この日の夕食は、コロナ対策とテーブルの混雑の関係で、29人のお客様を、30分おきに2組に分けて案内することになっていた。問題の二人組は、先のグループに割り当てられていた。ところが、集合時間になっても来ない。ひょっとして、後のグループだと勘違いされているのかと思いきや、その時間になっても、やはり来なかった。

「レストランを勘違いされているのではありませんか?」

レストランのスタッフが助言してくれた。

「お客様がお持ちになっているお食事券ですが、ホテル名と価格が記載されている金券で、このレストラン専用というわけではないのです。」

「・・・ということは、間違えて他のレストランに行っても入れてしまうわけですか?」

「そうです。空席があれば入れてしまいます。お客様が、間違いに気付かれて、お問い合わせいただければご案内いたしますが、何も仰っていただけないと・・・」

「どのレストランに予約を入れてるかなんてわからないですよね。そうなると、受けるしかない。」

「そういうことです。もし、遅れていらしても、この後の予約は詰まってませんから、お入りいただけます。念のため、別のレストランに確認にいらしてはいかかでしょう?もし、こちらにいらっしゃいましたら、添乗員さんの携帯にご連絡差し上げます。」

 

スタッフの助言に従って、僕は別のレストランに行っていないか確かめてみることにした。とはいえ、宿泊ホテルは、広大なリゾート地にある巨大な建築群で、本館を中心にあちこちにレストランが散らばっていた。僕がいたレストランから最寄りの別のレストランまででも、さっさと歩いて5分はかかった。

手間を覚悟で、でもため息をつきながら、全部で15ほどあるレストランを、間違えて行ってしまいそうなレストランから探してみようとしたら、幸運なことに一件目ですぐに見つかった。

「あ!ツートンさん!ここおかしいの。今日はカニをたくさん食べられるって聞いていたのに。あそこのグラタンにしか入ってないのよ。」

二人は、ホテル内で最大のビュッフェレストランに入っていた。予定されていたレストランは、カニを中心としたシーフードがメインの高級ビュッフェ。

「少々お待ちください。」

僕は、レストラン受付のスタッフに事情を説明しに行った。

「やはり、そういうことでしたか。」

「ご存知だったのに席に案内したんですか?」

「ツアーバッジを身につけられて、6千円の食券をお持ちの方は、だいたい、カニビュッフェで予約が入ってますから、確認はいたしまた。いたしましたが・・・」

「どうかされたのですか?」

「こちらでいいと仰ったのです。時々ツアーに参加されている団体のお客様の中にいらっしゃるんですよ。『カニが好きじゃないからこちっちに来た』、『甲殻類アレルギーだからこっちに来た』、中には、『以前、カニビュッフェは食べたことあるからこっちに来た』という方もいらっしゃいます。」

アレルギーの方は、おそらくツアー申込時にそのことを旅行会社に伝えたうえで、最初からこのレストランを提案されていたのだろう。でも、それ以外の方はどうなんだろう。予約を断る連絡もしないで、勝手に他のレストランに来ているのではないか?だとしたら、ホテルにも添乗員にも迷惑な話だ。国内添乗員も大変だなあ・・・。

おっと、今はそれどころじゃない。

「わかりました。ご確認ありがとうございます。それで、このホテルの食事代はおいくらなんですか?」

4500円です。」

「ということは、カニレストランの予算から1500円浮きますが。」

「はい。ですから6千円の食券をお持ちの方は、アルコールを含めたドリンクを飲み放題にしています。」

「飲み放題!?なるほど!ありがとうございます。」

僕は、お二人のテーブルに戻った。テーブルについて食事を始めてしまったということは、いまさらカニビュッフェに変更はできない。レストランを間違えたのはお客様の責任だが、楽しみにされていたカニを食べられないのは、少し気の毒に思った。

「ダダをこねる可能性はあるけれど、二人ともお酒をよく飲むし、飲み放題が落としどころだな。」

そんな計算をしながら、

「なんで確認されたのに、レストラン間違いに気付かなかったんだろう?」

という疑問も残っていた。

テーブルに戻ると、すぐに大声で怒鳴るお客様だけが席にかけていて、お友達はフードを取りに行っていた。僕は、二人が揃うのを待たずに説明を始めた。手配されたレストランと違うところへ来ていること、そこにカニはないこと、そのかわりドリンクが飲み放題になること。

一通り話を終えると、その方は頷いて

「分かったけど・・・カニは?」

「いや・・・だからカニはないのです。」

「後から、私たちだけに出てくるってこと?」

最初は、我儘を通そうしているだけだと思ったが、表情を見る限りそうとも思えない。揉めていると思ったのか、先ほどのレストランスタッフが来て、かなり丁寧に説明してくれた。だが、それに対して頷きはしても、まったく要領を得ない。なにを言っても、「カニは?」となる。なんだか小馬鹿にされているような気がしてきた。

 

話が通じなくて困っている時に、お友達が帰ってきたので、まったく同じ説明をすると、

「あら・・・やはり間違ってたの。おかしいと思ったわ。」

と、納得した様子で頷いた。テーブルの傍で立ったまま僕の説明を聞いたお客様は、話が終わると座って、相方にレストランを間違えたことを伝えると、

「え?私たち間違ったの?」

と、初めて話に理解を示した。お友達の言葉しか耳に入ってこないのだろうか。その後も、僕の話にはトンチンカンなこたえを繰り返し、お友達の言葉にはまともな回答をした。僕は気付いた。席に座ったお友達は、食事をするためにマスクを外していた。

このホテルは、飛沫を防ぐためのアクリル板が、固定されておらず移動式になっていた。レストランの許可を取って、空席のアクリル板を持ってきて、僕とお客様の間に立てた。そして、マスクを外してもう一度丁寧に説明した。

 

「えー!?じゃあ、私たちはカニを食べられないの!?」

ようやく話が通じた。心底がっかりしたお客様の表情を見ながら、僕は心底ほっとしていた。