ナイルの悪夢① まえがきと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

これまでの登場人物は、上の①をご覧ください。後から登場した人々も、その都度アップデートしています。

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ギザのピラミッドとスフィンクス。

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境の登場は、思川たちにとって、この上なく幸運なものだった。これで、添乗員は、それぞれの担当グループの接客に、ガイドは観光案内に集中することができた。

体調に不安がある方の中で、武里と姫宮は、結局、この日の観光に参加した。思川の心配をよそに、問題なくピラミッドもスフィンクスも楽しんだように見えたが、ランチに向かうバスの中で、姫宮が訴えた。

「やっぱりだめみたい。このあと、私たちホテルに帰れないかしら?レストランに行っても何も食べる気しないというか・・・食べ物の臭いもかぎたくないの。」

思川は、ハーディーに相談した。

「二人のためだけに、バス一台を動かすのもどうかと思う。タクシーを呼ぼう。ランチの後は、ホテルに帰るだけだ。5分くらいの移動だから、バスの中は思川さん一人でも大丈夫だよ。タクシーには、僕が乗る。」

姫宮に説明すると、それで納得した。それから彼女たちが、ホテルに着いてからのフォローを、境に頼もうと電話をかけると、思わぬ反応が帰ってきた。

「それはいけません。ガイドがグループを離れるのは、好ましいことではありません。」

「それではどうしろと?」

「私が、自分の車でお迎えに上がります。バスよりも速く移動できます。ハーディーにそのようにお伝えください。」

「そこまでしていただくわけには・・・。」

「いえ、こういった場合は、お客様が最優先です。体調不良者のために、他のお客様に不便をかけてはいけません。」

「本当にありがとうございます。」

「あ、思川さん!お二人には、ホテルに帰ったら、すぐに医者に診てもらうようにしましょう。ちょうど皆さんの診察を終えて、今、ホテルのロビーでドクターとお茶をしているんですよ。彼にはもう少し残るようにお願いしますから。」

「ありがとうございます。・・・でも、『みなさん』て、どういうことですか?出発する時にお願いしたのは、あのご夫婦の奥様だけでしょう?」

「医師が着いた頃には、ご主人の具合も悪くなり始めてたんです。ご本人は『診察はいい』と仰ったんですが、万が一、明日、飛行機に乗れなかったら大変なことになると、説得しました。」

「なるほど。ありがとうございます。助かります。」

「それと、山辺夫妻様と渡良瀬様にも診察を受けていただきました。新たな処方もしてもらいました。」

「え?3人は納得して診察を受けられたのですか?」

「はい。それぞれのお部屋に、私がロビーに控えているから、なにかあった時にはお知らせいただくように電話した時、医師が来ることをもお知らせしたんです。不安でしたら、もう一度診察をお受けいただけますと。そうしたら、全員がご希望されました。」

思川の頭の中に不安がよぎった。山辺夫妻と渡良瀬には、クルーズ船内で二人目の医師であるサラーフによる診察と処方を受けて、快復が思わしくないという共通点があった。しかも、下船の際は、誤診疑惑と言葉に出さないまでも、それに近い言いがかりをつけられている。

「こういう経緯があったので、エジプトの医師には不信感をお持ちでないかと心配なのですが・・・。」

「いや・・・私がご一緒した限り、寧ろ安心した様子でしたね。ドクターも、最初の薬を否定はせず、『この薬でも問題はない。少しずつよくなっているだろう?だが、明日、飛行機で移動するなら、より即効性があるもののほうがいいだろう。』と。みなさん、それで納得していました。」

「そうですか。ならいいのですが。」

 

やがて、レストランに着いた。すでに境は待っており、これ以上ないスムーズさで、武里と姫宮の引き渡しはうまくいった。

現在、レストランにいる24名には、健康上の問題は、ほぼなさそうだ。特に、初めからドクター・アイマンの治療を受けた客たちは、見た目だけなら元気になっていた。サラーフの治療を受けた中では、杉戸と羽生母娘が快復していた。羽生の急な快復は不思議だったが、今は、全員の体調快復が急務だし、そこは喜ばしいことだったので、特に気にはしなかった。

「境さんのフォローには大感謝だな。とにかく助かった。さすがだよな。」

白身魚のグリルを口に運びながら駒形が言った。

「それはそうだよ。もし、誰かが帰国できなかったら、彼らもなにかしらの形でフォローしなきゃいけないからね。保険会社が通訳や病院などの手配を整えるのは、わりと時間がかかるし。」

現実的なことを、クールにイスカンダルが言った。

「いや、そうかもしれないけどさ。僕らも、スフィンクス・トラベルも、お客様の全員帰国が最優先だろ?客の立場から見て、現地の全てがそのために動いているのが、はっきり見えるって、大切だよ。」

「そうそう。それは本当にそう。」

いつになく熱く駒形が語ると、思川が同意した。

「現地で、ツアーがむちゃくちゃになるという事態は避けられたと思うのね。でも、全てのことに、全てのお客様が納得しているわけでないよね。」

「まあね。」

駒形が、「そんなことわかってるよ。」とでも言うように、不機嫌に返事をして続けた。

「渡良瀬様のことを、ツアー中に収めるのは無理だね。今朝の出発前の電話でも言われたよ。船側の対応と、それに抗議しないファーストクラス・トラベルには納得してないってさ。」

「あの方は、しつこそうだからね・・・。できるだけ対応して、あとは帰国後ね。」

「対応に不満て、仰ってる内容が理論的でも、最終的には感情論なんだよね。でも、そのわりに冷静でさ、僕らの対応に満足している部分はあるんだ。」

「僕もありがとうって言われたよ。」

「僕も言われた。」

「私は、まだ言われていない。」

ガイドが駒形に続いた後、思川が、不満そうに言った。

「まあ、そこは置いておいて・・・、さっきも言われたよ。『(今朝の)対応には感謝するけど、それはそれ。これはこれ。』だって。ひとつひとつの物事を、分けて考えて質問してくる。本当に感情的なお客様って、爆発しちゃったら、何をやっても不機嫌だろ?感情一辺倒なら、こちらが誠意を見せ続ければ収まることもあるけど、そんなこともないんだ。だから、かえって難しいよ。」

 

ランチを終えて、ホテルに戻った。客は、予約したスパに行ったり、ホテルの庭園を散歩したり、ピラミッドが見えるカフェでゆっくり寛いだり。ハーディーの案内で、外に買い物に出かけたものもいる。医師からの診察と治療を受けた客たちは、快復の兆しを見せ始めていた。サラーフの治療で、快復具合がゆっくりだった山辺夫妻と渡良瀬の具合も劇的に改善したらしい。

夕方遅くになり、ガイド二人と境が自宅に帰ろうとするとき、駒形は境に尋ねた。

「渡良瀬様ですが、医師に検査の要求などなさいませんでしたか?」

「しましたね。コレラや細菌性赤痢などの可能性についても、ドクターに聞いていました。」

「え?本当に?それでドクターは?」

「その心配はないと。治療のための検査は不要のことでした。」

「彼は、それで納得されてましたか。」

「表情だけ見たら、そうでもなかったかもしれません。難しそうな方ですね。」

「みんな感じることは同じだな。」と思いながら、この日の親切な対応に対して、境に丁寧お礼を言って別れた。思川は、女性客の買い物に売店で付き合っている。

「夕食まで少し休むか。」

部屋で紅茶でも飲もうかと戻った時だ。ドアの下にメモが入っていた。

「今日も一日お疲れさまでした。夕食後、少しお時間をいただけませんか?個人的に意見をお伺いしたいのです。」

渡良瀬からのメッセージメモだった。駒形の心に、ずしりと重い何かが落ちてきた。

「休憩に戻ったんだけどなあ・・・。」

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