登場人物

 

マダム西園寺

これからでございます。私、海外にはばたくのです。師匠、どうかよろしくお願いします。

 

マスター・ツートン

そこまでしていただかなくても、きちんと面倒見ますって。

 

 

西園寺さんは、かつてお嬢さんと一緒に、僕のツアーに参加されたことがあった。クロアチアとスロヴェニアの旅だった。それがきっかけで海外添乗員になったわけではない。元々同じ派遣元に所属してはいた。僕の添乗スタイルを気に入ってくれたらしく、近づいてきてくれたようだ。

吸収合併されて、私たちのところから去っていった社長からは「あの人はきちんとやってくれるようになる」と言われていたが、マネージャーの評価は、「悪くない。」だった。

 

本人は、悪くないどころか、かなり自分を厳しく評価していて、「なんとか今のパッとしない状態を打開したい」という気持ちが、会話の節々から読み取れた。いろいろ心配事がある中で、まず、一番心配だったのが、僕がきちんとコーチをするかどうかだったらしい。別に若くなくても、ぽっちゃりしていなくても面倒は見ると言ったのに、いちいち「よろしくお願いします」と、大袈裟に頼まれた覚えがある。

 

ただ、お互いにタイトなスケジュールが入っていたし、なかなか時間が合わなかった。T子の時もそうだった。彼女も早いうちから、基本的なものを身に着けたから、さっさと実践に出ていってしまった。なかなかN美の時のように、ゆっくり時間を取ることは難しかった。

 

そんな時、西園寺さんから飲みに誘われた。

「吉祥寺にいい店があるんです。」

「吉祥寺?西園寺さんの家とは真逆なんじゃ?」

「娘がアルバイトしてるんですよ。」

「あー・・・。この前ツアーに一緒されてたお嬢様。」

「あれは次女。今度は長女です。」

 

そして、いよいよ当日、西園寺家の令嬢がお仕事をされている吉祥寺のお店に向かった。下のお嬢さんは、ふわっとしたお嬢様タイプだったが、上のお嬢様はベリーショートのボーイッシュ。とても素敵なハンサムガールだった。

「いつも母がお世話になっております。」

と、礼儀正しい。お店はイタリアンのダイニングバーで、ワインも料理もとても美味。添乗の話もしたが、あまり細かいことは覚えていない。ただ、「なにかコツは?」といったようなニュアンスでいろいろ聞かれて、違和感を感じた記憶はある。でもまあ、楽しい時間を過ごした。

 

そして最後、僕はミスをした。ワインを飲み過ぎたせいか、先にトイレに行ってしまったのだ。大学時代に、モテモテの先輩から教えてもらった掟を破ってしまった。

「女の子と二人で食事をした時には、全部終わるまでトイレに行ってはだめだ。絶対にテーブルに女性を一人にするな。」

その掟を破った代償は大きかった。西園寺さんが、すでに支払いを終えていたのだ。相手がトイレに行ってる間に支払いを済ませるのは、スマートなジェントルマン、あるいはスマートなジェントルマンを志す男子の手口。マダム西園寺は、ゆったりとした雰囲気を醸し出すマダムなだけではなく、ジェントルマンなおもてなしを心得たスーパーマダムだったのだ。

 

「こういうのは困ります。僕が払います。」

「いえ、これから教えていただくのですから、これくらいは当然です。」

「いや、そういうわけには・・・」

と、いうところで、僕はカウンターの内側で、心配そうにこちらを見つめるお嬢様の姿が目に入った。そうだ、そういうことだったのだ。ここでマダムの申し出をお断りしたら、お嬢様の前で恥をかかせてしまうことになるのだ。マダム西園寺おそるべし。ここまで計算していたのか?

 

・・・完敗だった。

 

その後、じっとこちらを見つめるマダム西園寺。・・・まさか・・・僕をお持ち帰りする気か・・・と思ったが、当然それは、僕の自意識過剰で、「よろしくお願いします」の一言で帰してもらえた。

 

冗談はともかく、西園寺さんの意気込みを感じた夜だった。

 

 

※勢いで②を書いてしまいましたが、③があるかどうか不明です。