登場人物
マスター・ツートン
自称天使の添乗員。このイランツアーを振り返ってみて、旅行会社やお客様から、いろいろなものを経験させてもらって、今の自分があるのだなあと、珍しく優等生的なことを考えてしまった。
シャーさん
自国への愛と、正義感とホスピタリティー。ガイドの仕事で大切なものを、すべて兼ね備えたスーパーガイド。でも、冬は寒いから結婚しません。詳しくは本文で。
新海さん
イランを愛し、イランの人々を愛する。この次の海外旅行もイランかもしれない。どこかに行きたいけど、行先が決まらない時は、結局イランになってしまうと言っていた。あれから14年。今もイランを訪れているだろう。
なお、このツアー帰国後に、取引先を通して連絡があり、荒川さんと三人で食事をする機会があった。このシリーズを、あるSNSに書くことは、その時に許可をいただいた。
テヘランまでのフライト機内で隣席になったシャーさんが僕に話しかけてきた。
「新海さん、今日は元気なかったですね。」
イラン大好きの新海さんに対して、シャーさんは、特別好感を持っていた。だから32人という大人数のツアーにかかわらず、彼女の様子に気づいたのだろう。僕は説明した。
「そうだったんですか・・・。それはかわいそうですね。でも、20年前の彼に会いに行くなんて、映画みたいですね。」
「でも、会えなかった。そこが映画と違うとこですね。」
「そうですね・・・・。そういえばツートンさんは、どうして結婚しないんですか?」
「え・・・?僕は、・・・ほら、役者とかやってて(当時は本当にはやっていた。今は専業添乗員)ツアコンもそんな給料よくないし、収入も不安定ですからね。」
「なんですか、それ?そんなの理由になりません。」
「なるよ。シャーさんは、どうして結婚しないんですか?」
「私ですか?私は、今、冬で寒いでしょう?だから結婚しません。」
「・・・・・・・・・なんですか、それ!?真面目に聞いてるのに!」
「そちらが真面目に言わないんでしたら、私も真面目に答えません。冬で寒いから結婚しないのと、貧乏だから結婚しないって同じことですよ。」
「同じかなあ・・・?」
「あ――!今年の冬は寒いなあー・・・。結婚は春よりも先だなあ・・・」
嫌味たっぷりにシャーさんは言うと、機内誌に目を落とした。なんだかなあ・・・と思っていると、疲れていたのだろう。僕は知らないうちに眠っていた。テヘランが近づいて、シャーさんに起こされて目が覚めた。
「ツートンさん!あれ見てください。ホメイニさんの墓です。」
ホメイニの墓!その一言で目が覚めた僕は、飛行機の外に目をやった。空港が近いということで、飛行機は少しずつ高度を下げていた。大きな宮殿のような建物を大庭園が囲んでいる。小さな明かりが街中に広がる中で、そこだけは昼間のように明るかった。偉大な人物とは言え、一人の権威者ためにあそこまで立派な墓を・・・。やはり、無宗教の日本人には、こういったことは理解しにくい。
「そういえば、あれがツアーに入っているのを見たことないな。」
「それは、誰も行きたくないからでしょう。どの国のツアーにも入ってませんよ。ツートンさん、本当に行きたいですか?」
「・・・・・・・・・・・・行きたくないです(笑)」
「でしょう?(笑)」
少しの間、ホメイニの墓を眺めていると、シャーがまた話し始めた。
「今回のお客さん、素晴らしい方々ばかりでしたね。」
「そう?政治や宗教のがらみの質問が多くて大変だったでしょう?」
「僕らが嫌なのは、思い込みでイスラム教やイスラム文化に対して、批判的なことを言う人です。今回のみなさんの質問はきちんとしていたし、実際のイランを見て、自分の認識が間違っていたら改めてくれました。なんの問題もありません。」
「核についてもなんか言われたじゃありませんか。」
「あれは、日本の報道が悪いのです。日本の報道がきちんとしていれば、あの人も、あんなこと言いませんでしたよ。」
「うん。・・・そうですね。」
「楽しかったなあ・・・いい仕事だったなあ・・・。」
シャーさんは、満足そうな笑みを浮かべて言った。
この旅も終わりが近づいいた。
次の日、簡単なテヘラン市内観光を終えて、グループは日本へ向かった。
飛行機に乗ると、新海さんを除く女性客は、みんな一週間着用し続けたスカーフを頭から取った。これがまた、なんというか髪の毛が見えるか見えないかで、こうも印象が違うものなのかと、とても勉強になったのを覚えている。
スカーフをかぶっていると、ただただ若々しく見えるのに、ぬいだ途端に、白髪のせいでマダムな雰囲気になってしまった方。清楚な顔立ちと話し方でロングかセミロングを想像していたら、実はベリーショートヘアーだった方。ストレートと勝手に思い込んでいたら、強いパーマをかけていた方。
同じことは、お客様同士でも感じていたようで、飛行機に乗ってすぐは、女性の髪形発表会だった。「えー!?あなたそういう髪形だったの?イメージと違うわー(笑)」などという会話があちこちで聞こえた。女性のツアー仲間に話しかけられた男性客が、髪型のせいでどなたか分からないという、滑稽なことも起きた。
帰りもフライトは空いていた。さらに経由地のソウルで三分の一くらい乗客が降りたため、ガラガラとなった。
僕は、窓側3つの席を丸々使って寛ぎ、CAからもらったジュースを自分の席で飲んでのんびりしていると、通路を挟んだ席に新海さんが座って話しかけてきた。まだスカーフを頭につけたままだ。
「ちょっといいかしら?」
「はい。新海さん、もうスカーフを取っていいんですよ。」
「分かってるわ。でも、これはイラン航空だから、イラン国内にいるのといっしょよ。好きでつけてるのよ。あと、ちょっとだけイランにいさせてよ。」
そうだった。彼女はイラン大好き「少女」だった。
そして、また彼女のイランの思い出話が始まった。途中で話が落ち着くと、僕の添乗ぶりの話になった。
「よくやってくださってありがとう。イランは初めてなのに、立派ね!」
「・・・・え?」
「他の方には言わないわよ。イランは初めてだったでしょ?」
成田まで、あと1時間を切った時だった。僕は白状した。
「はい。・・・・・・・でも、どうして分かったんですか?」
「最初から、初めてかもとは思ったんだけどね、確信したのはイスファハンよ。チャイハネ(イランの伝統的な喫茶店)に案内した時、入口を間違えたでしょ?あそこ、有名なチャイハネだからね、来たことある人なら、変な場所に出入り口があるの知ってるはずなのよ。あと市場でも、お店のある場所、ちょっと勘違いしてたじゃない。ガイドブックには情報が更新されていないところがあるから、そこを参考にすると、そうなってしまうこともあるのよね。でも、実は、あのあたりは、だいぶ前に変わってるの(笑)。」
なにもかも大当たりだ。それも、本当になにもかも分かってないと指摘できないものばかり。
「意地悪言ってるわけじゃないのよ。あなたよく勉強してたもの。習慣も、食べものも。遺跡も、歴史も。遺跡や歴史は私より詳しいかもね。シャーさんと二人で、本当によくしてくださったし・・・シャーさん、あの方素敵ね。あんなガイドさん初めて。」
そして、「あー・・・今回も楽しかったわー!」と言って、背のびをし、僕のほうをまた見て、ニコッと笑った。前日の切なげで寂しそうな表情は、そこにはなかった。
一見、不思議ちゃんな彼女は、しっかりと僕を観察していた。現地を知ってるお客様は、やはり怖い。絶対にごまかせない。でも、しっかりと誠実に案内すれば、頼もしい味方になってくださる。イスファハンの市場で、ペルシャ語を使って僕を助けてくださった新海さんは、その典型だ。僕は軽く伺ってみた。
「また、イラン行きますか?」
「もちろん!世界で一番好きな国だもの。何度だって行くわ・・・。ツートンさん、また案内してよ。」
「そうですね!」
ちょっと癖のある質問をするお客様、ボーイッシュで好奇心旺盛なお客様、そして不思議ちゃん。様々なお客様の要素がミックスされたこのツアーは、中東添乗の中では、最も楽しかった仕事のひとつとして、僕のキャリアの中では宝物になっている。ガイドが、自国の政治や宗教について、あれほど語ったツアーもない。
成田に着いた。新海さんは、元彼に会えなかったということを、とうとう僕には話さなかった。さすがに、自分の胸にしまったらしい。スーツケースをターンテーブルで拾うと、僕のところに挨拶にきてくださった。
「ツートンさん!お世話様でした。またね!(^o^)/」
スカーフを取っていた。黒髪のセミロングヘアーが素敵だった
==おわり==
イスラム今日シーア派の聖地。ゴム
ナスィーロル・モルク・モスク。19世紀に建てられた比較的新しいモスク。ステンドグラスの美しさで有名。なお、ゴムの街もこのモスクも、このツアーでは訪れていません。イランの美しいものを紹介したくて載せました。ぜひ、今後の旅行の参考にしてください。
コメント
コメント一覧 (2)
是非、イランにも行きたいと思います。なんたって、スカーフ被ればお婆さんに見えないでしょうから😊😆😁
他の素敵な◯◯◯をまた書いて下さいね。
マスター・ツートン
がしました