登場人物

 

N美

転職活動はうまくいってない模様。一方で、添乗とは自分なりに向き合っていることが分かってきた。

 

マスター・ツートン

これからいろいろ起こる2018。ほんと、動き出す時は、いきなり動くのね。

 

 

N美は、収入が安定してきたせいか、「空港と派遣元のオフィスまで、家から近いほうがいい。」ということで、都心で一人暮らしを始めていた。この頃から、こっそりと自分なりに転職活動や婚活もしていたらしい。婚活はともかく、転職活動はなんとなく、僕が気づいた。資料を貸したり、添乗での質問にこたえるために予定を聞いたとき、

「その日は、9時から11時まで予定が入ってます。」

など、やたら細かい予定が多かったのだ。最近の彼女とのコミュニケーションで予想した時、「転職相談所にもで行ってるのではないか?」と、予想したら、やはりその通りだった。

 

だが、ここでも書いた通り、添乗員の転職活動は苦労する。転職相談所は、わりときつい現実をつきつけられるところで、「自分ができると思っていることと、相手が世間で通用すると思っている本人のスキルの差異」を思い知らされる。少なくとも、「こんないい仕事ありますよ。どうですか?」というところではない。N美の場合は、特に、これまでのキャリアを生かして、なにかをやりたいということでもなかったから、余計に難しかった。

 

添乗に関してはよくやってはいたが、前回のような理由があったので、「もう少し自分でやってみろ。」と、きつく突き放してみた。彼女は「はい。」と、少し不安そうにうなずき、それからしばらくは、自分一人で添乗の準備をして、結果を出し続けた。僕の助けは一切借りずに(他の人からは借りたかもしれない)。

 

そして、一か月半くらい経った頃、僕のところにやってきて、まるで、なにもなかったかのように。

「すみません。ここ、ちょっと助けてください。」

 

一か月半ぶりだったから、別にそのまま教えてあげてもよかったのだが、あえて突っ込んだ。

「ひとりでやれって、言ったろ?」

「たまにはいいじゃないですか。それと、私はイワ子さんとは違います。」

「え?」

「イワ子さんとは、きっと本を読むスピードが違います。私のほうが全然遅い。私の場合、まったく知識がなしで本を読むと、すっごい理解に時間がかかるんです。ツアーはたくさんあるのに、とてもスケジュール分こなせません。」

「なるほど。」

「いつか、ポーランドに行ったとき、ツートンさんが本を貸してくれたじゃありませんか。『ヴィトルト・ピレツキは二度死ぬ』って本。あれ、行く前は全然頭に入らなかったんです。でも、帰りの飛行機の中で読んだら、すいすい読めて頭に入ったんです。もっと出発前にいろいろ話を聞いておけばよかったあ、って後悔したんですよ。」

「そういうものかもね。」

「そうですよ。ツートンさんみたいに、なんでも読めちゃう人って少ないんですよ。みんな、そんなオタクじゃないんです。」

「N美。お前、破門。」

「あ、すみません。」

「悪かったな、オタクで。今日の質問にもこたえない。」

「うそです!すみません!!()

 

確かにN美の学習は、典型的な耳型だった。聞いたことはすぐに口にできるタイプだ。イタリアのサン・ジミニャーノという地名も、文字を追うと呂律が回らなかったが、こちらが口頭で教えるとすぐに発音できた。(これ、本当の話)。このタイプは、テレビなどで知識や教養を深める。しかし、テレビの説明や解説は表面をさらったものばかりだから、どうしても深さと言う点で、読書を重ねる目型には及ばない。

 

だが、N美のこの方法は、周辺の印象はともかく、自分の欠点を補うための知恵でもあった。僕は考えた。これはこれでプロ意識なのかと。いや、やはり甘やかしすぎなのなかあと。

 

「本も読むようにしますから。質問がある時は教えてください。お願いします。」

ということで、結果的には折れた。

その後、実際に、少しは本を読む量が増えたようだ。成績も、優秀添乗員廃止ショックから立ち直り、徐々に元通りになっていく。