生、家族に対しても添乗員として接するつもりなら、お見合いはバッチリだろうな。」

桐生の核心をついた一言に、国定は言葉が出ない。その様子を見た駒形は、追い打ちをかけなかった。間違いなくとどめになってしまうからだ。彼にも、武士の情けはあったらしい。

「まあ、その前に、先方がお前のことを気に入ってくれるかどうかが問題だけどね。」

急に意地悪になった桐生の様子を、駒形は楽しんでいた。自分と比べると真っすぐな言葉での意地悪。いや、意地悪というよりも正論だった。

「うん・・・まあ、気を付ける。紹介してくださった方への義理もあるし。」

言いにくそうに、かろうじて国定が発した。

「しかし、ファーストの顧客が紹介するお見合い相手ってどんな女性なんだろうな。」

「きれいな人だよ。ショートカットの。ベリーショートって言うのかな。とても自分より年上とは思えなかった。」

「え?」

「は?」

国定が、お見合い相手の容姿を把握していることに、桐生と駒形は一瞬で反応した。

「なぜ外見を知っている?」

「見たの?」

「いや、お客さんが写真を見せてくれた。」

「え?お客さんが、その人の見合い写真を持ち歩いていたのか?」

「まさか。親戚一同で撮った写真の中にいたんだよ。」

「ああ、そういうことね。」

経緯を把握して桐生は納得した。

「親戚ご一同の写真を持ち歩いていて、他人に見せるところはちょっと変わってるな。日本人離れしているというか・・・。」

「ファーストの顧客には、たまにいらっしゃるよ。ところでさ、国定。」

駒形の表情が、再び突っ込みモードになった。

「さっきまで、僕は、君がお客さんに押し切られて、お見合いを受けざるを得なくなっちゃったと思っていたんだよね。実は違うだろ?」

「え?そうだよ。仕方なく受けた。」

国定の表情に現れた、わずかな動揺を、駒形は見逃さない。

「そうか?本当にそうかあ?お客さんから写真を見せられて、ベリーショートな彼女に興味持っちゃったんじゃないの?だろ?」

「敬ちゃん、そんな分かり切ったことで、いじめちゃだめだよ。なあ、国定?」

顔を赤くした国定は声が出ない。

「いやー、やばいやばい。本当にやばい。」

「どんなふうにやばいのでしょうか?解説の駒形さん。」

「はい。ベリーショートな美人さんが、どうして、そんなお歳まで独身でお見合いされるのでしょう?」

「どういうことでしょうか?」

「はい、昔、ドイツにバッハという有名な音楽家がいました。」

「バッハ!?ここでバッハですか?」

「はい。ここでバッハです。彼は音楽家でしたが、独身時代に、貴族女性との結婚話を持ち掛けられたことがあります。当時としては、かなりの家柄の女性だったらしいです。彼にとって貴族階級との強い繋がりをもてるいい機会でしたが、断ってしまいました。」

「え?どうしてですか?」

「よくわかっていません。ただ、相手の女性は、多くの男性に紹介されながら、結婚に至ったことは一度もなかったということです。」

「それはつまり・・・。」

「ノーコメントです。なにがあったかはわかりません。」

「しかし、ベリーショートな彼女の場合、結婚願望などなく、お見合いそのものが、マダムなお客様のお節介という可能性がありますが?」

「それは酷な言葉ですよ、実況の桐生さん。もしそうだとしたら、国定選手が、どんなに優秀な添乗員さんでも、勝ち目がないということです。」

「はっ・・・!?確かに。つまりこの勝負は、国定選手にとって・・・」

「ノーコメントです。それより酒がもうありません。」

「深い話をありがとうございました。実況は桐生でした。それでは、最後にグラスの赤ワインで乾杯しましょう。」

国定は、二人の深い話を、不快な気持ちで聞いていた。この日の最後の乾杯には参加したが、締めくくりの乾杯の言葉は、まさかの「国定、ご愁傷様」で、最後までいじられるところまでは、想像できなかった。

 

なんだかんだで楽しかった飲み会の三週間後、お見合いは行われた。

ベリーショートな女性を一目見て、国定はときめいた。もっと言うと恋に落ちた。かわいらしく、一見気立てもよく、お互いに海外旅行好きということで会話も弾んだ。紹介したお客様も満足気だった。

お別れする際、マダムなお客様には、前向きな気持ちを伝えて、期待に胸を膨らませながら、国定は次を待った。

 

そして翌日、「残念ですが今回は・・・」というお断りの電話をいただいたのだった。

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「桐生さん、うまいね。『善意のパワハラ』って名言かも。『ありがた迷惑』よりもピンとくる。」

「どうも。褒められても嬉しくないけどね。」

善意そのものが悪になることは、あまりないのだが、添乗員が受けにくい好意や善意を押し付けて、客がつまらなそうな顔をしてしまうと、結果的にパワハラ要素を帯びてしまうことがある。

「俺は、お客さんに酒をすすめられるのがつらい。添乗中は、いろいろなことを想定して、常に頭の中が動いているから、思考が鈍るのが怖い。」

国定が、珍しくストイックな発言をした。それに駒形が反応する。

「一杯くらいいいんじゃない?すすめられたら仕方ないよ。」

「前はそう思ってたんだよ。でも、いつか業界誌から原稿を頼まれたことがあってさ。けっこうはかどったから、途中でワインでも飲みながら続きを書こうと思ったんだ。そうしたら、頭の中の引き出しが、一気にロックされちゃって。なにも浮かばなくなった。それ以来、飲むタイミングには気を付けてる。添乗中も、判断力が鈍るのが怖い。」

「へー・・・。僕は、酒飲みながら、なんとなく出てきた言葉で、いい旅行企画を思い付いたもんだどけね。固くなっている頭を柔らかくしてくれるってことはない?」

これはこれで駒形の体験談なのだ。旅行会社の企画部署時代、酔った時に言い放った一言で名案が浮かび、ヒット商品をつくったことがある。

「そう言う面もあるのかもしれないけど、適当に発した言葉で企画を思い付くのと、書く作業は全然違うよ。着地点をはっきりさせきゃいけない文章を、酒を飲みながら書くのは、酔っ払い運転だな。少なくとも俺にはね。」

「なるほどね。」

桐生がまとめる。

「酒はさ・・・すすめた本人にとっては、純粋な善意だろうけど、周りにアルコールを飲めない人たちがいたら気を遣うね。きっと違和感を覚えると思う。仕方ないとは思っても、良いとは思っていないだろう。実際に、『添乗員は酒を注がれても飲むべきではない』とか『添乗員が飲みすぎ』だというクレームって多いらしいよ。」

「そりゃそうだ。僕も、お客さんの前で、飲むことは、あまりない。」

駒形が、残り少なくなったマスカットベイリーAを、もったいなさそうに味わいながら言った。

「うちの派遣元で、その手のクレームをもらうのっているのかな。」

「いるよ。芳賀さん。けっこう多いらしい。マネージャーが嘆いてた。」

「あのオヤジ、ほんと酒飲みだよね。飲んで食って飲んで食って・・・」

「不摂生が祟った末に糖尿病。僕は、あの人とは絶対に飲みにいかない。仕事の哲学が違い過ぎるし、糖尿病がうつったら嫌だし。」

「いや、うつらないだろ()

またもや桐生が大笑いしている。彼は、駒形の口の悪さを気に入っているらしい。

「まあ、善意のパワハラと言っても、大半が結果論かな。酒をすすめるにしたって、お客さんが旅を楽しんで、感謝しているからこそだし。丁寧に断った添乗員に高圧的になったら問題だけど、『俺の酒が飲めねえのか』って強烈人なも最近いない。こちらがうまく立ち振る舞えれば問題ないことも多いしな。」

「確かに。意外と『善意のパワハラ』って思い付かないね。まあ、細かく見ると、いろいろあるのかもしれないけど、思い付かない俺たちは、気にしてないってことだよ。だから、この仕事を続けられる。」

桐生と国定が頷きあった。

「旅行中におさまることであればね。でも、だから旅行に関係ないお見合いのおすすめは、パワハラだと思うよ。あ、国定、ごめん蒸し返しちゃって。でも、これは嫌味じゃない。個人的な意見。」

「わかってるけど、駒形もすすめられたことあるの?」

「あるよ。フレンドシップツアーズ時代に何回か。全てことごとく、きっぱりと、圧倒的に断った。」

「そんなにたくさん言われたの?そこまで行ったら、名誉だと思うけど。なんでそんなに嫌なの?」

「お客さんたちは、添乗中の僕のイメージで、見合い話を進めようとしているんだよ。ふだんから、あんなに気を遣って生きているわけないだろ?一回だけ危うかったことがある。強引なマダムが、他のお客さんたちが見ている前で、無理矢理受けさせようとしたんだ。」

「まじ?それで?」

「夫婦と娘さんで参加されてたんだけど、娘さんが助けてくれた。『お母さん、無理言わないの!駒形さんも、家の中では、ここまで気を遣わないと思うわよ。』って。いやー、助かったよ。」

国定が微妙な表情をして、駒形に突っ込んだ。

「意外だな。お前が仕事している現場を見たことあるけどさ。はっきり言って、素じゃん。言葉遣いが丁寧になるくらいで、ふだんとそんな変わらないと思うけど。」

桐生が爆笑した。

「一本取られたね、敬ちゃん。」

「心の中の緊張感は、全然違うよ。ふだんは、あんなにいろいろなことに気を付けない。」

「まあ、そうだね。あはは。でも国定、敬ちゃんに突っ込むのを見ててさ、俺はお前が心配になってきた。」

桐生は、必死に笑いをおさえて真顔になった。

「え?なんで?」

「俺たちから見て、添乗中も素に見える敬ちゃんが、自分の添乗中とふだんのイメージとのギャップを心配しているんだ。お前は、自分のそういうところは心配ないの?自覚あるだろ?国定隼人は、添乗中とプライベートは別人格じゃん。」

駒形は、じっと桐生を見つめて、ゆっくりと国定に視線を移した。たった今桐生が言ったことは、駒形自身が感じていたことでもあった。
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駒形の見立て通り、マスカットベイリーAは、タレの焼き鳥との相性が抜群だった。

「お口に合いますか?」

ちょうど他の客が少なくなった頃、マスターがテーブルにやって来た。

「マスター、いつもお世話になっております。全員大満足ですよ。」

桐生が、丁寧に挨拶をした。

「このワインの味は、もちろん、タレの焼き鳥との相性は奇跡的ですね。出会ってしまった二人って感じですかね?」

駒形の物言いに、みんなが笑ったのを見て、さらに彼は調子の乗って、焼き鳥とワインに語り掛けるふりをした。

「ワインさんと焼き鳥さん、お二人はどうやって出会われたんですか?え?お見合い?」

「いい加減にしろよ。」

桐生が、軽く駒形の頭を叩いてたしなめた。国定も、眉間に皺を寄せて「勘弁してくれ」という顔をしている。「どうぞごゆっくり」と声をかけて、マスターは焼き場に戻った。ジッと桐生に睨まれた駒形は、

「悪かった。ごめん。もうからまない。」

と、さすがに悪ふざけと嫌味をやめた。

「お見合いは、受けちゃったから、もうやるしかないけど・・・駒形、気を付けるよ。粗相はしないから。」

「当たり前だ。」

絡むのはやめたが、駒形の国定への態度は厳しいままだ。彼は、自分自身が、これ以上国定への突っ込みをしないようにするため、桐生に話を振った。。

「桐生さん、奥さん元気?」

「おかげ様で。元気だよ。」

「知らなかったよ。元お客さんだなんて。どうやって、結婚まで行きついたの?興味あるなあ。」

「駒形、桐生ちゃんは、そのことをあまり話したがらないんだよ。俺も、あまり詳しいことは聞いたことがない。」

「え?そうなの?」

 

三人の人間関係は、桐生を中心に回っている。

国定が、五大陸旅行社に勤務時代、派遣添乗員として同社にやってきたのが桐生だった。

五大陸旅行社は、、繁忙期で社内の添乗員が足りない時だけ、わずかな数の派遣添乗員を雇ったが、その中で抜群の能力を誇り、信頼を得ていたのが桐生だった。滅多にない社外添乗員レギュラーの座も勝ち取っていた。

抜群の語学力と業界知識。同年齢でありながら、国定はずいぶんと刺激を受けた。

国定は、30歳になる直前で上司ともめてしまったうえ、社内恋愛で失敗して、しかもそれが原因のひとつとなり、有望視されていた相手の女性が転職したことが社内で噂になり、居心地が悪くなっていた。

それを知った桐生は、同じ派遣元に誘った。その当時は干されていたとはいえ、企画担当者として国定の仕事ぶりは、五大陸旅行社の中でも優秀だったし、たまたまスペインで彼の仕事ぶりを見る機会があった時の、とても有能な添乗員ぶりが印象に残っていた。

とはいえ、無断での引き抜きは、派遣元と五大陸旅行社の関係に支障をきたす可能性がある。そうならないように間に桐生が入った。以来、五大陸旅行社時代を含めると、二人の付き合いは7年になる。

駒形は、フレンドシップツアーズから、桐生とは別の人間から誘われて派遣元に入ってきた。所属して間もないある時、マネージャーから頼まれて、若手たちにフランスのレクチャーをしていた。

そのやり方を見ていて、桐生は驚いた。駒形が歴史や現地事情を語る時、とても分かりやすかったし、細かい年代や人物名が、すべて頭に入っていた。また、教える相手の顔色を観察しながら、理解できていないと見るや、ペースや話の内容を微妙に変えて、相手に飲み込ませる。こんな教え上手な添乗員は見たことがなかった。

「すごい知識だね。どんな資料をづくりをしているの?」

語学と接客には、自信があるが、歴史や神話などをまとめて、資料をつくるのが得意ではなかった桐生は、駒形が、どんなものをつくっているのか、参考にしたかった。

ところが、彼が提示したのは、その時若手に貸そうとしていた本を3冊ほど提示しただけだった。

「これは、本だろ?自分専用の資料とかはないの?」

「そんなもの作る時間をとるくらいなら、より多くの本を読みます。資料をつくったら、その部分は頭に入りますけど、そこから一歩ずれてしまうと話にならないことが多いんですよ。その地に慣れるまではね。」

「確かにそうだね。」

「選ぶ本のコツはありますよ。自分がどんなに理解できていても、資料本はだめです。自分が楽しむ分にはいいですけどね。読んですぐ言葉にできる読み物レベルがいいんです。ツアー客は、深い話よりも、聞きやすく楽しい話を好みますから。」

この話を聞いて以来、桐生はそれまで以上に、本選びを真剣にするようになった。駒形は、マネージャーから桐生という人間とその能力のことを聞いており、話ができる機会を楽しみにしていたから、この時の会話が良いきっかけとなり、二人の交友関係が始まった。

桐生が間に入り、駒形と国定も知り合いになり、よく話をするようになったのは二年半前だ。年齢は、桐生と国定が同じ歳で、駒形が二つ下だ。だが、桐生と駒形が180cm近くの身長なのに対し、国定は168cmの身長で、しかも童顔だった。そのため、駒形は国定のことをずっと年下だと思っており、呼びつけにしていた。ある日、それに気付いて「さんづけ」に呼び方を直したが、

「今更気持ち悪いからいいよ。俺も、駒形が年上だと思っていたし。」

という国定の寛大さ(?)で、結局そのままになった。

三人の交友関係は微妙で、常に桐生が絡む。三人が同時に日本にいる時は、一回くらい飲みに行こうという話になる。駒形と桐生の組みわせでは頻繁に飲みに行く。桐生と国定は飲みに行くだけでなく、LINEもよくする。

だが、駒形と国定だけで飲みに行ったのは一回だけだ。その一回の飲みで、お互いに「二人だけだと、そんなに面白くないな」と、思ってしまったから仕方なかった。そこに桐生が入っただけで、こんなに楽しくなるのも不思議だった。

 

「桐生さんの話は、いつか必ず聞かせてもらうとして・・・。国定、もうこれ以上は言わないけどさ。たとえ客相手でも、断るってことを覚えなよ。お見合い話だけど、たぶん断りきれなかったんじゃないの?」

駒形の言葉の内容は、相変わらず国定のことを責めていたが、語り口調は同情的なものになっていた。

「やっぱりそうなの?」

桐生も、分かっていたという口調で、国定へ顔を向けた。国定は、無言で小さく二回頷いた。

大きく息をついて、駒形は天を仰いだ。

「この手の話をお客さんがする時ってさ、間違いなく善意なんだよね。お断りすべき善意ってやっかいだよね。」

「そうだな。」

桐生がしみじみと頷いて語りだした。

「最近は減ってきたけど、お客さんの善意のパワハラって、たまにあるよな。」

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いや、あくまで、単なる数字の話で、「だからなに?」と言われたら何も言えないのだけど、まだまだ進んでいないコロナワクチン接種と感染者数を比べてみた。

 

ワクチン接種者数は、日本全国で20日までで約553万人(そのうち2回接種した人は約246万人)。

累計感染者数は、同じ20日までで約704千人(回復者数は約62万人)。

当たり前なのかもしれないけど、感染者数を、とっくに接種者数が上回っているのか。これほど進んでいないと言われているのに。

この数字をネットやらなにやら眺めていると、コロナ騒ぎも、(怒られるかもしれないが)さざ波に見えなくもない。

でも、これまでの騒ぎと恐怖感、その影響で発生した社会問題や経済問題の影響は、大波津波で、僕らの心の中は揺れに揺れていたし、時には転覆もした。

 

精神的なダメージを自覚する頻度も高くなってきたから、こういう数字を、少しでも前向きにとらえようとする、自分に対するカウンセリングも大切であるような気がした(少なくとも僕には必要だ)

欧州では、7月からワクチンパスポートが、本格的に導入される。

 

どれも小さな一歩だが、確実に進んでいるものはある。それを意識して、僕も進むことを考える。今日も、コールセンターで電話をとります。

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できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

登場人物は、上のリンクをご覧ください。

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「あれ?ひょっとして困ってる?何も考えてなかった?だよね。でなきゃ、そんなリスクが高いことできないよなあ・・・。」

言葉だけでなく、「信じられない」という表情を丸出しにして、駒形は国定に非難の言葉を浴びせた。

「客相手に、見合い話を受けるかあ?。しかも、ファーストの顧客だよ?あそこのトップブランドのセクションにいる社員は、顧客の情報をばっちり把握してるじゃん。名前も年齢も、いつどのツアーに参加したかまで。なにか変化があったら、すぐにばれるよ。」

「いや、お客さんが、仕事とは関係ないし、旅行会社も関係ないから気軽に会ってくれって。」

「そりゃあ、会って欲しいのだからそう言うに決まってるよ。それに、いくらファーストの客でも、一回ツアーを案内しただけで、そこまで信じられるのか?信頼できる親戚筋が間に入っているとかならともかく、全くの他人同士だろ?いやー、ないない。感覚を疑うね。それにファーストさんにも、うちの派遣会社にも迷惑がかかるかもしれないのに。」

「なんの迷惑がかかるんだよ。」

「分からないの?」

一方的な駒形の厳しい言葉にムッとした国定だったが、それを見た駒形はさらに挑発的な態度になった。

「二人とも落ち着いて。敬ちゃん、抑えて。さすがにきついよ。」

たしなめられた駒形は、小さく息を吸った後、横を向いた。

「それよりも、焼き鳥によく合うワインがあるんだよ。お前たちが想像もつかないような、まさに日本ならではの赤ワインだ。」

「へー。産地は?山梨?」

赤ワイン通の国定が質問した。

「いやいや。国定もワイン好きなら、日本のワイン事情も少しは調べてごらん。もはや国の至るところがワインの産地になりつつあるよ。今日、ご紹介いたしますワインは、熊本産です。マスター!いつかの熊本のワインください。」

IMG_0761
文中に登場するマスカットベイリーA

テーブルに運ばれてきたのは、マスカットベイリーA。一瞬、日本のボトルとは思えないようなデザイン。

「うわ。すごいいい香りだな。」

駒形が、心底そう感じているように呟いた。

「味も美味しい。・・・ちょっと軽いかな。」

素直な感想を国定が述べた。彼は、アルゼンチンやチリなどを巡る南米ツアーから帰国したばかり。肉料理、それもステーキを想定したような、ずしりと重い赤ワインに慣れた舌には、日本の赤ワインは、軽く感じたようだ。

「飲み物としては、そうかもしれない。でも、俺たちは旅人で、世界中のワインを味わっているわけだから、その先を行こうぜ。今日は、食べ物ありきのワインを語ろう。焼き鳥と合わせてみろ。ほら!」

桐生に急かされて、二人は手元にあった焼き鳥を手に取った。駒形はボンジリ、国定はネギマ。味付けはともに塩。

「これはまた・・・。焼き鳥もワインも味が変わるな。うまいなあ。衝撃だ。ブラジルのシュラスコにもチキンがあるけど、あっちのワインよりもこれのほうが合うかも・・・。」

しみじみと国定が語っている。

「フレンチで、ソムリエが合わせたって言われても信じるね。・・・さっきの魚介と泡との組み合わせと言いすごいな。国産ワインばかりを、こんなに揃えている焼き鳥屋は見たことないし・・・マスターが、元々コレクターなのかな?」

「敬ちゃん、ご名答。店をやる前から国産ワインのコレクターで、素人時代からフードとの相性を、趣味で確かめていたらしいよ。」

「どうりで・・・」

それまで、良くも悪くも盛り上がっていたトークだったが、この時は、皆ワインと焼き鳥を味わうことに集中して、テーブルは静かになった。

二人が完全に落ち着いたところを見計らって、桐生が会話の内容を変えようと話し始めた。

「そういえば、ダイヤモンドツアーズのギャラが、少し上がったらしいね。マネージャーが言ってた。」

「あそこは、ツアーが難しいわりに安かったもんなあ。」

「国定、仕事を振られたら受ける?」

「どうかなあ・・・。」

旅行会社によって、仕事の内容が違えば、ギャラもかなり違う。アンケート結果を重視して、添乗員の仕事に注文をつける旅行会社は、結果さえ出せば、それなりに高いギャラを手にすることができる。逆に、あまり細かいことを言わない旅行会社もあるが、そういうところのギャラは安い。

「今、自分が仕事をしている旅行会社は三つあるんだけど、その中の一番安いところと、ダイヤモンドのギャラと比べてもね、日当にして七千円違うんだよ。仮にダイヤモンドの日当が二千円上がったとしても五千円の差がある。十日間で五万円。月に二十日間やったら、十万円月収が下がる。・・・やりたくないなあ。マネージャーも、月二回は入れないと思うけどね。」

「それはそうだ。」

仕事のわりに給料が安い。そんな添乗員の仕事の地位向上のために頑張ってきた歴史が、ここにいる三人にはあった。並みの添乗員には見られないような努力もしてきた。「今さら自分を安く売りたくない」という国定の気持ちを、桐生は痛いほど理解できる。

「敬ちゃんはどう思う?ダイヤモンドのツアー、振られたら受ける?」

駒形は、ゆっくりと焼き鳥を食しながら、じっくりとワインを味わい、二人とは別の世界にいた。

「・・・え?あ、ごめん。全然聞いてなかった。」

「おい。」

桐生も国定も苦笑いするしかない。駒形は、真面目な顔で言う。

「一つ言えることは・・・このワインに焼き鳥は最高だけど、たぶん『タレ』のほうが合うよ。それは間違いない。ほら、ウナギのかば焼きが、タレとの相性を含めて赤ワインと合うのと同じイメージで。・・・ウナギなら、ワインはもう少し重いほうがいいけど、鳥ならこれくらいの軽さがいい。これにタレの味わいが加わったら・・・。よし、オーダーしよう。」

「お前、一人で何言ってるんだよ。」

国定の突っ込みなど、どこ吹く風だ。

「すみません!ネギマとボンジリとセセリ。あと皮を一本ずつ。全部タレで。あ、今頼んだの全部僕のだから、あげないよ。二人とも食べたきゃ自分で頼めよ。」

「なんなんだよ、お前!」

一瞬、腹が立った桐生だが、なぜか笑ってしまった。酒と食べ物のことになると、ただただマイペースな駒形だった。

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ここ最近の話。ワクチンコールセンターの帰り。電車に乗る前の駅前で。マンボウ中で該当エリアなのに、

「居酒屋どうですか?やってます!」

非常識だなあと思いつつ、行かなければいいのだと、スッと通り過ぎる。

信号待ちしている時、傍の女性二人組が声をかけられていた。すると、

「私たち、未成年なんです。」

「あ、そう!大人になってから来てねー!」

青年が立ち去った後、

「こういう時、童顔て便利よね。」

と、笑う彼女たち。振り向くと、確かに未成年に見える。いや、お見事です。本当は何歳なんですか?

 

それから数日した時のこと、またもや「未成年です。」と、いう言葉の印籠を掲げる別の女性二人組がいた。だが、今度は声をかけた男性が引き下がらない。

「大丈夫!全然行けるっす!!」

振り向いてみると、今度の二人組は、とうてい未成年には見えなかった。「時に男は女の嘘に厳しい」という、典型的な例だった。

 

それにしても、居酒屋のキャッチに対して、「未成年です」は、必殺の断り文句としてよく使われるのだろうか。試しに僕も、使ってみた。

「居酒屋どうですか?」

「あ、すいません。未成年なんです。」

「・・・え?・・・あははは!あっはっはっはっははははー!面白いっす!」

と、やたらと受けて、見逃してくれた。うーむ。まさかこんなにうまくいくとは。そのうち、またやってみよう。

 

続いてコールセンターの現場にて。

先日、ワクチンの調整がついたのか、一日だけ急に予約枠が大きく広がったことがあった。自治体でも、事前にお知らせがあったようで、いつも以上に電話が殺到。対応に追われた。毎日すぐになくなってしまっていた枠が半日以上は持ち、それまでの数日、労働時間の9割以上を謝罪に費やしていた現場の空気は、久しぶりに活気に満ちた。その日のお話。

電話を取る。受話器の向こうで、

「つながった!つながった!早く接種券!接種券持ってこい!!早く!!よし!」

ガチャ・・・ツーツーツー・・・

慌てて切ってしまったようだ。こちらは名乗ってもいないのに。どうか、どうかつながった時は、落ち着いてください。

 

別のご夫婦。やはり「つながった!」と歓喜した後、予約を取れることを知ると、さらに大歓喜。

「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」

電話を取っただけで、これだけ感謝されることもそうそうなない。気分は、まるで大手柄。

 

別のおばあちゃんの話。

「キャンセルなんて、どこかに出てませんかね?」

「確認しますので、少々お待ちください。」

当自治体では、予約した方がキャンセルをすると、すぐに端末に反映される。だが、だいたいネットに張り付いている人たちが見つけて、すぐに予約を取ってしまう。

ところが、この時は奇跡的にひとつだけ出てきた。「この日で大丈夫でしょうか?」などと伺っていては横取りされるので、まずは勝手に確保。それからお伺いを立てた。

「その日なら大丈夫です!やだ!すぐじゃない!?ありがとう!ありがとう!本当にありがとうございます!!あなたが、神様か天使に見えるわ!」

とうとう僕が、天使であることがばれてしまったようだ。これが天使の添乗員たる所以です(ほんとかよ)。

それにしても、よほど嬉しかったと思われる。だって、電話で相手の姿は見えないはずなのに「神様か天使に見える」だなんて。

 

頭の中で、国定、駒形、桐生の三人が好き勝手会話して会話がまとまらないから、今日は雑談を書きました。明日は、シリーズものの続きです。

今日も、マスター・ツートンは電話を取ります。こんな歓喜の影で、予約を取れずに頑張っている人たちが、まだまだいることを感じながら。
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