マスター・ツートンのちょっと天使な添乗員の話

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

タグ:ローテンブルク

昼間の活気あるローテンブルク。
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少し余裕があるなら、城壁の上を歩きたい。歩く価値があるのは、プレーンライン辺りからレーダー門、ガルゲン門を抜けてシュランネ広場まで。あるいはそのすぐ西にあるクリンゲン門まで。この間の一部だけでもいい。

観光客で賑わう中心地に比べて、城壁から眺める旧市街はとても静か。これは街づくりの条例に関係している。

中世の街を再興させる際、街並みを再現するだけでなく、人が住める環境というものを考慮した。そのため、土産屋やテラス席を設けたカフェやレストランは、一部のメインストリートでしか営業できないようになっている。観光客がうるさすぎて、住民の住み心地に影響しないようにするためだ。

だから、城壁から眺めるローテンブルクは、東京で言うと郊外の住宅地のようになっている。
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時々、こんな素敵な庭を持っているお宅もあり、素敵だ。

 

マルクト広場近くのレストランでディナーを終えた。お客さんたちは、涼しくなった旧市街をゆっくり歩きながらホテルにお帰りになった。夜の街の散策にお誘いしたが、昼間の暑さでお疲れのためか、四組のご夫婦はどなたもいらっしゃらない。

仕方ないから、一人で歩き始めた。というか、この時に限っては自分が歩きたいからお客さんに声をかけた。どなたもいらっしゃらないのいのは、計算通りであった。みなさん、昼間に一生懸命動かれていたしね。
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でも、まだ夜の八時半過ぎ。八月の半ばのドイツの西の空はまだ赤い。

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後方のマルクト広場を振り返る。この時間ならではに濃紺の空の中に中世の街並みが映えていた。これを楽しまずに帰るのはもったいない。

市庁舎も趣が出てくる。かつて神聖ローマ皇帝から権利を買い、帝国自由都市として認められた時に建てられた市庁舎は、この街の自治の象徴。
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この時期は、夜遅くまで仕掛け時計で「ヌッシュ市長の一気飲み」を楽しむことができる。

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いつもなら歩かないところにも足を伸ばした。
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夜の灯りで街の雰囲気が変わる
正面に見える大きな建物は聖ヤコブ教会。
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面白いことに、教会の下の部分の吹き抜けが公道になっている。狭い街で大きな建築物を作る時、このような構造になったらしい。この前紹介した「聖血の祭壇」は、この吹き抜けの上にある。

教会をこの角度から見る機会は、一般のツアーではあまりない。吹き抜けを反対側に抜けると、マルクト広場がすぐだ。ちなみに撮影場所のすぐ背後には、ルーブルという、街で唯一の日本食レストランがある。

そのマルクト広場に戻ってきた時、あるカフェバーのドアが開いた。黒い衣装に身を包んだ彼は、店の壁に寄りかかって、グラスに入ったワインを口に運んだ。思わず声をかけた。

「夜警団の方ですよね?」

「はい。」
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中世から近世にかけて実在したローテンブルクの夜警団。この制服に身を包んで、六つに分けられた街を、夜間に交替で回っていた。かつて、この街の治安を守っていた彼らは、現在は夜の街の観光案内をしている。八時からは英語、九時半からはドイツ語でのツアーだそうだ。

一度だけ夜警団のツアーに参加したことがある。ツアーの夕食後、マルクト広場に出向き、料金を払って参加した。日本のツアーでは、ローテンブルクではガイドがつかない。経験不足だった自分のスキルを上げるための試みだった。真面目だったなあ。あの時のガイドは、今でも役に立っている。

当時は、彼の呼びかけにこたえ、その場でお金を払えば参加させてもらえた。たぶん5ユーロくらいだったかな。今のシステムは知らない。

「また参加してください。よかったら、あなたもやりませんか?」

「ぜひ。」

と軽い冗談を交えた立ち話を終えて、広場を後にした。暗くなってきた。そろそろホテルに帰ろう。

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こういう時の記憶って、とても大切で、次の添乗に生きることがある。一回夜に歩いただけの道を、「僕のお気に入りの散歩道」として案内することがあるのは内緒。

こんな美しい夜のローテンブルクを全く見ずに終わってしまうのは、もったいないと思う。
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あー、楽しかった
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ローテンブルクの聖ヤコブ教会内にある「聖血の祭壇」。
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最近のツアーでは、ほとんど観光に入っていないが、今回はローテンブルクに二泊するということで、久しぶりに案内できた。

ドイツには、比較的よく来るのだが、この祭壇を案内するのは12年振りだった。

祭壇は、3.5ユーロ(2023年8月現在)の入場料を払って中に入り、後方の階段上にある。

朝の10時半。教会に入ってくる光が、祭壇を神々しく照らしていた。「この時間に訪れてよかったな」と言われているようだった。訪れる者を温かく迎えているようにも見える。

祭壇の中心部には、聖書における三つのシーンが描かれている。

左から
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キリストのエルサレム入城。自分が殺されると分かっていながら、弟子たちをつれてエルサレムに入るキリスト。
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最後の晩餐。キリストが、「この中に裏切者が出る」と弟子たちに伝えるシーン。弟子たちがざわめいている中、キリストがユダへ手を向けて、見るものが分かるようになっている。ユダは、動揺のあまり立ち上がっている。その手の中にある袋には、キリストを裏切ることを条件に与えられた銀貨30枚が入っている。
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ゲッセマネの園での祈り。お気に入りの場所で祈るキリスト。起きているように言われていた弟子たちは、疲れと食事を得た安堵感で眠っている。遠くからローマの兵たちが、彼を逮捕するために近づいてくる。

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その後、裁判にかけられて十字架に磔にされたキリスト。天使たちが、悲しみの表情で寄り添っている。二人が持っているのは拷問道具と十字架。殉教のシンボル。


お馴染みのキリストの最後を描いたストーリー。

ここから先は、聖書にはない伝説。キリストが右胸を刺されて血が滴った時、それを収めたものたちがいた。彼の血こそ、いわゆる「聖血」。後に、ビザンチン皇帝が所有し、西欧にも少しずつお裾分けがされたと言われている。

ヨーロッパで「聖血」を名乗っている教会や礼拝堂には、それが納められている。

ローテンブルクにも、三滴だけ、水晶の器にはいったそれがもたらされて、この祭壇にはめ込まれている。そして、それこそが、この祭壇の価値を決定的にしている。

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祭壇上方にある二人の天使に支えられた十字架。中央部に水晶がはめ込まれているが、そこに三滴の聖血が納められていると言われている。
聖ヤコブ教会そのものは、立派で歴史ある教会ではあるが、司教座はなく、格はそれほど高いものでなない。ハレンキルヘという特徴はあるが、ドイツではよく見る古い教会と言ってもいいだろう。

しかし、この祭壇があることで、かなり高い訪問価値を得ており、多くの欧米人が訪れる。

 

リーメンシュナイダーは、16世紀に活躍した芸術家だが、世間一般で評価されるようになったのは、19世紀以降。当時は、政治家としての名声のほうが高かった。ヴュルツブルク市長時代に起こったドイツ農民戦争では、農民側に立って戦った。

勝ち目のない戦いに敗れて投獄された彼は、厳しい拷問を受けたため、釈放後に作品作りをできるほどに回復をすることはなく、息を引き取った。

民のために力を尽くしたリーメンシュナイダーの最後は、聖血の祭壇に描かれたキリストのそれと重なる。僕にとって、この祭壇がより美しく尊く見えるのは、そのストーリーが意識の中にあるからかもしれない。

 

ドイツに来るたび、必ず案内しているローテンブルク。雰囲気のある中世の街並みと豊かな土産屋、そして安心して歩けるということで、お客さんからは絶大な人気がある。今回は、ここに二泊した。

「え?あそこに二泊もして、なにをするんですか?」

と、出発前に若手の添乗員から言われてしまったが、今の時代、仕方ないことかもしれない。

最近のツアーの大半では、ローテンブルクの観光は、簡単な街歩きと、僅かな自由行動で終わる。多くの添乗員は、それを要領よく済ませる知識しか持ち合わせていない。

また、企画担当者は、よほどの目玉でない限り、宗教的な観光地を避ける傾向にある。そのため、本来は見るべきものまで省かれてしまうこともある。

この、「聖血の祭壇」もそのひとつ。そのため、僕自身、ローテンブルクに何度も来ていながら、12年も案内する機会がなかった。
小さな町ではあるが、見るべきものを見て、たくさんの優れた土産屋でショッピングを楽しむとなると、ローテンブルクでは丸一日は欲しい。つまり、できたら二泊したい。

この稀に見る傑作の祭壇を、次に案内できる機会はいつなのだろう。そう考えると、よけいに感慨深かった。

 

ローテンブルク編は、もう一回書きます。
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うっすら赤くライトアップするローテンブルクの市庁舎
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昼と、夜。違う時間帯のプレーンライン周辺。下の写真は夜と言っても8時頃。この時間になると、外を歩いている人はほとんどいない。

ローテンブルクの夜は早い。観光で生きている町とは思えないほど、店も観光施設も早い時間に閉まる。夕方6時を過ぎると、開いているのは、レストランだけだ。この時期だけ開かれているクリスマスマーケットの屋台も、全て閉まっている。桐生たちが「地獄への入り口」から出た10時前には、すっかり静かになていた。

美しくライトアップされている街並みだけが、夜の楽しみだ。今でも、三千人ほどの人口を抱える旧市街では、市民の住み心地が損なわれないよう、様々な規制がある。昼間の賑わいが信じられないほど夜が早く静かになるのは、そのあたりも影響しているらしい。

 

地図で見ると平らに見えるローテンブルクの旧市街だが、実際は、どこも緩やかな傾斜になっている。冬、雪が降ったり凍結したりしている時は、滑りやすく注意が必要だ。二人とも、足元に注意しながら歩いているので、自然と言葉が少なくなった。

メインストリートに出た。国定のホテルはマルクト広場側、桐生のホテルはプレーンライン側だ。

「じゃあ、おつかれ。付き合ってくれてありがとう。」

「あ、俺、なかなかドイツに来る機会ないから、最後にマルクト広場を見ておく。一度広場に行くよ。」

「そうか。」

広場に着いたのは、ちょうど10時。なにもやっていないはずの広場に、けっこうな数の人がいたのは、この日最後の仕掛け時計ショーが行われるからだ。

30年戦争の時のエピソードを描いたこの仕掛け時計は、ローテンブルク一番の名物と言っていい。だが、仕掛けは単純で、現代人から見ると驚くほどのものではないし感動的でもない。よく言えば微笑ましい。悪く言えば、がっかりする。

ヌッシュ市長が、大きなジョッキのワインを一気飲みして、ティリー将軍がそれを見守ってショーが終わる。

「よく『大したことないとか、がっかりしたとか聞いているから、見なくていいいや』などと仰る方がいらっしゃいますが、そういう方こそしっかりご覧ください。そのような感想は、実際に見た人にだけ言う資格が有ります。帰国後、お友達の話に合わせようと思ったら、見ておいたほうがいいですよ。」

ショーが終わってから、桐生が呟いた。

「なにそれ?」

国定が笑いながら興味を示した。

「敬ちゃんから教わった言い方。こことか、プラハの仕掛け時計を案内する時に言うんだと。これを言っておくと、どんな冷めた客も、一度は鑑賞してくれるし、がっかりしても盛り上がるんだって。思った通りのがっかりみたいな感じで。うまいよな、あいつ。」

「桐生ちゃん、駒形のファンなの?」

「わりとね。自分の知識をあんなうまく言葉にできる添乗員は見たことない。いろいろ真似させてもらってる。ちなみに、香織も敬ちゃんのファンだよ。」

「え?まじ?会ったことあるの?」

「あるよ。駒形の奥さんも一緒に、何回か、4人で一緒に食事をしたこともあるよ。」

「え?そうなの?」

国定は、なぜか自分だけが仲間外れにされているような気がした。もちろん、桐生たちにそんなつもりはない。

「俺たちは、お互い近所だからな。たまに休みが合った時に、たまたまそうなった。」

国定の顔色に、なにか気づいた桐生は、なぜか言い訳をしていた。

「ふーん。」

なんとなく面白くない感情を、必死に隠そうとしている国定。

「絵梨さんも素敵な女性だよなあ。」

「そうだな。」

駒形の妻のことを話題にして、お互いにごまかした。なお、絵梨は、国定にとって、かなり好みな女性だった。取引先で旅行会社を訪れた時、機会を見て食事に誘おうとしてしまったことがある。左手の薬指にある指輪を見て、慌ててやめた。

後に、彼女が駒形の妻であることを知ってショックを受けたのは言うまでもない。食事に誘おうとしてしまったことは、桐生にも駒形にも言っていない。自分だけの秘密だ。


「絵梨さんはある意味、駒形にしてみれば理想かもな。同業者だから、いろいろ理解があるだろう。きっと、辛いこともすぐにわかってもらえる。」

桐生が羨ましそうにしている。

「そうかな。俺は、なんでも分かりすぎているのは嫌だな。結婚するなら、異業種の人がいい。桐生ちゃんと同じだ。」

絵梨を食事に誘おうとした過去を棚に上げて、国定が言った。桐生が返す。

「うん。そうだな。それもわかるよ。」

冷えてきた。十分に息抜きできた二人は、それぞれのホテルに戻った。

桐生にとって、今回案内している両親と娘の家族は、なんとなく香織とその両親に重なった。楽しそうにしている家族を、もっと楽しませたい。そう思った彼は、部屋に帰ると、次の日の資料を、もう一度開いていた。


翌朝早く出発する国定は、早に帰るなり、シャワーを浴びて、すぐにベッドに入った。そして、珍しく駒形にLINEを送った。

「今日、ローテンブルクで桐生ちゃんとメシを食ったよ。お前のこと、桐生ちゃんは、散々褒めてた。今度は、5人で飲みにでも行きたいな。」

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 上は夜のブルク門。ローテンブルク発祥の地とされている。下は、そこから眺めた夕方の風景。

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桐生は、国定の「もてなくてつらいよ話」を封じようとしたが、先手を打たれてしまった。

「この前のお見合いは、手応えあったような気がしたんだけどなあ・・・。」

桐生と二人になると、国定は、よくこの手の愚痴話になる。駒形の前ではしない。「女々しいやつ」と小馬鹿にされるからだ。

「見合いが失敗したのはお前のせいじゃないと思うよ。」

ここは桐生が、本気でフォローを入れた。

「相手は、お客さんの姪だったよな。その気がなくても、お世話になってる叔母からの話は断れなかったんじゃないか?案外仕方なく受けたのかもよ。ベリーショートな彼女の写真を見る前の国定だって似たようなもんだったろ。」

「駒形みたいな嫌味を言うなよ。・・・でも、いい感じで話ができたと思ったのになー。」

「その人、きっと、会合やパーティーで、初対面の人との接し方を、かなりしっかり心得ているんだよ。相手がどんな人でも、不快感を与えずに、当たり障りなく接することができる人だったんだよ。そういう社交術を身につけている人は、確かにいる。ファーストクラス・トラベルのツアーなんて、そういう人たちの集まりだ。」

「まあ、それを言われると何も言えないんだけどさ・・・」

三週間前に終わった見合いの話を未だに引きずっている国定を見て、少し桐生はあきれた。相手が素敵な女性だったとはいえ、たった一度、数時間会っただけなのだ。それなのに、大切な何かを失ったような顔をしている。

「そのうち、また機会があるよ。きっと、いい出会いがあるって。」

「機会ってお見合いの?」

「いや、他にも、こう・・・どこかで出会いの機会が。」

「どこでそんなものあるんだよ。」

「知るかよ。」

適当で気持ちがこもっていない励ましの言葉が、なおさら状況を面倒くさくしてしまった。いや、単に国定が面倒くさい男なのかもしれない。やがて、彼は、小さくため息をついて下を向いた。ようやく静かになってくれて、桐生はほっとして、しばらく放っておくことにした。

すると、すぐにリンダ―ブルスト(牛の胸肉のコンソメスープ煮)が運ばれてきた。とてもいいスープの香りだ。

「二人で分けるんでしょ?」

地獄の番人・・・いや、ウェイターは、気を利かせてとりわけ用の皿も持ってきてくれた。

国定は、下を向いたままだ。桐生が、「うまそうだ。食おうぜ。」と、言っても反応しない。肉が冷めたらもったいないので、桐生は、先に大皿から二枚ある肉のうち、一枚を取ろうとした。すると、下を向いたまま、国定は、それを遮るように、スーッと自分のほうに大皿を寄せた。

「俺が頼んだ。」

ちらっと上目遣いで呟く国定に、さらに桐生はあきれた。

「分かったよ。美味そうだから、俺にも食わしてくれって言ったろ?」

国定は、小さなほうの肉を小皿に移して桐生に渡して、自分は大皿にある立派な肉を食べ始めた。

「うーん・・・美味いね。」

俄かに表情が明るくなった。「お前はメンヘラ女子か!?」と、駒形なら突っ込んでいただろう。だが、優しい桐生は、グッとその言葉を飲み込んだ。

「ねえ、真面目にさ。聞きたいことがあるんだけど。」

肉をひとくち食べた国定は、桐生に問いかけた。

「桐生ちゃんの奥さんて、元々ツアーのお客さんでしょ?」

「まあね。」

「どうやって結婚に至ったの?結婚式では、知人の紹介って言ってたけど、あれは嘘だよね。まさか、お見合いや合コンとかで、偶然再会したとかじゃないでしょ?」

「まあね。」

「俺たち付き合い長いけどさ、そのことだけは、詳しく話してくれたことないよね。」

「国定にだけじゃないよ。誰にも、あまり詳しく話したことはない。」

「そう。相手は女医さんだろ?しかも、奥さん名義のマンションに転がり込むって言ったら失礼なのかな?でも、かなり特殊な例だよね。気になるんだよなあ。」

「うーん・・・。お前には、香織を紹介していて、すっかり知り合いだもんなあ・・・。それを考えると、いろいろ話しにくい。」

「・・・そうか。いろいろあったの?」

「うん。あった。」

「そう・・・。いいなあ、いろいろあって。」

再びメンヘラモードになりそうな国定を見て、桐生は言った。

「言っておくけど、お前の参考にはならないと思うよ。話さないのは、いろいろ恥ずかしいやら照れくさいことが多いんだよ。だから、誰にも詳しく話したことはない。」

国定は、意外そうな顔をしている。

「駒形にも話したことないの?」

「ないよ。敬ちゃんは、他人のそういうところには、全く興味がないからな。聞かれたこともない。」

「へー・・・。」

「そうだなあ・・・。国定には話してもいいかな。確かに、お客さんとの結婚て特殊だよな。お前が変なことにならないように、これを機会に話してもいいかな。男同士の秘密ってことで。参考にはならないけど。」

「いいねえ、男同士の秘密の恋バナ。今後の参考にさせていただきます。」

「だから参考にはならないって!」

桐生は二杯目、国定は三杯目のワインをおかわりした。ビーフのコンソメスープ煮は、少々塩辛く、フランケンワインによく合った。
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あまりに早く一杯目を飲み終わろうとしていた国定に、桐生が声かけた。

「おい、ペースに気をつけろよ。」

「え?まだ一杯目だよ。」

「ドイツのグラスワインの量をなめるなよ。ここの目印を見ろ。」

ドイツのワイングラスには、分量の目印がついているものがある。サービスするほうが、正確に量を注げるようにするためだろうか。

「おわ・・・200ml。今まで意識したことなかったけど、けっこうな量なんだな。」

日本の細い缶ジュースと同じくらいの量だ。一部の高級レストランを除けば、これがドイツのグラスワインのスタンダードだ。彼らは、ビール同様にワインもぐいぐい飲む。

「そうだよ。これ二杯で、ハーフボトルの量を超えちゃうんだよ。ドイツの白ワインは、口当たりがいいからスイスイいけちゃうからな。飲み過ぎるなよ。添乗中だぞ。」

「食べながらなら平気だよ。俺、腹減ってるんだ。もう少しフードを頼んでもいいか?」

「え?国定は、ディナー食べてないの?」

「ほとんど食べてない。ここで飲みながら食べようと思って控えた。いつか駒形から、この店のことを聞いたことがあってさ、来てみたいと思ってたんだよ。・・・よし!これにしよう。リンダ―ブルスト。」

「なにそれ?初めて聞く料理なんだけど。」

「ビーフの胸肉コンソメスープ煮。」

「美味そうだな。知ってたの?」

「いや、さっきガイドブックで調べた。どうせなら、普段、ツアーでは絶対に出ない料理を食べたいだろ?」

「なるほど。俺も少し食べたい。」

なんだか楽しそうにやっているが、こういう時に入ったレストランや、オーダーした料理が、次回以降のツアー客への案内に役立ったりする。ローテンブルクで、ディナーがついていないツアーは時々あるから、そういった時に「おすすめレストラン」として、案内するのだ。

なお、そういう時は「以前来たことがあるレストラン」や「この前食べた美味ししい料理」ではなく、「私がよく行くレストラン」や「私が好きな美味しい料理」として紹介される。そのほうが、客へのウケがいいからだ。

そして、喜んでいる客に対しては、「私の好みがお客様たちに合ってよかったです。」と、もっともげな、とどめのフォローを忘れない。できる添乗員は、「優しい嘘」という名のはったりを、実に上手に使いこなす。

 

地獄の入り口では、古い建物が映える明かりの中で、素敵なクリスマス音楽をBGMに、そこかしこで楽しそうな会話が繰り広げられていた。ドイツ語はもちろん、英語、フランス語、中国語などが、二人の耳に入ってくる。実にグローバルな酒場だ。

「駒形ってすごいよな。」

二杯目に頼んだミュラー・トゥルガウ(白ワインのブドウの品種のひとつ)を口に運びながら、国定が言った。

「俺の仕事は、南米やスペインの食事がいいところが多いから、たまにドイツのツアーなんか入ると、食事も酒もイマイチと思っちゃうんだけど、それ言うと、駒形ってすごい怒るのな。」

桐生は、声をあげて笑いながら言った。

「あいつは、なんでも自分の目と舌で確かめるんだよ。偏見がない。俺も怒られたことがある。『確かにフランスやイタリアに料理の質に、ドイツ料理は敵わないかもしれない。でも、ドイツワインをドイツ料理で味わえば、それぞれの良さが分かる。』って。」

「まったくその通りでございます。どうもすみませんでした。」

国定は、その場にいない駒形に謝ってから続けた。

「まあ、ある意味オタクだよな。いつかマネージャーが言ってたよ。『奴ほど趣味を実益につなげた男はいない』って。」

「納得するね。さすがはマネージャー。」

「時々、自信満々過ぎる態度が鼻につくけどね。」

「あはは。確かにそうだけどな。でも、あれはコンプレックスの裏返しでもあるんだよ。あいつ、ああ見えて、俺たちに強いコンプレックスがあるんだよ。」

「え?桐生ちゃんには分かるけど、俺にも?意外だな。なんのコンプレックスだよ。」

「言葉。俺たちと違って、あいつ英語しかできないから。」

「え?そんなつまらないことで?この仕事なんて英語ができれば十分じゃん。何言ってるんだよ。意外と変なことを気にするな。」

「俺もそう言ったんだよ。でも、『それは自分が語学をできるからそう言えるんだよ』って、一蹴された。」

「へー・・・。」

「ドイツ語は、少しできるんだ。オランダ語も少しやろうとしたらしい。でも、現地で頑張ろうとすると、相手が途中から全部英語になっちゃうんだってさ()

「確かに。ドイツもオランダもよく英語通じるしな。オランダ人なんて英語うまいもんなあ。下手な現地語を話されるよりは、と思っちゃうのはわかるよ。」

こう言いながら、国定は、駒形が自分にコンプレックスを持っていると言うことに、悪い気はしなかった。

「まあ、ないものねだりなのかもしれないな。俺なんて、資料を手にしないで、あれだけ自分の言葉で観光案内できる駒形は、うらやましいよ。

それに…ステキな奥さんだよなあ。俺、絶対にあんな女性に出会えないよ。」


桐生は、しまったと思った。あのお見合いからは3週間も経っていたとはいえ、あの失敗は、彼にとって失恋も同然だった。失恋直後の国定は、実に面倒くさいのだ。

ローテンブルクで会えたのが嬉しくて、つい誘ってしまったが、「やばい。誘うタイミングではなかったかもしれない。」と、少し後悔していた。

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便利な時代になったものだ。桐生は、レストランでWIFIがつながると、すぐに国定にLINEを送った。

「こっちは、今日、ゴルドナー・ヒルシュに泊まる。時間があったらビール一杯くらいどう?」

しばらくして確認すると、国定からの返信を見つけた。

「俺は、リーメンシュナイダーに泊まっている。ディナー後に時間を取れる。」

ふたつのホテルは、旧市街のメイン広場を挟んで徒歩7、8分の距離にあり、二人で仕事後の一杯を楽しむ時間はありそうだった。

海外添乗員たるもの、仲が良い仕事仲間と会える機会はそうそうない。気が付けば、この前の焼き鳥屋の集まりから、一か月半が過ぎていた。

男性添乗員は、女性添乗員と違って、友人とLINEのやりとりをする頻度も低いし、その内容もシンプルだ。三人であれだけ騒いだ国定のお見合いの報告でさえ、

「この前のお見合いだけど、だめだった。」

「そうか。おつかれ。」

この二行で終わっていた。必要最低限の連絡。それが男性添乗員同士の基本的なLINEだ。一般的な女性添乗員たちのように「ちょっと聞いてよ!」的なやり取りはない。「わかるー」や「かわいい」といった枕詞的な共感や褒め言葉など絶対にありえない。

ちなみに、このやり取りは国定と桐生の間だけで行われた。駒形に知られたら、見合いの失敗を馬鹿にされると思ったので、敢えて国定は、桐生だけに報告したのだった。

連絡はシンプルだが、実際に現地で出くわした時に、やたらと時間を取って会おうとするのも男性添乗員だ。なぜか会ってしまうと、急に寂しがり屋モードエンジンが火を噴くことがある。この時は、出くわしたのが、お互いに認める親友同士だったからなおさらだ。

「ツアヘルっていう、居酒屋風レストランを敬ちゃんにすすめられた。そこに行こう。八時半くらいに行ってる。」

OK。じゃあ、ディナー後に地獄の入り口で。」

それぞれのお客の夕食の案内を終えて、待ち合わせ場所である「地獄の入り口」にあるレストランへ向かった。「ツアヘル」というのは英語で言うと、「To hell」。「地獄へ」という意味だ。ブルク通りの一角にあるレストランで、名店として知られている。

店のあるエリアは、日が傾いてから、街の中で一番最初に暗くなることで知られており、古くから「地獄の入り口のようだ」と皮肉をこめて言われていた。そこに、あえて「地獄へ」という名前のレストランをつくったのが面白い。しかも、すぐそばには「中世犯罪博物館」という、かつて罪を犯した者が、拷問を受けた道具が展示されている観光施設がある。ちなみにレストランと博物館は、なんの関係もない。

「こっちの人は、まるでコラボしているかのように、隣に合わせて徹底的にやるよね。」

店の中で会うと、国定が笑いながら言った。12月中旬のローテンブルクの中心には、クリスマスマーケットが設立されていた。華やかな雰囲気の広場の裏側にある地獄の入り口は、そのコンセプトを守るかのように、簡単な装飾だけで、その様相を守っていた。

観光客向けの店であるが、ローテンブルクの中では特に人気がある。日本語メニューはあるが、日本人を含めて、大きな団体は見かけない。料理メニューはアラカルトのみ。料理名に「地獄の串焼き」(肉の串焼き)などがあり、とことん地獄にこだわっている。

同時に、ワインへのこだわりも相当なものだ。このあたりの地酒「フランケンワイン」が、数多くグラスで用意されている。ビールがメニューにあるのに、いざ注文すると

「うちに来たらワインを頼めよ。」

などと、店の人が言われた。

古い建物の中は、とてもロマンチックな雰囲気だ。

豊富なワインリストの中から、国定はヴュルツブルクのリースリングを、桐生はジルバーナーを頼んだ。

ザワクラフトと地獄の串焼き、ジャーマンポテトを味わいながら、ワインをグッと飲み、国定がしみじみ天を仰ぎながら言った。

「このお店の名前って、天国の入り口だっけ?」
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桐生は、ドイツのローテンブルクに来ていた。案内しているのはVIPの三人家族だ。

夫婦が、ドイツに留学している娘に会いにやってきて、ミュンヘンのホテルで合流し、南ドイツを旅していた。桐生は、その家族の案内人として同行していた。

本来なら現地ガイドを手配するものだが、夫婦が、自分たちだけで日本からミュンヘンの空港に辿りくことに不安を覚えており、日本から桐生が同行した。

「細かい観光案内はいらないよ。道案内をしてくれて、その街で一番きれいなものを見せてくれればいいから。あと、美味い酒と食事ね。」

こんな要望があったこともあり、結局現地ガイドは手配されず、家族三人を桐生だけで案内していた。

元々この仕事は、ドイツを得意とする駒形にリクエストが来ていた。ところが、彼には、先に受けてしまったツアーがあり、たまたまスケジュールが空いていた桐生に白羽の矢が立った。

ドイツに詳しいだけなら、他にいくらでも添乗員はいたが、VIPの三人家族となると、別のスキルが必要となってくる。そのための人選だった。

とはいえ、フランスやイタリアを得意とする桐生にとって、ドイツのVIP案内には、多少の不安があった。添乗の難しさにもいろいろある。一見、多人数を案内している添乗員を見ると、とにかく忙しく大変そうに見える。確かにそういう一面はあるが、時間に限りがあり、テキパキ動いていかないといけないツアーでは、参加客に提供する情報も限られており、それを掴んでツアーをうまく回せれば問題ない。早い話が、ぼろが出にくい。

このVIP家族旅行では、行程そのものが、その家族専用のオリジナル。主に娘さんの好みでつくられていた。そのため、普通のツアーならせいぜい一泊、時と場合によっては数時間の観光で移動してしまうローテンブルクに二泊する行程になっていた。

これだと、ローテンブルクだけで、添乗員にはかなりの知識が必要になる。この手のVIPツアーでは「添乗員の知識不足」が、かなり深刻に評価されることがあるから、久しぶりにドイツを訪れる桐生には、ちょっとしたプレッシャーになっていた。

 

「平気だよ。知識は、桐生さんが持っているもので十分だよ。観光中のトークは付録。ドイツの街の場合は、なにを話すかよりどこを歩くかだから。この旅行ならローテンブルクとハイデルベルクできれいに町を見せられれば勝ったも同然。」

出発前にそう言って、時間を惜しむことなく助けてくれたのは駒形だった。

「ホテルがゴルドナー・ヒルシュか。いいところだね。ここならまず、プレーンラインの塔をくぐって、左側を見ると、城壁の上り口があるから、まずは上を歩くんだ。ローテンブルクの城壁は、一周するほどの価値はないけど、プレーンラインからガルゲン門の間は、旧市街の様子を一望できる。

それと、城壁沿いには一般民家がたくさんあって、上からそれらの小さな庭園なんかも覗ける。ローテンブルクの街並保存のコンセプト知ってるだろ?建物を残すだけでなく、実際に人が住んでいてこそ街が保存されていると言えるってやつ。それを実感できるのが、城壁歩きだよ。」

駒形は、観光場所の特徴によって、必ずテーマを持って案内に臨んでいた。

「ヨーロッパの古い町は、まず遠くから全景を眺めて、それから中を歩くのが理想。ローテンブルクは、外側からの眺望を楽しめる機会はないけど、城壁の上から旧市街を眺められる。それはもう赤い屋根がきれいでさ。それを見たお客さんは、街の中を歩きだしたくなってウズウズしてくる。そうなったらこっちのもんさ。

ガルゲン門で下りて、マルクト広場まで行って、そこから先は桐生さんがいつもしている動きをすればいいよ。一回案内すれば、だいたいお客さんは自分で歩こうとすると思う。あ、せっかく時間があるなら、ヤコブ教会に行きなよ。リーメンシュナイダーの『聖血の祭壇』は見せたほうがいい。キリスト教に興味がなくても、キリスト教文化は楽しめる。本当に素晴らしい作品だから。」

桐生は、駒形のアドバイス通りに街を歩き、駒形の一言一句通りの案内をした。駒形と言う男は、時々かなり押しつけがましいところがあった。例えば、

「メモは後で取って。知識に自信がないところでそんなものを取っても、僕が言ったこととニュアンスが変わっちゃうよ。まず話を聞いて。え?忘れちゃう?なら話を録音して。それを観光前に聞けばいいよ。書く時間なんてもったいない。」

 

「うーむ。」

一泊した後の午前中、一通り街歩きを終えた時、大満足した家族の様子を見た桐生は、駒形のすごさを感じていた。少なくとも、今まで自分がローテンブルクを案内して、ここまで客が笑顔になったことはなかった。

ランチの時間になり、予約したレストランに向かう時だった。聴き慣れた声がマルクト広場で聞こえた。遠くから見ると、15人ほどの客を率いて国定が案内していた。

「そう言えば、ドイツに来るって言ってたな。」

歩きながら、大きく手を振ると、国定も気付いて小さく合図をした。

あの焼き鳥屋以来、1ヶ月半ぶりの再会だった。

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