できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ
(livedoor.blog)
登場人物は、上のリンクをご覧ください。
==========
香織は、桐生と同じ木場駅周辺に住んでいた。ただし、駅を境目にして、香織は東側で桐生は西側、大きな永代通りを挟んで、香織は北側で桐生は南側の位置にそれぞれの家があった。徒歩では10分少々の距離だったが、車社会の地域ならともかく、ふだんの移動が徒歩中心の都心で、それもスーパーや飲食店がたくさんある木場界隈で、この立地の違いだと、生活圏が違ってしまう。
そのうえ、桐生は、ふだん日本にいないから、普通の会社員のような通勤がなく、香織は勤務先の病院まで自転車で通っていたから、駅でばったり会うことなどもない。つまり、住んでいる場所が近くても、二人が偶然会う確率は、天文学的数字のように低かった。
夏のイギリスの旅から二か月ほど経ち、例年より長く続いた暑さが落ち着いてきた頃、香織のイギリス熱も冷めてきた。それとともに、桐生のフェイスブックのタイムラインをチェックする頻度も落ちてきていた。
そんな時、神様は、劇的な再会の機会を香織に与えた。
ある日の休日。たまに訪れるイトーヨーカドーで買い物をした彼女は、館内にあるスターバックスでコーヒーでも飲もうかと歩いている時、途中にある伊藤園の茶寮が目に入った。
「あ、今年は食べなかったな。」
夏の時期、ここのメニューには抹茶味やほうじ茶味の大きなかき氷が登場する。白玉が添えられた、自分の顔の大きさほどに盛られたかき氷は、お茶の味を濃厚に感じながら、後味は心地良い甘さでとても美味しく、毎年食べていたが、この時は食べ逃してしまった。
「この夏、唯一の心残りだわ。・・・スターバックスじゃなくて、お菓子と抹茶にでもしようかなあ。」
そう思いながら、オーダーカウンターに向かった時だった。見覚えのある男性が、ぜんざいをもくもくと食べていた。
「あれ?あの人・・・。」
すぐに桐生と分かったが、イギリスで案内された時とは、ちょっと雰囲気が違う。あの時のシャキッとしたオーラが消えている。でも、整った顔立ちは、間違いなく彼だ。一度、カウンターに向かいかけた香織は、ほんの少し勇気を出して(男性経験も恋愛経験も乏しい彼女には、この程度でも勇気が必要だった)、声をかけた。
「こんにちは。」
「・・・こんにちは。」
桐生は、少し遅れて反応した。声は落ち着いていたが、顔は少し驚いているように見えた。少なくとも、すぐに、この夏にイギリスを案内した松本香織だとは気づかなかった。香織も、そこは覚悟で声をかけたから、慌てずに続ける。
「今年の7月終わりのイギリスツアーでお世話になった松本です。あの時は、本当にありがとございました。おかげさまで、イギリスを思った以上に楽しめました。」
「あ、いえいえ。そんなふうに仰っていただけて光栄です。」
香織の言葉で、桐生は、必死に記憶を手繰り寄せた。「今年は、イギリスに二回行ったんだよな。どっちかな・・・。若いから、格安ツアーのほうかな・・・。」
「それと、フェイスブックでいつもきれいな写真を見せていただいてます。素敵なところばかりで。お仕事で大変なんでしょうけど、あの風景写真だけを見たら、うらやましいです。」
「たまたま天気に恵まれましてね。写真は、みなさんと一緒に撮らせていただいてます。まあ、仕事中の趣味ですよ。アイフォンですけどね。」
さりげない会話をしながら、だんだん記憶を呼び戻す。「そうだ。この方はフェイスブックで友達になったんだった。えーと・・・名前は・・・松本さんて言ったな。・・・どっちの旅行会社のイギリスかな。」
この年、二回行ったイギリスツアーの後、数人の女性客から友達申請を受けていた。その中の誰なのか確信を持てない。
「あの時、ブロードウェーで行ったパブ。Horse & Houndですよね。楽しかったなあ。女性一人だとパブは入りにくいから、あの案内は嬉しかったです。」
記憶作業をしながらも、桐生は笑顔で話している。香織は、自分のことを思い出してもらえたと思って、安心して話しまくっていた。その中の「Horse & Hound」というパブの店名で、桐生はようやく確信を持てた。
「五大陸旅行社だ!」
思わず大きな声で言ってしまった。きょとんとする香織。
「・・・ひょっとして、今、思い出していただけたんですか?」
「あ・・・いや。」
せっかく演技していたのに、つい心の声がそのまま口から出てしまった。桐生にしては珍しいミスだったが、休日に、緊張感がない時のことだから、そこは仕方ない。
そして、「仕事」というフィルターなしに初めて香織の顔を見た。
「あれ?こんなかわいい女性、ツアーにいたっけ?」
にほんブログ村
↑ ↑ ↑ ↑
ブログランキングに参加しています。上位に行くと励みになるので、よかったら上のバナーをクリックしてください。
コメント