登場人物

 

マスター・ツートン

自称天使の添乗員。でも少し、今はお腹の中が黒くなりかけてる。

 

秋月さん

女性の一人参加客。果たして彼女の言うことはどこまでが事実なのか。強気な姿勢は崩されない。

 

泉さん

予想もできない展開に、奇抜すぎる意見もおっしゃったが落ち着いてきた。彼女の活躍は次回以降。

 

片岡さん

石橋を叩いて叩いて確信を得て、いよいよ行動を指揮。

 

小石川さん

「秋月さんの挑戦」という言葉どおり、彼女の自作自演の疑いを、最初に口にした。片岡さんが、明らかになってきたものから分析するのに対し、彼は、最初に何通りかの予想を立てて、様々な要因がなにに当てはまるのかを考えていた。回転は早い。

 

 

「やっぱり秋月さんは怪しすぎる。」

 

僕だけでなく、全員が片岡さんの方を向いた。誰もが、その発言に同意していた。

 

「最初のウェストポーチから、ツートンさんに付き纏ってる印象があるし・・・『ホテルに対して強く出ろ』というのも、理不尽な話だ。ツートンさんを表に出さないようにしたら、今度は銀製品がひとつがなくなってしまった。これだって、一番商品に関わっていたのはツートンさんだ。全部ツートンさん絡みだ。それに、ウェストポーチ紛失と、ブランド品の盗難。こんな短い間に、特定の人間が、これだけ被害に遭うだけでも不自然なのに、その陰にいつもツートンさんがいるなんて・・・おかしい・・・嫌がらせの可能性が高い。」

 

そうだ。そのとおりだ。他のみんなも、頷いていた。

だが、セキュリティーチェックだけは、本人の同意を受けないとできない。

 

この時、ようやく僕の提案を言える雰囲気になった。僕の部屋のセキュリティーチェックを、最初にすべきということだ。

 

「私の部屋のセキュリティーチェックは?話の流れでいくと、するべきなんじゃないですか?泉さんは、私から商品を引き継いだ時に、内容の確認をしていないのでしょう?それならなおのこと・・・」

 

「もちろん、ホテル側からその話はあったよ。でも、今後のうちと御社、それとツートンさん個人とのお付き合いを考えたら、積極的にこちらからその話はできないよ。今までのお付き合いで、あなたがそんな馬鹿げたことをするわけないと分かっている。商品パッケージの説明もよどみなかったしね。それに、セキュリティーチェックをするかどうかは、あくまで任意だ。・・・嫌だろう?」

 

今は、そんなこと言ってる場合では・・・と言おうとした瞬間、静かな空気を引き裂くように泉さんが、激しい口調で言った。

 

「秋月さんを追いこんでやりましょう!ツートンさんの部屋をチェックしてもらったことにして、あとは『形式としてだけでいいからチェックさせてください』と提案したら!」

 

「そういった嘘はだめだ。」

 

小石川さんが冷静にたしなめた。

 

泉さんは、うつむいた。ふだんは、こんなことを言う人ではないだろう。疲れと焦りが、少し、彼女の判断力を鈍らせていたのかもしれない。

 

「今回は、最悪、日本に帰ってから、裁判沙汰・・・とまで行かなくてもJATAが介入してくることも考えられる。こちらが圧倒的に不利になるような行為は避けるべきだ。こちらが強気に出るような行動でも、根本にお客様に対して不誠実さがあってはいけない。でも、片岡さん、ナイフ&フォークはね、なんだか我々に対する挑発というか、挑戦というか・・・悪意を感じられずにはいられません。」

 

「うん・・・。」

 

片岡さんは、頷いて小さなため息をついた。

 

ちなみに、JATAとは、正式名称「社団法人日本旅行業協会」。問題があったケースで参加客がクレームをつけて、旅行社と折り合いがつかない場合、ここに調停してもらうことがある。お客様が、直接ここに相談してもかまわない。一般客にすれば、消費者クレームセンターと裁判所を兼ねたようなところだ。旅行社は、そこでの解釈と判断には必ず従わなければならない。この業界では権威ある存在である。

 

以前、多くの旅行会社が適当な対応をしていた時は、それを許さずにビシビシ指導していた。だが、最近の業界はかなり誠実になってきているし、コンプライアンスやらなにやら大変なので、そこまで行く前にだいたい解決してしまう。ツアー参加客が納得いかずに問い合わせても、内容によっては軽くあしらわれる。

 

つまり、JATAは決して消費者の味方というわけではない。あくまで旅行業法の味方だ。ここでこじれると、裁判になる可能性がある(最初から裁判に走る消費者もいらっしゃるけど)

 

「この件でJATAは避けたいなあ・・・。第三者に都合よく物を言えるのは、このケースではお客様だ・・・。」

 

ふたたび沈黙・・・。

 

「いいですよ。私の部屋のセキュリティーチェックをしましょうよ。」

 

やっと再び僕が話す機会がやってきた。みんなの視線が、一斉にこちらに向けられ、気合が入った。

 

「チェックが嫌だなんて言ってる場合じゃないでしょう。私のプライドなんかに気を遣ってくださらなくて結構です。と、申しますかね・・・今となっては、自分には何もないということを証明するのがプライドですよ。」

 

皆の表情が、少し前向きになったような気がした。

 

「帰国後のことを考えても、私の部屋のチェックは、してもらったほうがいいです。秋月さんの拒否はともかく、私の拒否にはJATAも疑問を持つでしょう。疑問を打ち消すような説得ある理由も思いつきません。こちらの疑惑は、すべて現場で晴らしておくべきです。」

 

秋月さんが、実際に盗難にあっているかどうかはともかく、それよりも先に僕の潔白を証明するのが先だ。それだけで、ずいぶんと話が有利になる。

 

「それに、わずかな可能性ですが、私の部屋ナイフ&フォークが落ちている可能性もあります。それならそれで、土下座してでも謝罪します。」

「落ちてないでしょう?(笑)」

 

片岡さんが思わず笑った。みんなも釣られて笑顔を見せた。

 

「でも、そういった可能性も含めて行われるのがセキュリティーチェックでしょ?まあ・・・きっと秋月さんご本人がお持ちでしょうけどね。」

 

「ツートンさんは、この中でも、特に秋月さんが持ってるのを確信してるみたいだね。君の部屋に商品を置いている時に、誰かが部屋に入って持っていたことも考えられるんだよ。そうは思わないか?その場合、君の商品の確認ミスということになってしまうけれど。」

 

片岡さんが慎重に聞いてきた。

 

「商品は、間違いなく確認しました。チョコレートステッキがケースに入っていたなんてありえません。それに、仮に私の部屋に誰か入って盗んだとして、なんで一番安価なナイフ&フォークだけ持っていくんですか。他に高価な銀器が3つもあるのに。それがおかしいですよ。」

 

「確かに・・・。」

 

まだ、何も解決していなかった。しかし、僕の決心は、少し場の雰囲気を明るくしたような気がした。きっと、みんな待っていたのだ。僕が自分の部屋をセキュリティーチェックしてくれと言うのを。言ってくれればよかったのに。取引先同士の気遣いが、ほんの少し決断を遅くした。

 

「よし、私と小石川君はここで待機。ガイドAさんは、ツートンさんとセキュリティーチェックの依頼をして、部屋に向かってください。終わったら連絡するように。泉さんは、もう一度秋月さんと話すように。ガイドBさんも一緒に行ってください。この場合、一人より二人のほうがいい。」

 

片岡さんがテキパキ指示を出し始めた。

 

「秋月さんは、クレーマー的要素もある。ツートンさんのホテルに対する態度、泉さんが商品の確認を怠ったところとか、ほんのわずかな隙をついてきている。ここから先、みんな一切隙を見せないように。」

 

行動の時が来た。時計は夜の10時半をまわったところだった