マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

タグ:旅行エッセイ

できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

登場人物は、上のリンクをご覧ください。

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「いつか香織さんが、どちらかと言うと、自分のほうから惚れたって言ってたけど・・・それにしても、うまくいく時はいくもんだな。信じらんねーよ。」

「うまくいかせたんだよ。・・・あ、すいません。アイスワインをグラスでください。」

ラストオーダーの時間が近くなってきて、桐生は甘口のワインをオーダーした。

「アイスワインはありません。アウスレーゼならご用意できます。ベーレンアウスレーゼも出せますよ。」

「じゃ、ベーレンアウスレーゼを。」

仕上げの甘口の白ワイン。いずれも遅摘みのブドウから醸造するものだが、冬にブドウを凍らせてからつくるアイスワインは、最近の地球温暖化で極端に生産量が減った。同じようなものでも、最近は、単純な遅摘みぶどうで醸造するアウスレーゼや、貴腐ワインに当たるベーレンアウスレーゼが主流だ。

「アイスクリームと甘口のワイン?・・・・・・そういえば、よく聞くな。」

国定が、一瞬不思議そうな表情をしてから、なにかを思い出したような言い方をした。

ベーレンアウスレーゼは、ワイングラスでなく、小さなショットグラスでサービスされた。

「え?なにこれ?ウォッカなんてオーダーしてませんよ。」

桐生が、皮肉をこめながらウェイターに文句をつけた。

「ボトルにこれしか残っていなかったんです。チーフが、新しいのを開けてもいいけど、残っているこの量だけならタダでいいと言っています。アイスクリームにちょっとかけるだけなら、これくらいで十分ではないかと。」

桐生は、顔をあげて、店の奥にいるチーフらしき人にお礼を言った。

「ありがとう。」

そして、ショットグラスのベーレンアウスレーゼを自分のアイスクリームに半分かけた後、国定にすすめて、彼のものにもかけた。

「甘さに甘さを合わせたのに、少しもしつこくなく、より上品な仕上がり。ドイツの、こんな夜の仕上げにぴったりです。いかがでしょうか?」

「まあまあかな。」

桐生ほどアウスレーゼを好まない国定だが、それなりに美味しくは感じていたようだ。ただ、それよりも桐生の話の続きが気になるのか、軽いリアクションしかしなかった。桐生は続けた。

「俺たちは、ふだん日本にいないから。一回一回のデートの比重が、ふつうの会社員に比べたら遥かに重い。だから、その度に絶対に収穫を得ないといけない。それまでの彼女で、それに痛いほど気付かされていたから。」

桐生は、これまで友人や同僚の紹介、時にはマッチングアプリで何人かの女性と付き合ったり付き合おうとしたりしてきたが、彼のスケジュールは、多忙なうえに不規則だったため、なかなか相手と予定を合わせることができなかった。

タイミングがあまりに悪いと、初対面で印象がよくても、何度か取る連絡の中で都合が合わず、そのまま音信不通になったこともあった。

「この女性とは気が合う!」と思ってLINEを交換してから一か月半後に、ようやく会える機会ができたと思ったら誘いを断られ、たまたまその日に、女性が別の男性と歩いているところを見かけてしまって、傷ついたこともあった。

「会える時間が計算できない人とは付き合えない」と、露骨に断られたこともある。

 

かつて、学生時代から付き合っていた彼女からも、「会える時間が少なすぎる」と言われて、社会人になって二年目で振られた。そういった自分の恋愛事情で桐生は悟っていた。

「俺たちに彼女ができても、いきなり最初から遠距離恋愛なんだよ。そして、恋人でいる限り、永遠の遠距離恋愛なんだ。だから、初対面で、かなり強い印象を与えておかないと、すぐに忘れられてしまう。『あ、この人いいかも』くらいの軽いのじゃだめなんだ。」

香織と初めて焼き鳥屋に行った時、ドラマの中のような、スマートな押しを見せた桐生だが、それは過去の苦い経験から来たものだった。心の中は、一生懸命で「ぐいぐい」状態だったのだ。

「香織が、俺に好感を持っていたのは、なんとなく分かっていた。だから『自分も会いたい』気持ちを伝えるのに、いっぱいいっぱいでさ。まるで青春のような恋の始まりだよな。」

急に恥ずかしくなったのか、苦笑した。

「もし、最初の印象で、押しの強さに、逆に引かれちゃったらどうするつもりだったの?」

「あきらめてたと思う。」

「え・・・まじで?」

「今までの経験で、たまにしか会えない自分の恋愛に『徐々に』とか『だんだんと』っていうのは、通じないことがわかってたから。押して受け入れてもらえなかったら、それで終わりだと割り切ってた。」

「なるほど・・・そのあと、香織さんに会えたのって、どれくらい経ってからだったの?」

「一か月は経ってたな。一か月半は経っていなかったと思う。」

「え?そんなに?」

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最初のいきなりデートの後、桐生の日本滞在と香織の休日はなかなか重ならず、一か月以上が過ぎた。LINEや電話でのやりとりは、なんとか続いていたものの、桐生には焦りが、香織にはある種のあきらめ感が出始めた。

桐生は行動に出た。香織に仕事が早く終わりそうな日を聞いて、待ち合わせしようとした。

「仕事から帰る時、10分間歩きながら話すだけでもいいじゃありませんか。」

これまで付き合った彼女と、明らかに違った条件のひとつに、お互いの家が近いというのがあった。徒歩10分少々の距離だ。デートで一日、半日過ごせなくていい。わずか1時間の簡単な食事でもいい。仕事帰りの僅かな散歩でもいい。家が駅で三つも離れていたら実行する気になれなかったかもしれない。しかし、歩いて10分少々の家の距離は、桐生のフットワークを軽くさせた。

 

そして、桐生のツアー出発前日に、その機会がやってきた。

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最近、時々ここに来てブログを読んでくれている人が、「朝焼けや夕焼けの風景が大好き」と言ってました。
その人、コールセンターに出向で来ていて、一緒に働いていて、お世話になっているのだけど、今月で終えて、元の仕事に戻ってしまうそうだ。自分が知らない職場の話をたくさん聞けて楽しかったな。
ということで、今日はその方に捧げる赤い風景特集。枚数が多いから、暇なときにコーヒー片手にご覧ください。家で休んでいる時とか、なぜか仕事が暇になっちゃったときとか、たまーに、コールセンターに電話がかかってこない時間帯などありましたらぜひ(それはないか)。
スマホでもいいけど、パソコンだと写真を大きくできて楽しいです。
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まずは、2014年の1月。イタリア南部のサレルノ街から。ホテルから眺めた朝焼け。朝7時過ぎ。朝食を終えて部屋に帰ると、真っ赤に染まった雲が目の前に広がっていた。こんな雲は、絵画作品の中でしか見られないと思っていた。これを撮ってすぐ、ホテルから出て、空が広いところで撮影しようとしたが、出た時はすでに、この色はなくなっていた。一瞬の究極の朝焼けだった。
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東京都江東区の門前仲町。2015年6月27日。この日は朝から大雨だった。夕方、太陽が顔を出すと、関東一円で美しい夕日と夕焼けが見られて、フェイスブックなどのSNSでは、あちこちで、こんな写真が投稿された。二枚目。大横川に真っ赤な空の色が映えている。
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2015年9月7日。ギリシャはサントリーニ島のフィラの街より。海抜300mの断崖絶壁の上から、海を見下ろしならがら夕陽を望む。赤く染まったエーゲ海を「ぶどう酒色のエーゲ海」というけれど、これは観光局や旅行会社が考えたキャッチフレーズではなく、紀元前8世紀の吟遊詩人ホメロスの表現。なお、彼の著書で見られる「葡萄酒色のエーゲ海」は、必ずしも夕日に赤く染まったいるというものでないらしい。それを知った時にはショックだったなあ・・・。シルエットは、中国人夫婦。新婚さんだった。お断りして自然な姿でモデルになってもらった。顔がうつってなくてごめんね。ちなみに、このテラスで飲むコーヒーのお値段は、銀座の高級カフェ並み。味は普通。
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2015年11月23日。ロンドン郊外にあるラマダホテルにて。ただ、空がきれいだったので撮影した。木があって、街灯のシルエットが飾りのようにあって、東の空が真っ赤だとこんな写真になる。朝焼けの美しさは、場所を選ばないから空がきれいだったらカメラを向けてみよう。僕が言うのもなんだけど、写真は撮り方。僕の背後が、実はホテルの駐車場だなんて思えないでしょ?
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2017年6月10日。ベルギーのブルージュより。夕食後の散歩時、21時30分から22時までの間に撮影。欧州でも北に位置するベルギーの夏は、なかなか太陽が沈まない。街が赤くそまっている時間も長い。
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ずっと真っ赤だったから、ちょっと気分転換。2016年6月5日。北アイルランドのベルファスト近郊で撮った。西の空の地平線に落ちていこうとしている太陽の光が雲にあたり、雲の影を空に見られた珍しい写真。
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ポルトガルのナザレ。雲の帯に隠れた太陽が、水平線に落ちる直前に顔を出すと、辺りを赤く染めた。太陽が落ちていく海は大西洋。
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2018年12月18日。モロッコのマラケシュのホテルより。アトラス山脈の上に雲が立ち込めて、真っ赤になっていた。お客さん曰く「最初、火事だと思った。」
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2019年2月8日。ヨルダンのワディラムにて。砂漠の岩山を、朝陽が山頂から赤く染めていく。白い球体は、観光客が宿泊するテント。夜は、ベッドに寝ながら砂漠の星空を眺められる。
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2019年11月25日。クロアチアのトロギールより。水面が静かで、西の空の色をそのまま映していた時。空気までもが赤くなっているような気がした。
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2019年12月22日。エジプトのアブシンベルのホテルにて。砂漠に覆われたナセル湖周辺は、空が広い。過ぎ行く時間の中で移り変わる空の表情を、すべて見られる。青が紫に、ピンクが少し入って来て、最後に赤くなる。静かな湖面が、鏡のようにそれをうつす。
全てが落ち着いた時、赤い湖面をボートが横切っていった。
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その翌日。12月23日早朝。朝日を浴びるアブシンベル神殿。この風景は有名だけど、この時間帯の神殿内部も、赤く照らされていて、また美しい。
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2020年12月21日。鳥取県の大山ロイヤルホテルの一室より。雪に覆われた森林と大山。山が夜明け前と日の出の世界の境界線となっている。
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南フランスのニースの海岸。朝日が地中海を赤く染めている中。一筋の光の帯に小船がおさまった時、なんとなく神秘的だったので撮った。
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2018年6月21日。ケニアのナクル湖国立公園にて。大自然の中の夕陽。よく見ると、すぐ目の前に数十頭のバッファローの群れがいる。
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2014年11月6日と2020年11月20日。スペインのバルセロナにあるサグラダ・ファミリア教会の内部。午後3~4時くらいに訪れると、このようにステンドグラスの光を堂内で楽しめる。丹念に磨かれた床のおかがで、なおそれが映える。
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2015年10月15日。雨上がりのプラハ。夕方、雲から溢れる弱い赤い光が、街をいつもと違う色に染めていた。
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2019年10月14日。プラハのカレル橋より。夕日とライトアップで赤くなるプラハ城。モルダウ河畔の美しい風景。
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2018年11月28日。ナイル川クルーズの船上より。いずれの写真からも、緑地帯のシルエットがうかがえる。砂漠のイメージであるエジプトだが、水際だけは緑豊かな農業地帯で、集落もある。
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2017年12月14日。ブルガリアの首都ソフィアより。時間は朝8時20分。起伏が激しい市街地で、このアレキサンドル・ネフスキー寺院は、一番高い位置にある。まだ、周辺に陽が当たる前、ここが真っ先に輝き輝き始める。
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2017年12月15日。北マケドニア共和国のオフリドの街と、オフリド湖の風景。二枚目の写真。湖の向こうに見えるのはアルバニアの共和国の国土。夕日で赤くというより、金色に輝いているように見える。
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ちょっと気分を変えて、違う赤を。2019年9月19日。ホテルすぐそばにあったアパート。蔦が見事に紅葉していた。
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2019年2月11日。ヨルダンの死海沿岸のケンピンスキーホテルにて。ここは、洗礼者ヨハネがキリストを洗礼した場所のすぐ近く。そのせいか、一枚目の写真。雲から溢れる光は、天国の入り口がそこにあるかのような気にさせる。・・・なんてね。
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2018年2月18日。イタリアのバーリからギリシャのイグメニッツァにフェリーで着く。朝5時半。まだ暗い中、バスでのドライブを始めて休憩時、幻想的な雲を見た。メテオラに着く1時間ほど前。
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2019年7月26日。スイスのクライネシャイデックの山岳ホテルより。ブライトホルンの背後から日が昇ろうとしている。
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2016年7月18日。スイスのウェンゲンより。朝日を浴びるユングフラウ。
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2017年9月25日。スイスのツェルマットより。お馴染み朝焼けのマッターホルン。この日は、それほど赤くならなかった。
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2018年12月17日。モロッコのマラケシュより。ジャマ・エル・フナとその周辺は、毎日夕方から賑やかになる。この夕焼けは、一日の終わりではなく、宵の口。
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2017年11月19日夕方。モロッコのカスバ街道沿い。仕事を終えた農夫が、家に帰っていく。
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2017年11月19日早朝。モロッコのサハラ砂漠内。メルズーカ砂丘にて。見事な朝陽が見られた後、新婚夫婦に協力してもらった。砂を手で救って、滝をつくる。愛を誓った黄金の滝。もちろん、本人たちのカメラでも撮って差し上げた。
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同日の日の出前。砂丘に、ラクダの力を借りて登る。僕は、乗らずに写真を撮る。
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2018年1月3日。オランダのキンデルダイク。オランダで風車を見るのは簡単だけど、美しく撮れる場所は、意外に少ない。冬の朝、太陽が昇って間もないこの時間帯に、これまでのツアーであれば、絶対に撮れない写真を撮影できたことは嬉しかった。
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2016年5月。アメリカのアンテロープキャニオン。こんな素敵な風景は、写真の中だけ。肉眼だと全然違うのは、ここだけの話。
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2020年2月22日。現時点では、僕の最後の仕事だったアフリカツアー中の写真。ボツワナのチョベ国立公園から。チョベ川をクルーズして野生のカバ、ゾウ、ワニ、バッファローなどの動物を見て帰ってくる。先ほどのモロッコと違って、こちらでは、赤い空は一日の終わりのお知らせ。対岸はナミビア。
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同じツアー中。2020年2月27日。アフリカはナミビアのナミブ砂漠にて。赤く染まった樹木の背後にヌーが数頭。宿泊しているコテージから見えたので、つい100mほど歩いてここまで来てしまった。
「そこは動物の場所だから、だめです!戻ってきて!」
と、ホテルスタッフから注意された。そりゃそうだ。どうもすみません。人間と動物の世界には、見えない境界線がある。
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その後、日が傾いてくると、ご覧の通り劇的な夕景になる。
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そんな中でいただく屋外バーベキューが、また趣深いのであった。

かなり大量な写真でしたが、お付き合いいただいてありがとうございます。
今回、この記事をつくって思いましたが、朝日夕日と言っても、世界中で様々な赤がありますね。
なんだか、ますます仕事への思いをかき立てられましたよ。この写真を見た皆さんが、旅への希望を失っていないことを願うばかりです。
また、若者たちが、「添乗員の仕事っていいなあ」と思ってくれることを祈ります。君は、必要とされているから、コロナ禍が収まって、その気になったらいつでもおいで。
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香織は、桐生と同じ木場駅周辺に住んでいた。ただし、駅を境目にして、香織は東側で桐生は西側、大きな永代通りを挟んで、香織は北側で桐生は南側の位置にそれぞれの家があった。徒歩では10分少々の距離だったが、車社会の地域ならともかく、ふだんの移動が徒歩中心の都心で、それもスーパーや飲食店がたくさんある木場界隈で、この立地の違いだと、生活圏が違ってしまう。

そのうえ、桐生は、ふだん日本にいないから、普通の会社員のような通勤がなく、香織は勤務先の病院まで自転車で通っていたから、駅でばったり会うことなどもない。つまり、住んでいる場所が近くても、二人が偶然会う確率は、天文学的数字のように低かった。

 

夏のイギリスの旅から二か月ほど経ち、例年より長く続いた暑さが落ち着いてきた頃、香織のイギリス熱も冷めてきた。それとともに、桐生のフェイスブックのタイムラインをチェックする頻度も落ちてきていた。


そんな時、神様は、劇的な再会の機会を香織に与えた。

ある日の休日。たまに訪れるイトーヨーカドーで買い物をした彼女は、館内にあるスターバックスでコーヒーでも飲もうかと歩いている時、途中にある伊藤園の茶寮が目に入った。

「あ、今年は食べなかったな。」

夏の時期、ここのメニューには抹茶味やほうじ茶味の大きなかき氷が登場する。白玉が添えられた、自分の顔の大きさほどに盛られたかき氷は、お茶の味を濃厚に感じながら、後味は心地良い甘さでとても美味しく、毎年食べていたが、この時は食べ逃してしまった。

「この夏、唯一の心残りだわ。・・・スターバックスじゃなくて、お菓子と抹茶にでもしようかなあ。」

そう思いながら、オーダーカウンターに向かった時だった。見覚えのある男性が、ぜんざいをもくもくと食べていた。

「あれ?あの人・・・。」

すぐに桐生と分かったが、イギリスで案内された時とは、ちょっと雰囲気が違う。あの時のシャキッとしたオーラが消えている。でも、整った顔立ちは、間違いなく彼だ。一度、カウンターに向かいかけた香織は、ほんの少し勇気を出して(男性経験も恋愛経験も乏しい彼女には、この程度でも勇気が必要だった)、声をかけた。

「こんにちは。」

「・・・こんにちは。」

桐生は、少し遅れて反応した。声は落ち着いていたが、顔は少し驚いているように見えた。少なくとも、すぐに、この夏にイギリスを案内した松本香織だとは気づかなかった。香織も、そこは覚悟で声をかけたから、慌てずに続ける。

「今年の7月終わりのイギリスツアーでお世話になった松本です。あの時は、本当にありがとございました。おかげさまで、イギリスを思った以上に楽しめました。」

「あ、いえいえ。そんなふうに仰っていただけて光栄です。」

香織の言葉で、桐生は、必死に記憶を手繰り寄せた。「今年は、イギリスに二回行ったんだよな。どっちかな・・・。若いから、格安ツアーのほうかな・・・。」

「それと、フェイスブックでいつもきれいな写真を見せていただいてます。素敵なところばかりで。お仕事で大変なんでしょうけど、あの風景写真だけを見たら、うらやましいです。」

「たまたま天気に恵まれましてね。写真は、みなさんと一緒に撮らせていただいてます。まあ、仕事中の趣味ですよ。アイフォンですけどね。」

さりげない会話をしながら、だんだん記憶を呼び戻す。「そうだ。この方はフェイスブックで友達になったんだった。えーと・・・名前は・・・松本さんて言ったな。・・・どっちの旅行会社のイギリスかな。」

この年、二回行ったイギリスツアーの後、数人の女性客から友達申請を受けていた。その中の誰なのか確信を持てない。

「あの時、ブロードウェーで行ったパブ。Horse & Houndですよね。楽しかったなあ。女性一人だとパブは入りにくいから、あの案内は嬉しかったです。」

記憶作業をしながらも、桐生は笑顔で話している。香織は、自分のことを思い出してもらえたと思って、安心して話しまくっていた。その中の「Horse & Hound」というパブの店名で、桐生はようやく確信を持てた。

「五大陸旅行社だ!」

思わず大きな声で言ってしまった。きょとんとする香織。

「・・・ひょっとして、今、思い出していただけたんですか?」

「あ・・・いや。」

せっかく演技していたのに、つい心の声がそのまま口から出てしまった。桐生にしては珍しいミスだったが、休日に、緊張感がない時のことだから、そこは仕方ない。

そして、「仕事」というフィルターなしに初めて香織の顔を見た。

「あれ?こんなかわいい女性、ツアーにいたっけ?」
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リゴンアームズのロビーエリア。物語の中では、ここで香織が桐生に声をかけられた。

ツアー中の桐生は、参加客から大人気で、これまで個人的にゆっくり話せる機会はなかった。香織にとって、素敵な男性添乗員を、短い時間でも独り占めできるのは嬉しいことだった。桐生は人当たりがよく、紳士的で話が面白い。添乗だけでなく、プライベートで旅した国々の風景やそこでのエピソードは、香織にとっては憧れの世界そのものだったし、一方で、自分の話もよく聞いてくれた。「こんな素敵な男性が世の中にはいるのか」と思うくらい楽しかった。

店には、6時半頃に入ったが、二人だけになってから30分以上過ぎて、気が付くと9時過ぎになっていた。時計を見た香織は、少しだけ申し訳ない気持ちになった。

「すみません。私一人のために遅くまで。」

「え?あ、もう9時ですか。楽しくて気が付かなかったですね。ゆっくり散歩しながら帰りましょうか。」

これまでの旅の楽しさと、桐生のイケメンぶりと紳士的な振舞い、パイントのビール二杯が、心の中でちょうどいい具合に混ざり合って、とてもいい気分になっていた。最後の「楽しくて気がつかなかった」という、ちょっとした一言がさらに彩を添える。

歩き出してすぐに、振り返って店の名前を確かめた.The Horse & Hound。どこにでもある、イギリスのパブ。でも、香織にとっては特別な場所になった。

夏の時期、イギリスはなかなか暗くならない。濃紺の空の下、夕日に赤く街並みが照らされている。幻想的な風景の中、ゆっくりと歩きながらホテルまで戻った。夏でもこの時間になると、少し空気がひんやりする。

「松本さん、寒くないですか?」

「はい。大丈夫です。ありがとうございます。」

ちょっとした気遣いが嬉しかった。香織にとっては、これ以上ないイギリスの旅であり、コッツウォルズの風景であり、桐生との最初の思い出だった。
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夏。7月中旬のブロードウェー。夜の九時過ぎでもこの明るさだ。赤くなった街がとても幻想的。
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「本当に自慢話だな。」

サイズが大きく、食べきらないうちに溶けだしたアイスクリームを、スプーンでつつきながら国定が、嫉妬丸出しの表情と話し方で言った。

「そんなドラマみたいな話、本当かよ。」

「本当らしいよ。今でもたまに話に出て、嫌味を言われる。」

桐生は、まるで他人事のように言った。とりあえず、この店のアイスクリームは気に入ったらしい。目線は国定でなく、皿の上にあった。

「なんだよ、『本当らしい』って。それと嫌味ってなに?」

「いや、その時にパブは案内したと思うんだけど、ほとんど覚えていないんだよ。困ったことに。」

「うわー・・・ひでー。ミスター理性も、そこまでいくと無神経だよな。」

桐生にとってこの時のことは、完全な仕事だった。数ある案内のうちのひとつに過ぎなかった。その中で、たとえ二人きりでも、香織と何を話したかなどはまったく覚えていなかった。おそらくその時間は、ツアーで唯一の一人参加だった香織に対する「お気遣いタイム」だったのだ。

「あんなかわいい女性と二人きりの時間なら、俺は絶対に忘れないけどね。ほんと、すごいよ桐生ちゃん。」

日頃、桐生のことを尊敬して止まない国定だが、この言葉だけは皮肉だった。

桐生は、添乗中となると「仕事」というフィルターが心にかかる。その瞬間、年齢も性別も、その人の外観も一切関係なくなり、ただただ「参加者全員が楽しめるように」というスイッチが入るようになっていた。それが、誰からも文句が出ない筋金入りの公平なサービスに繋がっていた。端正な顔立ちで女性からモテたが、仕事中の浮いた話はひとつもなく、国定からは「ミスター理性」と呼ばれていた。駒形からは、もう少し皮肉をこめて、

「添乗員をやめたら、神父かお坊さんにでもなればいい。むしろ、既にそれっぽい時がある。」

などと言われていた。

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つまり、この時の思い出は、香織一人だけのものだった。

そして、このパブでの出来事が、SNSで桐生とつながり、その中でコミュニケーションを続けるきっかけとなった。

 

とは言え、旅行が終わって現実に戻れば、激務の小児科医だ。思い出に浮かれてばかりもいられない。日々の仕事に彼女は追われていた。それでも、桐生のタイムラインは、くまなくチェックしていた。覗く度に思うのだ。

「本当に日本にいない人なんだなあ・・・。」

「イギリスもきれいだったけど、この人が行くところはいつもきれいなところだなあ・・・。雨降らないのかしら。」

桐生にしてみれば、天気がよかった時にきれいに撮れた写真をアップしているだけなのだが、彼女の中での桐生は、常にいい天気の中で、美しい場所を、素敵な笑顔で案内している、夢の中の住人だった。

 

先輩からのアドバイスで、変な人と思われないようにSNSで振舞っていたが、考えてみれば会うチャンスなどなく、だんだん彼女の中で、桐生は「SNSというメディア」の中での存在になりつつあった。

そんな時、意外な場所で再会の機会が訪れる。
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できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

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大きなアイスクリームが2つ運ばれてきた。日本のツアーで出てくるデザートは、小皿にワンスクープという、誠にこじんまりとしているものだが、あれはあくまでグループ用の商品だ。地元の人からは「足りるの?」と、たまに聞かれることがある。

ドイツはもちろん、ヨーロッパのレストランやカフェのメニューに載っているアイスクリームは、日本ならパフェの大盛のような感じでサービスされることが多い。この日が、まさにそれだった。

フレーバーを聞かれて、桐生はバニラ、国定はミックスを選んだ。日本では、大きなアイスクリームを、男二人で食べていると、照れくさく感じてしまう人もいるようだが、ヨーロッパでは普通だ。彼らは、アルコールをしこたま飲んで、しっかり食べて、甘いデザートを楽しむ。これがまた、慣れてくるとやめられない(そんなことばかりしているからなのか、わりと添乗員には糖尿病持ちの人が多い)。

 

ミックスフレーバーのチョコレートをスプーンにすくいながら、国定が言う。

「ちょっと意外だったな。香織さんは、小柄でかわいらしいけど、なんか凛としてクールな話し方をしているイメージだった。恋愛でドタバタしているところは想像できない。」

「凛としているし、クールなんだけど、わりと明るく話すよ。ドタバタしている時もある。そうだな・・・外面は、気にしているかも。ふだん会わない人と話す時は、少し構えているかも。」

「どうして?」

「童顔だからね。時々、『医者に見えない』って言われることを、とても気にしている。言うほうも悪気はないと思うんだけどね。そうだな。国定と会った時は、少しつくっていたかもしれない。」

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総合病院で小児科に所属する香織の仕事は忙しかった。ただでさえマンパワー不足と言われている小児科だが、総合病院となると、朝は入院患者の回診から始まり、外来患者の診察、午後は入院患者の処置。それが終わってら事務作業、個人的な学習・・・帰宅が深夜になることも珍しくなかった。

そんな労働環境にいた香織にとって、海外旅行は、心の底から安らぎを得られる、大切な非日常だった。

同僚と交代で取る休暇で、その時に参加した夏のイギリスツアーは、特に思い出に残るものになった。自分以外の参加者が、全員二周り以上歳上なのにはびっくりしたけれど、みんないい人で、可愛がってくれたし、旅行に大切な天気にも恵まれた。

ちょっと背伸びして参加した高級ツアーは、コッツウォルズのマナーハウスに三泊するというのが売りで、香織は、それのために、いつもより多い予算を休暇に投入した。ブロードウェーの街。名門マナーハウスであるリゴン・アームズでの滞在。部屋のタイプが、すべて違うマナーハウスでは、部屋割りはくじ引きで決められる。香織は、グループの中で、一番いい部屋を引き当てていた。

三泊している間、最後の滞在日はツアーに参加せず、ホテルとその周辺でゆっくりと過ごした。コッツウォルズ地方に位置するブロードウェーは、こじんまりとした街並みで、地方独特のアンティークショップも多い。ちょっと歩けば町の外に出てしまい、田園の中にはしばしばウサギに出会うことがあった。

「あら。ピーターラビットみたい。」

子供の頃、大好きで読んでいた挿絵本のことを思い出していた。

遅く起きて朝食をとったから、ランチはなし。かわりにアフターヌーンティーを楽しんだ。予算を奮発して、ホテルの中庭でいただいたスコーンと紅茶は格別だ。穏やかな田園地方の日差しと優しい風。今でも肌に感触が残っている。

IMG_1700

 伝統的なたたずまいのリゴンアームズの中庭。昼間、街中に観光客が多い時も、ゆっくりと静かに過ごせる。

「今日は、夕食がフリーでしょ?観光中に、ホテル近くのパブ・レストランで食べたいというリクエストが出まして、ご希望の方々を案内します。松本さんもいかがですか?」

夕方、観光から帰ってきた桐生が、たまたまロビーエリアで読書をしていた香織に声をかけた。

「パブ?行きます!」

パブには、旅行中に行きたいと思っていた。だが、香織にとって、一人では入りにくい場所でもあった。

五大陸旅行社の添乗員は、参加者に様々なプラスアルファの案内をしてくれることで有名だ。「パブ行きを提案してくれないかなあ」とは思っていた時に、お願い通りの誘いをしてくれた桐生の株は、香織の中で、グンと上がった。

パブでは、カウンターで何もかもオーダーする。いわゆるキャッシュオンだ(最近は、カードで払う人も増えた)。飲み物だけはその場で受け取って、食事は後から持ってくる。予約をしているわけでないから、7人の希望者と桐生は、適当にばらけて席を取った。

一人参加の香織は、必然的に桐生と同じテーブルに座った。伝統的なつくりのパブ。ビールは最高。料理の味はまあ普通。イギリスらしい、明るすぎない室内に映えるインテリア。それぞれに楽しく過ごし、夜はゆっくり過ぎていく。

満足した客から、歩いてホテルに帰っていった。気が付いたら、残っていたのは自分と桐生だけだった。

今思い出すと、二人だけで話したのは、これが初めてだった。

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5月第一日曜日の2日。東京の新規コロナ感染者数は879人だった。その次の週末。58日の土曜日は1121人。9日の日曜日は1032人。13日の木曜日が1010人。これが最後の1000人超えとなった。

世間では、「オリンピックは中止にすべき」という論調が一般的であったが、激しい主張の中には「できっこない。どうせ中止になる」という確信に近い雰囲気があったと思う。

その後、下げ幅が十分でないと言いながらも、東京や大阪など早くから緊急事態宣言や蔓延防止措置を行っていた地域は、新規感染者数の増加ペースが落ちていく。(新規感染者数の減少とは、最近言わないように心がけている。ペースが落ちているだけで、感染者は増えている。)

 

6月の第一日曜日。6日。新規感染者数は351人(ちなみに5月最終月曜日31日は260人)。先月第一日曜日の半分以下だ。

数字上は、緊急事態宣言の効果が出た。いや、出てしまったというべきか。オリンピックまで二か月を切った辺りから、より高まっていく中止要望の声に対して、実施へのより強い意志を見せる政府。これから地方でも効果が出始めたら、さらに強気になっていくのだろうか。

IOCはともかく、日本国政府も、国民が思っているよりもしたたかだ。尾身会長の発言への評価と言い、着々とオリンピック開催へのステップを踏んでいるかのように見えてきた。新規感染者数の増加ペースが落ちているから、なおさらそう見える。

僕の周辺で、一部の人が、「オリンピック開催にこぎつけるための、緊急事態宣言だったのではないか」と言い始めている。辻褄合わせの意見のように見えるが、そう思えなくもない。

今、焦り始めているのは、オリンピック開催を反対し続けて、心中では、ちょっと前までは、それを確信していた国民とメディアだ。心の片隅のどこかで開催を願っていた僕でさえ、不安を抱えた気持ちで思う。本当に開催できてしまうのか?

 

焦りといえば、なかなかワクチンの順番が回ってこない年配者だ。一部では、焦りが完全に怒りに変わっている。自治体によってどうだこうだ言われているが、本当にうまくいっている自治体を除けば、接種できている時期は、それほど変わらない。ただ、「あなたの地域であなたの年齢の接種がいつ」というものがある程度、はっきりと明示されている自治体では、比較的怒りは抑えられているようだ。情報とやり方って大切だ。

そうかと思うと、こんな人もいる。ワクチンを熱望している方から問い合わせの電話を取った。その時期に有効な枠がいっぱいなところに、ちょうどキャンセルが出たところだったので、そこに入ることを提案した。「早くワクチンを打ちたい。海外旅行が好きだから、コロナが収まったらハワイに行きたい」と嬉しそうに話すその方。

しかし、空きが生じた会場は、その人の自宅からはかなり遠かった。

「○○は、遠いのよねえ・・・。同じ町の中でも行ったことないし。やめようかな。」

なんという贅沢を・・・と思いながら、戯言には戯言で誘導した。

「失礼ですが、今、地図を見る限り、お客様のご自宅からは、ハワイよりもその会場のほうが近いですよ。」

「え?あはははは。そりゃそうよ。でも、そういう問題ではなくて。私、会場までの足がないのよ。タクシ使ったら、けっこうかかるわ。」

「えー・・・私が見る限り、ハワイへの航空運賃よりも会場までのタクシー代のほうが安いと思います。」

「あはははははー。そうね、確かにそうね。・・・そこで受けます。」

なんか、緊張感あふれる中で、リラックスした電話だった。強気と焦りとリラックスもいろいろだ。

こうして、少しずつ接種が進む。
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新たな登場人物

桐生香織 桐生利久の妻で小児科医。出会いのきっかけは、利久が添乗員のツアーに参加したことだった。年齢は、利久と同じ34歳。外見は、小柄で黒髪ショートのかわいたしい女性。内面は、凛としている。旧姓は松本

 

できる男たちの結婚事情① プロローグと人物紹介 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

登場人物は、上のリンクをご覧ください。

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三年前、桐生が結婚した年の冬のことだ。スペインから帰国した翌朝に発熱したことがあった。妻の香織は、体温をチェックすると、喉を診て、脈を診て、解熱剤を処方した。

「時間になったら、近所のクリニックに行って、ちゃんと診察してもらって。インフルエンザだったら大変だから。熱が下がっても、絶対に行ってね。」

彼女は、ランチ用に野菜と卵が、たっぷり入った雑炊をつくって、仕事に出かけた。

インフルエンザは陰性だったが、38度台後半の熱は、なかなか下がらず、何より食欲がわかなかった。桐生は、せっかく香織が作ってくれた雑炊を食べるどころか、キッチンに近づくことさえできない。

この日、香織は、いつもより早めに仕事から帰ってきた。まったく手が付けられていない鍋の雑炊を確認すると、桐生が好きなコンソメスープを作って野菜を入れて、昼用につくった雑炊と一緒に、寝室に持ってきた。

「少しでも食べたほうがいいよ。食べ物の匂いが鼻につくほど、ひどい状態ではないと思うわ。病院の栄養士さんに聞いてつくってみたの。食べて。」

だるそうにベッドから起き上がった桐生は、気が進まなかったが、スープを一口すすると、急に食欲が湧いて、がつがつ食べ出した。

香織は、にこにこしながら、桐生の頭を撫でて

「ゆっくり食べなよ。すぐによくなるから。」

と、優しく声をかけた。その様子は、夫というより子供に接するようにも見えた。

彼女の言う通り、食べてから薬を飲むと、たちまち熱は下がってきた。そして、翌朝は、二人で一緒に朝食をとれるくらいまで回復した。

「あれだけ熱があったら、まだ下がり切ってないでしょ?」

「うん。まだ37度ちょいある。」

「あら、でもだいぶ落ち着いてきたわね。たぶん、昼くらいにはもっと下がるよ。今日は打ち合わせだったっけ?」

「うん。日本橋で14時から。ファーストクラス・トラベルのツアーだから、お客さん少ないし、すぐに帰って来れる。」

「本当は、一回くらいツアーを休んだほうがいいんだけどなー・・・。でも、そうもいかないよね。せめて日本にいる間は、おとなしくしてるのよ。」

「うん。ありがとう。香織、昨日は解熱剤と、・・・早く帰って食事つくってくれてありがとう。あれがなかったら、まだ起きられなかったかもしれない。」

「奥さんが、医者でよかったねー。感謝してね。」

「なんかさ、こういのって、結婚してるって実感するな。」

「は?なにそれ?()

香織には、訳がわからない桐生の言葉だったが、彼にとっては素直な感想だった。

 

二人は、付き合い始めてから一年ほどで同棲を始めて、その二年後に結婚した。新婚のこの頃、あまり日本にいない桐生にとっては、同棲と結婚の境目がピンとこなかった。しかし、この時、「なにかあった時に支えてもらえるパートナーの大切さ」を感じたことで、結婚の意味を理解したような気がした。本人はそう思っていたが、結婚の意味というより香織の存在の意味といったほうが正しいかもしれない。この時香織がしたことは、きっと同棲中でもしたであろから。

香織はこの時、桐生の「結婚を実感している」という言葉と、彼から伝わってくる感謝の気持ちに、その外見からは想像できないほど嬉しさ感じていた。

 

こんな二人は、桐生が担当しているツアーで出会った。彼が、五大陸旅行社のイギリスツアーを担当した時、15人の参加客の大半が中高年を占める中、たった一人、二十歳代後半の女性が参加していた。それが香織だった。小柄でかわいらしいタイプの美人で、当時は黒髪のセミロングだった。そのうえ女医な彼女は、他のツアー客に、とてもかわいがられた。

ツアー客は、通常、グループは、一か所に固まって食事をするが、一度だけ席数が足らず、唯一の一人参加だった香織が、添乗員の桐生とドライバーと共に同じテーブルで食事をする機会があった。彼女は、英語を流暢に話して、二人の会話に溶けこんで、そのノリの良さはドライバーを喜ばせた。桐生が、このイギリスツアー中で、唯一彼女のことを覚えているシーンがこれだ。他は、空港での受付の時、「ずいぶんと若い人が来たなあ。」と思ったことくらいしか覚えていない。

無事にツアーが終わって、帰国して3日くらい経ってからだろうか。桐生は、こまめに更新しているフェイスブックで、丁寧なメッセージが添えられているフレンド申請を見つけた。

「あれ?この人、この前のイギリスツアーに参加してた方じゃないか?」

Kaori Matsumotoとローマ字で名乗っているのは、まちがいなくイギリスツアーに参加していた松本香織だった。

==============

「最初のアプローチは香織さんからだったの?」

すっかりビーフを食べ終えた国定は驚いて言った。

「うん。この時は、フェイスブックでフレンド申請が来ただけど。そんなに意外かな?」

「意外だよ。何度か会わせてもらっているけど、そんな積極的なタイプには見えない。」

「そうか。そうかもな・・・」

国定は、桐生の制止を振り切って四杯目のワインを頼んだ。大きなグラスので四杯目は、ボトル一本を超える量だ。酒に強いとはいえ添乗中だ。桐生は、一緒に水をオーダーして国定に飲ませた。

ワインと一緒に頼んだチーズの盛り合わせから、ひとつまみした国定は、話の続きが気になってしかたない。

「まあ、ここまで来たら話してやるか。」

桐生は、続きを話し始めた。
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桐生は、国定の「もてなくてつらいよ話」を封じようとしたが、先手を打たれてしまった。

「この前のお見合いは、手応えあったような気がしたんだけどなあ・・・。」

桐生と二人になると、国定は、よくこの手の愚痴話になる。駒形の前ではしない。「女々しいやつ」と小馬鹿にされるからだ。

「見合いが失敗したのはお前のせいじゃないと思うよ。」

ここは桐生が、本気でフォローを入れた。

「相手は、お客さんの姪だったよな。その気がなくても、お世話になってる叔母からの話は断れなかったんじゃないか?案外仕方なく受けたのかもよ。ベリーショートな彼女の写真を見る前の国定だって似たようなもんだったろ。」

「駒形みたいな嫌味を言うなよ。・・・でも、いい感じで話ができたと思ったのになー。」

「その人、きっと、会合やパーティーで、初対面の人との接し方を、かなりしっかり心得ているんだよ。相手がどんな人でも、不快感を与えずに、当たり障りなく接することができる人だったんだよ。そういう社交術を身につけている人は、確かにいる。ファーストクラス・トラベルのツアーなんて、そういう人たちの集まりだ。」

「まあ、それを言われると何も言えないんだけどさ・・・」

三週間前に終わった見合いの話を未だに引きずっている国定を見て、少し桐生はあきれた。相手が素敵な女性だったとはいえ、たった一度、数時間会っただけなのだ。それなのに、大切な何かを失ったような顔をしている。

「そのうち、また機会があるよ。きっと、いい出会いがあるって。」

「機会ってお見合いの?」

「いや、他にも、こう・・・どこかで出会いの機会が。」

「どこでそんなものあるんだよ。」

「知るかよ。」

適当で気持ちがこもっていない励ましの言葉が、なおさら状況を面倒くさくしてしまった。いや、単に国定が面倒くさい男なのかもしれない。やがて、彼は、小さくため息をついて下を向いた。ようやく静かになってくれて、桐生はほっとして、しばらく放っておくことにした。

すると、すぐにリンダ―ブルスト(牛の胸肉のコンソメスープ煮)が運ばれてきた。とてもいいスープの香りだ。

「二人で分けるんでしょ?」

地獄の番人・・・いや、ウェイターは、気を利かせてとりわけ用の皿も持ってきてくれた。

国定は、下を向いたままだ。桐生が、「うまそうだ。食おうぜ。」と、言っても反応しない。肉が冷めたらもったいないので、桐生は、先に大皿から二枚ある肉のうち、一枚を取ろうとした。すると、下を向いたまま、国定は、それを遮るように、スーッと自分のほうに大皿を寄せた。

「俺が頼んだ。」

ちらっと上目遣いで呟く国定に、さらに桐生はあきれた。

「分かったよ。美味そうだから、俺にも食わしてくれって言ったろ?」

国定は、小さなほうの肉を小皿に移して桐生に渡して、自分は大皿にある立派な肉を食べ始めた。

「うーん・・・美味いね。」

俄かに表情が明るくなった。「お前はメンヘラ女子か!?」と、駒形なら突っ込んでいただろう。だが、優しい桐生は、グッとその言葉を飲み込んだ。

「ねえ、真面目にさ。聞きたいことがあるんだけど。」

肉をひとくち食べた国定は、桐生に問いかけた。

「桐生ちゃんの奥さんて、元々ツアーのお客さんでしょ?」

「まあね。」

「どうやって結婚に至ったの?結婚式では、知人の紹介って言ってたけど、あれは嘘だよね。まさか、お見合いや合コンとかで、偶然再会したとかじゃないでしょ?」

「まあね。」

「俺たち付き合い長いけどさ、そのことだけは、詳しく話してくれたことないよね。」

「国定にだけじゃないよ。誰にも、あまり詳しく話したことはない。」

「そう。相手は女医さんだろ?しかも、奥さん名義のマンションに転がり込むって言ったら失礼なのかな?でも、かなり特殊な例だよね。気になるんだよなあ。」

「うーん・・・。お前には、香織を紹介していて、すっかり知り合いだもんなあ・・・。それを考えると、いろいろ話しにくい。」

「・・・そうか。いろいろあったの?」

「うん。あった。」

「そう・・・。いいなあ、いろいろあって。」

再びメンヘラモードになりそうな国定を見て、桐生は言った。

「言っておくけど、お前の参考にはならないと思うよ。話さないのは、いろいろ恥ずかしいやら照れくさいことが多いんだよ。だから、誰にも詳しく話したことはない。」

国定は、意外そうな顔をしている。

「駒形にも話したことないの?」

「ないよ。敬ちゃんは、他人のそういうところには、全く興味がないからな。聞かれたこともない。」

「へー・・・。」

「そうだなあ・・・。国定には話してもいいかな。確かに、お客さんとの結婚て特殊だよな。お前が変なことにならないように、これを機会に話してもいいかな。男同士の秘密ってことで。参考にはならないけど。」

「いいねえ、男同士の秘密の恋バナ。今後の参考にさせていただきます。」

「だから参考にはならないって!」

桐生は二杯目、国定は三杯目のワインをおかわりした。ビーフのコンソメスープ煮は、少々塩辛く、フランケンワインによく合った。
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落ち込んだところで、過去の様々な業界のピンチを振り返ってみる。

9.11の時、世間の海外旅行熱は一気に冷めて、業界はどん底に落ち込んだ。だが、年明け春から夏に向けての需要は一気に高まり、あっという間に元に戻るどころか、以前を上回った。

リーマンショック時は、かなり不況が長引き苦労した分もあるが、その分旅行会社も添乗員も、一本一本のツアーを大切にして、意識と質の高い仕事に努めることができた。売り上げが極端に落ちていた時期もあるが、各旅行会社の回復に備えての準備は怠りなく、不況に対する恐怖感が薄れていくと、僕ら添乗員の仕事も順調に増えていった。

3.11の時もそうだった。被災地を中心に、東日本全体が災害の影響を受けて、海外旅行業界など、当分だめだと思われていたが、6月頃には飛行機は混みあい始めた。被災地問題は、まだまだ残っていたが、それとは別に、海外旅行業は劇的に素早く回復した。

 

ひとつひとつを見ていけば結果論であるが、どのケースでも、悲惨な状況を抜けた後は、それを忘れさせてくれるくらいの好景気が待ち受けていた。大変な状況になる度に「当分、海外旅行に人は戻って来ない」と言われていたが、状況が許すとすぐに、旅人は皆、スーツケースを持って空港に現れた。

今回のコロナ禍は、期間がこれまでと比べるとかなり長く、旅行再開の条件が「感染の収束」という具体的なものであることが、これまでとは違う。テロ後、震災後、リーマンショック後は、(人によって条件は違うが)一般市民が旅行する気になれるかどうか、いわゆる「気持ちの問題」が業界の景気回復の鍵だった。

今回は、人々の気持ちは、すでに旅先に向かっている。海外旅行のオンラインイベントに多くの人々が参加している様子見ても、その傾向がはっきり見て取れる。感染収束を願いながら、一時的に募集したツアーにも、それなりに予約があった(当然催行中止になってしまったが)

昨年の今ごろ、EU内では旅行市場が一時的に動いている(第二波ですぐにとまってしまったが)。そして、今年の7月にはワクチンパスポート合意のもと、再び本格的に人々の流れが始まろうとしている。現在、イギリスでは22か国を対象とした外国旅行再開に動きだしている。常に動き出す準備はできている。

業界の全てにおいて、あとは「収束」だけなのだ。(それが大変なのだろうが)

 

だから思うのだ。ここまで踏ん張ってきて、添乗員をやめてしまうのは馬鹿げていると。

過去のピンチでは、業界全体が大打撃を受けた中で、多くの添乗員が旅行の現場を去っていった。

仲間同士や、所属先の派遣会社の人の中には、こういう非常時にヒステリックになり、必要以上に悲観的な業界の展望を、必要以上に高らかな声で叫び、危機を煽る人がいた。信じやすい人の中には、それを鵜呑みにして、すぐに添乗員という職を辞したものもいる。

経験はあるのだが、能力的に劣り、ツアーの本数が少なくると仕事が回ってこなくなる人や、有望なのに、まだ経験が乏しいが故にツアーが回ってこなくなった若手などの多くがここに含まれた。だが、いずれの時も、業界の回復は予想よりも遥かに早かったため、よほどいい仕事につけた人以外は、結果的に早まった行動をしたことになったと思われる。

対照的に、アルバイトと私生活での節約でピンチを乗り切った「残った組」の人たちは、添乗員が足りないくらいの状況の中で、充実した仕事場を取り戻した。

 

毎回同じことが繰り返されている。だから、今添乗員として踏ん張っている人。ここまで来たら踏ん張り通して、明るい未来を掴もうよ。今辞めるなら、とっくの昔にやめておけ。

これからなろうとしている人。収束の気配を感じたら(いつだかはわからないが)、すぐにでも募集してみよう。間違いなく人材不足に陥るから、努力次第では、早いうちからいい仕事をもらえるかもよ。

 

この業界に入ろうとしていたのに、募集がなく、あきらめざるを得なかった若者たち。準備はしていても、ビジネスが動いていない現状のこの業界では、何も積み上げられない。今はあきらめたほうがいい。

だが、やむを得ず人を減らしている旅行業界全体では、コロナ収束後に、必ず人出不足が発生する。君たちの就活時代に募集しなかった分は、やがて「労働力の空洞部分」として鮮明に現れるだろう。

もし、その時にまだ旅行の仕事に興味があれば、中途採用に挑んでみるといい。活躍の機会は、きっと残されている。それまでは、別のところでかまわないから、実務経験を積め。

え?今いる業界でやりがいを感じてしまったら?それはそれで、いい出会いだったんだよ。

 

まだまだ道のりは長そうだけど、明るい旅行業界と添乗員の未来はきっとある。

将来、僕は「コロナ禍に潰された経験」でなく、「コロナ禍を乗り越えた」話をしたいし、書きたい。

ブランクが心配だなんて言っていられないなあ。
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いつの間にか、コロナ禍の中で二度目の誕生日を迎えてしまっていた。202032日に南アから帰国して1年と3か月。

いつも前向きでいようと努力はしているものの、コロナ禍のような時に、誕生日といった節目を迎えると、その間に失ったものが、急に頭に浮かんでくるから不思議だ。

 

収入は、そこには含まれない。常日頃から感じているから、急にそれを意識する状態には、いまさらならない。

今、一番意識しているのは、ここ一年以上、本業におけるキャリアの積み重ねができていないということだ。いわゆるブランクだが、添乗員というのは、現場では一人で業務を行う仕事で、「えーと、これなんだっけ?」などと人に聞くことはできないから、正直、そこは不安だ。

コロナ禍は、まだしばらく続く。僕のブランクは、おそらく2年以上に及ぶ。最後に添乗に出た時と比べて、僕の体はどれくらい変わっているだろう。あの時は、難なくこなせた時差の中での体調管理はできるだろうか?英語は、きちんと出てくるだろうか?あの時までは、バスの中でスラスラ話せていた現地事情や歴史の話は、すぐに同じようにできるのだろうか?

時々考えると怖い。その中で、取り戻せるものを考える。英語は取り戻せるだろう(どうせ元々大したことないし)。知識もトークも、勘が戻ればなんとかなる。きっとツアーが決まった時点で意識が変われば、ある程度、最初からなんとかできる。

どうにもならないのが、体力面だ。年齢が上がっていくほど落ちていく体力は、どうにもしようがない。ずっと現場に出られていれば、少しずつの変化だから、自覚しながら対応できるが、ここまでブランクが長くなってしまったら、以前と同じツアーの仕事をしていても、「え?僕はここまで時差に弱かったっけ?」とか「あれ?昨日の疲れが思ったよりも取れていない」という精神的なショックを経験することになるのだろう。

そして、海外に出られなかった二年間(二年と決まっているわけではないが)という事実は、絶対に取り戻すことはできない。キャリアを積み重ねる機会を逃したという点だけでいうと、とても重い二年間だ。

 

今、この時点で考える海外旅行業界が暗い。働いている人たちを個人的に見ても、業界全体を見ても。若い人が、入りたいと言ったら絶対に止める。今の状態では、大切な若い時期に一切のキャリアを積めないことになる。

 

しかし、考えてみる。このコロナ禍ほどではないが、平和産業である旅行業界には、以前からピンチがたくさんあった。その際に、多くの痛手を負い、人材が去りつつも、業界は栄えた。

僕も、今のところは生きている。

 

続きは次回。
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