マスター・ツートンのちょっと天使な添乗員の話

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

カテゴリ: 世界の風景

今日は、午後三時から海外旅行のオンラインイベントに出る。

ただいま予習中。海外ツアーはおろか、イベントのスピーカーも久しぶりだから緊張する。

十月下旬に出発する添乗のいいリハビリになりそうだ。
その証拠に、けっこう緊張している()

当日話すべき内容を担当者からもらい、一通りチェックをしたが、とちるとかっこ悪いから、今から練習していこう。リハーサルだ、リハーサル。

今日のイベントは、今までとは違うつもりでいる。少しずつではあるが、海外ツアーは動き始めている。コロナ禍に入ってからの海外旅行イベントは、「せめて現地の映像を見て情報だけでも知りたい」方々の気休めだった。

だが、今回は、今年の冬や、近々発表されるであろう来年の春以降ツアーの売り上げにつながるものだと思っている。

パソコンやスマホの画面を眺めている人も、きっと真剣にご覧になって、旅行選びの参考にされることだろう。

 

ふー・・・。この緊張感。これだよこれ!
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こんな景色について語りたいですね。
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旧足利の中心部、足利学校の東側に走る昭和通りを北に真っすぐ進んでいく。右手に見える野球場を過ぎると、すぐに田舎町の風景になっていく。

自転車で走りながら、時々携帯でグーグルマップを確認する。目的地のワイナリー「ココファーム」を見逃さないようにするためだ。

だが、その心配はなかった。いちいち分かれ道には、立て札があり、自動的に辿り着けるようになっていた。
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北関東の山地。道がだんだん細くなり、そろそろ車がすれ違うには、徐行しなきゃだめだなということころまで来た時、急勾配の山の斜面にぶどう畑が現れる。
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急勾配のぶどう畑
傾斜38度は、スキージャンプ台と同じくらいなのだとか。その様子は、ドイツのライン渓谷のぶどう畑を思い起こさせる(あそこまで規模は大きくないが)。

元々は、軽度な知的障害者を学校で受け持つ教員が、「生徒たちが社会に出ても働けるように」という主旨でつくられた農場がきっかけだった。最初は平地で土地を求めたが予算の問題で買えず、当初は野菜農園を考えていたが、雑草の処理が難しかった。地面にある野菜は雑草との区別が難しかった。設立当初の60年前は、まだ日本が豊でなく、甘いものが貴重だったため、それならば「果汁園が良いのでは?」と考えた。木に実がなる果物であれば、地面の野菜と違って区別がつきやすい。

いろいろ調べてみると、ぶどうは収穫時期だけでなく、年間を通して様々な手入れが必要なことが分かった。普通なら、手間がかからないものを選びそうなものだが、障害者に働いてもらう場所をつくることが目的にひとつだったから、あえてブドウが選ばれた。

安価で手に入った急斜面の土地は、水はけがよく、土の性質もぶどう栽培に向いていた。最初は食用のぶどうをつくっていたが、果物農家のライバルが増えてきたため、ワインに転向した。

というような説明を丁寧にされながら、醸造所の見学が進んでいく。
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樽倉の風景は、ちょっと感動的。手をそっと当てるとたまに酵母の反応を感じられるとか。
圧搾、発酵、熟成。現代農業らしく機械を使ってはいるが、比較的手作業が多い。特にスパークリングワインは、オリ取りや発泡も、すべて手作業で行われている。見学しながら思って質問しようとしたら、案内人が先に言った。

「伝統的なシャンパンの製法と同じ手法でつくられています。」

やはり。手間をかけているのだ。この工程を見ると、シャンパンがどうしてあれほど高価なのかが分かってくる。しかし、

「最近は、オリ取りを機械ですることもあるし、発泡も普通のワインに直接ガスを入れるところが多くなってきた。それなら安価でつくれるし、しかも十分に美味しいのです。でも、ここの目的のひとつは障害者の社会貢献もあるから、手作業が基本。そのかわり高価になる。今、うちが苦しんでいる部分です。」

という本音も出た。

「スパークリングワインが高価なのは、この工程を見るとわかりますね。」

と言うと、

「でしょう?安いくらいだと思いません?」

と返された。これも本音だろう。

しかし、僕の経験上、(個人的な好みは別にして)ワイン生産工程の手間と値段は嘘をつかない。シャンパン並みに手間をかけたスパークリングワインはとても美味しい。芳醇な香りと滑らかさは、一本五千円に相応しいものだと思う。このまま製造を続けて欲しい。きっといつか、偉大なブランドになると信じている。

ほか、手頃なお値段のワインがたくさんある。

また、カフェレストランが併設されており、ここがまた美味しい。予約すればコースメニューもある。
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ぶどう畑を眺めながらのランチは最高。三種類のワインのテイスティングと生ハム、チーズの盛り合わせ
なお
、希望すればペアリングもあるとのことなので、今度来た時には、必ずそれを楽しみたい。

街中から近い、山奥のワイナリーでの静かなひとときをおすすめする。

https://cocowine.com/

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アクセス等詳しい情報はこちらから
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ワインの後は、梨で肝臓をいたわり
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美しい夕方の足利の街を歩いた。
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(これまでの登場人物は、こちらでご覧ください。)

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-201144日 日本 東京-

「ただいま帰りました。」

震災を終えてすぐ。317日に成田から関空に移動してからイタリアツアーに出発した和泉愛は、17日間に渡る長丁場のツアーを終えて帰国した。翌日の月曜日、無事に旅行会社GTSへの報告を終えて、半年ぶりにドルフィンのオフィスを訪れた。

http://mastertwotone2020.livedoor.blog/archives/14942999.html

(和泉愛の震災直後の出発エピソードは、上URLから入り㉗~㉝まで)

「おー!おかえり!今回のアラスカはどうだった?」

社長の本城が、ずいぶんと勘違いなあいさつをした。

「アラスカから帰ってきて、その後イタリアに行って帰ってきたところです。」

愛は愛で、わざわざ紛らわしい言い方で返し、悪戯っぽく笑っている。

「え?」

「社長、和泉はアラスカのガイド期間が終わって先月に帰国しています。ほら、シアトルからのデルタ航空便が成田に着陸できないで横田基地に入ったでしょう。あの時です。」

「あー!そうだった。悪い悪い。」

苦笑しながら説明する杉戸の言葉に、本城はバツが悪そうな照れ笑いを浮かべた。

http://mastertwotone2020.livedoor.blog/archives/14446319.html

(和泉愛の横田基地でのエピソードはここから入りまで)

「すみません。あの時は、イタリア添乗準備と余震の激しさで外に出られなかったから。こちらに挨拶にも伺えませんでした。」

今度は、素直な物言いで礼儀正しくお辞儀もした。

「いやいや。思い出したよ。大変だったな今回の出発は。現地に着いてどうだった。大阪からのお客さんたちは大丈夫だったか?」

「ええ!ばっちりでした。皆さん優しかったー。」

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あの日、成田に飛んでくるはずのアムステルダムからの便が関空に行き先を変えてしまったため、必然的にツアーの出発も関空からとなってしまった。

そのため、成田発着予定だった客たちは、航空会社が用意してくれたシャトルバスで移動して、関空へ移動することを余儀なくされた。

「帰国時も関空に到着する可能性がある」など、提示されたその後の条件があまりに悪いため、最終的に旅行会社のGTSは、「当日キャンセルをしてもチャージはいただかない方針」を参加客に示した。

その結果、全員がキャンセルしてしまった。愛は単身で関空に向かい、先にイタリアに向かった関空発着の客六人を案内するために飛び立った。

予定よりも半日以上遅れて、翌朝の八時半頃にフィレンツェに着いた。現地の空港では、ガイドとツアー客六人に出迎えられるという、添乗員としては、おそらく二度とないであろう珍しい経験をすることになった。

「おお!よう来たなあ。」

「今日は、ガイドさんが日本人やから、あんたはなにもせんでええで。明日から頑張ってな。」

などと、次々と優しい言葉をかけられた。彼らには、成田発着の客たちが、全員当日キャンセルしたことは知らされていなかったようで、そのことを伝えると、

「気の毒だわあ・・・。」と、心底同情していた。

バスに乗ると、六人の客たちは全員後方に席を取っていた。

「え・・・どうして皆さんそんなに後ろにおかけなんですか?」

ガイドに尋ねたが、笑っているだけだ。

「前のほうのいい席は、関東組に譲ってやろうと話し合ったんよ。かなりしんどい思いをしているはずやから。」

客の一人が声をあげた。成田組が厳しいスケジュールで到着することを考慮してのことだったようだ。

想像していなかった彼らの優しさに、愛は胸を打たれた。

「一人もも連れて来ることができずに、申し訳ありません・・・。」

目を潤ませた愛に向かって、狭いバスの通路を歩いて三人が歩み寄ってきた。

「あんたが悪いんやないで。」

「そうや。あんただけでもよく来てくれはった!これで安心して旅できるわ。」

「今日はもう、私らの人数数えるだけで、ほんまに何もせんでええで。このツアー長いからなあ。無理して倒れたら大変や。頑張るのは明日からにしてや。」

いろいろな声を聞いて、「来て良かったなあ。」と愛は思った。

このモテモテぶりが爆発したのは、この日のディナーの時だ。地震が起こった当時のことを、散々同情された。関西組の客たちは全員、阪神・淡路大震災を経験していた。その被害は、神戸とその周辺ばかりに目が行くが、大阪の人たちも激しい揺れを味わっており、彼らにとって東日本大震災は、他人事ではなかった。

だが、帰国後に余震しか体験していない愛は、そのあたり話を合わせられなかったので、正直に言った。

「私、添乗員の仕事だけでなく、アラスカでガイド活動をしております。あの日は、シーズンを終えてちょうど帰国する時でして・・・実は飛行機の上にいました。地震発生時のことは知らないんです。」

「おお、そうか。それはよかったなあ。もし、成田に着いていたら怖かったと思うで。あれ?でも、その時なら成田には着陸でけへんかったやろ。その時も関空に来たんか。」

「いえ、横田基地に着陸して一泊しました。」

「横田!」

客全員がハモるように声をあげた。

「それはまたすごいなあ!」

話題は、一気に横田基地でのことに傾き、一週間ほど前にした体験を、写真を見せながら説明した。添乗員の珍しい体験は客の心を掴む。横田基地ネタは、それにもってこいだった。これをきっかけに、「横田基地を知る女」、「隊長」、「軍曹」などと時々呼ばれて愛されながら、たった六人で大型バスを利用する贅沢ツアーは、完璧と言う言葉では足りないくらい完璧に終えたのだった。

帰国時、愛は成田空港行きの便で帰って来た。関空発着のグループは、添乗員とは乗り継ぎ地のアムステルダムで合流して、帰りはアムステルダムで別れるという契約だから問題なかった。GTSの顧客にとってはいつものことだった。

成田行きは、放射能騒ぎのおかげで日本人ツアー客しかおらず、愛は一人で真ん中四つの席をとり、肘掛けを上げて寝て帰って来ることができた。結果的には、とても恵まれた環境での仕事になった。

==========

「お前、それ楽し過ぎだろ。俺たちの心配はなんだったんだ。」

一部始終を聞いた本城は、いかにも取り越し苦労な気分であるかのように言ったが、

「すみません。でも、社長は心配なんてしてないでしょ?私がアラスカから帰ってきたと思っていたじゃありませんか。」

と、愛が気の利いた突っ込みを入れると、オフィスには笑いが起こった。

「でも、初日の成田での苦労を考えると・・・終わる時には同じツアーでの仕事とは思えませんでしたよ。ほんと、なにか不安になっている時って、無事にツアーって終わりますね。」

しみじみと言う愛の言葉にゆっくり頷く者がいて、愛と目が合った。

「あれ?元子ちゃん?」

「和泉さん、お久しぶりです。」

「有事のレギュラー」から外された雪輪元子だった。

※文中、適当な関西弁についてはご容赦ください。

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ミケランジェロ広場から眺めたフィレンツェ旧市街とドゥオーモ。
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添乗員目線で言えば、たった一冊の本が、案内を変えることがある。そんな経験をした。

この小説が出た瞬間に読んでいれば、僕の旧東ドイツの案内は、今よりも遥かに中身が濃いものになっていただろう。好きな国なので、ドイツに関してはかなり勉強したし、何度もツアーで案内している。でも、どれほどイキがっても、しょせんは添乗員の薄っぺらな知識と案内であると思い知らされた。

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現在のドレスデンのシンボル。上はゼンパーオペラ劇場。第二次大戦の空爆により破壊されるが、1985年の冷戦末期に再建された。下はフラウエン教会。やはり大戦時に空爆を受けて破壊されたが、冷戦が終了して21世紀になるまで再建されなかった。

「革命前夜」という激しいタイトルは、198889年あたりが舞台だ。小説に登場する主人公は、ベルリンの壁が崩壊する直前、冷戦末期の東ドイツに音楽留学している日本人。

今となっては、特に意識しない人が大半だろうが、西側資本主義と東側社会主義で世界が別れていた時代、西側の日本からわざわざ東独に留学した日本人は、学生の中でも警戒される存在だったようだ。その辺りがリアルに描写されている。

現在、冷戦時代の東側世界については、よく言われないことが多い。

しかし、旧東ドイツを知るドイツ人の中には「東独時代のほうがよかった」と言う人も少なくない。実際、ベルリン観光時にドイツ人日本語ガイドに聞いても、意見が真っ二つに分かれるから面白い。その人が置かれる立場にもよるということが、この小説の中で描かれている。

「この国の人間関係は二つしかない。密告するかしないか」というフレーズも、心に突き刺さる。いざとなったら家族でも疑い、密告する。

旧東西ドイツは、相反する存在に見えながら「お友達同士」である部分が垣間見えるのもミソだ。

当時、人々は東ドイツを東ドイツとは呼ばず、ドイツ民主共和国(Deutsche Demokratische Republik)、通称DDRと呼んでいたが、この作品の中でもDDRという呼び方で一貫している。それも興味深い。

現在のドレスデンのシンボルのうち、ゼンパーオペラ劇場は、この時代に存在している。第二次大戦後に情勢が落ち着いた後、国と地域の威信をかけて再建されて、その格式の高さは小説の中でも上品に高らかに、大袈裟でない正しい表現で称えられている。

もうひとつ。この時代、フラウエン教会は瓦礫のままだ。社会主義時代に、政府が良しとしなかった宗教の扱いが、この史実を基に描かれている。

オペラ劇場のことも、フラウエン教会の当時のことも、街の様子も人々の生活も、今まで現地で聞いたどのガイドの案内よりも、この小説に書かれているものがピンときた。

そして音楽の描写だ。知らない曲は想像するしかないが、知っている曲に関しては、この人の文章で忘れかけていた部分の旋律までもが浮かんでくるほど、表現が緻密で正確だ。

「音楽って、曲って文章にできるのか」

ということを、この小説であらためて学んだ。

経費節減で、ドレスデンでガイドがつかないツアーが増えていた中、もしこの小説を読んでいたなら・・・と悔やまれる添乗シーンがなんと多いことか。

この感動が、体の中に新鮮に残っているうちに、僕をドイツに行かせろ。今なら、最高のドイツの旅をお客さんに提供できる。と、つい大口を叩いてしまうくらい素晴らしい小説だった。

みなさんにもぜひ読んでいただきたい。ストーリーも申し分ない。
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新市街と旧市街を結ぶアウグストゥス橋。新市街から眺めた旧市街の美しさは格別。
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歴代のザクセン王が描かれている君主の行列は、二万五千枚のマイセン焼タイルを組み合わせたもの
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カトリック旧宮廷教会。小説の中では大聖堂と表記されている。どちらも正しい。こちらは小説にも登場する。
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旧市街の細い道を歩いていても顔を出すフラウエン教会。
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おすすめ小説の表紙。
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-南アフリカ共和国 ケープタウン-

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ロベン島に向かう時に、船から眺めたテーブルマウンテン。おそらく、この角度から見た時が一番テーブルっぽく見えるような気がする。
「みなさん大人だなあ・・・」と、優佳はその時まで思っていた。

ジンバブエとザンビアでは、ビクトリアの滝を堪能し、ボツワナでは、大自然の中に生きる多くの動物を目にして(お客さん曰く)「人生観がかわったわ」という体験をして南アに入り、ツアーは順調に進んでいた。

香港で、東京、大阪、名古屋それぞれの空港から出発した客たちは、香港で合流してひとつのグループになった。

ツアー中に、当然地震発生時や慢性的な余震の話は東京の客からは出る。大阪と名古屋の客は、それによく付き合ってくれていた。好奇心でいろいろ聞きたい方々もいらしゃったようだが。

優佳は微笑ましくその様子を静観していた。ところが、日を追うごとにだんだん穏やかな状態ではなくなってきた。

一部の客が、食事ごとに繰り返す震災の話は、もはやしつこ過ぎるネタになりつつあった。さらに政府の対応に対する文句などに発展したため、周りが辟易し始めた。

「これはまずいわ。」

ケープタウンに着いた日にホテルでディナーをとる時、「震災ネタ」を続ける女性二人組と男性客のそばに座った優佳は、タイミングを見計らって、会話に介入した。

「ところで、ビクトリアの滝はすごかったですねえ!」

話がまたもや震災に傾きかけた時、思わず声を大きくして言ってしまった。声の大きさはさることながら、かなりいきなりだったので客たちはポカンとしている。

「どしたん?」

隣に座っていた神戸から来た年配夫婦の奥様が「なにごとか」という表情で伺ってきた。

「あ、いえ。今回のビクトリアの滝は、本当に素晴らしかったから、みなさんどうだったかなって・・・。」

「そりゃすごかったけど、自分がしたい話で、お客さんの会話を遮るもんやないで。」

「すみません・・・。」

日頃、雰囲気や空気を読むのに長けていた優佳にしては珍しいミスだった。

「ほんまに大変でしたねえ。」

奥様は、三人の話を受けながら続けた。

「うちも、神戸の地震の時は家を失くしましてねえ・・・大変でしたわ。」

全員の表情が「え?」というものになり、視線は奥様に注がれた。

「神戸の地震も凄い揺れでね。ほんま死ぬかと・・・いや、死んだと思いましたわ。そんでね、揺れている時に、家がねじれたような感覚があったんですわ。落ち着いた後、たまたま一階で寝ていた娘にねじれた感じがするところの様子を見に行かせたら、『お母さん、階段がなくなってるで』って言われましてね。行ってみたら、ほんまにないんです。」

「え?ご家族は・・・。」心配そうに他の客が尋ねてきた。

「隣にいるのが夫なんですけど、生きてるみたいです。」

急に冗談めいた口調になり、周りが笑った。見事な緊張と弛緩だ。

「息子は、東京の大学に通っていていなかったのと、たまたま二階と一階の壊れたところには誰もいなかったので運がよかったですわ。けど、紙一重でしたねえ。私らが親しくしている人で亡くなった方はいなかったんですが、それでも、近所の顔見知りの方には亡くなった方もいらして・・・ショックでしたわ。しばらく気持ちが沈んでいましたね・・・。思い出したくないなあ・・・。」

そう言いながら俯いたのだが、一瞬優佳と目を合わせて、口元が微笑んだようにも見えた。

「あ、すみません、こんな話。確かに滝はすごかったなあ。あ、私が話を変えてしまいましたわ。またすみませんねえ。」

「あ、いえいえ。」

同じテーブルに座っていた客たちは、災害の中心地にいた語風の体験談に気圧されたのか、その後、この食事中に震災話が出ることはなかった。

「ありがとうな。」

ディナー後、十五人の客たちが三々五々に部屋に戻っていく時、奥様が優佳にお礼を言ってきた。

「え?」お礼を言われる意味が分からなかった。

「関東の人たちの震災話を止めようとしてくれたんやろ?私らも、『そろそろええやろ』と思ってたところやわ。」

ご主人が優しく言ってくれた。自分の試みに気付いてくれていたと思い、優佳は嬉しかったが、

「言い方とタイミングはセンス無かったけどな。」と、奥様にからかわれると、自覚できるほど顔が真っ赤になり、穴があったら入りたい気分になった。

「でも助かったで。私らがいきなり注意しても角が立つしな。あんたが間に入ってくれたから、私らもああいう言い方ができたんや。あちらも、それで気付いてくれる人たちだったしよかったわ。」

と、フォローが入ったことで救われた。

「ところで、聞きたかったんけど、どうして出発前に添乗員が変わったん?」

急に来た質問に、優佳は業界の事情を正直にこたえた。

「確かに有事だったわ。あんたがあそこにいなかったら、関東とそれ以外で戦争になっていたかもしれんで。それか東西冷戦や。」

ご主人が真顔で言う冗談に、優佳は笑ってしまった。奥様も笑いながら

「関係がまずくなる前になんとかしようとしてくれる添乗員さんて有難いで。ありがとう。」

と、言って部屋に帰って行った。

「有事・・・有事かも。こういうのは、杏奈たちには、まだ無理かもしれないなあ。」

優佳は少しいい気になりかけたが、自分のタイミングの悪さを思い出して、今度は一人で真っ赤になっていた。

「関西の方たちのお話のうまさにはかなわないなあ・・・」


※不正確な関西弁については、ツッコミをご容赦ください。
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有名なケープタウンの夜景。
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-2011320日~31日 世界各地-

-クロアチア ドブロヴニク-

「おはようございます。」

朝食の時間。「お好きな席へ」と案内された洋平は、少し迷った後に窓側の海が見えるテーブルに席をとった。普通、添乗員は遠慮して条件の良いところに席を取ったりしない。しかし彼は、

「海側の席はたっぷりあるし、今回はお客さんの人数は少ないし、うるさそうな人もいないし・・・たまにはいいか。」

という判断を平気で出来る添乗員だった。しかも読みを外したことがない。「添乗員のくせに」などと言う説教をされたことがないのは、「やばい客」と「うるさい客」を見分ける能力に秀でているからだ。

十二人のツアー客たちは、次々とやってきた。

「おはようございます。」

小人数のツアーだと、自然とアットホームな雰囲気になり、朝食の自由席の時なども、添乗員と客が近くの席に座ることが多くなる。大人数のツアーだと、客も添乗員も、自然とある程度の距離を置くようになるのに不思議だ。

ビュッフェの食事を取ってきた夫婦の奥様が、爽やかに言った。

「ずっと天気がよくて気持ちいいわねー。やっぱり来て良かったわ。毎晩よく眠れるし。ね!」

と、最後は洋平に相槌を求めた。

いきなり話を振られた洋平は、ベーコンを口に含みながら慌てて頷いた。

「あら・・・ひょっとしてよく眠れない?」

確かによく眠れているが、なぜ他人までがよく眠れていると思うのだろう。

「よく眠れていますよ。分かりますか?」

ベーコンを飲み込んで言った洋平に、奥様は得意げに仰った。

「分かるわよー。こっちに来たら、全然地震がないんだもの。揺れに安眠を妨げられないっていいわよねー。」

「そういうことか!」と気づかされた。確かに日本にいる時は、一日何回か必ず余震があり、夜中に起こされることもある。タフな洋平にその自覚はなかったが、知らないうちに疲れがたまっていたのだ。

目の前には、春の朝日を浴びたアドリア海が、夢のようなブルーをたたえて広がっている。この日は、ドブロヴニクの観光と自由行動のみで、しかも連泊ということで余裕があった。

いつも、ゆったりとした空気を切り裂く日本人のツアー客も、今日はそこに溶け込めそうだった。大地震後に数人のキャンセルが出た為、ツアーは少人数。とても「有事の選抜メンバー」が神経を削りながらする仕事ではなかった。

余裕と時間があるから、つい余計なことを考えてしまう。洋平は、郡山の実家のことを思い出した。

「東京であれだけ揺れるんだ。郡山は大丈夫なのだろうか。」

クロアチアにいる今は、考えてもどうしようもないのだが・・・。人間、考えてもどうしようもないことを、どうにもできない時に考えてしまう。

「当分帰ってくるな。」

電話が繋がった時、父親に言われた。

「ひどく揺れたが、郡山の被害はそれほどでもない。お前が来なくてもなんとかなる。来て、何かあって東京に戻れなくなったらどうする?仕事に穴をあけるな。」

自分が父親の立場でも同じことを言うだろう。だからと言って、それで割り切れるものではない。

なぜだろう。日本にいた時より、クロアチアにいる今のほうが、ずっと郡山のことが気になる。

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美しいグラデーションを見せるアドリア海

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遠くからでも近くからでも美しいドブロヴニクの街とアドリア海


-
トルコ カッパドキア-

「自粛なんて考えませんでしたね。とにかく早く日本を出たかった。毎日の揺れで頭がおかしくなりそうでしたよ。」

洞窟ホテルでのディナーの時、横浜から来た男性がそう言うと、その場にいた全員が頷いた。

「こういう言い方は、良くないかもしれないけど、旅行の予定を入れておいてよかったと思ったわ。」

という女性の言葉は、余震が続く環境で暮らしている人の実感がこもっていた。「良くないかもしれないけど」という言葉には、メディアで目にする東北の人々のことを考えると・・・ということなのだろう。

ビジネスクラス利用で、宿泊ホテルが全て五つ星ホテルのツアーの定員は元々少なかったが、地震による自粛モードでキャンセルが出た為、たったの九人になっていた。

それに日本語ガイド、添乗員、バスドライバーの三人の案内人がつくのだから贅沢な旅だ。

毎日いつ来るか分からない余震、節電のためにいつもより暗くなっている街並み、重苦しい自粛ムード。全てから解放された客たちの気持ちのはじけ具合が半端ない。

「楽なツアーだなあ。」と、匡人は思っていた。こちらがいちいち気を遣わなくても、客同士で勝手に盛り上がってくれるのだ。これまでの自分の海外旅行、趣味、そして地震。当初の予定通り木崎杏奈が来ても、まったく問題なかったであろう。

有事に備えたツアーは、あまりにも無事過ぎるとさえ思えた。

「地震と津波が起こったのは、トルコではなくて日本なのに、何が有事なの?」

と、ガイドのジンギスに問われた時には、「本当だよな」と同意するしかなかった。

ただ、一部の客が妙に、ある意味時々不自然に盛り上がるのが気になった。興奮状態にも見える。

「あれって地震のせいかな?」

「私もそう思った。みんな、地震で疲れているんだよ。トルコも地震が多いから、なんとなく分かる。みんなお互いに分かっているから、話を聞いてあげられるんだよ。」

「こんな理解のあるガイドなら、なおさら杏奈が来るべきだったのに」と、匡人は悔しく思った。
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カッパドキアの洞窟ホテル。映画のワンシーンを思い起こさせる。(写真と本文は関係ありません)
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東京藝術大学美術館の展示会に行ってきた。
https://tsumugu.yomiuri.co.jp/tamatebako2022/highlight.html
日本美術をひも解く。
平安から昭和までの、日本の美術品が四つのパートに分けられて展示されていた。
屏風、蒔絵、置物、家具、洋画など見どころ満載。見学するのに、なんというか疲れ切らない程度の量の傑作が、ゆったりとした空間に置かれていてちょうどよかった。
午前中、早めに行ったのも正解だったのかな。大きな混雑もなし。
横山大観の龍、狩野永徳の唐獅子が描かれた大屏風が並んでいたのは圧巻だった。
九月までやっているらしいから、興味のある方にはおすすめしよう。

帰り。地図を見たら上野よりも根津が近いということで、根津駅に向かう途中で食べるところを見つけていたら、たまたま見つけたお手軽フレンチが大当たり。
https://www.hotpepper.jp/strJ000863714/amp/
その名もレストランMOMO。ワンプレートランチが1050円と非常に手頃。ボリュームよし。味も良し。チョイスできるメインでは、鳥のコンフィが秀逸だった。
美術鑑賞の後の最適の食事であった。根津にはあまり縁がないけれど、この店にはまた行ってみたい。
以上、たまの大人の休日でした。
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帰り道。木場で降りた時の空。ビルまで夏空色。
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わたらせ渓谷鉄道沿い。栃木との県境近く。群馬県みどり市の田舎道から、さらに田舎の一本道を上っていく。

「いったいどこに続く道なのか・・・」と森林の中の一本道を行くと、昭和に建てられた古い校舎のような建物が姿を現す。お世辞にも、その外観は美しいとか立派とは言えない。

これが群馬の名物旅館・梨木館。
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中から、愛想よくスタッフが出てくる。丁寧な説明の後に通された部屋は、それまでのイメージとは別世界だ。
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十五畳ほどの居間と、十畳ほどの寝室。他には半露天風呂(これは温泉ではない)もある。トイレも洗面所も広め。特にグレードの高い部屋を取ったわけではない。ここでは、非常に標準的な一番安い部屋だ。とてもゆったりとした作りで、且つ清潔に保たれた客室は、高級感にあふれている。
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旅館の周辺には何もない。冬には、すぐそばに高さ三メートルほどのツララができて、それが見どころとなるくらいだ。つまり、観光地ではないところに、旅館が一軒だけ建っている。言い換えれば、楽しむべきものは旅館での滞在しかない。

その外観と内部のギャップがなんとも言えない。

立地は、少々現実離れしていると言ってもいいかもしれない。なにもないド田舎に、これだけ立派な宿というのは、現実よりも、小説や映画にでも出てきそうだ。

 

滞在客の食事は、常に部屋食だ。料理は美味しい。というよりも面白いと言うべきか。

山の中の旅館なのに、マグロのお刺身を出すなど、センスのないことはしない。お刺身は岩魚のお造りだ。追加料金がかかるが、岩魚は唐揚げに変更することもできる。二人で泊まる場合は、一人分だけ変更して両方の味を楽しむのがいいだろう。

鍋は、季節に関係なく必ず出る。地元産の豚とキジを選べる。キジがおすすめだが豚もうまい。二人で泊まる時は、やはり両方頼んで共に楽しむべきだと思う。

なお、翌朝はキジの出し汁でつくった雑炊が出されて、これがまた美味い。

そのほか、コンニャク、地元の野菜を使った天ぷらなど、とにかく地元の食材にこだわっている料理は、ここならではのものだと思う。ちなみに、売店にあるキジの釜飯もうまいので、購入していくのがおすすめ。

冷蔵庫には、かなりの量のドリンクが用意されているが、アルコール(ビールと日本酒)も含めて、すべて料金に含まれている。アルコールが足りない場合、ソフトドリンク数本と交換できる。つまり、滞在中にかかる追加料金は、ロビーで頼む生ビール(これも宿泊のグレードによっては無料)とお土産代くらいだ。また、夏季限定ではあるが、ロビーにあるアイスは、毎晩7時まで一人三十個限定で好きなだけ食べられる(チェックイン時に、本当にそう言われる)。

 

温泉は、大浴場と露天風呂がある。食事が部屋だから、他の客の顔はほとんど見ることがなく、出会うとすれば、浴場と売店くらいだ。だが、部屋数がそれほどあるわけでもないし、なにもかも部屋にあるうえに、旅館の外にはなにもないので、皆あまり外に出ることはないから、滅多に会わない。

風呂も、貸切に近いことが多い。もちろん時間帯によるけれど。

だからとても静か。春は鳥のさえずりと虫の声。夏は蝉の鳴き声。秋はやはり虫の声。冬は風の音。たまに聞こえる車のエンジン音以外は、これくらいしか聞こえない。

部屋にはDVDプレーヤーもあるので、お気に入りを持っていくといい。特に、子供はそういったものがないと、ここでは時間を潰せないと思う。「何もない」ことを楽しめるのは、大人だけだと思う。

あ、ひとつだけ見るものがあったら。夜になったら屋上に出よう。下界と遮断されたそこには光がなく、美しい天の川を眺められる。それもまた、宿の売りだったので書いておこう。

 

列車で行く場合、近くの駅までスタッフが迎えに来てくれる。無人の上神梅駅は、ドラマ「鉄道捜査隊」などの撮影地になった。わたらせ渓谷鉄道(旧足尾線)からの景色は素晴らしいから、一度足尾まで列車の旅を楽しんで戻ってくるのもいいかもしれない。

車で行く場合は、チェックアウトの後、やはり最寄りの駅に車を止めて、往復二時間の列車の旅を楽しんでから帰ることをおすすめする。この鉄道の風景は、列車からしか楽しめない。

少しでも観光を楽しみたい方には、神戸(ごうど)での富広美術館や、通洞駅近くの足尾銅山跡の訪問をおすすめする。
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わたらせ渓谷鉄道とその風景
本当の田舎を楽しみたい方に、おすすめの旅。

https://www.nashigikan.com/

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梨木館の情報はこちらから。(生ビールサーバーのある部屋もありますよ!)

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「あー・・・嫌なもの見たな・・・。」

食事が終わって客と一緒に歩いてホテルに戻りながら、匡人は思っていた。

なぜ、あのようなことになったしまったのか、彼に並んで質問してくる人がいた。「彼女に他意は全くなかったが、『痛恨の不徹底』が祟ってしまった」と説明すると、深く頷いた。

「経験だね。」

「え?」

「経験だよ。自分に自信がないから、大切なことを指示なしでは言えなかったのさ。巴さんは、昨日は東京から指示をされる前に、私たちに知らせてくれたのだろう?あれはよかった。私たちが落ち着いていられるのは、あんたの初動が正しかったからさ。」

「ありがとうございます。」

「経験があればね、適当なことを言ったって、客は信用するしね。嘘だと分かっていて『このやろー』とか思っても、なぜか突っ込めないことがあるもんだよ。」

「そうなんですか?私は、適当なことを言ったことがないから、そのあたりはよく分からないなあ。」

匡人がシレッと言うと、「ほらそこ!そういうところだよ。さすがだねー。」と、なぜか満足気に笑いながら客は離れていった。

今回の経緯は、ホテルに帰ってすぐ杉戸に報告としてメールを打った。旅行会社が別とは言え、同じ派遣元の添乗員のピンチだからだ。

朝起きると返信が来ていた。

 

「同じ件で雪輪からもメールが来ていた。最初、ディナーで巴君が立ち上がった時に、雪輪の客に地震のことを知らせに行ったと思ったらしいから、そこは誤解を解いておいた。既に一部の客が把握していたという時点でアウトだしね。

君からのメールをそのまま転送してアドバイスをしたよ。彼女のグループは、前日の深夜にリスボンに着いて、その次の日にいろいろ見ながらナザレに移動したから、なかなかお伝えするタイミングもなかったらしい。優秀な子なんだけどね。今回は、少し経験不足だったかもしれない。

それよりも、問題は、彼女のツアー担当が大山ってことだよ。嫌な予感がする。」

 

「大山か・・・。」匡人は、朝から嫌な気分になった。旅行会社の担当者にもいろいろいるが、添乗員にしてみると、彼は最悪の担当者の一人だ。現場の添乗員の意見に耳を傾けないで、いちいち細かい指示を出す。にもかかわらず、それがうまくいかないと、すべて添乗員の対応が原因として上に報告する。強気に媚びて弱きを挫くようにしか見えないタイプだ。

もし、元子の対応について、客の誰かがアンケートで言及したならば、きつく叩かれることが予想された。

「あーやだやだ・・・。」匡人は、胸にモヤモヤを感じながらその日に訪れる場所の資料をバッグから取り出した。

今は、自分のグループのケアで精いっぱいだ。元子には、別れ際、助言を一つだけしていた。

 

「本当に不満そうな顔をしているのは五、六人だ。他の方は大丈夫。五、六人の機嫌を取るよりも、グループ全体で旅を楽しくして、怒ってる人たちも、楽しい雰囲気に巻き込め。地震は君のせいじゃない。」

 

「あとは彼女次第だ。」そう言い聞かせて、この日の資料に目を通し始めた。

匡人のグループは、残り四泊残していた。十四日間の長丁場も、いよいよ終盤を迎えつつあった。この日は、陶器で有名なカルダス・ダ・ライーニャ、歴代のポルトガル王妃が所有したオビドス、そしてローマ時代の神殿と水道橋で有名なエボラをを訪れて宿泊して、最後はリスボンで三泊することになっていた。
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ポルトガル歴代王妃の街だったオビドス。美しい旧市街とアズレージョ(タイル)で装飾された教会が有名。ジンジャというサクランボのリキュールが名物。
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エボラ旧市街のサイコ地点に今も残るローマ時代の神殿
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エボラ大聖堂の祭壇。金箔がふんだんに使われている。細部まで見事に職人の仕事がされている。

エボラの大聖堂では、黄金の主祭壇に、このツアーと日本の無事を皆で祈った。

順調に旅が進み、リスボンに向かう時のことだ。ここで予想をしなかったことがおこった。

朝、エボラの街を出て、リスボン近郊でランチの予定だった。レストランは、どちらかというと若者向きの雰囲気で、サッカーファンが集まりそうなスポーツバーのようなところだった。案内された部屋は、十六人のグループに割り当てるには少々広すぎるくらい。そして、全部で五つの大きなテレビモニターがあった。どの席に座っても、自然な姿勢でモニターを見られるようになっているようだ。

やはりスポーツ観戦を売りにしているレストランのようだ。慣れない雰囲気に、年配の客たちは少し居心地を悪そうにしている。

みんなが席についたところで、若いスタッフが匡人のところにやってきた。

「どうぞ。こちらでドリンクメニューを案内しますよ。」そうして、別の部屋に案内された。

「ありがとう。」

「日本は大変でしたね。みなさんも、日本の様子を気にされているでしょう。今からお見せします。」

「お見せする?」

次の瞬間、客たちがいる部屋から轟音が響いてきた。驚いて匡人が振り向くと、女性客の一人が、いかにも気分を害したという顔で部屋から出てきた。

「あのモニター、どうにかして!」

「どうかされたんですか!?」

匡人が部屋に駆け込むと、一番大きな特大スクリーンには、日本の津波の様子が映されていた。それも大音量で。他のどの画面にも、同じものを見られた。どこかのニュース番組を映しているようだった。

この演出が、自然ドキュメントや、それこそスポーツのハイライト特集なら盛り上がっただろう。しかし、母国の大地が津波に飲み込まれている映像は、この時の客たちには、ショック以外なにものでもなかった。

「止めろ。」

「え?でも、せっかくちょうどニュースがやっているのに・・・」

「止めろ!」

ようやく、すべてのモニターから忌まわしい映像が消えた。

「君が旅行している時に、君の家が火事になった。君は家や家族のことが気になって仕方ないけど、すぐに駆け付けられない。そんな時、テレビで自分の家が燃えているところを見たいか!?」

冷静な匡人が、少し声を荒げた。痛恨のおせっかいに対する怒りだった。

「すみません・・・。」スタッフは、ようやく自分のしたことに気付き、客たちに謝罪した。

女性客二人組のうち、一人の目から涙が溢れ出した。

「私たちね、きっとつらくなるからって、ホテルでテレビを一切つけないようにしていたの。つけたら、きっと映像が出てくるじゃない?見たら、旅行する気分じゃなくなっちゃうから。」

「すみません。まさか、こんな形で・・・。」

「本当ね・・・。でも、帰国してすぐにこれを見るものショックよね。あの人にも悪気があったわけじゃないだろうし・・・。」

「いえ、本当にすみません・・・。」

スタッフに気遣おうとする女性客の様子に、匡人は胸を痛めた。

店のオーナーらしき人が出てきた。事情を話すと、若者をポルトガル語で軽く叱った後、

「申し訳ありません。彼にも悪気はなく、サービスのつもりでした。許してあげてください。今日は、ワンドリンクサービス致します。」

「え?この程度で?」と匡人は思ったが、日本に対するお見舞いの意味もあったようだ。

実は、それほど怒っていない客が半分くらいなのだが、そうしてくれた。その落ち込んでいない一人の男性が、悪ノリで「シャンパン?」と言うと、オーナーは、「もっと美味しいものです。」と言いながら、シャンパンの値段の十分の一ほどの、ヴィニョ・ヴェルデ(ポルトガル独特の微発泡の白ワイン)を出してきた。

美味しいバカリヤウ・ブラス(干しダラとジャガイモを合わせた料理)と絶妙に合うそのワインを、みんなが楽しんでくれたのが、匡人にとっては救いだった。

 

その後、無事に行程を終えて、匡人のグループは帰国日を迎えた。
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「巴さん、よそのグループに口出しするんですか?雪輪さんと同じ派遣元でも、お客さんたちから見たら、違う旅行会社の添乗員ですよ」

「分かってるよ。そりゃそうだ。」

「じゃあ、なにをしに行くんですか?」

小川が何をムキになっているのか理解した匡人は、立ち止まって彼女のほうを向いた。

「別に彼女のグループに、地震があったことを知らせるわけじゃないよ。僕のグループは、雪輪さんのグループの隣で食べているから。もし、お客さん同士で会話があったら、きっと地震のことを言っちゃうだろ。念のため口止めしておかなきゃ。添乗員より先に、お客さん同士の会話で聞いてしまうのはまずいだろう。」

「そういうことですか。でも、違うグループのお客さんに話しかけることなんて、あまりないんじゃ。」

「あまりというか滅多にないよ。でも、地震みたいな話題がある時は別だ。知らない人に教えたがる人っているからね。」

「確かに・・・。」

「でも、もしうちのグループにそういう人がいるとしたら、手遅れかもね。もうデザートタイムだし。グループを超えた会話がなかったことを祈るよ。」

「私も、今更だけど口止めしておこうかなあ・・・。」

「賢明だね。」

客のテーブルが近づいてきた。グループを超えた客同士の会話は見当たらない。「取り越し苦労だったかな」と思って匡人がホッとしたその瞬間、悪い予感は当たるものだということを思い知らされることになった。

元子の客のある夫婦が、匡人の行く手を阻んだのだ。「どうかしましたか?」と匡人が言う前に、二人が前のめりになって尋ねてきた。厳しい表情だ。

「そっちのグループ、地震の情報をみなさんに伝えたんだって?こっちにも教えてよ。」

「え・・・いや、そちらの添乗員から間もなく・・・。」

いきなり迫ってきた二人に匡人は気圧された。

「私がお伝えします!今回の地震は・・・」

いつの間に追いついたのだろう。元子がすぐ背後に来ていた。

「震度は東北で六強、関東でも五強はあったようです。揺れだけなら、それほど大きな被害はなかったらしいのですが、その後の津波で大変なことになりました。規模は・・・」

実に滑らかに分かりやすく、聞きやすい声で説明していた。いわゆるできる添乗員の説明のしかただ。

「そういえば、よくできる若手が二人いるって、杉戸さんが言っていたけど、そのうちの一人かな。見た目若いけど、大したもんだな。でも、このタイミングは・・・」

そう思いながら、匡人はゆっくりと自分のグループのテーブルに動いた。

「タラのグリル美味しかったでしょ?」

と切り出して、皆がニッコリ頷いたところで、二つの円卓に別れて座っている客たちに尋ねた。

「お隣のグループの方たちと、なにかお話されたんですか?」

「ええ。あの夫婦から話しかけてきたんですよ。日本の家族から『大きな地震があった』というメールが来たみたいで、地震について何か聞いてないかって、尋ねてきたんです。巴さんから聞いたことを答えたんですけど・・・あっちのグループの添乗員さんは、お客さんに何も言ってなかったみたいだね。」

「なるほど。ありがとうございます。」

同じ日本を離れている環境で、国内で起こった一大事について聞かれたら、知っていることは答えるのが道理だ。とりあえず、自分の客がお隣に対して、教えたがりな行為をしたわけではないことが分かり、匡人は安心した。

元子の案内のしかたは、様々な意味で最悪だった。一部のツアー客は、既に日本で起こった地震のことを把握しており、添乗員から情報が来るのを待っていた。他のグループの客に聞き込みをかけるくらい待っていた。

どんなに良い情報を素晴らしい言い方で案内しても、タイミングで客を怒らせてしまうことがある。

「知っていたなら、もっと早く教えてくださいよ。」

元子が話し終えると、傍で聞いていた夫婦は怒鳴りはしなかったものの、強い言葉と険しい表情で訴えた。テーブルについている客の半分くらいも、それに頷いた。熱弁した元子にとって、その反応は思ったよりも厳しいものだったのだろう。顔を紅潮させて、少し涙目になり、「申し訳ありません」と謝罪した。それがまた一部の客を不機嫌にさせた。

それだけの情報を持っていたならば、もっと早く話すべきだったことは確かだ。だが、客の動揺を考えて、あえて情報開示を遅らせる気持ちも分かる。しかし、それならば、

「東京や被災地の様子をもう少し詳しく把握してからお話するつもりでした」とか「帰りのフライトに影響が出そうだったので、そこがはっきりしたらお話するつもりでした」など、すぐに話さなかった理由を言うべきだった。それがたとえ嘘でもだ。

情報の開示を、あえて遅らせて案内する手法もあるにある。ただし、その場合は客が不安や疑問に思う点を、すべて明確に説明できるようにしておかないといけない。案内としては、高度な技術を要する。

素早く情報を開示して、その後分かってきた詳細を小出しにするか、しばらく黙っておいて大勢を把握してから案内するか、そこは徹底しなければいけなかった。

元子が、案内を遅らせた理由は、担当者の指示を待っていただけだ。それ以外の理由はなかった。

だから、匡人が元子の客に詰め寄られた時、「先に巴さんに話されたくない」という気持ちだけで、全てを話してしまった。そのうえ、必要な言い訳もしないで、いきなり謝罪をしてしまったため、さらに客たちから不信感を買ってしまった。

客の表情とテンションに流された案内は、痛恨の不徹底を客に曝け出してしまうことになった。
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ナザレのシティオ地区にあるノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会。イスラエルのナザレから運ばれてきたという聖母子像が主祭壇に置かれている。現在の地名は、そこに因んでいる。
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夕暮れのシティオ地区。屋台では、ナッツやドライフルーツが売られている。安くて美味しい。筆者は、よくここでナッツを買って、部屋で晩酌をする。
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高い場所にあるシティオ地区から眺めたプライア地区。ナザレはふたつの地域に別れている。ちょうどカモメがポーズをとってくれた。ギャラはナッツ。
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朝方。プライア地区のホテルから高いところにあるシティオを眺める。丘の斜面に見える線のような明かりは、ふたつの地域を結ぶケーブルカー。
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有名なナザレの夕陽。
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