登場人物

 

マスター・ツートン

母親を救うべく、日本から駆け付けた家族を全力でサポートしている熱血旅行会社員。後に天使の添乗員となる・・・予定。

 

春代さん

モンブランを眺める展望台で倒れる。後にくも膜下出血であることが確認され、ジュネーブの病院に搬送された。現在、集中治療室で24時間体制で療養中。

 

貴志さん

春代さんの次男。母親のピンチに日本から駆け付ける。

 

ノイマン先生

常に適格な助言をくださる医師。年齢は30台半ばくらいか。背が高く、やや細身。「お医者様」や「先生」というよりも、「ドクター」という呼び方が似合うような気がする。ここでは、今さら直すのが大変なので、ノイマン先生と呼ぶことにした。

 

 

「お母さん!聞こえる!貴志だよ!」

 

必死に貴志さんは、呼びかけを始めた。何度か呼びかけた後、一度、ノイマンさんは、貴志さんを止めた。

 

「反応は?春代さんの手に力がはいったりしてますか?」

 

「はい。握り返してきている感触が、わずかですがあります。」

 

「よし、今度は『聞こえていたら二回手を握って』と言ってみてください。」

 

貴志さんが、そうやって呼びかけた。果たして反応は・・・?病室が緊張感に包まれた。

 

「ノイマンさん、二回握りました!」

 

貴志さんは、自分で英語で答えた。ノイマン先生は、深くうなずき、「GOOD!」とつぶやいた。それからは、休み休み声をかけた。その度に反応を確かめ、ノイマンさんと貴志さんは、コミュニケーションを取った。

 

僕は、その反応をいちいちノートに書きとめていた。

 

9:08 最初のよびかけ。反応あり

9:10 医師の指示で、2回握り返すように呼び掛けて、その通りに反応あり」

 

と、いったように。

 

個人情報にうるさい現在では奇妙に感じるかもしれないが(この案件は、個人情報保護法施行の前)、このケースでは、こういった状況を会社に報告する必要があった。付き添いで社員が同行しているのに、日本にいる社員の誰も実態を把握していないのは不自然だ。

 

それに、時差などの関係で、日本の家族がスイスと連絡を取りにくい時は、会社に現地の様子を家族が問い合わせてくる。病室での滞在中、携帯電話の通話はスイスでも禁止されており、電源を切らなくてはいけなかったから、日中はこちらから連絡しない限り、日本側が僕らとコミュニケーションを取るのは難しかった。しかし、このレポートを日本に送って、部署の人間が内容を把握しておけば、日本のご家族も貴志さんの連絡を待たずに春代さんの容態を聞くことができたわけだ。

 

ランチの時間になって、一度休憩だ。病院のカフェで、僕と貴志さんは、食事を取った。

 

「母は、きっと大丈夫です。」

 

独り言のように彼は言った。そして、まずいサンドイッチを頬張り、コーヒーでそれを流し込んだ。なかなか豪快な食べ方だ。母親は、絶対に自分が助けるという、強い意志が体中にみなぎっているように見えた。

 

「時間だ。行きましょう、ツートンさん!」

 

足早に病室に向かう貴志さん。いい家族だな。彼の後姿を見ながらそう思った。

 

午後一番、病室に入ってノイマン先生の指示待ち。その時、一瞬焦る出来事があった。なんだか心電図の様子がおかしいのだ。あれ?と思って見ていると、心拍数がどんどん落ちて、止まりそうになってきている。

 

「!!!!」

 

僕は、すぐに病室の緊急ボタンを押した。男性看護師の一人がすぐに飛んできた。

 

「どうかしましたか!?」

 

「心電図と心拍数の様子が・・・」

 

説明すると、すぐに看護師は春代さんのそばに駆け寄り、軽く胸をたたきながら、

 

「マダム!マダーム!!」

 

と強く呼びかけた。するとみるみる数値が元に戻ってゆく・・・。

 

「ノイマン先生がおっしゃったのは、こういうことです。春代さんは、順調に回復していますが、ご高齢だし、何があるか分からない。だからすぐに何にでも対応できるようにここ(集中治療室)にいます。びっくりしたでしょうけど、容態が安定するまでは、たまにあることです。心配いりません。」

 

説明が終わると同時に、ノイマン先生が帰ってきた。看護師から報告を受けて、「念のため」と、僕らに言い聞かせてから一通りの数値の確認、瞳孔の様子などを見て、問題ないとしたうえで、再度、貴志さんに呼びかけをするように指示した。

 

気を取り直した貴志さんは、午前と同じように呼びかけを繰り返した。わずかだが、確実にこたえる春代さん。休み休み間隔をあけながら、何度も何度も繰り返す。ノイマン先生は、精神面も含めて貴志さんが呼びかけに慣れてくると、常時その場にいることはなくなった。

 

午後4時ちょっと前、30分ほど席を外したノイマン先生が帰ってきた。呼びかけを繰り返す貴志さんを、僕らは二人で見守った。僕は、相変わらず二人の様子をメモにとりながら、ノイマン先生に小声で質問した。

 

「手を握り返してくるというのは、春代さんには意識があるということですか?あれくらいの動きしかできなくても?」

 

「そうですね。貴志さんの言うことが聞こえてるから、言われた通りの動きができるのです。いい傾向ですよ。」

 

「へー・・・。では、目を開けて会話できるようになった時、このことを覚えてるのですか?」

 

「それはまた別の話ですね。覚えてるという人もたまにいるようですが、覚えていないのが普通です。意識があるから記憶される、というものでもないから。」

 

「お酒を飲みながら話したことを、覚えてないのと同じですか?」

 

冗談めかして訊くと、「え?」という顔をした後、ノイマン先生はクスクス笑い始めた。

 

「ちょっと違うけど・・・脳の記憶を管理する部分が、働いてないって意味では同じかな。」

 

そんな会話をしているうちに、貴志さんはこちらに顔を向けた。

 

「どうしましたか?」

 

「あの・・・母の反応がまったくなくなりました。」

 

「そうですか。」

 

午後5時手前になっていた。4時過ぎくらいから反応が鈍くなってきたという。ノイマンさんは、再び数値や瞳孔を確認した。

 

「眠っています。」

 

と、貴志さんを安心させるように言った。

 

「貴志さん、疲れたでしょう?お母さんも同じくらい疲れたんですよ。今日はもう、休ませてあげましょう。」

 

貴志さんは、大きく息をした。ため息ではない。とてもほっとしたような、前向きな呼吸だった。

 

 

僕らは、帰り道にホテル近くで、簡単な夕食を済ませようとカフェレストランに入った。

オーダーするものが来る前、お預かりしていた保険証書を手元に置いて、保険会社に電話した。せっかく同行しているのだから、貴志さんには、春代さんの看病に集中していただき、諸々の手続きは、なるべく僕が行うようにしようと、今朝決めていた。

 

気になることがひとつあった。このように、病院での治療や入院が必要なほど重症になった場合、保険で医療通訳を雇うことができる。今回も依頼していたのだが、それに対しての返答がまったくなかった。

 

「申し訳ありません。今、バカンスシーズンで稼働している通訳の数が少なくて・・・派遣できるのは2日後になります。」

 

「2日後?依頼してから4日後ですか?こちらは集中治療室に入った重症患者ですよ。」

 

「いや、本当にいないのです。旅行会社の方ですか?今回付き添いでいらっしゃってるんですよね?私たちも助かってます。」

 

「・・・・・もし、僕が帰ればサービスの提供が早まるのですか?」

 

「いや、そういうわけではありませんが・・・。」

 

いろいろ伺ってみたが、どうやら2日後には、確実に来てくれるようだ。「バカンスシーズン」というのは、日本語でいうところの「お盆」みたいなものだから、本当に人がいないのだろう。僕は、それを貴志さんに告げた。すると、

 

「うん。分かりました。2日後に来てくれるならいいでしょう。今は問題ないし。」

 

と、すぐに理解してくれた。

 

「問題ないですか?」

 

「ないですよ。今は。それにしても・・・いやあ、ツートンさんに来ていただいてよかった。」

 

「お役に立ててますか?」

 

僕は、本気で伺った。一応通訳しているが、貴志さんは医師の英語を、おそらく大半聞き取っていた。そういう状況に置かれれば、彼は自分で事を進めていける能力を持っていたと思う。

 

「英語は勉強しましたけど、今の職場では必要ないんです。そうい環境にしばらくいたことないんですよ。久しぶりの実戦が、重症患者の医療現場というのは、大変ですよ。最初のほうは、母の様子ばかりが気になって、ノイマン先生の言葉が全然耳に入ってきませんでしたし。」

 

なるほど。それは確かにそうだろう。大変な思いをされてる貴志さんには申し訳ないが、自分が役に立ててると思うと、少し嬉しかった。お互いに疲れていたので、さっさと夕食を済ませて部屋に向かった。まだ夜の8時にもなっていない。7月のスイスだから、空はまだ明るく青い。それでも眠かった。

 

「ツートンさん、明日、今日よりもよくなってたら乾杯に付き合ってください。そんな気がするんです。」

 

「ええ。もちろん!」

 

二人ともそれぞれ部屋に戻り、僕は会社あてにレポートを作成した。昼間書いた殴り書きのようなメモを清書して、医療通訳の派遣が2日後ということを添えた。順調に回復というニュアンスの文書に仕上げて、最後に太字で「明日は、朝6時まで寝ます。」と付け加えた。

 

所属長の小野さんは、なにか気になったら時差もなにもおかまいなしに電話してくる人だった。待てないのだ。以前、現地でトラブルがあった時、何度夜中に起こされたことか。つまり、僕は安眠するための予防線を張ったのだ。

 

果たして、その効果はあった。あの、待てない小野さんが翌朝電話をかけてきたのは、朝6時1分だったのだから。


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サンモリッツ近郊にあるディアボレッツァ展望台から眺めたベルニナ・アルプス。マッターホルンやユングフラウのような超有名な山はありませんが、間近に左右に広がる大パノラマを見られます。
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面白いのは、この二枚目と三枚目。展望台にはレストランあります。窓の向こうにアルプスが見えるが、実は窓に映ったもの。これは、実物よりも、写真に撮ったほうがはるかに面白い。