できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

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なにもかも、いきなり終わった。考えに考えた末のシンプルな一言に一言だけの返答。もう終わりだと思ってはいたが、いざそうなってみると、受け入れ難い。駒形は、ただ優菜を見つめていた。

優菜は、彼の言葉もその事実も受け入れる準備があったかのように、落ち着いて駒形を見つめていた。

二人の間に流れる沈黙を、近くで急に上がった花火がかき消した。最初、手前のビルに隠されて音だけだった花火は、だんだん高く上がり、クライマックスの時は、ビルの上に姿を現して、二人の周辺を明るくした。

優菜の、涙で潤んだ瞳と濡れた頬が、浮かび上がり、その美しさに駒形はドキッとすると同時に、本当の終わりを実感した。

花火が終わって、静かになった。駒形は、なにを言っていいか分からない。ふだんは、饒舌にペラペラ言葉が出てくるのに、こんな時に限って、ろくでもないことしか思いつかない。

「あの・・・お互いの部屋に置いてある、お互いの物はどうしよう?」

「敬の物は、私が送るよ。着替えも他の物も、だいたいまとめておいてあるから、すぐに送れる。」

「送るほど、お互いの家は離れていないと思うけど。」

「歩いて持っていけるほどの量じゃないでしょ。」

「そうか。そうだね。君の物も送るよ。パジャマとか、部屋着とかあるし。」

「いらない。捨てて。」

「いいの?」

「家に置いてあったら、捨ててもいいものを、そっちに持って行ってたから。送られてもしまうところがないし、いいよ。」

「僕の物を送れば場所はできるだろ」と、言いかけて、駒形は言葉を止めた。

「分かった。文庫本の小説は?」

「一度読んだのはいらない。」

「そうか。」

ふたたび沈黙。駒形は激しく動揺していた。まさか、こんな突然に終わりがやってくるだなんて、思ってもいなかった。最後になんて言っていいか分からない。自分に原因があるということは分かっている。しかし、なにをどう言っていいか分からない。

「あの・・・なんか、ごめん。いろいろ努力してみたつもりなんだけど、全然君の気持にこたえられなくて。本当にごめん。」

自分から「別れよう」と言ったのに、別れたくない、未練たらたらな気持ちに気付いた。

「そんなことないよ。悪いのは私だよ。」

涙声で、しかし、しっかりした口調で優菜は語り始めた。

「私が、あなたを応援してあげられなかった。就職が、今のところに決まった時は、私も本当にうれしくて、将来は、外国のいろいろなところを案内してもらえるのかなって、とても楽しみにしてたの。

でも、私は、自分が思っているよりも寂しがり屋で・・・。彼氏が、いつもそばにいてくれないと、だめな人だったんだよ。・・・だめなの。今みたいな状態は無理なの。遠距離恋愛は、私にはできないの。」

「もうすぐ、内勤で企画の仕事中心になるけど・・・」

「だめなの!」

駒形の言葉を、強く遮った。

「私ね、敬のことは好き。大好き。敬が、仕事で充実しているところも好き。かっこいい。でもね、あなたの仕事は大嫌い。今まで、他の女の人に嫉妬したことはないけど、添乗って仕事には、ずっと嫉妬してた。そして、絶対にあなたは、仕事を変えられない。生き方を変えられない。内勤になったとしても、きっとあなたは、外に出続ける。それを、私はきっと耐えられない。」

しっかりとした口調の中に、涙の部分が大きくなってくる。駒形は、動けない。優菜は話し続けた。

「私はそういう人間だから・・・それに、心のどこかで敬に仕事を変えて欲しいって願っている自分は、もっと嫌なの。私のために、生き方を変えて、それで苦しんでいる敬を想像すると、もう耐えられない。」

大きく息をしながら、大粒の涙を流している優菜を見て、敬は、彼女が、どれほど二人でのことを考えて悩んできたかを知った。そして、別れの言葉を切り出したのは自分なのに、実際に振られるのは自分であることも思い知った。

時々ケンカをして仲直りする時、優菜は、相手だけに原因や責任を求めることをせずに、必ず自分も一緒に反省した。100%敬が悪い時も、その中に「私も・・・」とつけて、必ず敬に心理的な逃げ場をつくって、相手の心が潰れないように接した。一方で、自分の反省点が多い時ほど、本気で怒っている時だった。この日の「私が悪い」という内容は、今までで、一番駒形にこたえていた。

「もう・・・限界なの。」

少し落ち着いて、しかしすすり泣いている優菜の肩を、駒形は優しく抱いた。

「本当に、いろいろごめん。帰ろうか。送っていくよ。」

「いいよ。敬の家、逆じゃん。」

「最後くらい、送らせてよ。」

「・・・うん。」

公園を出て、祭りから帰る人々の雑踏に混ざりながら、無言で二人は歩いた。なんの思い出を語ることなく、メイン通りから、ひとつ裏側にある優菜のマンションの入り口に来た。駒形は、無意識に優菜の手を握りしめた。これで終わってしまうことが信じられなかった。

優菜は、駒形の気持ちを察したのか、一瞬手を握り返した後、にっこりと笑って彼を見つめた。

「敬、最後に聞いて。」

「うん。」

「次に素敵な女の人と付き合ったら・・・添乗から帰った時、よく話を聞いてあげて。これが私の最後のお願い。」

「・・・うん。」

「同じ、会えない一週間でも、現地で夢中になって仕事をしているあなたと、日本で待っている彼女さんでは、感じる時間の長さが違うから。待たせるほうと、待たされるほうでは、時間の感じ方が全然違うんだよ。分かる?だから、まずは話を聞いて欲しいの。面倒くさくても、少しでいいから聞いて欲しいの。そうすれば、たまに聞いてくれなくても我慢できるから・・・。」

こんな時になって気付く。彼女が望んでいる、簡単で一番些細なことを、全くできていなかった自分に気付く。

「敬もね、前は、いつも話を聞いてくれたんだよ。『大変だね』って、いつも慰めてくれてね。だから、私も、とても大切にされている気がして、あなたの言葉にいつも耳を傾けられたの。」

確かに以前は、今と違ってよく優菜の話を聞いた。だが、彼女の役に立っているのは、話を聞くことではなく、その後の自分のアドバイスだと思っていた。彼女とうまくいっていた時も、いっていなかった時も、ずっとしていた自分の大きな勘違いに、ここで気付いた。

「ごめん。僕は勘違いしていた。話を聞いた後のアドバイスが、大切だと思っていた。」

「うん。知ってる。それはそれで嬉しかったよ。話を聞いてくれた後だから、私も前向きに聞けたし。」

「今からは、話を聞く。」

「え?」

「今までごめん。こんなに傷つけて、本当にごめん。いつの間にか、自分のことしか考えられなくなっていた。一番大切なのは、お互いの気持だってことを忘れていた。優菜が言う通り、学生の頃の、子供の僕のほうが、よほど君の気持を理解しようとしていたと思う。」

「うん。気づいてくれてありがとう。・・・え?」

駒形は、優菜を素早く、優しく、そっと抱きしめた。思わず、優菜も駒形の背中にそっと腕を回した。

「もう忘れない。絶対に忘れない。君がせっかく気づかせてくれたことを、絶対に忘れない。」

「・・・うん。」

「・・・だから、これからも一緒にいたい。君の話を、聞きたい。今まで聞かなかった分も、全部聞きたい。」

駒形の胸におさまりながら、優菜は顔を上げた。彼の優しい言葉も、その表情も、一緒にいるだけで楽しかった時に、よく聞いて、よく見たものだ。懐かしさと嬉しさで、涙が止まらない。「大好きな敬が戻ってきた」という気持ちになった。でも・・・

優菜は、そっと駒形の腕をほどいた。

「敬。ありがとう。嬉しい。・・・私ね、あなたの言葉に感動してる。本当にすごく嬉しい。でもね、どうしても気持ちがついていかないの。」

優菜の表情が、わずかに困惑したものになった。それは、駒形の前で、初めて彼女が見せたものでもあった。絶望感が、駒形の身も心も支配した。

「ごめんなさい」と、頭を軽く下げて一歩下がった優菜は、完全になにかを決心した表情になっていた。

「本当に、今までありがとう。とても楽しかった。最後は、こんなことになっちゃったけど、ずっと大好きだったよ。」

「優菜・・・」

「さよなら。」

優菜は、駒形に背を向けて歩き始めた。いつも、マンションの入り口手前で振り返って手を振ってくれたが、この日は振り返らない。

五年間続いた二人の恋愛は、こうして終わった。

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