いきなり、なんの知らせもなしに現れた4人組。本来ならレストランに電話して、テーブルに空きがなければお断りするところだが、当初予定されていた4人がいらっしゃらない。

「ちょうどいいじゃない。予約はツートンさんを含めて5人だったんでしょ?それならレストランに迷惑をかけなくて済むわ。行ってらっしゃい。いつ戻って来れるか分からない主人たちを、待ってることないわよ。」

「そうそう、その通りよ。いってらっしゃい。」

奥様たちが2人揃ってそう仰ってくださったので、僕は、いきなり現れたマダム4人グループをご案内することにした。念のため、予約していたレストランと、その他のホテルおすすめレストランのメモはお二人にお渡しした。

 

ご案内することになった4名様は、元々4人グループでのご参加だった。高校時代からの友人らしい。お互いに気兼ねすることなく物を言える素敵な友人同士のようで、いつも楽しそうではあったが、このツアーの中では、少し微妙な部分があったような気がする。

この連載でのエピソード⑪「溢れ出てきた思い」の中で、思い出のコートを盗まれた方は、この4人のうちの1人だ。また、別の方は、現金とブランドのコートとサングラスで合計20万円を超えると思われる被害を受けていた。

一方で他の2人は、「貴重品が一切入っていない、まあまあ良いカバン(本人たちの談)」を盗られただけだった。被害額に関係なく、「盗られたショック」というのは残るものだが、それからある程度立ち直ってからは、落ち込む二人を、元気づけている様子が見受けられた。

 

微妙な様子はともかく、こう言ってはなんだが、パスポートを紛失された夫婦二組のディナー案内よりは、なんとなく気楽さを感じていた。女性四人組は、料理さえ美味しければ、文句なく勝手に楽しくお話される。たまに同意を求められたら「そうですね」と頷いてればいい。良くも悪くも、男性添乗員は空気になれる。あとは、おすすめの旅行先を求められたら、スマホに入っているきれいな写真を見せて、「ここがおすすめです。今度、是非ご一緒しましょう。」とか言ってればいいのだ。女性特有の好き勝手な言動にイラッとすることもあるけれど、だいたいその手の表現は翌日になると、口にした本人が覚えていないくらいの軽いものだから、聞き流して問題ない。別に女性の案内を軽く見ているわけではない。女性複数を男性1人で案内する時は、「余計なことはしないほうがいい」ということを、僕なりに学んだ結果、そうなっている。もちろん、いちいち話を振られれば、楽しく会話に参加させていただく。

 

ただ、この時は、気楽に感じたことで、罰が当たったかもしれない。

ラタトゥイユ、ブイヤベース、サラダ、ヒラメのグリル、ローストチキンなどを取り分けてもらいながら、ワインをそこそこ楽しんでお腹いっぱいになり、デザートを頼んだ時だった。お客様の1人が言い出した。

「あー・・・なんだかんだで楽しかった。でも、ペルピニャンに行きたかったなあ。」

ギクッとした。よくよく思い出してみると、ペルピニャンの観光中止を決めた時、この方は大きくため息をついていた。

「あなた、代替観光を随分と楽しんでたじゃない。」

「それはそうだけど。フランスには、きっとこれからも来るし、あの代替は南仏のツアーに参加すれば、必ず含まれてるのよ。でも、ペルピニャンなんて、こんな時でもないと来れないのよねー・・・。」

急に居心地が悪くなったのを感じた。案内する側にとっては、もっとも触れて欲しくない話題でもあった。これを言い出したのは、被害が大きかった二人ではない。この日の午前中に「大変ね」と声をかけてくださった4人のリーダー格でもない。被害額が小さく、4人の中では、これまでで一番おとなしい方だった。少なくともこの時点では、ペルピニャン観光中止をお知らせした時の大きなため息以外は、これといった印象もなかった。

 

「あ、ねえ。これでちょっと質問があるんだけど、伺ってもよろしいですか?」

「どうぞ。」

彼女は、小さく畳んだ紙をカバンから取り出して広げた。この旅行会社が、ツアー申込時にお客様に発行する約款だった。大半の参加者が、一度も目を通すことなく旅を終える、あの細かい文字の書面だ。

「あの観光内容の変更につきまして、正当性は、この中のどれに当てはまるの?」

「あなた、いつもそれを持ち歩いてるの?」

「そうよ。なにか納得いかないことがあったら、これに目を通して質問するの。」

「全然知らなかった。」

「みんなで旅行する時には、すべてに納得していたのよ。納得してれば出さないわよ、こんなもの。」

「今回は、納得できないものがあるの?」

「そうよ。でね、ツートンさん、ここにあるじゃない。旅程保証って。天災、戦乱、暴動、官公署の命令、.運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、当初の運行計画によらない運送サービスの提供、旅行参加者の生命、又は身体の安全確保のため必要な措置・・・どれに当てはまるの?」

「ちょっと、あなた・・・せっかく夕食連れてきてもらってるのに。」

「もう食べたでしょ。こんな時じゃないと聞けないじゃない。私だって、ずっと我慢してたのよ。パスポート発行に必要な警察書類の発行とか、車の手配とか。大きなものを優先するのは仕方ないけど・・・でも、(被害が大きい2人に向かって)本人たちがいる前で言うのもなんだけど、多額の現金をバスに置きっぱなししにしたり、パスポートを置いてったり、完全に不注意じゃない!貴重品の案内なんて、基本だし、旅行会社の案内にも、ツートンさんが渡してくれた最初の案内にも、『もういい』ってくらいに書いてたのに。」

被害が大きいお二人が、決まり悪そうにうつむいた。

「私の被害なんて、本当は警察書類なんかなくたって、保険申請できるのに。ペルピニャンの観光をできなかったのが、一番の被害よ。あんなに楽しみにしてた観光を、どうして諦めなければいけなかったの?きちんと説明してください。ずっと思ってたの。飲んだ勢いで言ってるわけじゃないの。ペルピニャンは、本当に楽しみだったのよ。」

確かに飲んだ勢いではない。彼女は、ワインをグラス一杯もあけていない。

 

想像もしていなかった方からの厳しい突っ込みに、僕はかなり動揺していた。