登場人物(詳しくは、エピソード③で)

 

マスター・ツートン

このブログの作者で、ストーリー中の添乗員。いろいろダサかったけど、みなさん楽しんでいただけて何よりです。

 

色白OLさん

泣くほどストレスを感じていた時もあったのに、最後までツアー仲間を気遣うナイスレディ―。ありがとうございます。

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚で、一緒にツアーに参加した。クールでおしゃれ。帽子が似合う。色白さんに鋭い指摘をする一方で、いつだって彼女の味方。素敵でした。

 

マダム無邪気さん

最後まで、無邪気でしたが、恐縮していたところはかわいかったです。

 

姉御さん

無邪気さんのお目付け役であり、ばーやであり、お姉さん。いや、なるほど。そういうことでしたか(最後まで読んだら分かります)

 

大婦人さん

たとえ影の支配者でも、僕にとっては、とても素敵なお客様でした。

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帰国日。前日は、かなり遅くまで飲んでいたので、ゆっくりと8時過ぎに朝食へ向かった。

レストランに入ると、姉御さんが見えたので、すぐそばに席を取った。もうほとんど食べ終えていた。無邪気さんは、果物を取りにいらっしゃって、席を外していた。僕は、昨日、三人で飲んだことを話し、前日のディナー時に色白さんが席を立ったのは、必ずしも無邪気さんのせいだけではないということをお伝えした。大婦人さんや、その他のお客様の実名は挙げなかった。(分かっていたとは思うが)

「そう。二人とも偉いわね。ちゃんとあなたが心配しないように、報告されたなんて。・・・・・・・無邪気さんにも言うの?」

僕は、しばし考えてから答えた。

「いえ、だまっておこうと思ってます。」

「どうして?」

姉御さんは、じっとこちらを見つめた。彼女は、ふつうのご年配の方なのだが、なんというか、時々、尋常でないオーラを発した。じっとこちらを見つめている。

「言うべきでないことを仰ったのは確かです。あれがなければ、色白さんが席を立つこともなかったのは間違いありません。」

「そうね。」

「それに、真実を伝えたら伝えたで、またなにか余計なことをおっしゃりそうで()

「あははは。かえってそちらが心配ね。同感だわ。」

ニッコリ頷く姉御さん。

「でも、それなら私にも言わない方がよかったんじゃない?私、無邪気さんの友達よ(笑)」

それはそうなのだが、彼女にはお知らせしておいた方がいいと思った。なんとなく、無邪気さんには何も言わないような気がしたし、言ったとしても、他言しないように口止めしただろう。無邪気さんは、姉御さんに言われたことは絶対に守るから、それならそれで構わない。

姉御さんは、僕をからかうようにしてもう一度笑い、

「大丈夫よ。言いませんから。」

と、優しく言ってくれた。

 

その後、談笑していると、果物を取りに行った無邪気さん、そしてさらに後からやってきた色白さん、素敵な帽子さんの3人がビュッフェカウンターから一緒にやってきた。どうやら、色白さんが声をかけて、食事をとりながらお話したようだ。この時の、彼女の無邪気さんへの気遣いと優しさは相当なものだったと思う。さすがに食事は、隣のテーブルで取ったが、声をかけられた無邪気さんは、すっかり恐縮していた。

 

ホテルを出発する前、次々とお客様がロビーに下りてきた。「忘れ物はありませんか?」などと声をかけながらお迎えする。落ち着いてきたとき、大婦人さんが僕のところにやってきた。

「ツートンさん。今回の旅行はとても楽しかったです。天気も景色もよかったし、あなたの案内が最高にによかった。今度どこかいらっしゃる時はお誘いください。」

「ありがとうございます。」

僕は、丁重に頭を下げた。「上品で素敵な方だよなあ。本当に他人に説教なんてするのかなあ、想像できない・・・・。いい人だと思うんだけどな」と、考えながら。

少しすると、色白さんと素敵な帽子さんもやってきた。

「さっき、大婦人さんが来たでしょ?なにかありましたか?」

色白さんが心配そうに言った。

「いえ。とてもいい旅行だったと、お礼を言われました。それだけです。いいお客様です。」

「ならいいんだけど。昨日、私たち、昨日あの人の悪口いっぱい言っちゃったから。ツートンさんの大婦人さんを見る目が変わったらどうしようかと思って。ツートンさんには、とてもいいお客様に違いないのに。」

「はい。だから、いいお客様でした。」

「・・・そうですか。」

色白さんは、なんだか拍子抜けしたような表情で、でもほっとしたような口調だった。

「色白ちゃん、ツートンさんは大人だから。私たちより年上だよ。大丈夫だよ。」

素敵な帽子さんが、色白さんの肩を抱くようにすると、僕に無言の笑顔で頷いて離れていった。こんな気を遣ってくださるお二人もまた、いいお客様だった。

 

グループは、無事にコペンハーゲンを出発してヘルシンキで約2時間半の乗継時間を過ごした。

いよいよ旅も終りだ。お客様を免税店などに案内した後、空港の中のカフェでコーヒーを飲んでのんびりしていた。すると、色白さんたちが入ってきた。

3人で会話していると、さらに二人、グループ内の30代後半と40歳になったばかりの女性の二人組も入ってきた。この二人は、他のお客様と比べて異質な存在だった。グループの大半のお客様が、海外旅行はツアー専門と言う人たちだったが、この二人は、ふだんは個人旅行を楽しんでいたのだ。北欧は、個人で周るには時間がかかるから、ということで、今回だけはツアーに参加したそうだ。

だから、言葉はある程度できる。自由行動の時も、添乗員から情報を仕入れることなくスッと消えて、目的を果たしてくる。昼食はともかく、夕食は自分たちが前もって調べてきたレストランに食べに行って、グループとの夕食はキャンセル・・・なんてことも多かった。

団体行動を重んじる年配客の中には、それを「勝手な行動」として非難する人もいた。しかし、大半のお客様が言っていたように、「自分でなんでもできてうらやましい」が本音だろう。集合時間に遅れるなど、グループを乱しているわけではないから、勝手と言う言葉は、全く当てはまらない。

昨日の夕食時も別行動を取っていた二人は、色白さんが、席を立った件を知らなかった。ただ、チボリ公園に行くときに、今までと様子が違うのは感じていたそうだ。

「へー!そんなことがあったの。ひどいわね。」

とうとうそのことに話題が及んだ時、二人は色白さんたちに同情するように言った。

「私たちは、他の人たちとはあんまり関わらなかったし。結婚とかは、一回聞かれたけど、『してないです。誰かいい人紹介してくださーい。』って言ったら、それで終わっちゃったよ(笑)。あなたたち、他の人たちと、少し親しくなりすぎたんじゃない?よく気を遣うなあって思ったわよ。」

ここは難しいところで、学生時代から、ほとんどツアー専門で旅行してきた色白さんたちは、良くも悪くもグループ内で気を遣う癖があるのだろう。ご年配の方々の中には、若い人たちとの会話を楽しみにしている人がいらっしゃることも承知しているのだ。

「でもさあ・・・結婚はともかくね、一生懸命働いて、年をとってから旅行ってどうよ。あの人たちがしてきた苦労は分かるつもりだけどね。あんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃうよ・・・。」

ふだんはクールな素敵な帽子さんが、珍しくため息をつきながら言った。

 

これに関しては、僕も彼女と同じ感覚だった。この北欧ツアーが催行された頃の、ご年配客の多くは、日本経済最盛期に仕事をこなし、その熱が冷める前に定年を迎えられた方が多い。若い頃はとにかく仕事をこなして、引退して、それからようやくできた時間と、一生懸命作ったお金で旅行を楽しまれている方が大半だった。そういうご自身の人生経験を良いと思い、若い人たちにも同じ道を勧めていたのだろう。

だが、僕が社会に出たのは、バブルがはじける社会の境目だった。色白さんたちは、おそらく最初の就職氷河期の頃に新卒だった人だろう。つまり、「これからどんどん社会が、経済が良くなる」イメージがない。そんな彼女たちは(いや、僕らと言ったほうが適当だろうか)、

「旅行は、できる時にしなきゃね!」

という気持ちで旅行している。少なくとも、このツアーの頃も含めて、現代においては、ほとんどの日本人が、その気になれば海外旅行をできる。そういう時代に、僕らは学生だったり、若い社会人だったり、中年だったり、ご年配だったりしているだけだ。

無邪気さんや姉御さんが、色白さんたちの年齢だったとき、その時代の年配者の誰もが海外旅行できる環境にあったかと言えば、きっとそんなことはないだろう。僅かな人々の娯楽だったはずだ。

彼女たちが、そこまで考えていたかどうかはともかく、「そんな年をとってからのことは分からない」というのは、心からの本音だった。

そう。そんな先のことなど分からない。2020年から2021年にかけて、コロナ禍という歴史に残る事態が起こるだなんて、誰も予測できなかったように。

 

カフェの外側の席では、コーヒーを飲んでいる大先生と大婦人さんの夫妻がいた。今でも非常勤で大学に通う大先生は、お土産をたくさん必要としていたらしく、ものすごい量の買い物袋だった。

まだ、免税店で精力的に買い物をされてる方もいらした。楽しそうだ。どの世代の方々も、自分たちなりの旅行を精一杯楽しまれていた。

 

お客さんとよく話はするが、お客さん同士の人間関係や愚痴が、ここまで耳に入ってくることは珍しかったので、思い出深いツアーになった。なんと言っても、これほど自分がお客様のことを分かっておらず、ことごとくタイミングが悪く、ダサかったのも、今となってはいい教訓になっている。

お客さん同士の人間関係が、ツアーの満足感に影響するかと心配だったが、アンケートにおけるお客さんの満足度は、ツアー担当者が握手を求めてくるくらい抜群だったので、それも記憶に残っている理由のひとつだろう。

 

ちなみに、この時に案内した旅行会社は、もうパッケージツアーを作っていない。かなりリピーター参加者が多い会社だったのだが、今もみなさんが、どこかの旅行会社で海外ツアーに参加されて楽しまれていることを祈って止まない。

 

余談だが、素敵な帽子さんとは、23年後だったろうか。プラハのレストランで偶然お会いした。相変わらず素敵な帽子を被られて、横には素敵なご主人もいらした。その時、色白さんが結婚されたことも聞いた。相変わらず親友だが、色白さんの転職で既に同僚ではなくなっていた。やはり二人とも、世の中の男性が放っておく女性ではなかった。

 

鋭い観察力を見せて、時々オーラをまき散らした姉御さんは、元裁判官だったそうだ。帰りの機内で聞いた。どうりで・・・以下略。

 

おわり