複数のお客様から攻撃されて、少しまいっていた僕に対して、バスで待機していたマッシモが降りてきて声をかけた。
「ツートン!時間だぞ!」
違う角度から声をかけてもらうだけで、スーッと視野が広がることがある。見渡してみると、興奮しているのは、この6人だけだった。警察書類を作成した時、僕とガイドさんに駆け寄ってきた人たちは、遠くで悲しそうにこちらを見守っていた。昨日、夕食を一緒に食べたマダムたちも、パスポート盗難に遭った方々も、この場では、決して僕を責めてはいないと感じた。
「続きは、バスの中でご案内します。まずはバスに!今日は長いドライブですから、早く出発しましょう。」
僕が、グループ全体を見渡して声をかけると、多くの方々は、頷いてバスに向かった。何人かは、少しほっとした顔をしていた。ある母娘は、「大変ですねー・・・。頑張って!」と、僕のそばに来て、囁きながら応援してくれた。
お世話になったホテルのスタッフに挨拶に行くとき、昨日、ディナー時に僕と散々お話した質問主のマダムが、6人に歩み寄って、なにか話している。
マッシモが、お客様のスーツケースをバスに積み込んでいた時、マダム質問主がやってきた。
「大丈夫よ。彼女たちは、ちょっと感情的になってるだけだから。私みたいに細かい疑問を抱いてるわけじゃない。少しドライブして、朝の景色を見れば気分も変わるわよ。彼は、ちゃんと説明してくれるって言っておいたから。頑張ってね!」
昨日のやりとりで、マダムには気に入っていただけたようだ。ありがたい。こんな時、少しでも応援してくださるお客様がいらっしゃるというのは、本当にありがたい。
全員がバスに乗り、出発だ。僕のすぐ後ろには、パスポートを盗られたご夫婦のうち、僕に対してキツい態度を見せるほうがお座りになった。席の後ろから、ボソッと声をかけてきた。
「あの手紙、悪くないよ。少なくとも、私は気に入っている。」
「え?」
これまで交わした言葉の中で、一番会社に対して肯定的な言葉が出たので驚いた。
「ただね、遅いよ。タイミングが悪いと、たとえいいことでもケチをつけられる材料になったりするもんだ。だから週末だろうが、君が日本の社員に大騒ぎして・・・まあ、それはいいか。ところで、さっき怒ってた人たちの他にも心配してた人がいたよ。『たった二万円で補償が終わったらどうしよう』って。どこにも補償だなんて書いてないのにね(笑)」
「どなたですか?」
「あとで教えてあげる。でも、私が文を一緒に読んで内容は説明しておいた。特別保険での対応とは別に、お見舞いの2万円だって。お小遣いですよって。」
「ありがとうございます。」
「帰国後は、会社にいろいろ言ってやろうとは思ってるけど・・・とりあえず雰囲気は、少しでも崩さないで帰りたいよ。楽しいところは、楽しかったからね。いい説明を頼むよ、ほんとに。」
このツアーは、ある中東の航空会社を利用していた。往路は中東経由でバルセロナに入った。南仏には航行していない。だからと言ってパリは遠い。そこで、復路はニースから国境を越えてミラノまで走り、そこから帰国便に乗ることになっていた。丸々半日かかる行程だ。
ふだんなら、面倒で長いドライブだが、この時はありがたかった。ニースからイタリアはすぐだ。フランスの外に出ればデモの心配はなかった。それに、一度お客様を落ち着かせてから、手紙の内容をゆっくり説明する時間ができた。
バスは、一度海岸線に出た。朝日に地中海が赤く染まっていた。僕は、バスに揺られながら、お客様たちと鮮やかな色の海をしばらく眺めていた。
朝のニースで眺めた地中海。写真は当時のものではありません。
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