コロナ禍の中でも、修学旅行が近場で実施された地域はあった。例えば新潟県。

県内のあるホテルに宿泊した時、同じホテルで小学生の団体と一緒になった。小学生に限らず、学生の団体と一緒になると、大浴場は、一時的に彼らの貸し切りタイムとなる。そういえば、修学旅行の時には、自分たち以外の個人客は誰もいなかったが、そういうことだったのか。

今回、このホテルでは、お土産屋さんでの貸し切りタイムもあった。館内の売店の様子を見ようと行ってみると、売店近くにあるソファでお客さんたちが座っていた。

「お店に入らないのですか?」

「今、あの子たちの貸し切り時間なんだって。」

なんだか面白そうだったので、お客さんと一緒に様子を観察していた。

20人ぐらいずつのグループに分けて、30台前半くらいであろうか、女性教員が、児童に一生懸命何かを説明していた。

 

「これはお金です!」

そう言って、手に持っていたのが、地域共通クーポンだった。小学生にわかるような言葉で、そのシステムについて説明している。まさに学を修めていた。コロナ禍ならではの修学旅行プログラムだ。

 

GOTOキャンペーンを使って旅行を手配すれば、当然地域共通クーポンは発生する。ただし、前述したとおり、クーポンは、旅行先で旅行期間にしか使えない。

よって、代金を払った保護者ではなく、小学生の子供がクーポンを手にすることになる。

また、クーポンには細かい番号が振られていて、発行時に、誰がどの番号のクーポンを所持しているか分かるようになっている。これは、一般のパッケージツアーでも同様だ。旅行会社は、万が一の不正や不祥事に備えてどのお客様が、どの番号のクーポンを所持しているか把握することが義務になっている。(その把握がかなり大変な作業になっているらしい)

ツアーに参加していて、旅行会社が連れていったお店で、ツアーバッジをつけていれば、クーポンを出すだけで買い物させてもらえるが、完全な個人旅行者の場合、クーポン利用時に身分証明書の提示を求められることがある。

あくまでクーポンは、個人に帰属するものだ。つまり、原則学校や教員がまとめて用途を決めることはできない。

 

以上の理由で、この修学旅行では、「子供のためのクーポンでお買い物講座」が行われたと思われる。

さあ、いよいよ買い物タイムだ。先生たちが見守る中、楽しそうにいろいろなものを見ている。

「俺、これでいいや。」と即決する男子。みんなで集まって「これかわいい、あれかわいい」ときゃいきゃいやっている女子。買い物をしている時のノリは、世代を超えて男性も女性も変わらない。

そのうち、ある児童が先生に声をかけた。

「先生!ここに千円札が落ちています!!」

持ち主は、すぐに見つかった。

「夢中になっている時も、気を付けてね。お金はすぐにお財布に入れて。私の見ている前で。」

男子が財布にお金を入れると、すぐに解放された。

少しして、別の声が聞こえた。

「先生!千円のクーポンが落ちてます!!」

今度は持ち主が名乗り出ない。先生は、手元にあるファイルを広げた。おそらく、クーポン一覧表で持ち主を確かめていた。

「〇〇くん!こっちに来て!!」

落とし主が分かると、先生は男子生徒を呼んでお説教を始めた。大人と子供の違いはあるが、同じクーポンを案内する人間として興味があったので、声が聞こえるところまで行って、話を少し聞いてみた。

「これはお金なんだよ。なくさないでって言ったでしょ?」

「ここにある番号はね、○○君の番号なの。もし、あなたが落としたこのクーポンで、誰かが悪いものを買ってしまったら、あなたがそれを買ったことになっちゃうの。分かる?」

最初、全員に言ったことを、今度は、より細かく教えている。お説教は3分くらい続いた。買い物タイムの中にあって、長過ぎず短過ぎず、正しいことを感情的にならずに言う、完璧に近いものだった。最初、あまり真面目に聞いていなかった男子児童が、きちんと話を聞くようになるまでじっくりと話していた。

「いい先生だなあ・・・。」と、僕は感心していた。

 

翌朝、出発時間が近いせいか、先生チームとロビーで一緒になった。前日のことを少し聞きたかったが、忙しいだろうと思って、遠慮してこちらの準備をしていると、

「おはようございます。昨日は、いろいろご協力いただいてありがとうございました。」

と、あちらから挨拶してくださったので、ついでに少しお話した。クーポンについては、

「まさに今しか学べないですからね。買い物も実習です。システムだけでなく、お釣りの出ないクーポンでいかにきちんと買えるか。」

「現金を落とした子とクーポンを落とした子で、叱り方が違うと思ったんだすけど、あれは意図的だったんですか?」

先生たちが、顔を見合わせた後、笑い出した。

「よく見てましたね()。現金を落とした子は、『しまった・・・』って顔をしていたので、注意で留めました。クーポンを落とした子は、自分が落としたことにも気づいていなかったし、『お金を失くすところだった』という自覚がないように見えたので、それを分かってもらえるまで話を聞いてもらったんです。」

「なるほど。クーポンの説明は、僕ら添乗員も苦労する時があります。落とした時の『誰かが悪いものを買ったら、あなたが買ったことになる』のくだりは参考になりました。」

「そこも聞いてたんですか?恥ずかしいなあ()あれは、クーポンの番号は個人情報の一部なのだから、それを分かってもらうためです。でも、『個人情報を落とすのと同じ』というのは、なかなか小学生ではピンと来ないんです。それでああいう例え話にしました。実際にクーポンで悪いものを買えるかどうかはともかく、個人情報を落とした時の例え話としては、分かりやすいでしょ?」

「確かに。ふーん。ますますなるほど。」

「本当にそう思ってますか?()

「思ってます。とても思ってます。」

 

この時点で、どれほどの児童が、先生が言ったことを全て把握しているかはともかく、真剣に説明してもらった言葉は、記憶に残るだろう。だんだんと成長していった時、様々な場面で「あれはこういうことだったのか」と、思い出す場面がきっとある。僕自身の経験でもそうだ。

地域共通クーポン券の利用は、子供たちにとって、コロナ禍における、珍しく貴重な体験だ。その本来の意味を理解するのは、もう少し後であるだろうけど。

それにしても、いい先生だなあ。小学校の時、ああいう人に教わりたかったな。

 

次回。修学旅行編をもうひとつ。