今回の話は、以下のエピソードに因んでいます。未読な方は、先にお読みになることをおすすめします。

ナイルの悪夢㉒ 理不尽な客という現実 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

ナイルの悪夢㉓ 切り替え : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

そのほか、渡良瀬が絡んだエピソードです

ナイルの悪夢㊴ 渡良瀬 前編 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

ナイルの悪夢㊵ 渡良瀬 中編 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

ナイルの悪夢㊶ 渡良瀬 後編 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

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行程中、大きなヤマを越えて、ようやくカイロからロンドンに向かう時のことだ。

ゲート近くのカフェで寛いでいる駒形に、渡良瀬が話しかけてきた。

「どうも。今朝も大変だったね。」

この日の出発前、花崎が体調を崩して、彼だけ境(現地手配会社のスタッフ)のセダンで、空港まですっ飛ばしてきた、そのことを言っていた。

「ここ、座っていいかい?」

駒形の向かいにあった椅子をひいて、渡良瀬は同じテーブルについた。

「さて、座ったからには何か頼まないとね。・・・コーヒー、紅茶かな。」

「渡良瀬様、ビジネスクラスラウンジで、召し上がればよろしいじゃありませんか。わざわざここで、お金を払わなくても。」

実は、一人になりたくて、もっと正直に言うと、渡良瀬の相手が面倒で、駒形はそう言った。

「そう邪険にするなよ。人気添乗員(少し皮肉がこもっている)は、いつもおばさまたちに囲まれて、私が話せる機会なんて、そうそうないんだから。たまにはゆっくり話でもしようよ。」

「昨晩、一緒に飲んで、散々話しましたよ。お腹は大丈夫ですか?」
マイペースな渡良瀬に苦笑いしながらも、彼の体調を駒形は気にしている。

「そういやそうだな。腹は、まあ大丈夫だ。まだちょっと不安だけど。」

駒形は、苦笑した。あれだけ食中毒やら検査やらで騒いでいるのに、平気で酒を飲む渡良瀬の行為は滑稽で矛盾に満ちているのだが、なぜか憎めなかった。

 

渡良瀬は、武骨な振舞いをしているように見えて、添乗員との距離の取り方はうまかった。

前の晩、彼はホテルのバーで駒形と一杯やりながら、旅行会社の対応の良し悪しについてやり合っている。あんなふうに話した後は、普通、客のほうから添乗員には寄ってこない。客を立てるために添乗員のほうから頭を下げに行くのが普通だ。

それなのに、渡良瀬は平気で、駒形に話しかけてきて、「座っていいかい?」と言いながら、テーブルの向かいに座り、ニコニコして話し始めた。

「それはそれ、これはこれ」を、容易に実行できる人間なのだ。駒形の性質も、ある程度把握しているのだろう。

 

「客に頭を下げるのが添乗員の仕事」と、言ったり本に書いたりする添乗員がいるが、駒形には、そういう考えは、全くない。もちろん、旅行会社の手配ミスや自分自身のミスに関しては、許してもらえるまで必死に頭を下げるし、全力で対応する。この旅で起こったような、集団体調不良などのトラブルにも、全力を尽くして立ち向かう。おそらく、並みの添乗員より遥かに尽くす。

一方で、客の理不尽には厳しい。理不尽で気性が荒い客がいて、なだめることがあっても、頭は下げない。自分のプライドの問題だけではない。見ているまわりの客が、それで気を遣うことを恐れている。「大変ね」などと声をかけられてしまうと、添乗員が哀れに見えて、グループ全体の雰囲気に影響してしまう。常にグループ全体のことを考える駒形らしい一面だ。

一方で、理不尽に強く出た客が、そのまま強気なままでいられるはずがない、というしたたかな計算もしている。「自分1人が添乗員とうまくいっていない状況で、旅を楽しく続けられるわけがない」というツアー客の弱みを把握しながら、客の理不尽と渡り合う。

結果、客の態度が柔らかくなれば(ある意味折れれば)、駒形は、それ以上の軟化を見せて、普段通り、場合によっては、(他の客とのバランスを考えながら)普段以上にその客をもてなすことで、溜飲を下げようと努力する。駒形式の客との仲直りだ。

前もって、彼のそういった面を知っていたら、「嫌な添乗員」と思う客は多いだろう。実際に、彼は人気のある添乗員であるが、稀に、特定の客から徹底的に嫌われる。(彼のまわりの人間は「なぜ、時々こんなに嫌われるのか?」と不思議に思っているが、駒形本人には、その自覚がある)

 

毅然と物を言い返す駒形の添乗員としての性質を、おそらく渡良瀬は読んでいた。たとえやり合っても、客のほうから柔らかい態度で接してきたら、応じないわけにはいかない。そのうえ渡良瀬の場合、駒形のことを買っていた。

「敵わないなあ。さすが百戦錬磨の経営者だ。」

駒形は、手をつけようとしていたレポート作成をあきらめて、彼の話に付き合った。昨日の主題だった「補償、賠償」についてはまったく触れてこないのもさすがだ。

 

そのうち、少し離れた、ゲート前の待合エリアで、数人の客と談笑している思川を、渡良瀬は見つめて言った。

「彼女は、女なのによくやるなあ。大したもんだ。」

今時、「女なのに」という言い方もないよな・・・と思いながら、駒形は、渡良瀬の思川への目が、優しいものになっていることに気付いた。初めて、クルーズ船で彼の客室に、思川と足を運んだ時は、彼女への態度がひどく、思川は屈辱感にまみれていた。

それが、それ以来、だんだんと薄れて、今では、すっかり評価しいているように見える。

「思川は、企画担当として立派です。」

「うん、本当にそうだ。」

駒形の言葉に、真っすぐな言い方で、頷く渡良瀬。確かに彼女への態度も見る目も最初から変化していた。

 

つづく
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