大晦日に出発したモロッコツアーは、9日に帰国した。

今回のストーリーとは関係ないが、このツアー中に少し複雑な思いをした。クレームやトラブルではない。

この時期のモロッコは、寒暖の差が非常に激しい。特に砂漠エリアは、日中は気温が20℃台後半にまで上がり半袖で過ごせるくらいになるが、夕暮れ時から急激に気温が下がり、すぐに10℃前後になる。最低気温は3℃くらいだ。

 

事前に気候やそれに耐えられる服装の準備をご案内するのだが、すべてを理解していただくのは難しいようだ。普段の日本での生活では、考えられない寒暖の差が原因で、体調を崩すお客様がたくさん出てしまった。今回は、40人乗りのバスに34人のお客様が乗っていた。今風に言えば、三密すべてに当てはまり、常時、濃厚接触に近い状態だった。

ツアーの最初に咳き込んだお客様にマスクをすすめたが、お持ちでないという。お持ちの方に「一つ差し上げてくれませんか?」とお願いしたら、日数分しか持ってきてないから、あげたくないと言われてしまった。

 

「いや、マスクは予防よりもうつさないほうに効果があるので協力していただけませんか?」

 

と、もう一度お願いしたが、結局聞きいれてもらえなかった。

結果、旅行中の密室のバス車内では、風邪が流行してしまった。毎日、コンコン咳をする人が増えていき、7割方が体調を崩した。終わりのほうになると、最初に咳をしていた方々は、収まっていたが、旅行の後半に体調を崩した方は、そのまま終えることとなった。幸いなことに、咳、くしゃみ、鼻水くらいで発熱を催された方はいらっしゃらなかった。常時、個人的に携帯している体温計が役立った。季節の変わり目や真冬のツアーでは、たまにあることだ。

聞いた話ではあるが、いつだかイタリア北部のツアーで、発熱と咳がおさまらないお客さんが、再三添乗員に医者にかかるよう助言されたにも関わらず、聞き入れなかったそうだ。ようやく病院に行ってみたらインフルエンザということが発覚。結果、30人中21人の他人に感染させてしまい、ツアーを離脱。噂では、その参加者に対して、訴訟が検討されたというところまで話がいったとか。実際に訴えられたかどうかまでは知らない。

今回の話を書きながら、ふと思い出した。この時には、バス一台の中で起きたことが、今は地球全体で起きている。それも、はるかに怖い病気で。

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9日に帰国した僕には、15日から次のツアーが控えていた。

その間、中国では以下のような動きがあったようだ。ちなみに、すべて武漢市内。

9日 61歳の男性が死亡。行政の発表は11日。肺炎の患者が41人。
15日 69歳の男性が死亡。

僕はというと、34人のお客様を連れて、今度は15日からクロアチアに出発。この時期、まだ新型コロナウィルスの影は薄く、海を挟んだ隣の中国での事件に過ぎなかった。出発前も旅行中も、お客様からコロナの話はほとんど出なかったと思う。出なかったが、実は、18日から21日の間に、武漢では毎日1~3人の死亡者が出ていた。

中国の緊張感が高まる中、日本と同様に欧州でも、新型肺炎はまだ完全に他人事だった。少なくとも僕の周りでは誰も気にしていなかった。そして、この時期はまだ中国人団体客が、欧州中に溢れていた。クロアチアにも、スロヴェニアにも、ボスニア・ヘルツェゴビナにも、イタリアにもフランスにもたくさんいた。

ツアーは無事に雰囲気よく進んでいったが、後半になって僅かにメディアの反応に変化が見られるようになり、欧州で武漢の様子を伝える番組は、間違いなく増えてきた。僕自身も、嫌な感じになってきたなあ、と思ってはいたが、まだまだ、深刻という心情ではなかった。

22日に帰国。参加者全員が、笑顔で羽田空港を後にされた。結果的に、コロナのことをまったく気にせずに旅行に参加されて、帰国できた最後のグループが、これだった。

帰国して、日本のメディアが、盛んに武漢の様子を扱うようになっていたことに気づいた。。日本への影響が深刻に心配され始めており、「春節」がひとつのキーワードになった。春節で中国人が動き回るのは、前後1週間と言われている。それにあたるこの時期、すでに多くの中国人が世界を股にかけて動いていた。

急に高まった緊張。

武漢では23日より、厳しい制限が始まった。空港、道路、鉄道駅などが閉鎖された。ご存じのとおり、閉鎖間際に逃げるように出て行った人たちがすさまじかったこと。あの映像は忘れられない。既に武漢市内は、深刻な医療崩壊に陥っていた。僕が帰国した22日以降、武漢での死者は急増したのであった。

春節の25日には、中国政府からの要求に基づき(要請でなくて要求)で、国内国外関係なしに、すべての団体旅行が一時的に禁止された(この時は、期限こそ決められていなかったが、まだ一時的という措置だった。ちなみに個人客は制限されていなかった)。

僕は、28日からイタリアツアーに旅立った。
みんなどう思う?今聞くと、「この時期にイタリア旅行なんてしたの?」と、無謀に感じる人もいるのではないか?でも、当時は極めて穏やかに、普通に出かけたのだ。みなさん、とてもわくわくされていた。

この、イタリアツアーの途中から、一気に世界全体の状況が変わってくる。当時、その中心のひとつになったのが、このイタリアだった。


そして、僕らにとって、決して忘れられないダイヤモンドプリンセスの事件も、すぐそこにまで迫っていた。