「まず、最初のペルピニャン観光中止というところですが、この中だと、お客様の安全確保に入ると、僕は思っています。」

この中というのは、旅程の一部を中止にする際、旅行会社の免責事項となる「天災、戦乱、暴動、官公署の命令、.運送・宿泊機関等の旅行サービス提供の中止、当初の運行計画によらない運送サービスの提供、旅行参加者の生命、又は身体の安全確保のため必要な措置」のことだ。

「どんな解釈でそうなるの?」

「もし、あの時にペルピニャンの観光をしていたら、ドライバーの労働時間の関係で、翌日の出発は7:30でなく8:30になっていました。そうなったら、出発後すぐにあの渋滞に巻き込まれて大変なことになっていました。」

「そうね。代替観光もあったしね。」

「いや、ペルピニャンの観光をした仮定での話ですから、この場合は代替観光のことは考慮しません。」

「あ、そうか。」

「7:30に出発したおかげで、最初の4つくらいのデモ隊からは、ほとんど影響を受けずに通過できたのです。8:30に出たら、代替観光なしでも、かなりアビニョン到着が遅れたと思います。」

「うん。それはわかります。」

「そうなると、おそらくアビニョンでの警察書類発行が危うかったかもしれません。」

「無事に全員が帰国するための安全確保ね。」

「そうです。」

「なるほど。まあ、そこは最初の意図と結果の辻褄が合ってるわけね。」

「そうです。」

「結果論ね。」

「・・・そうです。でも、ここでは過程よりも結果が大事で・・・。」

「それはそうなんだけどね。とりあえず、ペルピニャン観光中止の、そちらの言い分は理解しました。その言い分が成立するかどうかという質問をこれからさせてください。」

「・・・・・・はい。」

彼女の同行者たちは、「こんなつもりではなかったのに」という表情で、僕らのやり取りを見守っていた。ディナー案内に乗ろうと提案してくださったリーダー格の方は、特に僕に対して気まずそうだった。

「警察書類は、夜中にでも、あなたとドライバーさんが、バスの被害届を出して書面を発行してもらえばよかったんじゃないの?私たちが行く必要あった?あなたが現認書を書いて、その書面を添えれば立派な申請書類になったんじゃないかしら。」

「いや、それは・・・。」

「結果的に、そんな感じになったじゃない。最初からその判断にすれば、ペルピニャンの観光はできたと思うのよね。どうしても、そこは判断ミスだったんじゃないかと思ってしまうのよ。」

 

なんて頭の切れる方だろう。実は、そのパターンは考えてはいた。もし、盗難物にパスポートが含まれていなかったら、最初の警察の人出不足の状況を見極めて、おそらくそうしていた。確かに、たいがいの盗難物の保険申請は、それでなんとかなるのだ。だが、パスポートを現地大使館や領事館での再発行するとなると、絶対に警察書類が欠かせなかった。

「パスポートを盗られた人がいたから、警察書類が必要なのは分かる。でも、パスポートの盗難は、私たちには関係ないじゃない。」

こちらの思考を読んでいるかのように、次々と言葉を投げかけてきた。

「あの方たちが、個人的に誰か雇って警察にいくことにでもすれば、私たちは、予定通り全て観光を消化できたんじゃない?」

「いや、この場合は・・・」

「パスポートを盗られたのは、あの人たちのミスよ。バスの中に置きっぱなしにしておくなんて、旅慣れた人たちがすることじゃないわ。問題外よ。」

「その通りです。」

「でしょ?添乗員は、あの人たちに誰かを雇わせて離団してもらって、他の人たちの案内に集中することができたんじゃないかって思うの。あそこまで同情して、いろいろしてあげることはなかったんじゃない?」

「だから。この場合はそうもいかなかったのです。」

「どうして?」

「パスポートを盗られたのは、あの方たちの不注意ですし、それについて旅行会社は、なんの責任も負いません。そこまではいいのですが、たとえ置きっぱなしでも、被害に遭われたのは旅行会社の専用車の中です。パスポートだけでなくて、他の貴重品の盗難に関しては責任は負えないし補償もできませんが、それを補うためのフォローはします。それくらいの面倒を見るのが旅行会社ですよ。」

「うーん・・・。」

「もし、パスポートを盗られたのが、観光中の不注意などでしたらお客様が仰った通りになったと思います。今回は、なにかしらのフォローをすべき状況でしたし、それ以外のお客様もバス被害のレポートに現認書を添付するよりも、盗難証明に現認書添付のほうが、おそらく手続きはスムーズです。警察も、書類は何通りもつくってくれませんから。バス被害ならバス被害だけ。盗難なら盗難だけとパターンを少なくしたほうが快く作業してくれます。当たり前ですが、今回は盗難証明が優先です。」

「なるほど。パスポートの盗難は、盗られた場所も考慮されて、あなたは動いてるわけね。原因は、どう考えてもあの人たちのせいなのに。私たちにとっては、完全なとばっちりだけど。」

納得できないが、理屈は分かったというところだろうか。このツアーでは、お客様とこの種の会話が多かったような気がする。

「えーと、次は・・・。」

「ねえ、もうやめましょうよ。」

リーダー格のお客様が口を挟んだ。

「ごめんなさい、ツートンさん。私、こんなつもりじゃなかったのよ。あなたが、「美味いもの」を食べに行くっていうから、皆で参加したつもりだったの。実際、美味しかったわ。こんな困らせるつもりじゃなかったのよ。」

「いえ。私もパスポート被害のフォローのことばかり考えてましたし。お答えできるものは、この場でお答えします。ずっと我慢してたって仰るし。」

「そうよ。その通りよ。さっきも言ってたけど、ずっと我慢してたのよ。もうちょっとだけ、私に時間ちょうだい。」

「あなたが、こういうことで、こんなに粘る人だと思わなかったわ。」

先ほどとは、別の方が口を挟んだ。

「みんなと旅行してる時は、今までこんなことなかったもの。」

「そうだとしても、こういうことは帰国してから旅行会社に言えばいいじゃない。」

「現場で対応をしたのは添乗員よ。添乗員に質問するのが筋よ。」

「そうです。それに、かなり筋の通った質問ですから。まったく問題ありません。」

お客様同士でエキサイトしそうな雰囲気だったので、僕は会話に割り込んだ。

「ほら、ご覧なさいよ。」

質問を繰り返すお客様が、急に言い出した。

「なにが?」

他の三人と僕は、何をご覧になって欲しいのかさっぱり分からないでいた。

「ツートンさんはね、絶対に逃げないのよ。」

「ああ・・・うん。確かにそうね。」

リーダー格の人が同意すると、他の2人も頷いた。

「でしょ?みんなで言ってたじゃない。パスポートや現金を盗られた人が、けっこう失礼な態度をとっても、ぶれないで案内してるのよ。変に声を高くしないで地声でお話されるし、媚を売るような話し方もしないし、それが、少し生意気に感じる時もあるけど、こちらの言うことを正面から受け止めて、全部真っすぐ返してくれるじゃない。だから、私も思い切っていろいろ聞けるのよ。私がしているのは、かなり正当な質問よ。理不尽なことはなに一つ言ってないわ。」

「うん・・・まあね。」

三人は再び黙った。確かに理不尽な質問はなかった。

「私だって、楽しむところは楽しんだ。だから、最後はできるだけ納得して帰りたい。全部は無理かもしれないけど、なるべく納得して帰りたい。私にとっては、質問の嵐も旅行の一部なのよ。」

 

この方を出来る限り納得させることは、今後の対応における大きなポイントのような気がしてきた。

 

次回。