登場人物

思川葉月 ファーストクラス・トラベルの添乗員。不運な延泊もなんのその。おかげで部屋でゆっくり眠れました。昨晩は疲れました。駒形と飲んで食べて、しゃべり過ぎちゃったのが原因なのは、花崎様には内緒。レポートもはかどったし、よかったわ。さて、ひとりディナーはどうしようかな。

 

花崎英一郎 ファーストクラス・トラベルの超大顧客で、とある大企業の社長。帰国便で、不運な搭乗拒否に遭ってしまった末、ロンドン延泊に思川を巻き込んでしまい、猛省中。でも、猛省しながらなんとなくやっていたスロットでは大勝ち。あのCAは、勝利の女神だったのだろうか。ずいぶんと勝ったようだが、それが日本円でいくらくらいなのか分かっていないらしい。

 

今回の話は、下の四話の続きになります。未読の方は、先にお読みなることをおすすめします。

ナイルの悪夢㊿ 最後の修羅場 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

ナイルの悪夢51 攻防 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

ナイルの悪夢52 最終判断 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

ナイルの悪夢53 無念の降機 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

前編はこちらナイルの悪夢 スピンオフ① ロンドンでの延泊 前編 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

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思川は、花崎と別れて自分の部屋に帰ると、部屋着に着替えてすぐにベッドに入った。

「あー・・・疲れた。まさか最後にあんなことになるとは・・・。」

搭乗拒否のトラブルを思い出すだけで腹が立った。もっとも疲れているのは、そのせいだけではない。

「昨日は、駒形君と盛り上がっちゃったもんなあ。よく飲んだし食べたよ。・・・ちょっと、高くついたな。どうやって経費で落とそうか・・・。まずは寝よう。」

2時間ほどぐっすり眠り、夕方に目を覚ました。中途半端になっていたレポートをしっかり整えて、東京にデータを送った。午後6時。

「ごはん、どうしようかなあ・・・一人ディナーか?」

そう思って、スマートフォンでホテル近所のレストラン検索をしていると、電話が鳴った。花崎の部屋番号が表示されている。

「こんばんは、思川さん。大切なことを忘れていたよ。」

「どうかされましたか?」

「夕食をご一緒していただけませんか?あなたと話していると楽しいから、食事がきっと楽しくなる。それに、今日、お世話になったお礼もしたい。ぜひ、ごちそうさせてください。」

「はい。喜んでご一緒させていただきます。」

「ありがとう。じゃあ、このあと7時でいいかな。このホテルにいいレストランがあるんだ。7階のレストラン・シャンゼリーゼで会いましょう。」

「あら、ロンドンなのにシャンゼリーゼなんですね。かしこまりました。予約いたします。」

「予約はもうした。あなたの手を煩わせるまでもなくできたよ。レストランの前に行って、人数と時間と窓近くの景色がいいところを頼むと言ったら『OK』だって。大丈夫。きっと通じているよ。」

「ありがとうございます。楽しみです。」

思川は、心からそう思ってお礼を言った。

「こんなふうに誘われたのって久しぶり。」

食事をしたいきっかけが「あなたと話していると楽しいから」、お世話になった「お詫び」でなくて「お礼」。誘いの言葉が、どれも前向きなもので嬉しかった。しかも、英語ができるわけでもないのに、直接レストランまで足を運んで予約してくれただなんて。思川の心は、すっかりときめいてしまった。

ここまでされて、花崎に恥をかかせるわけにはいかない。念のため、シャンゼリーゼに電話して、予約を確認した。

「すみません。1103のミスター花崎から今晩の予約が入ってませんか?」

「はい。いただいております。この後7時から。」

心配せずとも、きちんと花崎の言うことは通じていたようだ。

「あの方、英語をお話できましたか?」

「いえ、全然()。でも、なにを仰ってるかはよく分かりました。7時。2人。自分と女性。窓のそば。いい景色。とても一生懸命でしたわ。ご一緒される方は英語をお話できるのですね。よかったです。」

能力のある人間は、自分が持っているものを駆使して、ふだんしていないことでも、いざとなれば、なんとかしてしまうものだ。一生懸命な花崎の様子を想像したら、ますます思川は嬉しくなり、支度を始めた。

「グループを仕切るわけではないから、堅苦しいスーツはだめね。ドレスは持ってきていないし、ガラベーヤ(エジプトの民族衣装)もありえないなあ。」

相手がそこまで気を遣ってくれると。自分も気を遣う。誘ってよかったと思ってもらえるような身なりを整えたい。でも、添乗中に持ってくる服装など限られている。結局、仕事中には一度も着なかった、シルエットがやわらかい白いブラウスにスカーフを合わせて、下はパンツでなくスカートにした。

 

「あれ?いつもと違うね。とても似合うよ。」

花崎は待ち合わせ場所で会うなり、すぐに褒めてくれた。「エスコートが上手だなあ」と、思川は感心した。その後、電話で話したと思われる女性スタッフに、窓側のテーブルに案内された。

「今日は、ほんの少しカジノで勝たせてもらってね。勝ち分相当値段のシャンパンでも頼もうか。」

「まあ、素敵ですね。」

「全部で45,000円くらいかな。」

「十分ですよ。300ポンド勝たれたのですね。」

「いや、もっと勝ったよ。3,000ポンドくらい。」

「え?3,000?それって、かなりの金額ですが・・・。あのレシートのコピーなどお持ちですか?」

「あるよ。写真を撮って来た。」

彼が、スマートフォンで撮ってきた写真にうつっていたレシートには、確かに3,000ポンドとあった。

「・・・花崎様。1ポンドは、現在約150円です。だからこれは45万円くらいですね。」

「え?ケタをひとつ間違えてた?・・・あ、そう?」

スタッフが、飲み物のオーダーを取りに来た。

「お水をください。それとワインリストをいただけますか?」

花崎の顔があかくなり、僅かに動揺が見える。ちょっと前までの見事なエスコートと、為替レートを一ケタ間違えて動揺している姿のギャップがおかしくて、思川は、必死で笑いをこらえていた。

やがて、ワインリストが届けられた。

「えーと・・・勝った金額分のシャンパンでしたね。」

思川は悪ノリした。ここまで来たら、下手に気を遣う言葉をかけるよりも、多少の悪ノリのほうが、むしろ相手は気楽だ。

花崎は、顔を赤くしたまま、一瞬苦笑いをして、それから「クックックッ・・・」と笑い出した。

「いやー、まいった、まいった。」と、一度立ち直った後、また笑い出した。思川の悪ノリが続く。

「でも、花崎様。このレストランで一番高いシャンパンは、1600ポンドです。これだと24万円にしかなりませんが、それでよろしいでしょうか?」

真顔で悪ノリしようとする思川の、機知に富んだというか、抜群のユーモアに、ますます花崎の笑いは止まらなくなった。

そして。彼女の最高の悪ノリに、彼は最高の本気で返した。

「ふー・・・楽しいなあ。よし!それをオーダーしよう。」

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