マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

タグ:コロナ

2021年1月16日。コロナ感染者が日本で初めて確認されてから、一年が経ったそうだ。

僕は、2020年の1月15日にクロアチア&スロベニアのツアーに出発していた。国内初患者については、記憶にない。このブログ内でも、触れられていなかった。

 

僕も、世間も気にしていたのは、中国の動向だった。ただ、この時のクロアチアツアーが、コロナを全く気にしないで楽しめた最後のツアーだったことは覚えている。多少コロナのことを気にしはしていたが、脅威ではなかった。

 

自分にとってのコロナ禍は3月からだったが、実際の脅威は、この時既に始まっていたことは間違いない。なかなかその姿を見せないコロナ。

初感染者が見つけられた時、果たして既にどれくらいの人が感染していたのだろう。

 

1年経って思う。まさか、今も世界中がこんなに苦しんでいるなんて・・・。これを予想できた人物っているのだろうか。

2021年1月12日。僕にとっては、大衝撃的なニュースがメディアを駆け巡った。

「年内に一定水準の人口免疫や集団免疫を達成できないと予想する」

2020年大晦日に初の千人超え、その後間もなく二千人超え、首都圏に始まり、次々と拡大されていく緊急事態宣言。まったくいいことがない。その中でも、このWHOの発言は、特に衝撃的だった。

 

まだ1月だ。それも、半分も過ぎていない。あと1年、この状態が続く可能性が強いと思った時、僕の心の一部に、ヒビが入る音が聞こえた。WHOは組織の性質上、純粋に感染に関することだけコメントして、それに影響される政治や文化活動などについては、触れないことが多い。

しかし、これを扱うテレビニュースやネットのコメントでは、オリンピックの開催について上記のニュースを結びつけるものが多かった。

 

オリンピック開催については、困難だと思いながら、僕の中には願望がある。いや、あったというべきか。

開催されるということは、日本と諸外国の間で、人の往来が発生するということだ。「そんなところにまで到達できるのか?」と懐疑的ではあったが、それが可能になれば、海外添乗再開の道筋が見えるような気がした。だが、選手を含めた関係者のワクチン接種優先くらいの策しか表に出てこない。それでも願望が消えないのだ。心の中では、それ以上の絶望感を感じている自覚があるのに、自分をだましている。

「夢を見るのもいいかげんにしろ」と思う方もいるだろう。しかし、愛すべき本業を失い、いつ再開されるかもわからずに時を過ごしていると、僅かなものにでも大きな希望をかけてしまうものだ。これまで似たような状況の人を見て、「現実を見ていない愚か者」と、心の中で蔑んだことがあったが、今ならわかる。どうしても、気持ち的に捨てられないものがある。

 

しかし、このまま2022年になるまでは待てない。これまでは、国からの支援金をいただきながら、いつ海外旅行が再開されてもいいように、短期的に収入を得られるものを見つけてきた。これからは、ある程度長期にわたって収入を得られる仕事を見つけなければいけない。添乗の仕事に戻ると決めているとはいえ、常に懐が気になる状態では、気分的にも滅入ってしまう。見つかるかなあ・・・。それでも生き残らないといけない。

 

コロナを気にし過ぎなのか、最近、変なことが多い。

ある朝起きて、倦怠感を感じるような気がして熱を計ったら、実際は平熱よりも低かった。「逆コロナかよ!」と、自分で突っ込んでしまった。

ある時、自分がコロナだったらどうしようと、カフェでコーヒーをいただいきながら心配していたら、「うわー、今日はコーヒーの香りがよく感じるなあ、美味しいなあ。ん?美味しいってことは、コロナじゃないか。」と、自分で突っ込んでしまった。

ある日、味も香りもなにも感じず、「やばい・・・やばい、やばいやばい!」と焦ったら夢だった。動揺して目覚めた自分に「夢かよー!」と突っ込んでしまった。

 

ちゃんと対策はしている。接触している人間は限られており、彼らの中にも発熱などの体調異変を訴えている人はいない。検査も受けた。今のところ、コロナでない確率は高い。

 

体だけでなく、自分の心も管理しなければ。「心のコロナ」にも気を付けよう。

お客様の耳のことは、お友達も気づいていなかったようだ。

「あなた、何を聞いてたの?ちょっと変な時あるわよ。ツートンさんが、一生懸命話しているのにトンチンカンなこと言ったり怒鳴ったり。」

「マスクを外してお話したら聞こえますか?」

と、僕が尋ねると、ようやくお友達も気づいた。

「そういうこと?・・・あれ?でも、私と部屋で話している時は、マスクしてても普通にお話できるのに。」

「え?」

僕は、お客様を見つめた。二人は、ふだん同居でしているわけではないので、お部屋でもマスクを外さずに会話をしているとのことだった。

「部屋の中では、まわりの音がないから聞こえるのよ。それと、女の人の声のほうが聞きやすいの。あなたの話は、バスに乗ってる時も聞き取れる。」

「ああ・・・そういえば、今までの添乗員さんは、みんな女性だったわね。」

「周りの雑音ばかりが耳に入って、肝心なものを聞き取れない」、「男性の太い声は割れて聞きにくい。女性の声のほうが聞き取りやすい」という声は、ご年配のお客様から時々聞こえてくる。そういうたいていの方は、「いろいろ聞き返してしまうかもしれないけど、よろしくね。」とお断りを入れてくる。

 

「私も、なにか食べるものを取ってくるわ。」

その場から離れたかったのか、お客様は席を立ってフードカウンターに向かった。

「長い付き合いだから、耳が良くないのは知っていたけど・・・でも、会話に困ったことはなかったのよ。男性の声だって、前は問題なく聞き取っていたと思うわ。」

「お友達様は、僕の話を聞けているでしょう?レストランはどうしてお間違えになったのですか?」

「あれね・・・ツートンさんが、ホテルに入ってレストランの方向を教えてくださったでしょ?その時、私トイレを我慢できなくて、彼女に案内を聞くのをまかせてしまったの。たぶん、あなたの話が聞き取れなくて、身振り手振りだけ見て、適当に判断しちゃったんだわ。」

「なるほど。・・・でも、ホテルに入る前にお渡しした案内には、レストランの名前を記載しておきましたよ?」

「そうなのよ。私も、それを見ていたの。レストランの名前も覚えておいたのよ。ロビーで、分かれ道があったでしょ?そこで『夕食のレストランの名前はこっちに書いてあるわよ』って言ったのよ。でも、彼女が『見間違いじゃない?ツートンさんは、こっちだって言ってたわよ。』って。そう言われたら、私もそうかなあって。」

「案内を見直せばよかったのに。」

「お部屋に置いてきちゃったのよ。」

「レストランの人は、入る時に『ここでいいか』確認したって言ってましたが。」

「そこは彼女が話して、『ここでいいはずだ』ってことになっちゃって。予約は入っていないけど、席は空いてるから入れてもらえちゃったのね。」

「予約されていたレストランの名前はおっしゃらなかったのですか?」

「恥ずかしいことに・・・ここに歩いてくるまでに忘れちゃったの・・・。」

「あの方は・・・あれだけ『カニ、蟹!』って騒がれていたのに、その時はカニについては何も仰らなかったんですか?」

「仰らなかったのよ。その時に限って。・・・私は、カニにだわりないし、別にここでも良いのだけど。飲み放題ならなおさらね。」

僕は、深く呼吸しながら苦笑いした。「間違いが起こる時には、止めようもなくこうして起こる」という典型的な例だった。迎える側が、どんなに注意確認しても、悪い意味ですり抜けていってしまうことはある。

 

お客様が戻ってきた。

「マスクを外してもらっただけで、こんなに聞き取りやすいものなのね。口の動きが見えるだけで、全然違う。」

いつか、海外ツアーの仕事で、聴覚障害のお客様が読唇術を心得ていたことを思い出した。障害の有無に関わらず、案外、ふだんの僕らも会話時には、無意識に口の動きを見ているのかもしれない。

「でもお客様、聞き取れない時は、ちゃんとご確認くださいね。」

お客様の状態に、なぜここまで気付かなかったのか、よく考えて申し上げた。普通、聞こえない方は、納得いくまで何度も聞き返してくる。ところが、この方は、これまでただの一度も聞き返しがなかったため、この方なりに理解していたと、僕は思い込んでいた。聞こえないように見えなかったのだ。

自分勝手な思い込みと捉えていたものも、「聞こえてきたものをつなげて、一生懸命理解しようとした」と思ったら、少しは怒りがおさまってきた。お友達は、

「そうよ。聞こえてないのに、あんなにツートンさんを怒鳴ったり叱責したりするのはよくないわ。あなた、みんなから嫌われてるわよ。『話を聞かない、我儘おばさん』だって。今のままだとブラックリストになっちゃうわよ。」

ブラックリストは大袈裟だが、要注意人物としてレポートをあげようとは思っていた。何も知らなければ、それまでの彼女の物言いは、クレーマー以外なにものでもなかった。

この手のお客様は、なかなか謝らないものだ。

「いつもいただいてる案内を、もう少し細かく書いてくれたらありがたいわ。」

照れくさそうに下を向きながら、ぶっきらぼうにそう言った。

「案内はちゃんと読まなきゃだめよ。いつも私しか読んでないんだから。それと、添乗員さんを叱りつけるのは絶対だめ。わかった?」

「分かった。もうしない。案内は、これからはちゃんと読む。・・・ねえ、ツートンさん、カニはもうダメ?」

「当たり前でしょ。」

僕よりもお友達が早くこたえた。カニにこだわりはないと言っていたのに、「あなたのせいで、カニを食べ損ねた」と、嫌味な冗談まで言っていた。

 

次の日の出発前、前日の誓いを破って、お客様は激しい口調で、僕に話しかけてきた。癖はなかなかなおらない。だが、この時は、傍から見たら横柄にしか見えないこの方に、一組のご夫婦の奥様が怒った。

「ツートンさんは、そんな案内はしていません!」

「あなたは、話を聞いていないだけ!」

攻撃的な物言いをする女性も、ツアー仲間から責められると、さすがにこたえるらしく、黙り込んだ。厳しい言葉をほんの一瞬浴びせられた後、僕はすぐに間に入り、奥様に前日のことを話して、これ以上責めないように頼んだ。

「そういうことなの?」

奥様は、グループの中でも僕のことを贔屓にしてくださっていたので、落ち着いて話を聞いてくださった。

「聞こえないそぶりを見せないから分からなかったわ。」

話し方には、多少の同情が見えたが、彼女を見つめる目は厳しかった。

「ツートンさんがそう言うなら、それでけっこうです。でも、それなら彼女の、あの物言いをなんとかしてください。ご存知でしょう?本当にみんな不愉快な思いをしてるのよ。」

確かにその通りだった。僕は、お客様に近づいて、前日のうちに書いて用意していた、この日の流れや注意事項をお渡しした。

「バスの中でお話する案内の内容です。これさえ手元にあれば、今日は不自由しません。どこの案内か分からなかったら、その場その場で聞いてください。それと、さっきみたいな怒鳴り口調はもうだめですよ。皆さん、びっくりしますから。」

彼女は、頷きもせず、無言でそれを受け取った。「よく聞こえないこと」を他の方に教えるのは、ある意味個人情報保護の点で問題と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、この場合は、個人情報よりも、その方のツアーにおける立場を守るほうが優先だった。

 

その日は、ツアー最終日だったが、珍しく怒号が飛ばずに一日を終えて、千歳から帰りの便に乗るに至った。問題児だったお客様は、最後まで一言も僕に謝りはしなかったが、お友達も含めて、周りに誰もいない時に一言だけ言った。

 

「最後の日のメモはありがとう。助かりました。」

そして、前日に食べられなかったカニを空港でお求めになったのだった。

 

正直、最後までムカつくお客様ではあったが、最後のお礼は、その後の仕事でのヒントとなった。

マスク着用で口頭案内するようになってから、確かにお客様からの聞き返しの多さが気にはなっていた。よくよく考えてみると、マスク着用中は、口の動きが見えないだけではない。口を大きく開けるとマスクがずれるから、大声を出せず、口も開けずに話しているのだろう。マイクを使ったバスの案内も含めて、話し手の想像以上に、聞き手にとっては聞き取りにくいのかもしれない。

僕は、字が極端に下手でコンプレックスがあるので、海外添乗中の書面案内は、パソコンで打つようにしていた。しかし、国内の添乗は準備に忙しく時間がないため、最低限の案内だけをメモにして、大半のことは口頭で案内していた。

その結果、聞き返しが多いという状態をつくってしまっていたが、「字が下手でも、聞こえなければ読んでくれるだろう。聞き返しは、聞いてくるほうにとっては意外にストレスかもしれない。」と考えを改めて、情報を、ことごとく文字にするようにした。

実は、僕の国内添乗におけるお客様の評価は、海外時に比べて著しく低かった。だが、この作業をやり始めてから、現時点まで2本ツアーをこなしたが、それまでとは違う高評価になっている。3回目以降は、コロナ禍が悪化してしまったため、まだ試せていない。

コロナ禍における、より分かりやすい案内は、口頭よりも書面であることを見つけた出来事だった。

 

これは、海外が再開してからもそうなっている可能性が高いから、より分かりやすい書面案内を研究しておこう。

この日の夕食は、コロナ対策とテーブルの混雑の関係で、29人のお客様を、30分おきに2組に分けて案内することになっていた。問題の二人組は、先のグループに割り当てられていた。ところが、集合時間になっても来ない。ひょっとして、後のグループだと勘違いされているのかと思いきや、その時間になっても、やはり来なかった。

「レストランを勘違いされているのではありませんか?」

レストランのスタッフが助言してくれた。

「お客様がお持ちになっているお食事券ですが、ホテル名と価格が記載されている金券で、このレストラン専用というわけではないのです。」

「・・・ということは、間違えて他のレストランに行っても入れてしまうわけですか?」

「そうです。空席があれば入れてしまいます。お客様が、間違いに気付かれて、お問い合わせいただければご案内いたしますが、何も仰っていただけないと・・・」

「どのレストランに予約を入れてるかなんてわからないですよね。そうなると、受けるしかない。」

「そういうことです。もし、遅れていらしても、この後の予約は詰まってませんから、お入りいただけます。念のため、別のレストランに確認にいらしてはいかかでしょう?もし、こちらにいらっしゃいましたら、添乗員さんの携帯にご連絡差し上げます。」

 

スタッフの助言に従って、僕は別のレストランに行っていないか確かめてみることにした。とはいえ、宿泊ホテルは、広大なリゾート地にある巨大な建築群で、本館を中心にあちこちにレストランが散らばっていた。僕がいたレストランから最寄りの別のレストランまででも、さっさと歩いて5分はかかった。

手間を覚悟で、でもため息をつきながら、全部で15ほどあるレストランを、間違えて行ってしまいそうなレストランから探してみようとしたら、幸運なことに一件目ですぐに見つかった。

「あ!ツートンさん!ここおかしいの。今日はカニをたくさん食べられるって聞いていたのに。あそこのグラタンにしか入ってないのよ。」

二人は、ホテル内で最大のビュッフェレストランに入っていた。予定されていたレストランは、カニを中心としたシーフードがメインの高級ビュッフェ。

「少々お待ちください。」

僕は、レストラン受付のスタッフに事情を説明しに行った。

「やはり、そういうことでしたか。」

「ご存知だったのに席に案内したんですか?」

「ツアーバッジを身につけられて、6千円の食券をお持ちの方は、だいたい、カニビュッフェで予約が入ってますから、確認はいたしまた。いたしましたが・・・」

「どうかされたのですか?」

「こちらでいいと仰ったのです。時々ツアーに参加されている団体のお客様の中にいらっしゃるんですよ。『カニが好きじゃないからこちっちに来た』、『甲殻類アレルギーだからこっちに来た』、中には、『以前、カニビュッフェは食べたことあるからこっちに来た』という方もいらっしゃいます。」

アレルギーの方は、おそらくツアー申込時にそのことを旅行会社に伝えたうえで、最初からこのレストランを提案されていたのだろう。でも、それ以外の方はどうなんだろう。予約を断る連絡もしないで、勝手に他のレストランに来ているのではないか?だとしたら、ホテルにも添乗員にも迷惑な話だ。国内添乗員も大変だなあ・・・。

おっと、今はそれどころじゃない。

「わかりました。ご確認ありがとうございます。それで、このホテルの食事代はおいくらなんですか?」

4500円です。」

「ということは、カニレストランの予算から1500円浮きますが。」

「はい。ですから6千円の食券をお持ちの方は、アルコールを含めたドリンクを飲み放題にしています。」

「飲み放題!?なるほど!ありがとうございます。」

僕は、お二人のテーブルに戻った。テーブルについて食事を始めてしまったということは、いまさらカニビュッフェに変更はできない。レストランを間違えたのはお客様の責任だが、楽しみにされていたカニを食べられないのは、少し気の毒に思った。

「ダダをこねる可能性はあるけれど、二人ともお酒をよく飲むし、飲み放題が落としどころだな。」

そんな計算をしながら、

「なんで確認されたのに、レストラン間違いに気付かなかったんだろう?」

という疑問も残っていた。

テーブルに戻ると、すぐに大声で怒鳴るお客様だけが席にかけていて、お友達はフードを取りに行っていた。僕は、二人が揃うのを待たずに説明を始めた。手配されたレストランと違うところへ来ていること、そこにカニはないこと、そのかわりドリンクが飲み放題になること。

一通り話を終えると、その方は頷いて

「分かったけど・・・カニは?」

「いや・・・だからカニはないのです。」

「後から、私たちだけに出てくるってこと?」

最初は、我儘を通そうしているだけだと思ったが、表情を見る限りそうとも思えない。揉めていると思ったのか、先ほどのレストランスタッフが来て、かなり丁寧に説明してくれた。だが、それに対して頷きはしても、まったく要領を得ない。なにを言っても、「カニは?」となる。なんだか小馬鹿にされているような気がしてきた。

 

話が通じなくて困っている時に、お友達が帰ってきたので、まったく同じ説明をすると、

「あら・・・やはり間違ってたの。おかしいと思ったわ。」

と、納得した様子で頷いた。テーブルの傍で立ったまま僕の説明を聞いたお客様は、話が終わると座って、相方にレストランを間違えたことを伝えると、

「え?私たち間違ったの?」

と、初めて話に理解を示した。お友達の言葉しか耳に入ってこないのだろうか。その後も、僕の話にはトンチンカンなこたえを繰り返し、お友達の言葉にはまともな回答をした。僕は気付いた。席に座ったお友達は、食事をするためにマスクを外していた。

このホテルは、飛沫を防ぐためのアクリル板が、固定されておらず移動式になっていた。レストランの許可を取って、空席のアクリル板を持ってきて、僕とお客様の間に立てた。そして、マスクを外してもう一度丁寧に説明した。

 

「えー!?じゃあ、私たちはカニを食べられないの!?」

ようやく話が通じた。心底がっかりしたお客様の表情を見ながら、僕は心底ほっとしていた。

2019年の大晦日、僕はモロッコへ旅立った。このツアー中に、コロナが目立ち始めて、僕も初めて意識した。また、感染というものを意識する出来事もあった。それについては、「コロナの記録と記憶③」に書かれている(なにげにアピール)。

↓      ↓      ↓

コロナの記録と記憶③ 急変の直前 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

 

それはそれとして、このツアーでは、興味深い経験をした。

お客様の中に、聴覚障害のご夫婦の方がいらした。ご夫婦揃ってまったく聞こえないのだが、奥様は、話している相手の唇の動きで、何を言っているか理解することができた。それが訓練されたものなのか、障害が後天性のものだから可能なのかは聞かなかった。いずれにしろ、かなりの能力の高さで、出発時の空港受付で初めてお会いした時、あまりに普通に会話できてしまったものだから、しばらく障害のことを忘れていたくらいだった。その時の話がこれ。

↓    ↓    ↓

こぼれ話 読唇術 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

 

このリップリーディングなのだが、実は、聴覚障害者でない人でも、わりと普通にやっていることなのだということを、国内添乗の仕事で実感した。

北海道に行った時のことだ。そのグループの中では最年長の女性二人組のうち、一人に話がまったく通じなくて困っていた。

聞こえる言葉を自分の都合のいいように組み合わせて解釈していた。海外ツアーのお客様でも、よくそういう方はいらしたが、この方は極端で、自分の解釈が違っていると、他の方が周りにいても平気で怒鳴りながら添乗員を叱った。この時、僕の中ではクレーマーのような存在だった。

マスクをしていても、大声を出せば多少の飛沫は飛ぶ。コロナ禍の今、参加者の大半は、それを理解している。だから仲間内で話すときでも大声は出さないように注意している。或いは、それを指摘や注意しても、不快感を表すことなく受け入れてくれる。この北海道ツアーの直前は、感染者が全国的に急増した時で、ツアー出発直前のキャンセルが多発した時だった。当然、参加に踏み切ったお客様も敏感だった。

この、時々大声で文句を言うお客様には、僕よりも他のお客様たちがイライラしていた。そのうち、あちこちで声が聞こえるようになった。

「ちゃんと話聞けよ。」

「人の話も聞かないで何を言ってるんだ、あの人は?」

横柄な態度で接してくるその方に、僕自身もイライラしていた。そして、だんだん優しく接することができなくなってきていた。

 

周りが気づかなかった事情は、この日のディナー時に見えてきた。彼女たちは、夕食に姿を見せなかったのだ。

2021年1月7日。二度目の緊急事態発令された。対象は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県。期間は、18日から27日。

これを受けて、宣言内容を確かめた各旅行会社は、すぐに動いたようだ。8日のうちに、通知を受けた派遣元から連絡が来た。

 

2/7出発までのツアーは全て催行中止となり、2/7までは国内添乗も含めてすべて中止。」

 

当然だから驚きはしなかった。寧ろ、「新年早々、残念なお知らせでもうしわけありません。」という派遣元の丁寧な言葉に、ある種の温かみさえ感じた。

今は、ニュースを観るのが怖い。常にストレスを感じると言ったほうがいいだろうか。旅行だけでなく、飲食関係の人たちもそうだろう。ここ数か月、業界を支えてきた政策が、すっかり悪者になっている。最近、コロナ関係の番組には、一般の人々に知識を共有させるコメンテイターだけでなく、医学や感染学の権威まで登場して、様々なことを熱心に、深刻に語っている。医師会の権威が、

「経済も大切かもしれないが、それどころではない。政府にはコロナを収束させようという『覚悟』が感じられない。」

と言った時には、ずいぶんとこたえた。あまりにも正し過ぎて、返す言葉が見つからなかった。

世間や、ネットでいろいろ言われているほど、僕は政府を強く批判しようとは思わない。一部のコロナ抑え込みに成功した国々を除けば、他国に比べてより圧倒的に深刻かと言われたらそうは思わないし、何より自分がいる業界は、政府主導のGOTOキャンペーンに救われた。

一方で、批判されている内容は正しいから、そこで議論を交わそうとも思わない。ブログでも、何度かご意見をいただいた。「今は旅行をする時ではない。コロナが収束してから、じっくりすればいい。」

その通り。まったくその通り。返す言葉がない。

ただ、経済という言葉の響きで、単純に「お金の流れ」だけをイメージしているコメントを散見するような気がする。コロナ禍にあっても、自分の生活を守ることができる人は、そう言えるのだろう。でも、発言はよく考えて欲しい。経済の上に成り立っているのは、国の富だけではない。人の生活もそこにある。さきほどの医学の権威のお言葉だが、経済を別の言葉で言い換えてみよう。そうだ。最近、槍玉に上がっている「旅行業界や飲食業界で働く人々の生活」に置き換えてみてはどうか。

 

「旅行業界や飲食業界で働く人々の生活も大切かもしれないが、それどころではない。政府にはコロナを収束させようという『覚悟』が感じられない。」

 

今の状況にあって、実に正しい言葉だ。実際に、この言葉を発言者に投げかけたら否定されるだとうが、間違いなく、このような意味合いは含まれている。僕らは、こういう発言が許される、非常に厳しい環境の中を、生き抜いていかなければいけない。

医師の方々は、あくまで医師であって、経済などに関する知識は、僕らとそれほど変わらないと思う(かなり詳しい人もいらっしゃるけれど)。だが、その有無に関係なく、この医師の権威には、覚悟を感じてしまった。「ある程度の犠牲なく収束は不可能。それを叶えるためなら、批判は受けよう」というプロフェッショナルな覚悟。すでに、崩壊しつつある医療現場を背負っているからこその覚悟が見えたような気がした。

あれを上回る覚悟は、今の僕には表現できない。意見を言いたいのに、意見はあるのに。相手が正し過ぎて、なにも言えないストレス。一番いやなストレス。

 

どの国の医師も、あのように叫んでいるのだろうか。

 

政治家やお偉方の会食が発覚した時は、確かに呆れたが、政治家がこんなだから国民が納得しなくても仕方ないというような、一般市民をおかしな意味で煽るようなメディアの論調には腹が立った。実際に「政治家が飲んでるから僕らも飲んでいい」という若者の馬鹿げた言葉が、あるメディアでも紹介されている。いや・・・言葉は馬鹿げていても、彼らもまた、ずっと我慢していたのかもしれないな・・・。

 

日本だけではない。イギリスやフランスでは、ロックダウンにありながら、マスクなしで外出した市民が警察に諫められたり、2500人規模のパーティーが摘発されたりしている。都市や州ごとにロックダウンを実施しているイタリアでは、その直前に多くの人が「ギリギリ許される外出」をしているなど、世界中が疲れ切っている。

 

医師たちの言葉は、果たして届くのか。誰がどんな覚悟をすれば、コロナ収束するのだろう。

 

そういえば、去年の今頃は、モロッコから帰ってきたんだな。初めて、僅かながらコロナを意識したのがそのツアー中だった。以前にもその頃のことを書いたけど、思い出したことがある。明日は、それについて書こう。

数々のものを読んで、見て、こんなものでは終わらないということは分かっている。

でも、これ以上悪くならないで欲しいと強く願っているのも確か。

 

そんな時に、一気に東京の新規感染者数15911/7)。さすがに精神的に来る。自分の中で工夫して、工夫して、どんなに気持ちを前向きにつくっても、必ず、それを打ちのめす何かが降ってくる。立ちはだかる。

 

他にはなにもない。今日は落ち込んだ自分の気持ちだけ記す。

 

17時に別の記事がアップされますが、前もって書いておいた予約投稿です。別に気持ちが浮いたり沈んだりしているわけではありません。これはこれ。それはそれ。

「コロナの記憶」として、この気分も残す。

地元で自営業を営んでいる弟が、用事があって実家に立ち寄った。「今日の午前中は、痛いところに立ち寄ってきた」というので、どこに行ったかと思ったら、歯医者と税務署だった。それはさぞかし痛かったに違いない。

テレビでは、高校ラグビーが熱い戦いを繰り広げていた。準々決勝以降は好ゲームが多く、本当にエキサイティングだ。今日の一試合目なんて、せっかくつくった焼きそばが、完全に冷めてしまうくらい、目が離せなかったし口も動かせなかった。

 

そんな時、本日の(15日)の東京の感染確認者数の速報が入った。1278人。

 

ここまで来ると、落ち込むよりも、先にいろいろ考えてくるようになってくる。支援金をもらえるのは2月まで。緊急事態宣言が出されたらGOTOキャンペーンの再開はなし。宣言の主旨は「動くな、人と接するな」だから、仕事の内容は限られる。またもや添乗は、当分の間見込めないだろう。

 

考えていたら、派遣元から連絡が来た。内容は仕事の依頼。「大学受験の試験官やりませんか?」

時期は2月。まだ支援金がもらえる時期。働いた分は、日数で計算され、その分は日割り計算で支援金から差し引かれる。試験官の時給は安く、おそらく、仕事を受けたほうが手取りのお金は下がる。

でも、わずかな金額だ。派遣元だって、僕ら同様に苦しい。添乗の仕事がなければ、他で売り上げを上げないといけない。このシリーズで何度もで書いているけれど、派遣元がなくなったら、僕らの帰る場所もない。

 

結局受けた。「いい奴だなあ、僕って。」などと思いながら自分を励ましている。

きれいごとでなく、受験生を応援したい気持ちもある。こんな時に、本当に大変だと思う。でも、政府が「受験は予定通り」と言ってくれてよかったね。コロナ感染者で、若者が多いのが気になるが、感染したおかげで浪人なんてことになるなよ!

将来、立派な海外添乗員・・・いや、社会人になれるように頑張れ!

いきなり関係ない話だが、今年の箱根駅伝の展開は劇的だった。駒沢大学の大逆転劇は、しばらく記憶に残るだろう。

その影に、もうひとつ劇的な結果があった。青山学院の復路優勝だ。往路で低迷した際、原監督のコメントが、紙面に小さく載っていた。

 

「復路は優勝を狙う。」

 

その通りになった。復路だけで見たら、二位の駒沢とはたったの二秒差での首位。両校が一緒に走っているわけではないから、見る側に実感こそないが、影のデッドヒートだった。さすが経験豊かな強豪チーム。ただでは終わらない。意地を見せると同時に、往路での悔しさがさらに増したであろう。それを生かして、来年はさらに強いに違いない。復路の優勝は、往路と違ってランナーが先頭でテープを切らないから、人々の記憶にも残りにくい。だから、ささやかながらここでお祝いしよう。青山学院、復路優勝おめでとう!

往路優勝=創価大学 復路優勝=青山学院大学 総合優勝=駒澤大学

全部顔ぶれが違うってのも、珍しくていいものだ。

 

ところで、先日ここで報告した通り、民間のPCR検査で陰性が出たので、帰省を決行した。すぐには動かず、13日の昼過ぎの電車に乗る。ふだん、都内で暮らしてる時もそうだが、いや、コロナ禍以前からそうだが、動くときは人がいない時に限る。結果、有料特急の1車両が貸し切り状態となった。特急料金860円で貸し切りだから、これはありがたい。東京に戻る時も、時間を選んで帰ろう。
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筆者が乗った浅草発急行りょうもう号の車内。足利市駅に着くまで貸し切り状態だった。もちろん、他の車両にはお客さんがいましたよ。
 

実家は、築100年以上の木造家屋なのだが、冬は寒い。とてつもなく寒い。どこをどうやっても隙間風を感じる。父親が亡くなり、母親は入院中なので、家には叔母が一人きり。検査が陰性とはいえ、前回の帰省と変わらず、隔離生活で過ごす。

喪中での年末年始帰省だから、正月らしいことはなし。仏壇に線香をあげて、庭にあるお稲荷さんの社を掃除して、スーパーに買い物に行った。人が少ない時間に行ったつもりが、そんな時に限って知り合いに遭う。というか、人が少ない時に知り合いがいると、広いスーパーでもすぐに見つかる。「見つかる」と感じるということは、後ろめたいことがないつもりでも、遭いたくないなにかが、自分の中にあるのだろうか。

別に冷たく接してくるわけではないが、どこかごきちない感じがした。話の流れの中で、検査が陰性だったことを伝えると、「あ、そうなんだ。よかったですね。」と、いう言葉とともに、急に距離が縮まったような気がする。たぶん、気のせいじゃない。

様々な人と、お互いに精神的衛生を得られるのであれば、PCR検査は、定期的に受け続けようと思った。そのほうが、検査を気にして、日常の生活において気を抜かずに気を付けるようになるし、受けるからには、「陰性という成果」を求めるようになる。国内添乗を始めて、多くの人と接する機会が増えた自分にとっては、決して小さな成果ではないし、なにより心理的な印籠になる。

 

そうやって、前向きな気持ちを、あらためて作ろうとした時、首相の会見が始まった。

いよいよ緊急事態宣言が真実味を帯びてきた。そうなったら、GOTOトラベル再始動も絶望的だ。首相も記者からの質問に対して、そう答えている。

「遅い。11月にやるべきだった。」

との声が聞こえる。でも、国内旅行業が一瞬でも生き返り、わずかながらでもコロナ禍を生き延びたあの状態を見たら、僕らにとって11月の宣言はありえなかった。たとえ、後々の検証で、それが正解だったとしても、今の僕らには考えられない。始まる時期がいつでも、旅行業界にとってそれは、暗黒期間の始まりだ。

一方で首相は、二月末からワクチン接種が始まると明言した。今は、この成果を祈りながら、次の行動を考えるしかない。

不安だなあ・・・。

 

東京の感染確認者数 28143816、本日4884。重症者数は過去最高の108

喪中なので、新年の挨拶は控えさせていただきます。

昨年は、たくさんの方々にブログを読んでいただいたことで、ここでは充実した日々を過ごすことができました。本当にありがとうございます。

2021年最初の投稿です。コロナの記録と記憶。正直、ここまで長引くと思っていなかったので、続編あらため2021に変えました。

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PCR検査は、「念のため」くらいのつもりだったが、いざ、陰性の結果が出てくると、いい意味で前向きになるものだ。今日、夕方出かけた時には、気が付くとほんの僅かなものでも密を避けていた。「せっかく陰性だったのだから、これからも気を付けよう」という気持ちが、こういった行動になったのだと思う。これからも感染するものか。してもさせないものか。

 

ということで、気持ちを切り替えて、久しぶりに日本で過ごす年末年始を満喫することにした。きっと、働いている間、こんなことは二度とないだろう(と願いたい)。後になって「コロナ禍の時の年末年始を楽しめばよかった」だなんて思いたくない。

まずは後泊。あ、添乗員のPCらしく「こうはく」を変換したらこれが出てきた。正確には紅白。途中で「ザワつく!」に何度か換えながらなんとか最後まで観た。なんか紅組の歌に好きなのが多かったけど、嵐が最後だって言うし、彼らに華を持たせて白の勝ちかな、なんて思っていたら紅組の大圧勝。個人的には、ミーシャが全部持っていった気がする。あの人の歌が、年内に聴く最後のポップスって素敵だ。

その後は、BSに換えて東急ジルベスターコンサート。ベートーベンの「運命」の終わりにカウントダウンを合わせたのには感動した。とりあえず年明けの瞬間には満足した。

 

初日の出は、寒いからパス。朝起きて羽鳥さんのモーニングショーを見る。おっと、高校ラグビーが始まってる。あ、BSでは2019ラグビージャパンの活躍が放送されてる。え?サッカー天皇杯決勝?

 

ああ!芸能人格付けが始まってる。おっと、でも7時になったらウィーンフィルのニューイヤーコンサート観なきゃ。え?その後は「相棒」!?

なんだなんだ?元旦て、こんなに忙しいのか。日頃、みなさんはこんな忙しい年末年始を過ごされていたのか。添乗に出ていたほうが楽だったぞ。計画を立ててしっかり消化しないと大変なことになる。明日は、朝から箱根、昼はラグビー大学選手権、夜は映画「ラ・ラ・ランド」だ。段取り良くいかねば。

 

だから、連載物は明日からの再開になったとさ。

 

ということで、今年もよろしくお願いします。元旦の都内における新規コロナ感染確認者数783

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