舞台は2008年初夏の北欧。僕もまだ若かった。この作品は、ツアー直後に書いたものをリメイクしたものだ。

昔書いたものを読んでみると、ツアーだけでなく、お客様の変化も見えてくる。具体的に言うと、お客様同士の距離の取り方が、今と昔では全然違う。90年代までは、お客様同士が、自分のことをよく話した。お子さんや孫のことを含めた家族のこと、テーブルが夫婦同士ならお互いのなれそめ、仕事のこと。今考えると、個人情報垂れ流しトークが多かった。

もちろん、そういう会話を好まなかったり苦手にしていたりする方も多かったのだが、相手が話したから自分もある程度話さざるを得ないというのが、その当時の風潮だったような気がする。そういう流れで話を聞きだそうとする、ある意味巧みな話術を持つマダムが、ツアーに一人はいた。

 

この手のマダムには、時々若い参加者や添乗員が餌食になることがあった。

「この仕事をしていたら、なかなか相手が相手が見つからないでしょう。結婚はどうするの?」

「子供は、お互いに若い時につくったほうがいいわよ。相手はいるの?」

「人の親に育てられたからには、人の親になりなさい。」

適当に「結婚している。子供もいる」と、こたえようものなら「二人目は?」と来たものだ。

90年代に添乗員をしていて、当時独身男女であったなら、きっと一度は言われたはずだ。

 

20世紀終わりまで、海外パッケージツアーで繁栄を謳歌していた「聞き出し&お説教マダム」だったが、21世紀にはいると急激にに減少して、今では絶滅したと思われる。僕も、この2008年の時に久しぶりに見たと思ったら、その後は一切目にしていない。

その頃になると、お互いの趣味や美味しいお店などの話題が、ツアーの中心となってきた。プライベートなことを話さずに、お互いの距離を保てる人たちが増えて、プライバシーを重んじる傾向が強まり、「聞き出し&お説教マダム」が餌を確保するチャンスが失われていったのだ。そして、恐竜のように絶滅していった。

 

そういった意味では、今回の作品は、彼女たちの生態を研究するいい資料になるだろう。作品の主旨としては、当時若く未熟だった僕が、まったくそういったことを理解できずに、どうしようもなかった、というお話である。

 

最初に言っておこう。令和となった今では、まず似たようなことは、ツアーでは発生しない。一昔前の人類のお話として読んでいただきたい。

=============

22人のお客さんを案内しているツアーだった。

30代前半の女性が3人、40代前半の女性が1人。4人は、それぞれ二人ずつのお友達。彼女たち以外は、50代後半以降の年配客だった。

 

ツアーは10日間で、全食事と観光付きで50万円。、当時の北欧ツアーとしては中堅クラスだったが、一般的に見れば、50万の欧州ツアーは高額商品だ。こういってはなんだが、ツアーの価格と客層は、ある程度比例する。この場合の客層というのは、人間性の問題ではなく、テーブルマナーをはじめとしたレストランでの立ち振る舞いやホテルでの過ごし方について、案内するまでもなくご存知の方が多いと言う意味だ。

格安キャンペーンツアーで高級ホテルに泊まる時、前もってご案内しておかないと、下着のようなTシャツと短パン、部屋に備え付けのスリッパでディナーレストランにお越しになって、びっくりすることがあるが(しかもダメだと前もって案内されていないと怒られる)、この価格帯になると、さすがにそういう方はいらっしゃらない。つまり、添乗員の心労が少ない。はっきり言うと楽だ。

 

この時もそうだった。年齢にばらつきがあるツアーではあったが、若い人たちも年配者もお互いに気遣いあい、とてもいい雰囲気だった。年配のお客様は、いろんな年齢層がいたほうが、食事の時などは楽しいと言い、若い人たちも、人生の先輩方との関わり合いをそれなりに楽しんでいるように見えた。

世代が違うと、価値観が違う。お互いに気を遣うことはできるが、完全に理解しあうことはできない。歩く速さも違う。ツアーのテーマは理解しているから、観光やショッピングへの興味は、意外と共通するものが多い。それだけではうまくいかないのがツアーなのだが、この時は、そんな心配も無用と思われた。

 

しかし、よりによって8日目、観光最終日にそのバランスが崩れてしまう事件(・・・と言ったら大げさか)が起きてしまった。

 

詳しくは次回より。