マスター・ツートンのちょっと天使な添乗員の話

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

タグ:人間関係

登場人物(詳しくは、エピソード③で)

 

マスター・ツートン

このブログの作者で、ストーリー中の添乗員。いろいろダサかったけど、みなさん楽しんでいただけて何よりです。

 

色白OLさん

泣くほどストレスを感じていた時もあったのに、最後までツアー仲間を気遣うナイスレディ―。ありがとうございます。

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚で、一緒にツアーに参加した。クールでおしゃれ。帽子が似合う。色白さんに鋭い指摘をする一方で、いつだって彼女の味方。素敵でした。

 

マダム無邪気さん

最後まで、無邪気でしたが、恐縮していたところはかわいかったです。

 

姉御さん

無邪気さんのお目付け役であり、ばーやであり、お姉さん。いや、なるほど。そういうことでしたか(最後まで読んだら分かります)

 

大婦人さん

たとえ影の支配者でも、僕にとっては、とても素敵なお客様でした。

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帰国日。前日は、かなり遅くまで飲んでいたので、ゆっくりと8時過ぎに朝食へ向かった。

レストランに入ると、姉御さんが見えたので、すぐそばに席を取った。もうほとんど食べ終えていた。無邪気さんは、果物を取りにいらっしゃって、席を外していた。僕は、昨日、三人で飲んだことを話し、前日のディナー時に色白さんが席を立ったのは、必ずしも無邪気さんのせいだけではないということをお伝えした。大婦人さんや、その他のお客様の実名は挙げなかった。(分かっていたとは思うが)

「そう。二人とも偉いわね。ちゃんとあなたが心配しないように、報告されたなんて。・・・・・・・無邪気さんにも言うの?」

僕は、しばし考えてから答えた。

「いえ、だまっておこうと思ってます。」

「どうして?」

姉御さんは、じっとこちらを見つめた。彼女は、ふつうのご年配の方なのだが、なんというか、時々、尋常でないオーラを発した。じっとこちらを見つめている。

「言うべきでないことを仰ったのは確かです。あれがなければ、色白さんが席を立つこともなかったのは間違いありません。」

「そうね。」

「それに、真実を伝えたら伝えたで、またなにか余計なことをおっしゃりそうで()

「あははは。かえってそちらが心配ね。同感だわ。」

ニッコリ頷く姉御さん。

「でも、それなら私にも言わない方がよかったんじゃない?私、無邪気さんの友達よ(笑)」

それはそうなのだが、彼女にはお知らせしておいた方がいいと思った。なんとなく、無邪気さんには何も言わないような気がしたし、言ったとしても、他言しないように口止めしただろう。無邪気さんは、姉御さんに言われたことは絶対に守るから、それならそれで構わない。

姉御さんは、僕をからかうようにしてもう一度笑い、

「大丈夫よ。言いませんから。」

と、優しく言ってくれた。

 

その後、談笑していると、果物を取りに行った無邪気さん、そしてさらに後からやってきた色白さん、素敵な帽子さんの3人がビュッフェカウンターから一緒にやってきた。どうやら、色白さんが声をかけて、食事をとりながらお話したようだ。この時の、彼女の無邪気さんへの気遣いと優しさは相当なものだったと思う。さすがに食事は、隣のテーブルで取ったが、声をかけられた無邪気さんは、すっかり恐縮していた。

 

ホテルを出発する前、次々とお客様がロビーに下りてきた。「忘れ物はありませんか?」などと声をかけながらお迎えする。落ち着いてきたとき、大婦人さんが僕のところにやってきた。

「ツートンさん。今回の旅行はとても楽しかったです。天気も景色もよかったし、あなたの案内が最高にによかった。今度どこかいらっしゃる時はお誘いください。」

「ありがとうございます。」

僕は、丁重に頭を下げた。「上品で素敵な方だよなあ。本当に他人に説教なんてするのかなあ、想像できない・・・・。いい人だと思うんだけどな」と、考えながら。

少しすると、色白さんと素敵な帽子さんもやってきた。

「さっき、大婦人さんが来たでしょ?なにかありましたか?」

色白さんが心配そうに言った。

「いえ。とてもいい旅行だったと、お礼を言われました。それだけです。いいお客様です。」

「ならいいんだけど。昨日、私たち、昨日あの人の悪口いっぱい言っちゃったから。ツートンさんの大婦人さんを見る目が変わったらどうしようかと思って。ツートンさんには、とてもいいお客様に違いないのに。」

「はい。だから、いいお客様でした。」

「・・・そうですか。」

色白さんは、なんだか拍子抜けしたような表情で、でもほっとしたような口調だった。

「色白ちゃん、ツートンさんは大人だから。私たちより年上だよ。大丈夫だよ。」

素敵な帽子さんが、色白さんの肩を抱くようにすると、僕に無言の笑顔で頷いて離れていった。こんな気を遣ってくださるお二人もまた、いいお客様だった。

 

グループは、無事にコペンハーゲンを出発してヘルシンキで約2時間半の乗継時間を過ごした。

いよいよ旅も終りだ。お客様を免税店などに案内した後、空港の中のカフェでコーヒーを飲んでのんびりしていた。すると、色白さんたちが入ってきた。

3人で会話していると、さらに二人、グループ内の30代後半と40歳になったばかりの女性の二人組も入ってきた。この二人は、他のお客様と比べて異質な存在だった。グループの大半のお客様が、海外旅行はツアー専門と言う人たちだったが、この二人は、ふだんは個人旅行を楽しんでいたのだ。北欧は、個人で周るには時間がかかるから、ということで、今回だけはツアーに参加したそうだ。

だから、言葉はある程度できる。自由行動の時も、添乗員から情報を仕入れることなくスッと消えて、目的を果たしてくる。昼食はともかく、夕食は自分たちが前もって調べてきたレストランに食べに行って、グループとの夕食はキャンセル・・・なんてことも多かった。

団体行動を重んじる年配客の中には、それを「勝手な行動」として非難する人もいた。しかし、大半のお客様が言っていたように、「自分でなんでもできてうらやましい」が本音だろう。集合時間に遅れるなど、グループを乱しているわけではないから、勝手と言う言葉は、全く当てはまらない。

昨日の夕食時も別行動を取っていた二人は、色白さんが、席を立った件を知らなかった。ただ、チボリ公園に行くときに、今までと様子が違うのは感じていたそうだ。

「へー!そんなことがあったの。ひどいわね。」

とうとうそのことに話題が及んだ時、二人は色白さんたちに同情するように言った。

「私たちは、他の人たちとはあんまり関わらなかったし。結婚とかは、一回聞かれたけど、『してないです。誰かいい人紹介してくださーい。』って言ったら、それで終わっちゃったよ(笑)。あなたたち、他の人たちと、少し親しくなりすぎたんじゃない?よく気を遣うなあって思ったわよ。」

ここは難しいところで、学生時代から、ほとんどツアー専門で旅行してきた色白さんたちは、良くも悪くもグループ内で気を遣う癖があるのだろう。ご年配の方々の中には、若い人たちとの会話を楽しみにしている人がいらっしゃることも承知しているのだ。

「でもさあ・・・結婚はともかくね、一生懸命働いて、年をとってから旅行ってどうよ。あの人たちがしてきた苦労は分かるつもりだけどね。あんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃうよ・・・。」

ふだんはクールな素敵な帽子さんが、珍しくため息をつきながら言った。

 

これに関しては、僕も彼女と同じ感覚だった。この北欧ツアーが催行された頃の、ご年配客の多くは、日本経済最盛期に仕事をこなし、その熱が冷める前に定年を迎えられた方が多い。若い頃はとにかく仕事をこなして、引退して、それからようやくできた時間と、一生懸命作ったお金で旅行を楽しまれている方が大半だった。そういうご自身の人生経験を良いと思い、若い人たちにも同じ道を勧めていたのだろう。

だが、僕が社会に出たのは、バブルがはじける社会の境目だった。色白さんたちは、おそらく最初の就職氷河期の頃に新卒だった人だろう。つまり、「これからどんどん社会が、経済が良くなる」イメージがない。そんな彼女たちは(いや、僕らと言ったほうが適当だろうか)、

「旅行は、できる時にしなきゃね!」

という気持ちで旅行している。少なくとも、このツアーの頃も含めて、現代においては、ほとんどの日本人が、その気になれば海外旅行をできる。そういう時代に、僕らは学生だったり、若い社会人だったり、中年だったり、ご年配だったりしているだけだ。

無邪気さんや姉御さんが、色白さんたちの年齢だったとき、その時代の年配者の誰もが海外旅行できる環境にあったかと言えば、きっとそんなことはないだろう。僅かな人々の娯楽だったはずだ。

彼女たちが、そこまで考えていたかどうかはともかく、「そんな年をとってからのことは分からない」というのは、心からの本音だった。

そう。そんな先のことなど分からない。2020年から2021年にかけて、コロナ禍という歴史に残る事態が起こるだなんて、誰も予測できなかったように。

 

カフェの外側の席では、コーヒーを飲んでいる大先生と大婦人さんの夫妻がいた。今でも非常勤で大学に通う大先生は、お土産をたくさん必要としていたらしく、ものすごい量の買い物袋だった。

まだ、免税店で精力的に買い物をされてる方もいらした。楽しそうだ。どの世代の方々も、自分たちなりの旅行を精一杯楽しまれていた。

 

お客さんとよく話はするが、お客さん同士の人間関係や愚痴が、ここまで耳に入ってくることは珍しかったので、思い出深いツアーになった。なんと言っても、これほど自分がお客様のことを分かっておらず、ことごとくタイミングが悪く、ダサかったのも、今となってはいい教訓になっている。

お客さん同士の人間関係が、ツアーの満足感に影響するかと心配だったが、アンケートにおけるお客さんの満足度は、ツアー担当者が握手を求めてくるくらい抜群だったので、それも記憶に残っている理由のひとつだろう。

 

ちなみに、この時に案内した旅行会社は、もうパッケージツアーを作っていない。かなりリピーター参加者が多い会社だったのだが、今もみなさんが、どこかの旅行会社で海外ツアーに参加されて楽しまれていることを祈って止まない。

 

余談だが、素敵な帽子さんとは、23年後だったろうか。プラハのレストランで偶然お会いした。相変わらず素敵な帽子を被られて、横には素敵なご主人もいらした。その時、色白さんが結婚されたことも聞いた。相変わらず親友だが、色白さんの転職で既に同僚ではなくなっていた。やはり二人とも、世の中の男性が放っておく女性ではなかった。

 

鋭い観察力を見せて、時々オーラをまき散らした姉御さんは、元裁判官だったそうだ。帰りの機内で聞いた。どうりで・・・以下略。

 

おわり

登場人物(詳しくは、エピソード③をご覧ください)

 

マスター・ツートン

このブログの筆者で、ストーリーの中の添乗員。タイミングは悪いし、気が利かないし、一生懸命だけが取り柄の昭和生まれの添乗員。

 

色白OLさん

とあることで、ツアー中涙を流したが、その経緯をビールを飲んで顔をピンク色にしながら熱弁中。

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚。帽子はファッションだけでなく、隠れ家になるとも教えてくれた。

 

姉御さん

この日の流れを預言者のようにぴたりと当てた。今回の登場名も預言者にするべきだった。マダム無邪気さんのお目付け役。

 

マダム無邪気さん

色白さんの涙のスイッチを押してしまった、無邪気で天真爛漫な60台後半。

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二杯目は、全員ラガータイプのカールスバーグを頼んだ。やはり飲み慣れたものが美味しい。

「あの、ひとつ聞きたいのだけど。」

美味しそうにビールを口に運んでいた二人は、僕の問いに、にこやかに「なんですか?」と聞き返してきた。

「『若いうちに旅行来れていいわね』って、食事中とか二人が揃ってる時に言われていたわけでしょ?でも、怒ってるのは色白さんだけに思えるのだけど。素敵な帽子さんは、その・・・平気だったの?」

「私には、これがあるので。」

そう言って、素敵な帽子さんはかわいらしいキャスケットを深くかぶった。

「こうして目深に帽子をかぶって、食事をすると、嫌なことは何も聞こえなくなるー。」

素敵な帽子さんは、数種類の帽子を使い分けていた。欧州では、女性が食事中に帽子を取らないのはマナー違反にならない(帽子の種類にもよる。ベースボールキャップはとるのがマナー)。

「こうやって、下を向いて食事をしていると、声は全部あっちに行くんです。嫌味にならない程度に、時々顔をあげて会話に入る。このツバの下は、とても安全な避難場所なの。」

「そう!ずるいの!!」

色白さんが、本気な顔で突っ込んだ。

「おかげで全部私のところに、嫌な話がくる。大変だったんだから!」

「色白ちゃんは、いちいち正面から言葉を受けすぎるんだよ。」

穏やかな声で素敵な帽子さんが切り返した。

「拒否反応は、話よりも態度が一番よ。言葉には返すことで反応するけれど、態度には察することで反応するでしょ?」

「むー・・・。」

なんとも言えない表情を色白さんが浮かべた。

 

「でもさ。無邪気さんたち大丈夫かなあ・・・。」

素敵な帽子さんが話を変えた

「自分たちが、悪かったとは思ってる。言い方が悪かっただけ、自分たちが若い頃に経験した苦労をわかってほしかったみたいなことも言ってた。まあ、大丈夫だよ。でも、あの一言だけで、あれだけ怒ったのには、姉御さんは違和感を感じてるみたい。」

「姉御さん、鋭そうだよね。他になにか言ってなかった?」

まさかこの筋書きを読んでいたとは言えず、それ以上は、何も言わなかった。

「まあ・・・でも、最後はこうやって全て話せてよかった。時間過ぎてもツートンさんが、あそこにいてくれたのはラッキーだったわ。これで、なにもモヤモヤせずに過ごせる。」

色白さんがほっとした顔で呟くと、またビールグラスを持って

「デンマークのビールっておいしいねえ♪」

と、相変わらずピンク色の顔で、ご機嫌に言った。

 

この一言のあとは、普通の飲み会になった。旅行の話、趣味の話。プライベートの話も出た。

二人のうち、一人には離婚歴があった。「結婚に勢いは大切だが、勢いだけだと失速した時に、またスピードに乗る手段を見つけるのが困難。」という名言を残した。

1人は、某外国企業に就職した彼氏に、「ついて来て欲しい」と言われて行けなかったそうだ。海外旅行は好きだが、「永住の可能性もあった。生活の拠点が外国になるのは考えられなかった。大切なことを、一度も相談せずにいきなり告白してきた彼氏にも不信感を持った」という。

30歳を過ぎて独身なら、男でも女でもなにかしら、恋愛や結婚で、心に傷を負っていて不思議ではない。やはり、初対面の大人に、結婚や子供の話で下手に突っ込むものではないなと思った。

一方で、この二人はとても魅力的なのだ。年齢が近い僕もそう感じていた。

素敵な帽子さんは、誰もが認める美人だった。物腰も柔らかく、男女に人気があった。

色白さんも清潔感があってかわいらしかった。礼儀正しいし年配の方の面倒もよく見ていた。バスで自分が入口のそばに座っていて、一番最後に年配の方が乗車すると、席を譲って自分が後方に行くなど、親切さに溢れていた。素敵な帽子さんが、

「海外に来る年配者なんて、体力ある人たちよ。私たちだって、精一杯働いて同じ代金を払ってるんだから、そんなに気を遣わなくても・・・。」

と言うくらいだった。そんな感じだから、食事の時も、傍目にはかわいがられているように見えた。いや、実際にかわいがられていたと思う。

敢えて言うなら、「この二人が結婚していないなんてもったいない」くらいの感じだったのだろう。その老婆心から、おかしな言葉が生まれて、あらぬ方向に進んでしまったとしたら、人間関係って本当に難しい。

 

「今回は極端だったけど、たまにいるのよ、ああいうこと言う人は。このことは、この場でおしまい!北欧は最高でした!旅行も楽しかった!だから心配しないでね♪」

 

威勢良く言った色白さんの言葉が僕を救ってくれたことは言うまでもない。

その後、飲み会は日が変わる直前まで、楽しく続いた。

 

それにしても、姉御さんのなんと鋭いことか。いったい彼女は何者なのだろう。この晩、僕らの行動、会話はすべて彼女の筋書き通りになった。

 

次回、最終回。

登場人物(詳しくはエピソード③参照)

 

マスター・ツートン

このブログの筆者で、ストーリー中の添乗員。

 

色白OLさん

ツアー中、とあることで突然涙を流した。

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚。

 

無邪気さん

自分が色白さんを泣かせてしまったと、この時点では思っている。

 

大婦人さん

言葉に強さを持つ、添乗員の頼りになる味方。だが・・・

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僕が見えてないところで(鈍くて見えなかったのかもしれない)、そんなことがあったとは。

ただ、彼女たち曰く「ツートンさんの前では誰もそんなこと言わない」とのことだったが、結婚とか孫とかの説教話は、僕も食事中にお客様から振られていた。僕の場合、仕事柄、日常茶飯事であるから、二人よりも慣れているせいか、なんとも思わなかったのか。それとも、男性と女性では感じ方が違うのだろうか。

 

「私たちに対してと、全然言い方が違うもん!あんな優しい言い方なら、私たちだって腹は立ちません。だって、ツートンさんは添乗員ですから。普通、敵にまわすようなことは言わないでしょう。よほど腹が立っていない限り。」

そういうことか。それにしても、そこまで腹の立つ言い方ってどんなのだろう。想像がつかない。

「あとはね、自覚はないかもしれないけど、ツートンさんはマダム受けします。だから別の意味でも、お客さんのほうが嫌われたくないかもしれない。絶対に得してると思います。」

こんなこと言われても、反応しようがない。マダムたちに特別嫌われてるとは思わないけど、得してるかどうかなんて分からない。他の添乗員と見比べる機会などもないし。

「特にうるさかった人っていらしたのですか?」

これを質問すると、それまで静かに見守っていた素敵な帽子さんも身を乗り出して、二人で声を揃えて言った。

「大婦人!!」

「大婦人・・・大婦人さん!?」

しっかりと頷く二人。ショックだった・・・。だって、大婦人さんは、空気を読めない夫・大先生の暴走をことごとく止めてきた、少なくとも、僕にとってはベリーナイスなマダムだった。

「私たちには最悪でした。悪人とは言わないけれど、私たちが、このツアーにいるべきではないみたいなことを、何度か言われました。結婚とか子供の話の流れで。」

「いくらなんでもそこまでは・・・」

「はっきりそうは言いませんよ。でも、私たちがそう受け取るようなことは言いました。」

素敵な帽子さんが無言で頷いた。僕の表情を、観察しながら色白さんは続けた。

「ツートンさんにとってはいい人だったと思います。そこは気にしないでください。贔屓にしてくださるお客様は大切ですから。でもね、」

「・・・でも?」

「時々、ご贔屓にもほどがあるというか、集合時間ギリギリに来た人に『ちゃんと時間前に来なかったらだめよ。ツートンさんに迷惑でしょ?』なんて言うんですよ。他の方に迷惑とかじゃなくて、『ツートンさんに迷惑』だって。時々みんなで言ってたんですよ。『早くしないと遅れるよ。大婦人に怒られるわよ!』って。まさに影の支配者!」

「嘘・・・」

「ほんとですって!()

他にも何かうるさく言ってきたお客様は、ツアー最初に大婦人さんと仲良くなったご婦人たちのようだ。名前を伺って、あるシーンが頭に浮かんできた。

ディナー時、色白さんが席を立った時、しまったと落ち込んでいた無邪気さん。その後、何人かが、彼女のところに慰めに来ていた。その時のメンバーと、話の中で色白さんたちから聞いたメンバーが、まるっきり重なった。雰囲気を壊す原因となった無邪気さんにどうして皆そんなに優しいのだろうと不思議だったのだが、

「無邪気さん見て、自分たちが言ったことを思い出して『しまった』と思ったんじゃないですか?」

という、色白さんのご指摘通りだったのか。ということは、あの時、ご主人の暴走を止めた大婦人さんが、複雑な表情をしていたのも、そういうことなのだろうか?(エピソード③参照)

 

「ねえ、じゃあさ、あの時は別に無邪気さんに腹を立てていたわけではないの?」

「ぜーんぜん!ろくに会話もしてないし、あんな一言だけで怒るわけないじゃん。変だと思わなかった?」

気がつくと、僕らはお互いに敬語を使わないようになっていた。

「いや、だから泣くほどのことではないと思った。」

「あの日、ホテルにチェックインしたに、誰かから『若いうちに外国に来れていいわね』みたいなこと言われたの。それ自体は、嫌味じゃなかったのかもしれないけど、なんかもう拒否反応おこしちゃって・・・。それが冷めないうちに、無邪気さんにあんなこと言われちゃって。」

色白さんはバツが悪そうに言った。

「無邪気さんはね、たまたまスイッチ押しちゃっただけなの。」

「でも、発言自体は失礼だと思うけど。僕は、それに腹を立てたのかと思った。」

「無邪気さんは、かわいいよ(笑)」

素敵な帽子さんが喋り始めた。

「そうそう♪あの人、子供じゃん。天真爛漫になんでも思ったこと言うだけ。私たち、姫って読んでたの。姫様が席におつきあそばされました。姫様は、お肉がお嫌いであらせられるご様子です。・・・みたいなね(笑)」

色白さんが続く。

「空気を読まないって、悪く言う人もいたけど、私たちは実害を被っていたわけじゃないし、あそこで怒らなくてもよかったのよぉ・・・。別の人の時にキレればよかった。あれじゃ弱い者いじめだ・・・。」

「素敵な帽子さんは、色白さんを追って部屋に帰る時、『気にしないで』って言ったでしょ?あれは本心?」

「うん、まあ、ある意味(無邪気さんにとって)とばっちりだっかからねえ・・・。二人で部屋に帰ってから『しまった!やばい!』状態だった。早くフォローしなきゃって。」

「すぐにフォロー入れたじゃん。もう大丈夫だよ。」

「そうなんだけどね。さっきの集合もね、本当は先にツートンさんに経緯を報告しようと思ったのよ。心配してると思って。だから、私たち、早く集合場所に行ったでしょ?でも、先に無邪気さんたちがいるんだもん。」

「そう言えばそうだね。」

「あの時、ツートンさん、私たちに気づいて、こっち来てくれないかなって二人で話してたのよ。『ディナーを途中で帰っちゃったんだもん。“大丈夫ですか?”くらいのフォローには来てくれるよ。』って話していたの。」

「え?」

集合時にエレベーターから降りて、なにか話している二人の姿を思い出した。

「でも、来てくれないんだもん。いつになっても、無邪気さんたちと話していてさ。このままだと、みんな来ちゃう!とりあえず、無邪気さんだけにでもフォロー入れなきゃ!って、それであの時謝ったの。」

「・・・ごめん。いや、申し訳ありません。目の前で落ち込んでいた無邪気さんばかり気になっちゃって。完全な片手落ちでした。いや・・・本当に気が利かなかった。」

「まあ、大丈夫。今、こうして話してるし。おかげで、こうして本場のカールスバーグ飲んでるし。」

色白さんが言うと、二人はビールグラスを手に持って乾杯のポーズをとった。

「ツートンさん、二杯目はごちでーす。」

帽子のツバを軽く上げながら、素敵な帽子さんが笑顔で言った。

 

続きは年明けに

登場人物(詳しい紹介は、エピソード③をご覧ください)

 

マスター・ツートン

このブログの筆者で、ストーリー中の添乗員。

 

色白OLさん

ただ泣いたわけではなかったかもしれない。


素敵な帽子さん

色白さんの同僚で、一緒にご旅行されている。

 

マダム無邪気さん

彼女が諸悪の根源と思われていたが・・・

 

マダム姉御さん

口数の少ないしっかり者のイメージだったが、喋り始めた途端に預言者に昇格しつつある。

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「お疲れさま♪」

 

爽やかな笑顔の二人。僕の肩を叩いたのは素敵な帽子さんだった。走ってきたのだろうか?少し、息を切らしている。

「あれに乗ってきたんです。」彼女が指差したのは、あの恐怖のタワーハッカーだった。あの高いところから落ちる趣味の悪い乗り物。僕は、後楽園遊園地で一回乗ったことがある。あまりの怖さで悲鳴さえ出なかった。落ちていく時に、涙が出てきたが下に流れず、上にあがっていったのを覚えている。

「そう。めいいっぱい遊んでますね。最後まで遊んでいきますか?僕はもう帰るけど。」

「他の方はどうされたんですか?」

「もうお帰りになったみたいですよ。一部の方はお見送りしました。」

「無邪気さんたちは?」

「さっき、そこからタクシーに乗ってお帰りになりました。」

「ふーん・・・。」

素敵な帽子さんが、色白さんをチラッと見て、僕に言った。

「ねえ、ビール飲みに行きましょうよ。いいバーとか知りませんか?ここ、カールス・バーグの本場でしょ?ね?ね?」

帰国日は、ゆっくりの出発だった。夜の10時半からの飲みは、少々遅かったけど、色白さんも素敵な帽子さんも僕より少し年下で、しかも女性。お客様とはいえ、ある程度楽しんで気楽に飲めるだろう。そう甘く考えた僕は、喜んで誘いに乗った。

 

この二人とは、ツアーの後半、食事のテーブルがよくいっしょになった。特に夕食時は、ほぼ毎日だった。添乗員にもよるが、僕は、お客様と常に食事をご一緒させていただく。なんだかんだいって、お客様と落ち着いた会話をできるのは食事中くらいだし、体調が悪い方、ばて気味の方を見つけるのにも食事が一番役立つ。食が進まないお客様に声をかけると、実は、体調が好ましくないことが多い。食欲は、体調のバロメーターである。(旅行会社によっては、添乗員に、常にお客様との食事中同席を義務付けているところもある)

普通は、毎回違う方々と食事をする。お客様が全員おかけになった後、余った席につくので、自然とそうなるものなのだが、なぜか、色白さんとと素敵な帽子さんとは、同じテーブルになることが多かった。

 

最初に入ったバーは、きれいなお姉さんがビールを注いでくれるところだった。女性としては、かっこいい男性に注いで欲しいというので、隣のバーへ。キャッシュオンスタイルのイギリス式パブの店。日本でカールスバーグというと、普通はラガータイプだが、本場では他に、エールと黒がある。彼女たちは黒、僕はエールを注文した。僕がまとめて三杯分を払おうとすると、

「あ―――!だめだめ!!ここは私たちが誘ったのだから、私たちが払います。」

と、いった具合に払われてしまった。かっこつけたのにな。

さて、席についていよいよ乾杯。パイントグラスを傾けてビールを口に運んだ。うまい。その銘柄の生まれ故郷で飲むビールは、本当に美味い。世界で一番カールスバーグがおいしく飲めるのはデンマークに間違いない。

そこから、楽しい会話が始まるかと思いきや、素敵な帽子さんが何やら盛んに色白さんを促している。肘でつついて、「ほら!ほら!」といった具合に。そして、色白さんは、ようやく決意したかのように、

「ツートンさん!今日のディナーの時だけど・・・すいませんっ!」

平身低頭ではなく、“やっちゃったー”系の謝り方だた。僕の頭の片隅には、姉御さんの顔が浮かんだ。

「今日の夕食のことですか?」

「はい。びっくりしたでしょう?いきなり立ち上がって・・・」

「しかも泣いてるしー()

素敵な帽子さんが横からちょっかいを出した。色白さんは、「うるさいっ!」と言って素敵な帽子さんの腕を叩き、また僕のほうを向いた。

「でも、あれは無邪気さんが悪いですよ。気にしないでいいんじゃないですか?」

「違う!違う!!それ違うの!!」

顔は笑っている。色白な顔は、ほんのりピンク色に染まっていた。ビールだけのせいではないだろう。喋り口調は真面目だ。横では、素敵な帽子さんが頬杖をついて見守っていた。

「確かにムカつくとを言われたけど、、たったあれだけで、あんなに腹を立てるはずはないでしょう!?」

「実は、今だから言えますけど、席を立つほどのことでもないかとは思っていました。」

「そうそう!そういうことです。実は・・・」

色白さんは堰を切ったように話し始めた。無邪気さんの前に、他の方々からも、しばしば似たようなことを言われていたという。つまり、色白さんのメンタルが負の方向に向かっているタイミングで、たまたま地雷を踏んでしまったのが、無邪気さんだったというわけだ。

僕は、全然気づかなかった。お客様の会話には、ある程度はアンテナを張っているつもりなのに。

 

「それはそうですよ。だってツートンさんの前では、誰もそんなこと言わないもん。」

色白さんが話し始めた。

「え?」

「ツアーの後半から私たちが、ツートンさんと同じテーブルで食事をすることが多かったのを覚えてます?あれ、偶然じゃないんだなあ。」
「ええ?」
食事の度に結婚しているのかとか、子供がいるかとか、昔の自分の苦労話などのお説教に耐えかねた彼女たち。たまたま僕と一緒のテーブルになった時、以前、一緒したご夫婦、特に奥様たちの態度が全然違うので、びっくりしたという。ひょっとしたらと思って、その後も僕と同じテーブルになるように工夫してみたら、これまでうるさかった人たちと一緒になっても、全く問題なくなったそうだ。

 

このツアーの参加客は22名で、一人参加はなし。みんな夫婦なり友人同士などのペアだった。僕を含めて23名だから、必ず奇数のテーブルが出来上がる。そこに入れば、必ず僕と同じテーブルになれたわけだ。

 

そんな駆け引きがあったとは。次々と僕が把握していない真実が浮かんできた。
IMG_2351
iPhoneのパノラマ機能を使って撮影したフィヨルドの写真。クルーズ船でソグネフィヨルドから、ネーロイフィヨルド(右)とアウランドフィヨルドを同時に見渡せる。撮影場所としては、わりと貴重なスポットなので、お客さんには、必ず案内している。

登場人物(全体的な登場人物はエピソード③をご覧ください)

 

マスター・ツートン

このブログの筆者であり、作中ツアーの添乗員。気を利かせているつもりが、実はいろいろださい。

 

マダム無邪気さん

いろいろ言うが、無邪気なキャラでツアー中乗り切ってきた。しかし、最後に地雷を踏んでしまった。

 

マダム姉御さん

無邪気さんの姉、母親、お目付け、ばあやなど、様々な面を見せるが、今回は完全な姉御キャラ。

 

色白OLさん

無邪気さんが踏んでしまった地雷。

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚。彼女と同じ地雷を持っているはずなのに、なぜかこちらは不発に終わった。

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「もちろん、悪いのは無邪気よ。言ったことは、確かに色白さんにとって不愉快だもの。私も、彼女の暴走を止められなかったのは悪かったし、ちょっと責任を感じて、いろいろ考えたの。自分たちのことを棚に上げて、なんなんだけどね、あそこで怒って、泣いて席を立つって、あとで考えてみてね・・・うーん・・・腑に落ちないのよ。」

無邪気さんが帰ってきた。荷物を整えて席を立つ二人。

「ツートンさん、10時半に集合だったわよね?集合時間を無視して勝手に帰っていいっておっしゃってたけど・・・この時間なら他の方々は帰ったと思うわ。でも、色白さんたちは来ると思う。」

「え?・・・どうしてですか?さっきは、自分たちで帰るって言ってましたよ。」

「私が彼女たちの立場だったら、私たちに対してよりもあなたに対して申し訳ないと感じるわ。謝るとまでいかなくても、なにかお話したいことはあるはずよ。心配かけてしまったなぁ・・・と思ってるんじゃないかしら。だから来る。」

「そうかなあ・・・。」

「それにね、さっき、集合時間よりもだいぶ早くロビーに来たでしょう?いつも、あの二人はギリギリに来るのに。私たちじゃなくて、あなたに話があったから早く来たんじゃないかしら。でも、私たちが先にいたから、無邪気に声をかけて、あなたには何も言えなかったのかなって思うのよ。明日は帰国だし、落ち着いて話せるのって、今晩だけでしょ?それに気付いたら、集合時間に来るわ。」

 

姉御さんと顔を合わせながら僕は考えていた。これより前に、色白さんを怒らせるようなことを、無邪気さんが言ったのではないか・・・。でも、この友人同士の二組が同じテーブルを囲ったのは、間違いなく今晩が初めてだ。観光中も特に一緒にいた印象はない。一番長く話したのが、今日のディナーだろう。席について、前菜が終わって、メインディッシュが出る前までの約30分間。

「姉御さん、お二人が色白さんたちと話したのって・・・?」

「今晩がはじめてよ。バスの席はいつも離れていたし、観光中だって、他愛もない話しかしてないわ。いっくら考えても(なぜ無邪気さんの一言で怒ったのか)思いつかない。」
「・・・・・・・・。」

「ね?あの一言が失礼だったとしてもね、変なのよ。」

「実は僕も、失礼にしても泣くほどのものでなないと・・・」

 

「ねえ、なに?なんの話??」

トイレから帰ってきた無邪気さんが会話に入ってきた。

「別にあんたの悪口じゃないわよ(笑)。帰りましょう。」

そう言って歩きだした。無邪気さんは、どうやら姉御さんには従うしかないようで、多少不満そうな顔をしながらも、その後を追った。

あれ?でも、おかしい。タクシーに乗ると言ったのに、反対側のゲートに向かっている。

「姉御さーん!タクシーは、こっちのゲートの前ですが!」

二人は、一瞬固まった後、「きゃ~!!」と照れ隠しで叫びながら、吉本タレントばりのオーバーリアクションを取った。

「そう言われたわよね、ほんと、どうしようもないわね(笑)。こんなだから、ツートンさんも、いつになっても安心できないのよねぇ。あっはっはっはっはー!」

ずっと大笑いしながら、半分腰砕け状態で今度こそタクシー乗り場に向かった。最後にばっちり決められなかった姉御さんだが、少しだけ真顔になって、アドバイスをくださった。

1030分に来なくても、40分までは待ちなさいよ。」

二人が揃っている時は、いつも無邪気さんばかり喋って、姉御さんは、「そのへんににしなさい」と「いい加減にしなさい」くらいしか言わなかった。こんなに長く、姉御さんとお話したのは、ツアー最終日にして初めてだった。

これほど記憶をしっかり整理して、それをご自身の観察力に生かせるとは、なんてすごい方だろう。

そして、色白さんたちへのお気遣い。「あの一言で、あれほど怒るのは、腑に落ちない」としたうえで、なにか別の要因があるのかもしれないと、心配していた。同時に、僕のこともお気遣いくださっていた。

 

10時25分。集合時間の5分前に僕は、メインゲートに向かった。今回のグループは、皆、集合時間をきちんと守っていた。が、どなたも来ない。と、いうことは、みなさんご自身でお帰りになったのだ。それでも10時30分までは待たなくてはならない。いや、どなたもいらっしゃらなくても、40分まで待たなくてはならない。姉御さんにそうアドバイスをいただいた。

 

10時35分を過ぎた頃、星が目立ち始めた空を見上げていた僕の肩を、ポンと誰かが叩いた。

「お疲れ様♪」

色白さんと素敵な帽子さんが、爽やかな笑顔で立っていた。

とりあえず、ここまでは姉御さんの筋書き通りだ
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このツアー中、最も盛り上がったゲイランゲルフィヨルドの風景

登場人物(全体的な登場人物はエピソード③をご覧ください)

 

マスター・ツートン

このブログの筆者であり、作中ツアーの添乗員。気を利かせているつもりが、実はいろいろださい。

 

マダム無邪気さん

いろいろ言うが、無邪気なキャラでツアー中乗り切ってきた。しかし、最後に地雷を踏んでしまった。

 

マダム姉御さん

無邪気さんの姉、母親、お目付け、ばあやなど、様々な面を見せるが、今回は完全な姉御キャラ。

 

色白OLさん

無邪気さんが踏んでしまった地雷

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚。彼女と同じ地雷を持っているはずなのに、なぜかこちらは不発。

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チボリ公園に到着して、園内マップと、アトラクションの乗り物チケットの購入方法を説明して自由行動にした。

「一応、10:30を集合時間にします。ここ(メインゲートそば)でお待ちしていますが、先に個人的にお帰りいただいてもけっこうです。1030を過ぎた場合は、それ以上はお待ちせずに帰りますからご了承ください。」

30~40代の4人は、「集合時間には来ません。自分たちで帰ります」と言い残して、さっさと離れていった。

残った14人のうち、8人は僕にお勧めを聞いてきて、すぐに自分たちで動き出した。6人の年長組は、すぐに自分たちだけで行動するのは不安ということだったので、しばらく僕がご一緒することになった。その中には、無邪気さんと姉御さんもいらした。

少しずつ陽が陰ってきて、僅かに明かりが灯った園内は、昼間のテーマパークとは違い、大人っぽい雰囲気を醸し出していた。一通り園内を歩いた後、僕を含めた7人は、庭園を広く見渡せるカフェに席を取った。

夕方の涼しい時間帯。きれいな庭園とおいしいコーヒーのおかげだろうか、話に花が咲いた。内容は、このツアーの観光の話。

何度も書くが、今回は奇跡的に快晴が続いた。出発前の週間天気予報は悪かったから、余計に感動が大きかった。これ以上、北欧の大自然を楽しむのは無理ではないかというくらい、毎日青空が広がっていたのだから、観光の話が盛り上がるのは当然だった。

夜も遅くなり10時を過ぎた。来園した時から比べると薄暗くなってきたが、夏至の東京の夕方7時くらいのものだ。濃紺の空にはろくに星も出ていない。

北欧では太陽の動きが日本とは違う。太陽は真っすぐ地平線に落ちていかない。緩やかな坂道を転がるように落ちていく。だから、地平線に太陽が近づいてからも、日没にはかなりの時間がかかる。

北欧での時間の流れがゆったりと感じるのは、この太陽の動きのおかげかもしれない。逆に言うと、暗くならないから、注意して時計を見ていないと、知らないうちに時間が過ぎている。

 

「もうすぐ10時になりますよ。」

話し疲れたように見えたお客様たちに声をかけた。

「え?明るいから全然気づかなかった。」

ツアー最終日まで、なかなか沈まない太陽を経験したお客様のうち4人は、それぞれに席を立ち、ホテルへ向かった。残ったのは、無邪気さんと姉御さんのみ。この二人は、典型的な年配のツアー客で、とにかく常に添乗員におんぶにだっこの人たちだ。簡単な道とはいえ、自分たちだけではホテルに帰れないだろうと思い、

「あと30分で最終の集合時間だから、このままご一緒しましょうか?」

と、聞いてみた。すると、

「いえ、これくらいなら自分たちで帰れます。ツアー中、同年代の方々が、自分のことは自分でなさるから、何もかも添乗員任せの自分たちが、けっこう恥ずかしかったわ。ホテルの名刺もいただいたし、タクシーの運転手にこれを見せればちゃんと連れてってくれるでしょう?だから大丈夫です。」

姉御さんがそう答えて、「それでいいでしょ?」という視線を無邪気さんに送ると、

「私たちばっかり、あなたを独占するわけにはいかないし、姉御んと二人だから、なんとかなります。・・・あなたには、迷惑かけてしまったし。・・・彼女(色白さん)にとっても、本当大きなお世話だったわね。・・・なんか、あれくらいの子を見たら、娘や孫と重なって、ついつい言っちゃうのよ・・・迷惑よねえ、親でもなんでもないんだしね・・・。」

後悔のため息をついた後、無邪気さんはトイレに向かった。

 

「まあ、いい意味でも悪い意味でも天真爛漫なのよ、彼女は。」

姉御さんが話し始めた。

「何か揉め事があったら、『自分は悪くない』とは言わない人よ。相手に全部責任を押し付けるようなことは絶対にしないの。そのくせ、言っていいことと悪いことの区別がつかない時があるのよ。もう少し考えてくれたらいいのにね(笑)。でも、部屋で私がお説教してた時も、ずっと打ちひしがれていたのよ。」

「・・・・・・・・。」

「言葉がない?(笑)でもね、本当に手間ばかりかかって、その上、一切他人に気遣いしない人なら、私も一緒に旅行しないわよ。」

「そうですね()まあ、僕はいいんです。お客様同士で解決してくだされば。参加者同士の喧嘩と言っても、大人同士ですからね。僕が感情をなだめることができても、仲直りさせたり、解決したりはできません。」

「そうね・・・。でも、大騒ぎにならなくてよかったわね。」

コーヒーの支払を終えた。まだ、無邪気さんは帰ってこない。

「ねえ、私ね、ひとつ気になることがあるの。色白さんなんだけどね・・・。」

「なんですか?」

「うーん・・・。なんであんな簡単に怒ったのかしら?」

「それは、言われたくないこと言われたからでしょ?結婚の話とか・・・」

おとなしく話す姉御さんが、珍しく僕の言葉を止めて話した。

「いえ、そうなんだけどね。ツートンさんも一緒のテーブルにいたから分かるでしょう?無邪気は、確かに言ってはいけないことを言ったかもしれないけど、長々お説教をしたわけじゃないわ。ほんの一言よ。イライラしても、あんなにヒステリックになるようなことじゃないわ。」

確かにそうだ。あのディナーで色白さんが怒り出したシーンはよく覚えている。普通に談笑している中で、無邪気さんが、海外旅行によく行くのかと色白さんと素敵な帽子さんにたずねて、その流れの中で、

「いいわね。若いうちからこんな旅行ができて。独身なんでしょ?早く結婚して子供つくればいいのに。相手いないの?旅行なんて歳をとればいくらでもできるんだから。」

それだけだ。それ以前の会話はいたって普通だった。内容的に、決して愉快なものではないにしても、いきなりディナーの席を立つほどの一言でもないように思えた。
これまでの極めて常識的で、年配の方々に優しかった色白さんのことを考えると、余計に不自然だった。

登場人物(詳しくはエピソード③をご覧ください)

 

マスター・ツートン

このブログの筆者で、作中ツアーの添乗員。未熟で鈍い。でも、必死に一生懸命やっている。

 

マダム無邪気さん

みなさんから可愛がられている無邪気でかわいい60台後半のマダム

 

マダム姉御さん

無邪気さんの親友であり、お姉さん役であり、お目付け役。60台後半

 

色白OLさん

不覚にも、最後のディナーで無邪気さんと火花を散らしてしまったが、夕食後の外出集合時間には、きちんと現れた。30代半ば

 

素敵な帽子さん

色白さんの同僚で、今回は一緒にツアーに参加している。同じテーブルで、同じことを無邪気さんから言われているはずなのに、なぜかへっちゃら。ネームの由来は、おしゃれに帽子を被り分けてることによる。

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ディナーが終わった。最終日に宿泊していたのは、デンマークの首都コペンハーゲン。夕食後は、チボリ公園というテーマパークに案内することになっていた。岡山県倉敷市の、あのチボリ公園の本家本元である。規模は小さいが、昼は家族連れが多い遊園地で、夜は遊園地を兼ねた大人の遊び場になる。おいしいレストランもあるし、野外でジャズコンサートなども行われる。観光客だけでなく、地元の人々にも愛されているテーマパークだ。

このツアーでは、ツアー料金に、チボリ公園の入場料が含まれていた。ただし、テーマパークに興味がないと言う人もいたので、この日は、希望者だけ連れていくことにした。22人中、前もって希望したのは18人。その中には、色白さんも無邪気さんも含まれていた。果たして、あんなことがあった後で、集合場所に現れるのだろうか、気になった。

 

集合時間は夜の8時15分。僕は7時55分からロビーで待機した。僕がロビーに行って間もなく、一番最初に現れたのは、無邪気さんと姉御さんだった。姉御さんが、無邪気さんに、僕のところに来るように促している。彼女は気まずそうに僕のそばにやってきた。

「あの・・・ツートンさん、さっきはごめんなさい・・・。今、散々姉御から怒られたの・・・。あなたにも余計な気を遣わせちゃったし、色白さんたちには、本当に申し訳なかったわ。」

そう言って、うつむいた。子供がしょんぼりしたような顔。この世の終わりのような顔。本人に自覚はないかもしれないが、このしょんぼり顔は、彼女の人生の中で、大きな武器になっていたに違いない。なにか怒っていても、こちらからそれ以上は言いにくくなってしまう顔だ。

得をしてきた一方で、人から何か言われにくい、叱られにくい、長い目で人生を見た場合に、得と同じくらいの損もしてきたのではないかと思う。きちっと叱ってくれる姉御さんは、とても大切な友達に違いなかった。実際、彼女のアドバイスには、よく耳を傾けていた。

 

「色白さんたちも、必死に働いて稼いだお金で参加なさっています。無理して仕事の調整をして・・・。素敵な帽子さんから聞いたんですけどね、二人とも旅行前の一週間は、毎日終電まで働いたそうです。」

「そうよね・・・。みんな頑張ってるのよね。私たちの子供といっしょよね・・・。」

うつむいて、少しの間黙った。

「ねえ、ツートンさん・・・私ね、ずっと頑張って夫を支えて、子供を育てて・・・やっと60を過ぎてから旅行できるようになったの。必死だったの。あの子たちの年頃の時は、海外旅行なんて考えられなかったの・・・。必死に頑張ったのよ。それを少しでも分かってほしかったの・・・。」

気持ちは伝わってきた。あの場に相応しい話かどうかはともかく、その言い方で仰れば、色白さんもあんな風にはならなかったはずだ。

「それでは、そういう風に言いなおしましょう。(ちょっとニヤリとして)でも、お説教はだめですよ。」

彼女は、肩をすくめて頷いた。

やがて、エレベーターのドアが開いた。次に集合場所に現れたのは、なんと色白さんと素敵な帽子さんだった。最後のディナーを途中退場したので、気分的に参加されるか心配したのだが、行く気になったようだ。そういえんだ、チボリ公園のことは楽しみにされていた。・・・と思いきや、よりによって、今集合場所にいるお客様は、先ほど騒ぎを起こした二人とその友人たちだけだ。なんというタイミングの悪さ。

 

エレベーターを降りた二人。こちらに気づいてから、なにか話し合っているのが見える。無邪気さんと姉御さんは、彼女たちに背を向けて僕と話しているので気づいていない。そのうち、色白さんが真っ直ぐに向かってきた。無表情で怖い・・・。

ソファに座っていた無邪気さんは、色白さんに気づくと立ち上がって出迎えた。何かを言おうとしたとき、それを遮るようにして、色白さんが先に言葉を発した。

「さっきは、ムキになっちゃってすみません。大人げなかったですよね、私・・・。」

え・・・?予想外の色白さんの先制パンチに、僕は呆気にとられた。先に謝られてしまったは無邪気さんも完全に動揺していた。しどろもどろに謝る彼女に対して、色白さんは、

「いや、私が大人げなかったです・・・。もう最後だし、お互いに楽しみましょう。ね?」

と言ってニコッと笑い、その後の相手の言葉を遮り、誠に鮮やかに会話を終えてしまった。

あとから集合場所に現れた他のお客様に対しても、素敵な帽子さんと笑顔でごあいさつされている。まるで、先ほどは何もなかったかのように。かなりの役者であるとは感じた。

 

集合時間ちょうどに希望者が揃い、歩いてチボリ公園へでかけた。この時期のコペンハーゲンは、11時を過ぎてようやく暗くなる。8時はまだ明るい。この時間の外出は、“午後のお散歩”のようだった。
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古き良きコペンハーゲンの様子を残すニューハウン地区



登場人物

マスター・ツートン

このブログの筆者であり、ストーリーの中の添乗員。一生懸命だけが取り柄で鈍い。

 

マダム無邪気さん

言いたいことが、心のフィルターを全部すり抜けて全部出てきてしまう。まわりが冷や冷やする発言をしばしばするが、子供のように無邪気でかわいいところがあるから、まったく憎まれていなかった、超お得なキャラ。これでも60台後半。

 

マダム姉御さん

無邪気さんの親友。であると同時に、母親、祖母、姉、秘書、おつきのばあや、すべてをこなしていたと思う。無邪気さんとの会話は、この方が常に噛み合わせを調整していた。面倒見の達人。無邪気さんとは、本当に仲が良い。60台後半

 

大先生

元大学教授。いろいろ楽しい話を、食事中にみなさんにされていたが、内容の当たりはずれは厳しい。元々の仕事が仕事なだけに、難しい本は読める。他の方が読めない観光地の英語案内も読める。でも、空気はまったく読めない。というか読まない。70台後半。

 

大婦人さん

大先生の奥様。ツアー中、常にマダムたちの輪の中心にいた、マダムのボス。添乗員にとっても頼り甲斐があった。60台後半・・・だったかな?

 

色白OLさん

無邪気さんとトラブった30代半ばの会社員。肌が白くてきれいだったから、色白さん。今回は出てこないが、重要人物。

 

素敵な帽子さん

色白さんと同僚。帽子を3つ持ってきて、毎日のファッションで被り分けるおしゃれさん。毎日、次の日の観光内容を細かく聞いてきたが、それによりテーマを決めて、服も帽子も決めていたらしい。美人。

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言ってる内容が正しくても、タイミングがずれてると単なる失言になってしまうが、大先生の発言は、まさにそれだった。

事が起こった直後、無邪気さんは、色白さんの友人である素敵な帽子さんにすぐに謝り、「気にしないで・・・」と返事をされて、その場は収まっていた。隣のテーブルにいれば、そのやりとりは分かっていたたはずなのに、なぜか大先生は、言わないと気が済まなかったようだ。

すぐに謝って、相手がそれをフォローした以上、無邪気さんを悪者にするわけにはいかない。

大先生の一言に反応した無邪気さんと姉御さんは、彼のほうに、僅かな間だけ視線を移した後、すぐに元に戻して無視するように食事を再開した。僕は、大先生に「ストップ!やめてください!!」というお願いを身振り手振りで伝えようと試みた。しかし、一瞬こちらを見ただけで、構わず話を続けるわけではないか。怒り口調ではない。教壇から学生に話しかけるような感じで・・・。大先生は、どこかの大学の元教授かなにかで、どの方とお話する時も「いつも自分が教えてあげている」というような口調で話した(こういうタイプの教授も、最近は見なくなったな)。

 

僕は、大先生の奥さんである大婦人さんに視線を移して、必死に「助けて光線」を送ろうとしたが、大婦人さんは、その前に動いた。

「あなた、。余計なことはおっしゃらないでください!他人が口を出すことではありません。」

この奥様は、非常に昭和的に、しっかりとご主人を支えている一方で、しっかりと言うべきことを言ってコントロールしていると、ツアー中ずっと感じていた。大婦人さんの厳しい視線とキツイ言葉に一瞬たじろぐ大先生。

「いや、でもねえ・・・」

「この方たちは、あなたの学生ではないのですよ!姉御さんがお話なさってるんですから、あなたは黙っていなさい。」

それでも何か言いたそうな大先生の様子を見て、

「(ここで)なにかおっしゃるほど、仲良くなってもいないでしょう。なのに・・・いつもいつも、私恥ずかしいです。これ以上なにかおっしゃったら、私・・・あなたともう旅行しません。」

これがとどめのパンチとなり、大先生はあきらめた。奥さんナイスプレー!

後で、大婦人さんから聞いた話だが、この時にご主人に厳しく接したのは、僕への気遣いが半分、あとは、大先生が原因で場が辛気臭くなり、自分が周りに対して申し訳なくなるのが嫌だったのが半分だそうだ。

なにはともあれ、色白さんと素敵な帽子さんの二人はいなくなったものの、一部のお客様が気を利かせてくださったこともあり、食事は再び盛り上がってきた。僕が座っていた隣の隣のテーブルから、僕にビールが差し入れられて、再度乾杯して、奇跡的に快晴が続いた北欧の旅を、みんなで思い出しながら会話をした。そうなのだ。いい旅だったのだ。

デザートが出る頃には、お互いのテーブルを行ったり来たりして、記念写真を撮るなど、いつもと変わらない最後のディナーのようになった。意外だったのは、無邪気さんに対して、他のお客様、特に女性陣が優しかったことだ。

「タイミングが悪かっただけよ。」

「若い人とうまく会話がかみ合わないこともあるわよ」

など、慰めの言葉が多かった。これは、とても不思議だった。たとえ、僅かな間でも雰囲気を壊すきっかけを作った無邪気さんに対して、どうしてみんなこんなに優しくなれるんだろう・・・。僕は、皆様と談笑しながら心の中では首をかしげていた。

僕のすぐそばにいた大先生が、ぼそっと言った。

「危うく、悪者になるところだった・・・。」

横では、大婦人さんが涼しそうな、でも少し複雑そうな顔をしている。無邪気さんを中心にした会話の輪には加わらない。

後から考えてみるとなのだが、なんだか不思議な絵だった。

最後のディナーの時だ。5人掛けのテーブルに30代前半の友人同士と、60代後半の女性の友人同士、そして僕が座っていた。
60代後半のほうのうち、マダム無邪気さんは、言いたいことをはっきり言う方だった。しばしば、説教口調に聞こえる物言いをする方であったが、これまでは、相手があしらおうとすると深追いしなかったし、美しいい風景を見て子供のようにはしゃぐ姿には愛嬌があったから、他の参加者に溶け込んでいた。

しかし、なぜかこの日は、いつものようにはいかなかった。

「いいわね。若いうちからこんな旅行ができて。独身なんでしょ?早く結婚して子供つくればいいのに。相手いないの?旅行なんて歳をとればいくらでもできるんだから。」


「最近(2008年当時)、こういうことを言う人は少ないから久しぶりに聞いたな」などと思いながら聞き流していた。こんな時、大抵の若い人は、だまって話が終わるのを待っている。変に言い返すことで、お互いに嫌な思いはしたくないし、日本の歴史上、この当時のご年配の方々が、若い頃にしてきた苦労を、本や映像である程度学んでいるから、よほどのことがない限り言い返さない。しかし、色白OLさんは言い返した。

「自分で稼いだお金で旅行しているのですから、放っておいてください。人にはそれぞれ事情ががあります。いちいちそんなこと言われたくありません。」

「何よ、あなた・・・私はね、」

無邪気さんが何か言おうとする前に、色白さんが次々と言葉を発した。

「私の何を知ってるんですか?自分で働いたお金で、ちゃんと、無邪気さんと同じように50万円払っています。年齢が違っても、ツアーの中では立場は同じなんじゃないですか?別に、あなたにお金出していただいたわけではないし!」

 

無邪気さんは、顔を真っ赤にしてうつむいた。色白さんも下を向いて、黙々とメインディッシュを食べ始めた。それぞれの友人は、びっくりして顔を見合わせている。

このような女同士の会話は、男にとっては未知の領域であり、聖域であり、恐怖であり、大変なストレスだ。口出しなんて絶対にできないし、ありえない。まったく動けず、何も言えずにフォローもできず、目の前でいきなり起こったことに、ただただ動揺していた。そして、彼女たちと同じテーブルについたことを心から後悔した。席はもうひとつ余っていたのに、なぜそこに座ってしまったのだろう。最後のディナーだったのに。

まわりのお客様も気付いて、こちらを気にしていた。最後のディナーで盛り上がるはずなのに、全然盛り上がらない・・・。やがて、そばですすり泣くような声が聞こえた。言い返された無邪気さんが、泣いているのか思いきや、涙を流しているのは、厳しい言葉を無邪気さんに浴びせた色白さんだった。

「・・・失礼します・・・。」

色白さんは、そう言ってデザートを待たずにレストランを出て行った。お友達の「素敵な帽子さん」が、一瞬、無邪気さんを厳しい表情で見つめた気がした。しかし、

「ごめんなさい・・・私、なにか言ってしまったのかしら・・・。」

と無邪気さんから謝罪があると、すぐに穏やかな表情になり、

「大丈夫です。まあ、ちょっといろいろありまして・・・。気になさらないでください。」

と言って、彼女も席を立った。気まずい表情の無邪気さん・・・。彼女もこんなつもりではなかったはずだ。少々面倒くさいところはあるが、悪い人ではない。でも、このままでは、悪者になってしまいそうだった。

色白さんと素敵な帽子さんが席を立ってから、無邪気さんは、顔を赤くしたままだった。相手を不用意に傷つけてしまったという動揺に支配され続けていたのだろう。隣に座っていた、お友達のマダム姉御さんが、なにやら言葉をかけている。よく覚えていないが、「タイミングが悪かっただけよ。」というのだけは、はっきりと聞こえた。

こんな時は、ある程度落ち着くまで、いや、落ち着いた後も、添乗員は下手に言葉をかけない。旅行に関係ない人間関係に、添乗員は極力関わるべきではない。参加者は、自分よりも年上の大人なのだから、そのあたりはご自身で解決していただく。基本的には。

無邪気さんと姉御さんの会話が活発になってきてた。席を立った二人だって、今頃、素敵な帽子さんが色白さんをフォローしているに違いない。大人なのだから。
無邪気さんたちの様子を確かめながら、僕は、ナイフとフォークを手にして食事に戻った。

「でも、おかしいなあ。無邪気さんが言ったことは失礼だけど、色白さんが泣くほどのことだったかなあ。」

と、思ったその時だった。隣のテーブルから、

「あんまり、旅行中にお説教はよくないですよ、楽しくやりましょう。」
という発言が、二人の会話に割って入ってきた。心臓あたりに、銃で撃たれたような衝撃というか、体中の毛穴が開いたような感覚が走ったというか、それほどまでに空気を読んでいない発言だった。グループ最年長のミスター大先生による、このまったく有り難くないお言葉で、場の空気は、濁り、凍り付いた。

舞台は2008年初夏の北欧。僕もまだ若かった。この作品は、ツアー直後に書いたものをリメイクしたものだ。

昔書いたものを読んでみると、ツアーだけでなく、お客様の変化も見えてくる。具体的に言うと、お客様同士の距離の取り方が、今と昔では全然違う。90年代までは、お客様同士が、自分のことをよく話した。お子さんや孫のことを含めた家族のこと、テーブルが夫婦同士ならお互いのなれそめ、仕事のこと。今考えると、個人情報垂れ流しトークが多かった。

もちろん、そういう会話を好まなかったり苦手にしていたりする方も多かったのだが、相手が話したから自分もある程度話さざるを得ないというのが、その当時の風潮だったような気がする。そういう流れで話を聞きだそうとする、ある意味巧みな話術を持つマダムが、ツアーに一人はいた。

 

この手のマダムには、時々若い参加者や添乗員が餌食になることがあった。

「この仕事をしていたら、なかなか相手が相手が見つからないでしょう。結婚はどうするの?」

「子供は、お互いに若い時につくったほうがいいわよ。相手はいるの?」

「人の親に育てられたからには、人の親になりなさい。」

適当に「結婚している。子供もいる」と、こたえようものなら「二人目は?」と来たものだ。

90年代に添乗員をしていて、当時独身男女であったなら、きっと一度は言われたはずだ。

 

20世紀終わりまで、海外パッケージツアーで繁栄を謳歌していた「聞き出し&お説教マダム」だったが、21世紀にはいると急激にに減少して、今では絶滅したと思われる。僕も、この2008年の時に久しぶりに見たと思ったら、その後は一切目にしていない。

その頃になると、お互いの趣味や美味しいお店などの話題が、ツアーの中心となってきた。プライベートなことを話さずに、お互いの距離を保てる人たちが増えて、プライバシーを重んじる傾向が強まり、「聞き出し&お説教マダム」が餌を確保するチャンスが失われていったのだ。そして、恐竜のように絶滅していった。

 

そういった意味では、今回の作品は、彼女たちの生態を研究するいい資料になるだろう。作品の主旨としては、当時若く未熟だった僕が、まったくそういったことを理解できずに、どうしようもなかった、というお話である。

 

最初に言っておこう。令和となった今では、まず似たようなことは、ツアーでは発生しない。一昔前の人類のお話として読んでいただきたい。

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22人のお客さんを案内しているツアーだった。

30代前半の女性が3人、40代前半の女性が1人。4人は、それぞれ二人ずつのお友達。彼女たち以外は、50代後半以降の年配客だった。

 

ツアーは10日間で、全食事と観光付きで50万円。、当時の北欧ツアーとしては中堅クラスだったが、一般的に見れば、50万の欧州ツアーは高額商品だ。こういってはなんだが、ツアーの価格と客層は、ある程度比例する。この場合の客層というのは、人間性の問題ではなく、テーブルマナーをはじめとしたレストランでの立ち振る舞いやホテルでの過ごし方について、案内するまでもなくご存知の方が多いと言う意味だ。

格安キャンペーンツアーで高級ホテルに泊まる時、前もってご案内しておかないと、下着のようなTシャツと短パン、部屋に備え付けのスリッパでディナーレストランにお越しになって、びっくりすることがあるが(しかもダメだと前もって案内されていないと怒られる)、この価格帯になると、さすがにそういう方はいらっしゃらない。つまり、添乗員の心労が少ない。はっきり言うと楽だ。

 

この時もそうだった。年齢にばらつきがあるツアーではあったが、若い人たちも年配者もお互いに気遣いあい、とてもいい雰囲気だった。年配のお客様は、いろんな年齢層がいたほうが、食事の時などは楽しいと言い、若い人たちも、人生の先輩方との関わり合いをそれなりに楽しんでいるように見えた。

世代が違うと、価値観が違う。お互いに気を遣うことはできるが、完全に理解しあうことはできない。歩く速さも違う。ツアーのテーマは理解しているから、観光やショッピングへの興味は、意外と共通するものが多い。それだけではうまくいかないのがツアーなのだが、この時は、そんな心配も無用と思われた。

 

しかし、よりによって8日目、観光最終日にそのバランスが崩れてしまう事件(・・・と言ったら大げさか)が起きてしまった。

 

詳しくは次回より。

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