登場人物

 

N美

夢のランク2までもう少し。そうなれば、ビリギャルと肩を並べられる。

 

マスター・ツートン

N美が、ここまでやるようになるとは。頑張れ。あと少しだ。

 

 

添乗員という仕事は、うまくいっていると、リズムよく淡々とこなせるようになる。日程や観光事情に問題が発生したことを伝えれられても、動揺せずにスーッと進むべき道が目の前に見えてくる。こんな時は、お客さんにも恵まれる。大袈裟かもしれないが、世の中の何もかもが自分の味方になったかのような気分になる。

N美にも、そんな時期があった。2016年にランク3に上がる直前がそうだった。その後、一度モチベーションが落ちたが、調子を戻した2018の秋は実に乗っていた。僕も彼女も忙しく、会える時間は限られていたが、ランク2昇進がかかっていたこともあり、この時期は、よくラインで連絡を取っていたが、彼女から返ってくる言葉ひとつひとつに自信が感じられた。

 

この頃になると、ツートン塾には、スピンオフで紹介した以外の新メンバーも続々入ってきて、14人ほどのグループになっていた。派遣元の9割は女性添乗員だから、コミュニティも女性ばかりだったが、男性も二人加わった。

時には会ってミーティングすることもあったが、この時期は、全員が多忙で、大半がラインのやりとりで済まされた。常に個別のやりとりだったから、その中で、それぞれの特徴や長所、短所が見えてきた。

 

塾のメンバーは、N美とT子を除くと、全員が30歳以上で、大半は50歳以上。僕より年上の人たちだ。そして、海外添乗員になる以前、なにかしらキャリアを積んだ経験があった。そのうえで、年下の人間からでも学ぼうとコミュニティーに入ってきた前向きな人たちだ。

そのため、たまにするミーティングやラインなどでの内容も、若い二人に比べると大人だった。ただし、良くも悪くもだ。

終わったツアーの印象などを聞くと、うまくいかなかったこと、或いは、うまくいかなかったと思うことを挙げて、対処すべきだった方法を話して、それで終わろうとする傾向があった。添乗員になりたての頃、そういう教育を受けてきたのだろうか。とりあえず、反省点と対処法さえ述べれば解放されるであろうというような態度と流れだった。

違和感を持った僕は、ある時、それぞれに聞いてみた。

 

「ツアーでうまくできたところはどこですか?なにを喜んでもらえましたか?」

そう言われてスムーズに答えられたメンバーは、いなかった。中には、「それが分かれば苦労しない」くらいの表情をした人たちもいた。大人たちの研修で、一番苦労しているのが、ここである。

 

どんなに成功したツアーでも必ず反省点はある。それを先に挙げるのはいいが、うまくいったところが分からないのは問題だ。それを理解しているのが「うまくいった感触」だからだ。なにを喜んでいただけたか分かっていない添乗員は、一度成功した仕事と全く同じツアーに行きながらも、なぜか悪い結果で帰ってくることがある。

「なぜうまくいったか」を理解するのは、「なぜ失敗したか」を理解するのと同じくらい大切だ。

「なぜお客様が喜んでいるか」を知ることは「なぜお客様が怒っているか」を知ることと同じくらい重要だ。「失敗しない」と「成功する」は、別物なのだ。

 

これについては、後々機会があったら語ろうと思うが、N美は、「どこがうまくいったか」を分析するのはうまかった。逆に失敗したツアーで、反省すべき点を指摘している時に、「ここはうまくいったんですよ!」と、図々しく主張するところがあったくらいだ。

こんな感じで少々認識が甘く、お客さんの不満そうな顔を見逃すところがあったから、時に散々な評価で帰ってくることもあったが、このシーズンは、その前向き思考が功を奏していた。

 

これまでにない高水準で数々のツアーをこなして、いよいよA社の仕事としてはシーズン最後のツアーを迎えた。すでに、ランク2への昇格基準を満たしている。それこそ、最後は失敗さえしなければ問題なかった。

 

最後のツアーの出発前は、たまたまオフィスで会える機会があった。励ましたのをよく覚えている。

「いつも通りの添乗してこい。でも、最後は目標を、ちゃんと狙う意識で達成してね。」

「あー・・・プレッシャーです。でも、ここまで来たら頑張ります。」

彼女をこれほど頼もしく送り出したことはなかった。N美も高いモチベーションを示して出かけていった。

 

やがて帰国した。N美は惜しくも、本当に惜しくも、ランク2への昇格を逃したのだった。