全員被害者という状況を、その場にいた全員が共有したところで、僕は、しばし考えた。

「まずは警察だ。既に通報して正解だ。盗られたのが一人か二人なら、時間が合うときに、どこかの警察に行って保険用に書類を発行してもらえばいい。でも、この人数となると・・・。」

とりあえず、誰がなにを盗られたか把握しなければいけない。まず、僕のすぐ後ろにおかけのご夫婦に聞いてみた。

「カバンにいろいろ入ってるので、全部思い出すのが大変なんですが・・・真っ先に思い出すのはお財布です。」

「え?お財布ですか。」

「ツートンさん、食事の前に、不要な荷物は置いていっていいって仰ったから。貴重品持っていけって言わなかったし。」

「おい!」

奥様の言葉を、お隣におかけになっていたご主人が、真っ向から否定した。

「すみません、ツートンさん。完全に妻の油断です。貴重品の自己管理については、会社からの案内にも、ツートンさん手作りの案内にも書いてあるし、ツアーの最初に口頭でも言ってくれてました。うちが盗られた重要なものは、妻の財布とデジタルカメラです。申し訳ない。」

庇ってくれたのは助かったが、うつむいている奥様を見ると、「他の方の前でそんなに怒らなくても・・・」と、少し気の毒になった。

しかし、そんな奥様に同情する余裕は、すぐになくなってしまった。三分の一の方が、財布、または現金、クレジットカードを失っていた。

「不要なものは置いてっていいって言われてつい。貴重品について添乗員さんが案内したかどうかは気にしてないけど・・・まさかこんな田舎で・・・。」

「財布は小さなバッグに入れてレストランに持ち込んだのだけど、予備の現金は、大きなカバンに入れたままで。まさか、バスを開けられて鞄ごと持っていかれるなんて。」

 

ショックだったのは、パスポートを失った方が三人いらしたことだ。ちなみに全員男性。

「置いてっていいって言われたから置いていったんだよ。」

と、そのうちのお一人が吐き捨てるように仰った。そんなはずはないのだが、今は、感情が昂っているだろうし、そっとしておいた。残りのお二人は「いつもは持ち歩いているのですが、今日に限って・・・。しかもこんな田舎で・・・。」とかなり落ち込まれていた。

 

「ツートンさん、あの、この後は北に行くでしょ?やっぱり寒くなるのかしら?」

「いや、それほど変わらないと思います。今日、みなさんがお召しになってたコートで十分ですよ。」

「いえ、違うの。私たちコートを盗られちゃったの。」

「え?」

「バスからレストランの入り口が近かったから、置いていってしまたの・・・。」

コートを盗られた方は4名。全員女性だった。マックスマーラ、フェンディ、ハミルトンといった全てブランドものだ。一方、車内に置きっぱなしで、被害に遭わなかった方々のコートは、すべて、無印良品とユニクロだった。犯人は、短い時間にブランドものだけ選別したということだ。

 

バスは、レストランの入り口前で僕らを降ろした後、食後、出やすいように切り返して、再びレストラン入口の前で駐車した。レストラン入口から見て、バスの前方部は左側にあった。欧州のバスは左ハンドルだ。つまり、レストランからは運転席が見えて、お客様の乗降口は死角になっていた。車体の高いバスに車を隠すように止めるのは容易だろう。鍵をこじ開けて中に入る。バスの窓は、日よけ用に加工されていた。中から景色は見えるが、外から中の様子は分かりにくい。意識していなければ人の出入りなど目に入らない。昼間だったらなおさらだ。

1230分頃レストランに到着して、バスを駐車してドライバーがレストランに入ってきたのが、1240分頃。ステーキを食べ終えてバスに戻ろうとしたのが1310分頃。たった30分の間に、それだけのものを盗まれた。盗んだ後、犯人はどうしたのか。レストランのすぐ近くには、幹線の入り口が見える。犯行後はすぐにそれに入れば、けっこうなスピードで現場を離れられる。国境を越えてスペインにでも入ったのだろうか。

事が起こってからなら、こんな分析は容易だ。完全に狙われていた。確かに、田舎のこの立地のレストランは狙い目なのかもしれない。レストランや民家はそこそこあるが、人出も車も少ない。地元の人々や、僕ら観光客の警戒心も低い。素早く逃げられる道の入り口はすぐそばにある。様々な要因が重なってトラブルは起きる。この時に限って言えば、「旅慣れたお客様のグループ」も、盗難に遭う要因になった。旅の初心者は、いつも緊張している。旅行会社や添乗員が最初に案内したことは忠実に守る。地域による治安の差などは関係なく、貴重品は肌身離さない。油断は、慣れていなければできない。お客様の旅慣れた様子に、おそらく僕も油断していた。「今回は楽だ」と。

 

予想できないトラブルが起こって、みなさんも動揺していた。だが、おかしな言い方ではあるが、全員が被害者であったためか、「なぜ自分だけが?」という、ヒステリックな被害者意識を持つ人は出なかった。ある意味、横のつながりができた。一方で、後々分かることだが、全てにおいて一枚岩になったわけでもなかった。

 

やがて、レストランで唯一英語を話せる若者がやってきた。

「警察に電話したのですが、人出がなくてこちらに来られないそうです。」

「え?ここにいる全員が、なにかしら盗まれたんですよ?こんな大きな事件なのに?」

「ご存知だと思うのですが、明日から、国全体で大規模デモがあるのです。その対応に忙しいと・・・。」

「ああ、そういえば明日からか。」

マッシモの反応で思い出した。出発前、企画担当者から聞いていた大規模デモのことを思い出した。後々、世界的に報道されて「黄色いベスト運動」と呼ばれるようになる大規模デモが、翌日から始まろうとしていた。