できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

これまでの登場人物は、上のリンクをご覧ください。

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「なにをそんなに我慢していたんだ?」と、優菜に言い返しながら、駒形は傷ついていた。彼女に「なにかを我慢させている自覚」が、なかったのだ。

元々海外旅行の仕事にあこがれて、この業界に入った。希望通り、世界中を案内する仕事をしている。社歴も三年目を迎えるころに入った。社内での所属は企画部署だ。あと一年もすれば、添乗は年間50日程度となり、内勤が中心となる。その過程で、優菜にプロポーズをしようと思っていた。彼女から見て、自分のことしか考えていないように見えても、彼なりに、彼女との将来を考えているつもりだった。

優菜のために頑張っているつもりで、それを、彼女も応援してくれていると思っていた。なにかを我慢させていたかなど、考えたこともなかった。

 

正面からムキになって言い返した後、少し冷静になった駒形は、言い直した。

「気づいてないところがあったらごめん。どうすればいい?」

「・・・もういい。」

優菜は、駒形に顔を背けた。

「なんだよ。我慢していたことがあるなら言ってよ。わからないよ。」

「もういい!」

今度は、声を少し荒げながら駒形をにらみつけて、背を向けた。

「悪かったよ。ごめん。」

「なにがごめんなの?」

「いや・・・優菜が怒ってるから・・・」

「なにも分かっていないのに謝るな!」

「だから・・・なにも分かっていなくてごめん。それだけは分かった。なにかあったら直すから教えてよ。」

優菜はため息をついた。自分は感情をぶつけ合いたかったから、最初、駒形がムキになったときは、望むところだった。自分が泣いたり喚いたりすることになっても、とにかく爆発した感情をぶつけたかった。自分が怒っている理由さえどうでもよかった。この日だけは、盛大にケンカをしたかった。

しかし、残念ながら、駒形は冷静になってしまった。ムキになっていない彼に用はない。

駒形も、まったくなにも分かっていなかったわけではない。「確かに、仕事優先になり過ぎていたかもしれない。優菜の話も、たまには聞かなきゃ。」くらいのことは思っていた。ただ、そのニュアンスは「ご機嫌取り」程度のものだった。

まさか数か月、いや、ひょっとしたら一年分くらいの積もり積もったものが優菜の中にあるだなんて思いもしなかった。

「今、優しくするなら、もっと前にしろ。バカ・・・」

少し間を置いて、優菜が呟いた。

「え?なに?」

「うるさい!」

「どうすればいいんだよ。」

「うるさい!」

どうすればいいかなんて、優菜にだって分からない。ただ、今は駒形のすべてに腹が立った。

「シャワーを浴びてくる。」

優菜は、一人でバスルームに入った。シャワー浴びてリラックスするうちに、感情とともに涙があふれ出てきた。今までだって、数えきれないほど駒形とケンカをした。だが、これまでのものとは違う。もう取り戻せない何かがあるような気がした。

出てくると、駒形が待っていた。こちらを見つめている。

「なに?」

優菜は、冷たく突き放すように言った。

「今日は帰るよ。」

その言葉に、また優菜はカチンと来た。

「へー、帰るんだ。このまま私を放って帰るんだ。へー。」

「どうしろっていうんだよ!」

駒形が声を荒げた。

「知らないよ!」

お互いに一言ずつ言い合った後、沈黙が流れた。いつものケンカなら駒形は帰ってしまったかもしれない。でも、この日は留まった。優菜の様子がいつもと違うことに、さすがに気づいた。

気まずい沈黙を、先に破ったのは、駒形だ。

「優菜。君がそこまで怒るのを、どうしても理解できない。・・・なんか、いつもと違うのはわかる。でも、僕にはどうにもできない。頼むからどういうことか教えてよ。」

シャワーを浴びながら、少し泣いた優菜は、少しだけ気持ちが落ち着いていた。そして、駒形の態度に、誠意を感じようと努力して、興奮状態の頭の中から言葉を選んで話し始めた。

「あなたが、自分の仕事にやりがいを感じていて、忙しいのはわかるけど、もう少し話を聞いて欲しい。」

「私の話を聞きながら、寝ちゃうのは悲しい。聞くならちゃんと聞いて。」

「デートの時は、たまには私が行きたいところに行って、私が食べたいものを食べたい。」

「添乗の日数は減らないの?もう少し一緒にいられる時間が欲しいよ。」

結婚のことは言い出せなかった。こうして事柄だけを並べたら、他愛もない。どうってことない普通のお願いだ。「こんなことでどうしてそんなに怒るの?」という内容だ。だから、口に出して言いたくなかった。

それでも、優菜は期待した。以前の駒形だったら「つらい思いをさせていたんだね」とか「分かった。努力する」と言ってくれた。それが、たとえ無理であっても、優しい嘘をついてくれた。そっと抱きしめてくれた。あの頃に戻れるかもしれない。と、わずかに思ったのだ。

 

しかし、違った。

「学生の頃のようにはいかないよ。でも、これからは話を聞くようにする。」

「話を聞きなが寝ちゃうのは、失礼だけど、少しは多めに見てほしいなあ。時差ボケに疲れが重なると、耐えられないよ。ごめんね。」

「デートで行きたいところがあったら、言ってよ。食べたいものも。別に、僕に合わせてなんて頼んでないだろ?」

「添乗を減らすのは、あと10か月くらいは、待って。今は、とても大切な時だから。わかるだろ?」

駒形は、優菜が発した言葉に、すべて返してきた。だが、そこに彼女が必要としている言葉はなかった。自分の気持ちを、感情を受け止めてもらえていないと思った優菜の中で、なにかがはじけた。

「違う・・・違う。違う、違う!違う!!違う!!!違う!!!!」と、心の中で大きく叫びながら、静かに駒形に言った。

「やっぱり帰って。」

「え?」

「さっき帰るって言ってたじゃん。帰っていいよ。おやすみ。」

優菜の目から生気が消えていた。その様子と無機質な言葉に、なにも言い返せない駒形は、だまって玄関に向かった。

「おやすみ。」

駒形が靴を履いた時、もう一度優菜が言った。これまでにない、一切感情がこもっていない優菜の「おやすみ」に、駒形も力なく「おやすみ」と返して、彼女の家を後にした。

 

彼には、なにがどうなっているのか、分からなかった。この後、一人になった部屋で、優菜が泣いていることなど、想像もできなかった。かろうじて、二人の関係に危機が迫っていることだけは、感じていた。
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