登場人物

 

N美

迷い多き20代女子添乗員

 

マスター・ツートン

自称天使の添乗員だが、この時は、どちらかというと迷える子羊だった。

 

 

「優秀添乗員」の称号廃止は、少なからず、A社で仕事をする添乗員には衝撃を与えた。その称号を得ていた者にとっては、収入の減少を意味していたからだ。

 

ランクとは、違う規定で与えられたこの称号には、お客様評価に基づく根拠があり、お客様への案内でも、それを説明していた。

しかし、お客様にはご理解いただけなかったようだ。

これは、僕個人の考えだが、アンケートで記入するお客様評価は、同じ数値でも、時と場合によってニュアンスが異なる。ある程度経験も実力もある添乗員が、しっかりと仕事をこなせば、当然、高評価を得られる。まさに優秀添乗員だ。

これに対して、経験がなくて要領も得ないのだが、とにもかくにも一生懸命やってる若手添乗員にも高評価がつくことが多い。ツアー参加者には、ご年配の方が多いから、汗を飛び散らしながら頑張っているその姿を、自分の息子や娘、或いは孫に重ね合わせて、将来への期待を込めて、高評価をつけてしまうことがあるらしい。

 

同じ高評価でも、前者と後者ではまったくニュアンスが異なる。前者が「優秀添乗員」となる分には構わないが、後者がなった場合は悲劇だ。経験も実力もなく、頑張るだけが取り柄の、若くてピチピチなお坊ちゃまやお嬢様添乗員が、どんなに走り回ったって、「優秀添乗員同行」とパンフレットに記載されているツアーに参加したお客様にしてみると、

 

「いや・・・頑張ってるのは認めるけど、どこが優秀なの?」

 

となってしまう。また、添乗員が自分で名乗りにくい称号もよくない。自分で言うのもなんだが、僕もA社で優秀添乗員の称号を持っていた。当然、「優秀添乗員同行」と記載されているツアーを割り当てられるのだが、時々お客様に、出発前の挨拶電話で言われるのだ。

 

「この出発日、『優秀添乗員同行』と記載されていたから申し込んだのだけど、期待してますよ!あなた、優秀なんだよね?」

 

ここで「はい。僕は優秀です!」と言えるだろうか?いや、言えない(反語)。

僕は、相当のお調子者だから、自分から「優秀な僕にまかせなさい!」くらいのことを、時に言うことはあるけれど、一度もお会いしたことがないお客様に、しかも挨拶電話で、さすがにそれは言えない。

 

優秀添乗員廃止の背景には、こういった事情があったのではないかと僕は思っている。

この称号廃止の後、しばらくしてA社ではギャラの改定が行われたが、それまでの間、N美のギャラは「優秀添乗員手当」がなくなった分、落ちることになった。それが、わずかではあったが成績の低下につながったことは、本人も認めている。

 

「確かに、私のモチベーションは、あれで落ちましたねえ・・・。」

 

ただでさえ、「いつまで頑張ればいいのですか?」病にかかり、転職や結婚を意識しだしたN美のモチベーションを下げないようにするにはどうすればいいのか。N美だけではない。今後、若手の添乗員の面倒を見る時に、なにかの指針になるものを得るために、僕はいろいろ考えた。