できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

登場人物は、上のリンクをご覧ください。

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リゴンアームズのロビーエリア。物語の中では、ここで香織が桐生に声をかけられた。

ツアー中の桐生は、参加客から大人気で、これまで個人的にゆっくり話せる機会はなかった。香織にとって、素敵な男性添乗員を、短い時間でも独り占めできるのは嬉しいことだった。桐生は人当たりがよく、紳士的で話が面白い。添乗だけでなく、プライベートで旅した国々の風景やそこでのエピソードは、香織にとっては憧れの世界そのものだったし、一方で、自分の話もよく聞いてくれた。「こんな素敵な男性が世の中にはいるのか」と思うくらい楽しかった。

店には、6時半頃に入ったが、二人だけになってから30分以上過ぎて、気が付くと9時過ぎになっていた。時計を見た香織は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「すみません。私一人のために遅くまで。」

「え?あ、もう9時ですか。楽しくて気が付かなかったですね。ゆっくり散歩しながら帰りましょうか。」

これまでの旅の楽しさと、桐生のイケメンぶりと紳士的な振舞い、パイントのビール二杯が、心の中でちょうどいい具合に混ざり合って、とてもいい気分になっていた。最後の「楽しくて気がつかなかった」という、ちょっとした一言がさらに彩を添える。

歩き出してすぐに、振り返って店の名前を確かめた.The Horse & Hound。どこにでもある、イギリスのパブ。でも、香織にとっては特別な場所になった。

夏の時期、イギリスはなかなか暗くならない。濃紺の空の下、夕日に赤く街並みが照らされている。幻想的な風景の中、ゆっくりと歩きながらホテルまで戻った。夏でもこの時間になると、少し空気がひんやりする。

「松本さん、寒くないですか?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます。」

ちょっとした気遣いが嬉しかった。香織にとっては、これ以上ないイギリスの旅であり、コッツウォルズの風景であり、桐生との最初の思い出だった。
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夏。7月中旬のブロードウェー。夜の九時過ぎでもこの明るさだ。赤くなった街がとても幻想的。
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「本当に自慢話だな。」

サイズが大きく、食べきらないうちに溶けだしたアイスクリームを、スプーンでつつきながら国定が、嫉妬丸出しの表情と話し方で言った。

「そんなドラマみたいな話、本当かよ。」

「本当らしいよ。今でもたまに話に出て、嫌味を言われる。」

桐生は、まるで他人事のように言った。とりあえず、この店のアイスクリームは気に入ったらしい。目線は国定でなく、皿の上にあった。

「なんだよ、『本当らしい』って。それと嫌味ってなに?」

「いや、その時にパブは案内したと思うんだけど、ほとんど覚えていないんだよ。困ったことに。」

「うわー・・・ひでー。ミスター理性も、そこまでいくと無神経だよな。」

桐生にとってこの時のことは、完全な仕事だった。数ある案内のうちのひとつに過ぎなかった。その中で、たとえ二人きりでも、香織と何を話したかなどはまったく覚えていなかった。おそらくその時間は、ツアーで唯一の一人参加だった香織に対する「お気遣いタイム」だったのだ。

「あんなかわいい女性と二人きりの時間なら、俺は絶対に忘れないけどね。ほんと、すごいよ桐生ちゃん。」

日頃、桐生のことを尊敬して止まない国定だが、この言葉だけは皮肉だった。

桐生は、添乗中となると「仕事」というフィルターが心にかかる。その瞬間、年齢も性別も、その人の外観も一切関係なくなり、ただただ「参加者全員が楽しめるように」というスイッチが入るようになっていた。それが、誰からも文句が出ない筋金入りの公平なサービスに繋がっていた。端正な顔立ちで女性からモテたが、仕事中の浮いた話はひとつもなく、国定からは「ミスター理性」と呼ばれていた。駒形からは、もう少し皮肉をこめて、

「添乗員をやめたら、神父かお坊さんにでもなればいい。むしろ、既にそれっぽい時がある。」

などと言われていた。

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つまり、この時の思い出は、香織一人だけのものだった。

そして、このパブでの出来事が、SNSで桐生とつながり、その中でコミュニケーションを続けるきっかけとなった。

 

とは言え、旅行が終わって現実に戻れば、激務の小児科医だ。思い出に浮かれてばかりもいられない。日々の仕事に彼女は追われていた。それでも、桐生のタイムラインは、くまなくチェックしていた。覗く度に思うのだ。

「本当に日本にいない人なんだなあ・・・。」

「イギリスもきれいだったけど、この人が行くところはいつもきれいなところだなあ・・・。雨降らないのかしら。」

桐生にしてみれば、天気がよかった時にきれいに撮れた写真をアップしているだけなのだが、彼女の中での桐生は、常にいい天気の中で、美しい場所を、素敵な笑顔で案内している、夢の中の住人だった。

 

先輩からのアドバイスで、変な人と思われないようにSNSで振舞っていたが、考えてみれば会うチャンスなどなく、だんだん彼女の中で、桐生は「SNSというメディア」の中での存在になりつつあった。

そんな時、意外な場所で再会の機会が訪れる。
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