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(これまでの登場人物は、こちらでご覧ください。)
例によって間隔がかなり空いてしまったので、過去5話分の話を添付しておきます。
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9月の終わり。杏奈が添乗の現場に戻って三か月が経とうとしていた。それは、愛がアラスカに帰る時期でもあった。
オーロラ観光シーズンに合わせて戻るのだ。毎年アラスカに行く前は、仲良くしている添乗員たちと個別に会って行くのだが、この時は、奇跡的にみんなで集まれる日があることが分かり、一斉に声をかけた。
一番かわいがっている後輩の雪輪元子、親しい先輩の福居優佳、若手の頃、よく面倒を見てくれた柳原和美、そして震災の時に親しくなった木崎杏奈。男性は、元から仲が良い高松洋平、尊敬する巴匡人が顔を揃えた。場所はいつものイタリアンだ。
「この時期にこれだけ集まれるってすごいな。」
洋平が、信じられないという表情で感心していた。
「みんな愛ちゃんのことが大好きだからね。」
和美は、知り合いの若い娘を自慢するように言った。
「なに?その近所のおばちゃんみたいなノリ。」
匡人はいつも通り口が悪い。
「相変わらず無礼者ですね。」
匡人の口の悪さに優佳が突っ込みを入れた。
「まあまあ。大丈夫よ。私、本当におばちゃんだから。」
「そういう問題じゃないです!」
正義感の強い優佳は譲らない。
「『そういう問題じゃない!』じゃなくてさ。おばちゃんじゃないってことを否定しないとフォローにならないよ。」
匡人が優佳を茶化した。
「むかつくー。まじむかつく。」
優佳が、ムキになると洋平が笑った。
「でも、巴さんと福居が一緒に飲むようになるとはね。」
心底意外そうに洋平が言うと、優佳は赤面した。
「ちょっとだけ大人になったんだよ。お互いにね。」
匡人はすました顔で言った。
「しかも二人だけで飲みに行ったんでしょ?ほんと、大人になったよなー。」
「え?二人で飲みに行ったんですか?」
「いついつ?なんで?」
愛と杏奈が興味津々そうに聞いてきた。優佳と匡人のサシ飲みは、かつての不仲を知るものにとっては、それほど意外だった。
「震災から一か月くらい経ってからかな。飲みのテーマは木崎。」
匡人は白ワインが入ったグラスを口に運びながら淡々とこたえた。
「え?わたし?」
今度は杏奈が赤面した。
「そう。君を添乗現場に連れ戻す作戦を立てていた。な?」
そう言って相槌を求めると、優佳は無言で頷いた。そして、杏奈を見つめて、しみじみと言った。
「よく戻って来たよねえ。」
「ほんとだな。福居が居酒屋に行って、説得まで行かなかったと聞いた時は、さすがに諦めた。」
「ご心配おかけしました。」
杏奈は、照れくさそうに頭を下げた。隣に座っていた元子が微笑みながら、杏奈の肩を撫でた。
しばし、沈黙が流れた。なんとなく会話が止まったのもあるが、何人かは、杏奈がドルフィンを離れたきっかけが震災だということを思い出し、それからのことを思い出していた。
「あの時は、こんな普通にアラスカに帰れるなんて思ってもみなかった。」
みんなが黙って飲んで食べていると、愛が呟いた。
「あの時って?」
ぼーっとしていた和美が聞いた。
「ああ、すみません。震災の時です。」
「ああ・・・確かにそうね。」
ふと思い出してしまった。他の皆より、年齢が高い和美と同年代の添乗員仲間は、震災を境にかなり業界を去った。杉戸や旅行会社は、震災直後にツアーが激減した時、それまでのアンケートや顧客からの評判を根拠にツアーを割り当てた。そこに入れなかったベテラン添乗員は、プライドを傷つけられて「長年頑張ってきたのに・・・」と、不満を漏らしながら辞めていった。「この辺りが潮時」と引退した仲間も少なくない。
ツアーを順調にもらっていた和美は、彼らと同じ種類の苦楽を共にすることができなかった。「よかったわね」と言ってくれた者もいるが、「なぜ柳原だけ」と、嫉妬の感情丸出しにされて、関係が壊れてしまった仲間もいる。
業界全体が不安定な状態で、自分の発言がどこから漏れて、どのように捉えられるか分からないから、誰にも相談もできなかった。だから優佳や匡人たちとの関わり合いは、和美の心の支えだった。
「アラスカに帰るってかっこいいな。」
少し沈んだ表情になった彼女を見て、雰囲気を変えようと匡人が愛に話を振った。
「日本に来るときは帰るって言わないの?」
洋平が乗った。そういえば、愛は日本に来るときもアラスカに行く時も「帰る」という。いったどちらなのだろう。
「どっちなんですか?」
元子が本気で不思議そうに聞いた。
「私が帰るところは、自分の仕事があるところ。だから、アラスカにも日本にも帰るの。」
「おおー・・・。」
皆が感心して頷いた。「愛なら日本にいても、ずっと添乗の仕事があるはずなのに」ということは、あえて誰も突っ込まなかった。
「愛さん、アラスカの仕事って楽しいですか?」
元子が興味深げにしている。
「楽しいよ。正確には、アラスカだけでなくイエローストーンとか国立公園のツアーもやるけどね。元子もその気になった?」
愛は、時々、他の添乗員をアメリカガイドの仕事に誘う。出入りが激しいガイドの仕事は、いつも人が足りない。横田基地騒動の時に一緒にいた仲間のうち、確実に二人は戻って来ないことが分かっている。この数か月の間に、能力を伸ばした元子は、本気で欲しい人材だった。
元子も愛の生活にには少し憧れていた。添乗員だけでなく、同じ場所に滞在しながら季節の移ろいを感じつつ仕事をするガイドの仕事も、また魅力的だった。それらを同時にこなしている愛には、本当に憧れていた。
「だめ。絶対だめ。少なくとも今年はだめ。」
「わ!おつかれさまです!」
テーブルのそばに、まるで気配を消していたかのように杉戸が立っていたので皆びっくりした。ふだんは動じない匡人や優佳まで目を丸くしている。杉戸は、クールな表情の中に「してやったり」の雰囲気を漂わせながら、空いている席についた。
「和泉。雪輪を連れていっちゃだめだよ。」
「え?いや・・・」
計画を見破られた愛は、汗をかきながら動揺している。みんなは面白半分に眺めていた。杉戸の口調はコミカルにも聞こえるが、態度は毅然としているように見える。
「今年は特に絶対だめ。これから忙しくなる時に、二人も取られてなるものか。」
「二人?和泉が連れて行こうとしているのは、雪輪だけですよ。」
優佳がすぐに突っ込んだ。
「もう一人は和泉本人だよ。こっちにしてみれば、連れて行かれるようなもんだ。」
「あ、なるほどね。」
優佳が愛に視線を送ると、気まずそうにしていた。毎年、愛の渡米時期については、本人とドルフィン側の話し合いで揉めるのだが、今年も例年通りだったようだ。
「今日は遅かったですね。なにかトラブルですか?」
洋平が話題を変えたが、実際、杉戸の登場は遅かった。添乗員たちの集まりに呼ばれたら、いつも早くから来るのに。
「夕方になってから急な来客があってさ。話を聞いていた。」
「急な来客ですか。」
「大橋だよ。挨拶に来た。」
「大橋?来客ってあいつは客扱いなんですか?」
少々不機嫌そうに匡人が言った。
「うん。既にドルフィンの登録からは外してあるしね。」
「ふーん・・・。」
まったく興味のなさそうな素振りをしている匡人。
「もう許してあげたら?」
「そうですよ。もう終わったことだし。」
和美と優佳が、お願いをするように言った。
「とっくに許しているよ。」
とてもそうは思えない匡人の態度を見て、みんな「どこが」と思った。
「巴が許すとかどうかは別にして、彼もようやく立ち直ったみたいだ。とりあえずよかったよ。」
「立ち直れたの?おおー。それはよかった。だよね。でなきゃ挨拶に来れませんよね。」
匡人の表情が明るくなった。その言葉に皮肉は込められていないように思われた。
「巴さん、本当に許しているんですか?」
「そう言っただろ。」
「うそー!私だったら絶対に許せないけど。」
「できない若手が苦しむ気持ちを理解できるようになったのね。」
洋平、優佳、和美が容赦なく突っ込む様子を見て、愛と元子は手を叩いて喜んでいた。杏奈は、笑いながらも、匡人が大橋を許したのであれば、それを信じられなかった。同じことがあったなら、きっと自分は許せないからだ。
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長くなったので、後半をつくります。次回こそ最終回。
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