マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ

自称天使の添乗員マスター・ツートンの体験記。旅先の様々な経験、人間模様などを書いていきます。

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一度隠した指先を、再びゆっくりと出しながら、M田さんは話を続けた。

「ペルーのすべての場所が危ないわけではないです。でも、このリマでの外出は、我慢してください。時々、『汚いかっこうをしていれば大丈夫だろう?』と仰る方もいらっしゃいますが、それもだめです。スリや強盗は、身なりでターゲットを決めるのではなくて、ホテルから出てくるところを狙っています。被害者にとって事件は突然起こるものですが、犯人は、計画的なんです。出口でずっと見張っていて、出て来てからついて歩く。人目につかないところで、1人のところを狙われます。」

キリッと、きっぱりと注意を促した。静まったところで、さらに付け加えた。

「私の被害も、彼らにとっては計画的だったと思います。危険な通りだから人が少ない。信号で待っていても、他に人がいないのです。赤信号でタクシーが止まる。乗客は非力な女性。絶好のチャンスだと思われたに違いありません。おかしな言い方ですが、スリや引ったくりは、本当のプロなんですよ。」

ペルーに来るお客さんは、ある程度旅慣れている方が多い。「旅人」として、しっかりとしたプライドをお持ちの方もいて、時々扱いにくい時もある。でも、この時のM田さんの実体験に基づいた案内は、かなり効果的だった。

「あなたはペルーに来て何年目ですか?」

不意に、年配の女性客がたずねた。

11年目です。」

「(驚いて)その若さで!?」

「はい。・・・・いろいろありました。それはまたあとでお話します。」

ホテルに入って、夕食時間を案内をして、お客様にはお部屋にお入りいただいた。このホテルには、日本人女性がいた。いわゆる移民だった。最初は従業員かと思ったが、

「私は支配人です。創業したのは父ですが、今では私が全てを任されています。」

へー・・・。僕は、ほとんど旅行の現場しか知らないが、ペルーでは、ガイドや旅行会社以外でも活躍している日本人は多いと聞いた。

「現地事情を心得ている日本の方ですから、防犯管理もしっかりしてますよ。」

M田さんが太鼓判を押した。

「M田さん、治安のことは言ってくれた?」

支配人が尋ねた。

「はい、もちろん。」

M田さんがこたえると、支配人は僕にホテルの防犯について教えてくれた。

「こんな静かなところでも、観光客が狙われることはあります。今日はみなさん、おつかれでしょうから出歩かないとは思いますが、くれぐれも気を付けるように、ディナーの時にもう一度仰ってください。」

「わかりました。」

「それと、このホテルは、外側の鉄柵に常時鍵をかけていますが、日没後は、内側からも合鍵がないと開きませんからご注意ください。つまり、お客様は、敷地外には勝手に出られません。防犯の一環です。」

リマは、本当に治安が悪いらしい。いつも宿泊する度に、似たようなことを言われていた気がする。

 

この日の仕事は終了のM田さんは、これでご帰宅だ。

「今日は、いろいろありがとうございます。本当に勉強になりました。」

僕は、素直に、心からお礼を言った。彼女はニヤリと笑って、

「これですか?」

と言って、右手の人差し指の傷を見せた。

目の前に持ってくると、本当に痛々しい。M田さんの手は、指が細く、長く、美しかったから、余計にそう感じた。

「いや・・・別にそれだけじゃなくて・・・。でも、確かにあの案内は効果的でした。『危ない、危ない』と言うだけでなく、実体験で、しかもその証拠が体に残っていて、見せられたら、とても説得力がありました。タイミング的にもよかったです。今日の観光中は、そういう心配がないところばかりだったから、『スリとひったくりに気を付けて』と言うだけ。心配なホテルチェックイン後の単独行動に備えて注意喚起。あれなら、お客様が、いつ本当に注意すべきか分かりやすい。完璧です。」

「ありがとうございます。でも、一番この傷にビビッていたのはツートンさんですよ。」

「・・・嘘!?」

「本当ですよ。一番心配ない人が一番ビビってるんだもん。笑いそうになりましたよ。」

「一番間近で見ていたからですよ。」

「あははは。そういうことにしておきましょう。」

「あの、失礼ですけど、・・・さっきのタクシーの強盗事件とその傷の話は、本当のことですよね?」

「もちろん!どうしてそんなことを聞くんですか?」

「添乗員でも、はったりで、人の経験を自分の経験のように言う人っているから。」

「あ、なるほどね。私の場合は本当です。」

「ふーん・・・そんな怖い思いをした話をよくできるなあ、とも思ったんです。」

女性は、恐怖体験をすると、そのトラウマが男性よりも遥かに深く記憶に刻み込まれるという話を、どこかで聞いたことがある。実際に、日常会話でもそう感じることはある。

「確かに怖かったですよ。しばらくの間は、思い出すのも嫌でした。でも、言わざるを得ない時があったのです。」

「どういうことですか?」

「今は、マチュピチュブームで、初めての海外旅行がペルーだという人も出てきましたが、ちょっと前までは、ずいぶんと旅慣れたお客さんばかりだったんです。私が何言っても舐められたんです。今日も、私がこちらに住んで何年か聞いてきたお客さんがいたでしょう?」

「いましたね。明らかに何かを探る聞き方でした。」

「私くらいの見た目だと(若造という意味で)、何年住んでいるとかが、お客さんにとっては、一種の「当たり外れ」になるらしいです。『その程度の居住期間なら、大してこの国のことを知らないだろ?』ってことをはっきり言われたことがあります。添乗員さんでも、そんなことってあるでしょう?」

「まあね。」

「そんな私が、どんな注意喚起をしても、誰も真面目に聞いてくれなかったんです。『そんなこと、お前よりも俺たちのほうが知っているよ』みたいな感じで。その時に、この傷のことを話したら、とてもみなさんが真面目に話を聞いてくれて。それ以来、必ず治安の話をする時は、これを見せています。」

ガイドさんも、信頼を得るまでは本当に大変なんだな、とつくづく感じた。「若い頃は、一部のお客様から舐められたり小馬鹿にされたと」という女性添乗員の話は、この頃はよく聞いた。

「この傷の話で、みなさんが気を付けてくださるなら、全然問題ありません。今日、一番ビビってたのはツートンさんですけど。」

「だからそれは・・・」

「いやー、あんなじーっと見られたら、また傷口が開くと思って隠してしまいました。すいません。あ、でも、私の案内は、傷の話で終わりではありませんよ。他にもいろいろ経験してるから、楽しみにしててください。自分の経験以外でも、ネタはたくさんありますから!」

確かに、彼女にはいろいろあった。それを聞けるのは、アンデスから帰って、もう少し、僕らが打ち解け

てからのことである。


2021年1月16日。コロナ感染者が日本で初めて確認されてから、一年が経ったそうだ。

僕は、2020年の1月15日にクロアチア&スロベニアのツアーに出発していた。国内初患者については、記憶にない。このブログ内でも、触れられていなかった。

 

僕も、世間も気にしていたのは、中国の動向だった。ただ、この時のクロアチアツアーが、コロナを全く気にしないで楽しめた最後のツアーだったことは覚えている。多少コロナのことを気にしはしていたが、脅威ではなかった。

 

自分にとってのコロナ禍は3月からだったが、実際の脅威は、この時既に始まっていたことは間違いない。なかなかその姿を見せないコロナ。

初感染者が見つけられた時、果たして既にどれくらいの人が感染していたのだろう。

 

1年経って思う。まさか、今も世界中がこんなに苦しんでいるなんて・・・。これを予想できた人物っているのだろうか。

次になにを書こうかと考えながら、過去に別のところで書いたものを眺めていた。南米は、ツアー割り当ての事情もあり、2014年の訪問が最後になっている。正直、アメリカ大陸との大きな時差は苦手なので、助かってはいるのだが(それが遠ざかっている理由ではない)、過去に書いたものを読んでみた時、実に良い体験をさせていただいていることに気付いた。特に、ガイドさんたちには恵まれていた。

ストーリーがいくつもあり膨大な量なので、ここでは、そのガイドさんたちにスポットを当てて、現地の様子を紹介していきたい。この「ペルー紀行」は、中断を挟みながらしばらく続けていく。

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M田さんとお会いしたのは、2010年の7月。10日間のペルーのみの中身の濃いツアーだった。比較的無理のないスケジュールのツアーだったのだが、ひとつ問題があった。2日目の朝、リマに到着するのが朝の7時。それから終日観光して、ホテルに入るというものだった。

なにが大変かって、想像してみよう。東京駅に、新大阪駅に、名古屋駅に駅に朝7時に到着する。さあ、バスに乗ってどこが観光できる?

「現地でガイドが考えてくれてますよ。大丈夫。今回のガイドはは当たりです。」

出発前の打ち合わせでは、そう言われていた。

日本からの長いフライトと、朝早くの到着で、意識も体もしゃっきりしない状態で、リマ空港の税関を通ると彼女が僕らを待ってくれていた。

 

浅黒い肌。豊かで背中を半分隠すほどの長い黒髪。長身でスリムな体型。凛とした雰囲気。ものすごい美人ではなかったけど、男性からすると、目を引かれずにはいられない女性だった。俗っぽく言えば「いい女」だ。年齢はちょうど30くらいか。ガイドしては若いと聞いていたが、その通りだった。

後から聞いたのだが、彼女も僕を見た瞬間は、「当たりだ。」と思ったそうだ。残念ながら、見た目のことではない。

「最近、ツアーが多いせいか、若くて何もわかっていない、話が全然通じない子が来ることが多くて・・・。たまに年齢がいってる人が来たと思ったら、不慣れな人だったり・・・。そういう添乗員さんに限って、ちょっとうまくいかないと、ガイドへの文句がすごくて。ツートンさんを見た時は、慣れてる人が来てよかったなあと思ったんですよ。」

仕事相手としては、相思相愛だったが、最初の10分くらいは、僕の彼女への印象は、あまりよくなかった。後から「ベテランが来たと思ってほっとした」と聞くと、そういうことだったのかと理解できるが、初対面での挨拶が、あまりにフランク過ぎるたと、朝7時からの都市部の観光という、イレギュラーなものの段取りを、全てこちらに押し付けてくるような話し方には違和感を覚えた。そのため、僕は、話を始めて間もなく、ややきつめに一言返した。

「日本から来た僕よりも、そちらが情報持ってるに決まってるでしょう。段取りの提案は、まずそちらからしていただくのが筋じゃありませんか。」

「あれ?」という表情を見せたM田さんは、すぐに何かを切り替えたように、

「そうですね。まずは、みなさんをバスにご案内しましょう。」

と、言って行動を開始した。リマの空港は、出発の準備が全て整ってから、ドライバーが空港駐車場の料金を払いに行く。それからでないとバスを出せない。その間、僕はM田さんと打合せをした。

「僕自身、ペルーは二度目なんです。はっきり言ってよく知りません(お客様には、はったりで5度目と言っていた)。これまでのレポートでも、この時間に到着するフライトを使ったツアーはなくて、いろいろ調べたけれど、正直、無策です。基本的に動き方はお任せします。周り方だけ事前に教えてください。もちろん、なにかあったら、責任はこちらでお取りします。」

「わかりました。」

当然、彼女はプランを用意しており、スラスラと説明を始めた。

「海岸線をドライブするのはいいけど、このお土産屋さんは市街地から遠すぎませんか?」

「通勤ラッシュのために、かなり渋滞しますが、じゅうぶんに時間がありますから大丈夫ですよ。それに、この時間の到着ですから、みなさんも眠いですよ。ドライブは、よく眠れるいい休憩時間です。お土産屋さんも、こういう日ならいい休憩場所ですよ。」

という具合に、こちらの不安を解消するアドバイスもすぐにくれた。お客様にも、

「今日ほど、お買い物の時間を取れることはないですよ。ここは、現地の本当の名物が揃っていますから、しっかり時間をお取りします。」

と、余り過ぎている時間を、上手な物の言い方で有意義な時間に変えていた。調子のよい言葉を、お客様に簡単に受け入れてもらえたのは、彼女の話し方と頼り甲斐のある見た目が、かなり影響していたと思う。

 

お客さんの質問にもきちんと答えていた。たとえ、それがどんなに馬鹿げていた質問でもだ。

「M田さん・・・私ね、高山病かしら・・・。なんだか気分が悪いの。」

と、いうトンチンカンな物言いに対しては、

「あら、大丈夫ですか?でも、リマは標高はほとんど0mですから、高山病の心配はありませんよ。日本との時差や、長旅のお疲れだと思いますよ。慌てないでくださいね。」

と、とても優しくこたえて周辺を笑わせた。
「リマってこんな天気になるんだねえ・・・山のほうは・・・マチュピチュは晴れるのかなあ・・・」

という心配には、丁寧な説明でお客さんを安心させた。

 

ペルーは、海沿いのコスタ(リマやナスカはここに含まれる)、シェラ(ガイドブックではアンデスと紹介されていることもあり。この中でさらに細かい地域に分けられる。クスコやマチュピチュは、ここに含まれる)、そしてセルバ(アマゾン川流域のエリア)の3つの地域に分けられる。分かりやすいように、これからは、シェラをアンデス、セルバをアマゾンと書こうと思う。

日本からのツアーが訪れるのは、だいたいコスタとアンデスだ。アマゾンに関しては、行かないどころかペルーにアマゾン地域が存在することさえ知らない人が多い。実は、国土では一番広い面積(60%)を占めるている。日本人の訪問客が少ない一方で、地元民や米国からの観光客には、なかなか人気があるらしい、

この3地域は、面白いことにコスタ、アマゾンの二地域とアンデスで季節が真逆なのである。真逆と言っても、言い方が微妙に違う。現地の言葉に倣っていえば、コスタには夏と冬がある。四季もあるらしいが、ガイドさんは夏と冬で分ける人が多い。

夏は晴天続きだが、冬はフンボルト海流(寒流)が流れ入るおかげで、海上の温かい空気が飽和状態になり、霧が発生して、どんよりとした天気が続く。ただし、雨はほとんど降らない。そのおかげで、大昔に描かれた「ナスカの地上絵」が残っている。雨が降らないので、雨季、乾季とは言わない。

これに対して、アマゾンとアンデスの季節訳は、雨季と乾季である。

アマゾンでは、2つの季節の間、沼や川の水位が場所によっては4~5mも変わることがあるそうだ。

それほど極端ではないが、アンデスの季節も雨季と乾季である。ただし、標高3000mを超えるクスコをはじめとする本格的な高地と2000mほどのマチュピチュでは、はっきりとした違いがある。クスコは完全な高山性の気候だが、マチュピチュは、亜熱帯性の気候だ。生息している植物の種類も数も、同じアンデスにありながら、両者はまったく違う。

このシリーズで訪れた7月は、アンデスが乾季、コスタが冬であった。

「だから、マチュピチュもクスコも、きっと天気はいいですよ!」

M田さんが、自信を持って、みなさんを励ましていた。

 

コスタの冬は、少々やっかいな時がある。たとえば、ナスカでは雨は降らないが、毎朝、霧が発生する。ナスカ地上絵を観るセスナ機は、有視界飛行だから霧が出たら絶対に飛ばない。第一、飛んでも地上絵は見えない。霧はすぐに晴れる時もあれば、午前中いっぱい続くこともある。冬にナスカを訪れるツアーで、遊覧飛行をあきらめて帰ってくるツアーは、決して少なくないので要注意だ。

そういった意味では、このツアーは、ナスカで2泊取っており、慎重につくってあった。

同じ地球の上とは言え、日本からすれば完全な地球の裏側。たどり着くには多大な時間を要する。ようやくやってきたペルー。ナスカ、マチュピチュ、クスコ・・・お客さんの希望が膨らむ一方で、「もし見られなかったら・・・」という不安も膨らむ。そんなすべての思いを、彼女があたたかく包みこんで、時には盛り上げ、時には和らげていた。

昼食をゆっくりとって、時計は午後1時半。すべての観光は終えている。でも、まだホテルにチェックインできる時間ではない。

「私がいつも行っているスーパーにみなさんをご案内しましょう!」

この時代、現地のスーパーやデパートへの案内が流行りだしていた。特に女性客には大人気だった。しかも、ペルーの食材の種類の多さは半端ではない。総菜は、ツアーには食事がついているから、お求めになっていないが、気になる果物や飲み物などは購入されていた。

「このスーパーでは、ジャガイモは全部で4種類あって、お肉の付け合わせ、シチュー・・・料理によって使い分けるんですよ。このトマトはね・・・。」

パワフルに、そして楽しく説明しているうちに、あっと言う間に時間が過ぎた。やがて、中心部から、少し離れた中型のホテルにチェックインした。ここで、お客さんからあらためて質問がきた。これまで訪れた観光地、お土産屋さん、レストラン、そしてホテルも、周りを有刺鉄線のついた塀で囲まれており、頑丈な鉄の扉があり、その中に建物があった。そのことについてだ。

「残念ながら、リマは治安が悪いのです。安全を確保するのには、これくらいは必要なんです。」

一瞬、シンとするお客さんたち。

「脅しではありません。私も、このペルーに来る前に、いろいろなところに行きましたけど、住んでみて、リマの怖さを知りました。」

 

急に落ち着いた口調で、話し始めた。

「去年、危険な通りを夜にタクシーで通ったんです。車の中だからと安心していました。そうしたら、信号待ちしている時に、いきなり窓ガラスを割られたんです。ハンドバッグを取られそうになったので、必死に抵抗しました。・・・結局取られてしまいましたが・・・・少し落ち着いてから、右手の人差指に激痛を感じたので確かめてみたら、指の第一関節が、ありえない方向に曲がっていたんです。いや、曲がっていたように見えたんですね。」

人差し指を上げて、自分の近くにいるお客様たちに見せながら続けた。

「折られたのではなく、切られていたんです。おそらくナイフでスパっと。繋がっていたので、曲がったように見えていたですね・・・病院に行って繋げることはできたのですが・・・これはその時の傷なんです。」

 

ざわめくお客さんたち。僕もかなり驚いて、じっと見つめていたのだろう。視線に気づいたM田さんは、みなさんに見せていた右手の人差指の先を左手で隠した。

2021年1月12日。僕にとっては、大衝撃的なニュースがメディアを駆け巡った。

「年内に一定水準の人口免疫や集団免疫を達成できないと予想する」

2020年大晦日に初の千人超え、その後間もなく二千人超え、首都圏に始まり、次々と拡大されていく緊急事態宣言。まったくいいことがない。その中でも、このWHOの発言は、特に衝撃的だった。

 

まだ1月だ。それも、半分も過ぎていない。あと1年、この状態が続く可能性が強いと思った時、僕の心の一部に、ヒビが入る音が聞こえた。WHOは組織の性質上、純粋に感染に関することだけコメントして、それに影響される政治や文化活動などについては、触れないことが多い。

しかし、これを扱うテレビニュースやネットのコメントでは、オリンピックの開催について上記のニュースを結びつけるものが多かった。

 

オリンピック開催については、困難だと思いながら、僕の中には願望がある。いや、あったというべきか。

開催されるということは、日本と諸外国の間で、人の往来が発生するということだ。「そんなところにまで到達できるのか?」と懐疑的ではあったが、それが可能になれば、海外添乗再開の道筋が見えるような気がした。だが、選手を含めた関係者のワクチン接種優先くらいの策しか表に出てこない。それでも願望が消えないのだ。心の中では、それ以上の絶望感を感じている自覚があるのに、自分をだましている。

「夢を見るのもいいかげんにしろ」と思う方もいるだろう。しかし、愛すべき本業を失い、いつ再開されるかもわからずに時を過ごしていると、僅かなものにでも大きな希望をかけてしまうものだ。これまで似たような状況の人を見て、「現実を見ていない愚か者」と、心の中で蔑んだことがあったが、今ならわかる。どうしても、気持ち的に捨てられないものがある。

 

しかし、このまま2022年になるまでは待てない。これまでは、国からの支援金をいただきながら、いつ海外旅行が再開されてもいいように、短期的に収入を得られるものを見つけてきた。これからは、ある程度長期にわたって収入を得られる仕事を見つけなければいけない。添乗の仕事に戻ると決めているとはいえ、常に懐が気になる状態では、気分的にも滅入ってしまう。見つかるかなあ・・・。それでも生き残らないといけない。

 

コロナを気にし過ぎなのか、最近、変なことが多い。

ある朝起きて、倦怠感を感じるような気がして熱を計ったら、実際は平熱よりも低かった。「逆コロナかよ!」と、自分で突っ込んでしまった。

ある時、自分がコロナだったらどうしようと、カフェでコーヒーをいただいきながら心配していたら、「うわー、今日はコーヒーの香りがよく感じるなあ、美味しいなあ。ん?美味しいってことは、コロナじゃないか。」と、自分で突っ込んでしまった。

ある日、味も香りもなにも感じず、「やばい・・・やばい、やばいやばい!」と焦ったら夢だった。動揺して目覚めた自分に「夢かよー!」と突っ込んでしまった。

 

ちゃんと対策はしている。接触している人間は限られており、彼らの中にも発熱などの体調異変を訴えている人はいない。検査も受けた。今のところ、コロナでない確率は高い。

 

体だけでなく、自分の心も管理しなければ。「心のコロナ」にも気を付けよう。

お客様の耳のことは、お友達も気づいていなかったようだ。

「あなた、何を聞いてたの?ちょっと変な時あるわよ。ツートンさんが、一生懸命話しているのにトンチンカンなこと言ったり怒鳴ったり。」

「マスクを外してお話したら聞こえますか?」

と、僕が尋ねると、ようやくお友達も気づいた。

「そういうこと?・・・あれ?でも、私と部屋で話している時は、マスクしてても普通にお話できるのに。」

「え?」

僕は、お客様を見つめた。二人は、ふだん同居でしているわけではないので、お部屋でもマスクを外さずに会話をしているとのことだった。

「部屋の中では、まわりの音がないから聞こえるのよ。それと、女の人の声のほうが聞きやすいの。あなたの話は、バスに乗ってる時も聞き取れる。」

「ああ・・・そういえば、今までの添乗員さんは、みんな女性だったわね。」

「周りの雑音ばかりが耳に入って、肝心なものを聞き取れない」、「男性の太い声は割れて聞きにくい。女性の声のほうが聞き取りやすい」という声は、ご年配のお客様から時々聞こえてくる。そういうたいていの方は、「いろいろ聞き返してしまうかもしれないけど、よろしくね。」とお断りを入れてくる。

 

「私も、なにか食べるものを取ってくるわ。」

その場から離れたかったのか、お客様は席を立ってフードカウンターに向かった。

「長い付き合いだから、耳が良くないのは知っていたけど・・・でも、会話に困ったことはなかったのよ。男性の声だって、前は問題なく聞き取っていたと思うわ。」

「お友達様は、僕の話を聞けているでしょう?レストランはどうしてお間違えになったのですか?」

「あれね・・・ツートンさんが、ホテルに入ってレストランの方向を教えてくださったでしょ?その時、私トイレを我慢できなくて、彼女に案内を聞くのをまかせてしまったの。たぶん、あなたの話が聞き取れなくて、身振り手振りだけ見て、適当に判断しちゃったんだわ。」

「なるほど。・・・でも、ホテルに入る前にお渡しした案内には、レストランの名前を記載しておきましたよ?」

「そうなのよ。私も、それを見ていたの。レストランの名前も覚えておいたのよ。ロビーで、分かれ道があったでしょ?そこで『夕食のレストランの名前はこっちに書いてあるわよ』って言ったのよ。でも、彼女が『見間違いじゃない?ツートンさんは、こっちだって言ってたわよ。』って。そう言われたら、私もそうかなあって。」

「案内を見直せばよかったのに。」

「お部屋に置いてきちゃったのよ。」

「レストランの人は、入る時に『ここでいいか』確認したって言ってましたが。」

「そこは彼女が話して、『ここでいいはずだ』ってことになっちゃって。予約は入っていないけど、席は空いてるから入れてもらえちゃったのね。」

「予約されていたレストランの名前はおっしゃらなかったのですか?」

「恥ずかしいことに・・・ここに歩いてくるまでに忘れちゃったの・・・。」

「あの方は・・・あれだけ『カニ、蟹!』って騒がれていたのに、その時はカニについては何も仰らなかったんですか?」

「仰らなかったのよ。その時に限って。・・・私は、カニにだわりないし、別にここでも良いのだけど。飲み放題ならなおさらね。」

僕は、深く呼吸しながら苦笑いした。「間違いが起こる時には、止めようもなくこうして起こる」という典型的な例だった。迎える側が、どんなに注意確認しても、悪い意味ですり抜けていってしまうことはある。

 

お客様が戻ってきた。

「マスクを外してもらっただけで、こんなに聞き取りやすいものなのね。口の動きが見えるだけで、全然違う。」

いつか、海外ツアーの仕事で、聴覚障害のお客様が読唇術を心得ていたことを思い出した。障害の有無に関わらず、案外、ふだんの僕らも会話時には、無意識に口の動きを見ているのかもしれない。

「でもお客様、聞き取れない時は、ちゃんとご確認くださいね。」

お客様の状態に、なぜここまで気付かなかったのか、よく考えて申し上げた。普通、聞こえない方は、納得いくまで何度も聞き返してくる。ところが、この方は、これまでただの一度も聞き返しがなかったため、この方なりに理解していたと、僕は思い込んでいた。聞こえないように見えなかったのだ。

自分勝手な思い込みと捉えていたものも、「聞こえてきたものをつなげて、一生懸命理解しようとした」と思ったら、少しは怒りがおさまってきた。お友達は、

「そうよ。聞こえてないのに、あんなにツートンさんを怒鳴ったり叱責したりするのはよくないわ。あなた、みんなから嫌われてるわよ。『話を聞かない、我儘おばさん』だって。今のままだとブラックリストになっちゃうわよ。」

ブラックリストは大袈裟だが、要注意人物としてレポートをあげようとは思っていた。何も知らなければ、それまでの彼女の物言いは、クレーマー以外なにものでもなかった。

この手のお客様は、なかなか謝らないものだ。

「いつもいただいてる案内を、もう少し細かく書いてくれたらありがたいわ。」

照れくさそうに下を向きながら、ぶっきらぼうにそう言った。

「案内はちゃんと読まなきゃだめよ。いつも私しか読んでないんだから。それと、添乗員さんを叱りつけるのは絶対だめ。わかった?」

「分かった。もうしない。案内は、これからはちゃんと読む。・・・ねえ、ツートンさん、カニはもうダメ?」

「当たり前でしょ。」

僕よりもお友達が早くこたえた。カニにこだわりはないと言っていたのに、「あなたのせいで、カニを食べ損ねた」と、嫌味な冗談まで言っていた。

 

次の日の出発前、前日の誓いを破って、お客様は激しい口調で、僕に話しかけてきた。癖はなかなかなおらない。だが、この時は、傍から見たら横柄にしか見えないこの方に、一組のご夫婦の奥様が怒った。

「ツートンさんは、そんな案内はしていません!」

「あなたは、話を聞いていないだけ!」

攻撃的な物言いをする女性も、ツアー仲間から責められると、さすがにこたえるらしく、黙り込んだ。厳しい言葉をほんの一瞬浴びせられた後、僕はすぐに間に入り、奥様に前日のことを話して、これ以上責めないように頼んだ。

「そういうことなの?」

奥様は、グループの中でも僕のことを贔屓にしてくださっていたので、落ち着いて話を聞いてくださった。

「聞こえないそぶりを見せないから分からなかったわ。」

話し方には、多少の同情が見えたが、彼女を見つめる目は厳しかった。

「ツートンさんがそう言うなら、それでけっこうです。でも、それなら彼女の、あの物言いをなんとかしてください。ご存知でしょう?本当にみんな不愉快な思いをしてるのよ。」

確かにその通りだった。僕は、お客様に近づいて、前日のうちに書いて用意していた、この日の流れや注意事項をお渡しした。

「バスの中でお話する案内の内容です。これさえ手元にあれば、今日は不自由しません。どこの案内か分からなかったら、その場その場で聞いてください。それと、さっきみたいな怒鳴り口調はもうだめですよ。皆さん、びっくりしますから。」

彼女は、頷きもせず、無言でそれを受け取った。「よく聞こえないこと」を他の方に教えるのは、ある意味個人情報保護の点で問題と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、この場合は、個人情報よりも、その方のツアーにおける立場を守るほうが優先だった。

 

その日は、ツアー最終日だったが、珍しく怒号が飛ばずに一日を終えて、千歳から帰りの便に乗るに至った。問題児だったお客様は、最後まで一言も僕に謝りはしなかったが、お友達も含めて、周りに誰もいない時に一言だけ言った。

 

「最後の日のメモはありがとう。助かりました。」

そして、前日に食べられなかったカニを空港でお求めになったのだった。

 

正直、最後までムカつくお客様ではあったが、最後のお礼は、その後の仕事でのヒントとなった。

マスク着用で口頭案内するようになってから、確かにお客様からの聞き返しの多さが気にはなっていた。よくよく考えてみると、マスク着用中は、口の動きが見えないだけではない。口を大きく開けるとマスクがずれるから、大声を出せず、口も開けずに話しているのだろう。マイクを使ったバスの案内も含めて、話し手の想像以上に、聞き手にとっては聞き取りにくいのかもしれない。

僕は、字が極端に下手でコンプレックスがあるので、海外添乗中の書面案内は、パソコンで打つようにしていた。しかし、国内の添乗は準備に忙しく時間がないため、最低限の案内だけをメモにして、大半のことは口頭で案内していた。

その結果、聞き返しが多いという状態をつくってしまっていたが、「字が下手でも、聞こえなければ読んでくれるだろう。聞き返しは、聞いてくるほうにとっては意外にストレスかもしれない。」と考えを改めて、情報を、ことごとく文字にするようにした。

実は、僕の国内添乗におけるお客様の評価は、海外時に比べて著しく低かった。だが、この作業をやり始めてから、現時点まで2本ツアーをこなしたが、それまでとは違う高評価になっている。3回目以降は、コロナ禍が悪化してしまったため、まだ試せていない。

コロナ禍における、より分かりやすい案内は、口頭よりも書面であることを見つけた出来事だった。

 

これは、海外が再開してからもそうなっている可能性が高いから、より分かりやすい書面案内を研究しておこう。

この日の夕食は、コロナ対策とテーブルの混雑の関係で、29人のお客様を、30分おきに2組に分けて案内することになっていた。問題の二人組は、先のグループに割り当てられていた。ところが、集合時間になっても来ない。ひょっとして、後のグループだと勘違いされているのかと思いきや、その時間になっても、やはり来なかった。

「レストランを勘違いされているのではありませんか?」

レストランのスタッフが助言してくれた。

「お客様がお持ちになっているお食事券ですが、ホテル名と価格が記載されている金券で、このレストラン専用というわけではないのです。」

「・・・ということは、間違えて他のレストランに行っても入れてしまうわけですか?」

「そうです。空席があれば入れてしまいます。お客様が、間違いに気付かれて、お問い合わせいただければご案内いたしますが、何も仰っていただけないと・・・」

「どのレストランに予約を入れてるかなんてわからないですよね。そうなると、受けるしかない。」

「そういうことです。もし、遅れていらしても、この後の予約は詰まってませんから、お入りいただけます。念のため、別のレストランに確認にいらしてはいかかでしょう?もし、こちらにいらっしゃいましたら、添乗員さんの携帯にご連絡差し上げます。」

 

スタッフの助言に従って、僕は別のレストランに行っていないか確かめてみることにした。とはいえ、宿泊ホテルは、広大なリゾート地にある巨大な建築群で、本館を中心にあちこちにレストランが散らばっていた。僕がいたレストランから最寄りの別のレストランまででも、さっさと歩いて5分はかかった。

手間を覚悟で、でもため息をつきながら、全部で15ほどあるレストランを、間違えて行ってしまいそうなレストランから探してみようとしたら、幸運なことに一件目ですぐに見つかった。

「あ!ツートンさん!ここおかしいの。今日はカニをたくさん食べられるって聞いていたのに。あそこのグラタンにしか入ってないのよ。」

二人は、ホテル内で最大のビュッフェレストランに入っていた。予定されていたレストランは、カニを中心としたシーフードがメインの高級ビュッフェ。

「少々お待ちください。」

僕は、レストラン受付のスタッフに事情を説明しに行った。

「やはり、そういうことでしたか。」

「ご存知だったのに席に案内したんですか?」

「ツアーバッジを身につけられて、6千円の食券をお持ちの方は、だいたい、カニビュッフェで予約が入ってますから、確認はいたしまた。いたしましたが・・・」

「どうかされたのですか?」

「こちらでいいと仰ったのです。時々ツアーに参加されている団体のお客様の中にいらっしゃるんですよ。『カニが好きじゃないからこちっちに来た』、『甲殻類アレルギーだからこっちに来た』、中には、『以前、カニビュッフェは食べたことあるからこっちに来た』という方もいらっしゃいます。」

アレルギーの方は、おそらくツアー申込時にそのことを旅行会社に伝えたうえで、最初からこのレストランを提案されていたのだろう。でも、それ以外の方はどうなんだろう。予約を断る連絡もしないで、勝手に他のレストランに来ているのではないか?だとしたら、ホテルにも添乗員にも迷惑な話だ。国内添乗員も大変だなあ・・・。

おっと、今はそれどころじゃない。

「わかりました。ご確認ありがとうございます。それで、このホテルの食事代はおいくらなんですか?」

4500円です。」

「ということは、カニレストランの予算から1500円浮きますが。」

「はい。ですから6千円の食券をお持ちの方は、アルコールを含めたドリンクを飲み放題にしています。」

「飲み放題!?なるほど!ありがとうございます。」

僕は、お二人のテーブルに戻った。テーブルについて食事を始めてしまったということは、いまさらカニビュッフェに変更はできない。レストランを間違えたのはお客様の責任だが、楽しみにされていたカニを食べられないのは、少し気の毒に思った。

「ダダをこねる可能性はあるけれど、二人ともお酒をよく飲むし、飲み放題が落としどころだな。」

そんな計算をしながら、

「なんで確認されたのに、レストラン間違いに気付かなかったんだろう?」

という疑問も残っていた。

テーブルに戻ると、すぐに大声で怒鳴るお客様だけが席にかけていて、お友達はフードを取りに行っていた。僕は、二人が揃うのを待たずに説明を始めた。手配されたレストランと違うところへ来ていること、そこにカニはないこと、そのかわりドリンクが飲み放題になること。

一通り話を終えると、その方は頷いて

「分かったけど・・・カニは?」

「いや・・・だからカニはないのです。」

「後から、私たちだけに出てくるってこと?」

最初は、我儘を通そうしているだけだと思ったが、表情を見る限りそうとも思えない。揉めていると思ったのか、先ほどのレストランスタッフが来て、かなり丁寧に説明してくれた。だが、それに対して頷きはしても、まったく要領を得ない。なにを言っても、「カニは?」となる。なんだか小馬鹿にされているような気がしてきた。

 

話が通じなくて困っている時に、お友達が帰ってきたので、まったく同じ説明をすると、

「あら・・・やはり間違ってたの。おかしいと思ったわ。」

と、納得した様子で頷いた。テーブルの傍で立ったまま僕の説明を聞いたお客様は、話が終わると座って、相方にレストランを間違えたことを伝えると、

「え?私たち間違ったの?」

と、初めて話に理解を示した。お友達の言葉しか耳に入ってこないのだろうか。その後も、僕の話にはトンチンカンなこたえを繰り返し、お友達の言葉にはまともな回答をした。僕は気付いた。席に座ったお友達は、食事をするためにマスクを外していた。

このホテルは、飛沫を防ぐためのアクリル板が、固定されておらず移動式になっていた。レストランの許可を取って、空席のアクリル板を持ってきて、僕とお客様の間に立てた。そして、マスクを外してもう一度丁寧に説明した。

 

「えー!?じゃあ、私たちはカニを食べられないの!?」

ようやく話が通じた。心底がっかりしたお客様の表情を見ながら、僕は心底ほっとしていた。

2019年の大晦日、僕はモロッコへ旅立った。このツアー中に、コロナが目立ち始めて、僕も初めて意識した。また、感染というものを意識する出来事もあった。それについては、「コロナの記録と記憶③」に書かれている(なにげにアピール)。

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コロナの記録と記憶③ 急変の直前 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

 

それはそれとして、このツアーでは、興味深い経験をした。

お客様の中に、聴覚障害のご夫婦の方がいらした。ご夫婦揃ってまったく聞こえないのだが、奥様は、話している相手の唇の動きで、何を言っているか理解することができた。それが訓練されたものなのか、障害が後天性のものだから可能なのかは聞かなかった。いずれにしろ、かなりの能力の高さで、出発時の空港受付で初めてお会いした時、あまりに普通に会話できてしまったものだから、しばらく障害のことを忘れていたくらいだった。その時の話がこれ。

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こぼれ話 読唇術 : マスター・ツートンの仁義ある添乗員ブログ (livedoor.blog)

 

このリップリーディングなのだが、実は、聴覚障害者でない人でも、わりと普通にやっていることなのだということを、国内添乗の仕事で実感した。

北海道に行った時のことだ。そのグループの中では最年長の女性二人組のうち、一人に話がまったく通じなくて困っていた。

聞こえる言葉を自分の都合のいいように組み合わせて解釈していた。海外ツアーのお客様でも、よくそういう方はいらしたが、この方は極端で、自分の解釈が違っていると、他の方が周りにいても平気で怒鳴りながら添乗員を叱った。この時、僕の中ではクレーマーのような存在だった。

マスクをしていても、大声を出せば多少の飛沫は飛ぶ。コロナ禍の今、参加者の大半は、それを理解している。だから仲間内で話すときでも大声は出さないように注意している。或いは、それを指摘や注意しても、不快感を表すことなく受け入れてくれる。この北海道ツアーの直前は、感染者が全国的に急増した時で、ツアー出発直前のキャンセルが多発した時だった。当然、参加に踏み切ったお客様も敏感だった。

この、時々大声で文句を言うお客様には、僕よりも他のお客様たちがイライラしていた。そのうち、あちこちで声が聞こえるようになった。

「ちゃんと話聞けよ。」

「人の話も聞かないで何を言ってるんだ、あの人は?」

横柄な態度で接してくるその方に、僕自身もイライラしていた。そして、だんだん優しく接することができなくなってきていた。

 

周りが気づかなかった事情は、この日のディナー時に見えてきた。彼女たちは、夕食に姿を見せなかったのだ。

2021年1月7日。二度目の緊急事態発令された。対象は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県。期間は、18日から27日。

これを受けて、宣言内容を確かめた各旅行会社は、すぐに動いたようだ。8日のうちに、通知を受けた派遣元から連絡が来た。

 

2/7出発までのツアーは全て催行中止となり、2/7までは国内添乗も含めてすべて中止。」

 

当然だから驚きはしなかった。寧ろ、「新年早々、残念なお知らせでもうしわけありません。」という派遣元の丁寧な言葉に、ある種の温かみさえ感じた。

今は、ニュースを観るのが怖い。常にストレスを感じると言ったほうがいいだろうか。旅行だけでなく、飲食関係の人たちもそうだろう。ここ数か月、業界を支えてきた政策が、すっかり悪者になっている。最近、コロナ関係の番組には、一般の人々に知識を共有させるコメンテイターだけでなく、医学や感染学の権威まで登場して、様々なことを熱心に、深刻に語っている。医師会の権威が、

「経済も大切かもしれないが、それどころではない。政府にはコロナを収束させようという『覚悟』が感じられない。」

と言った時には、ずいぶんとこたえた。あまりにも正し過ぎて、返す言葉が見つからなかった。

世間や、ネットでいろいろ言われているほど、僕は政府を強く批判しようとは思わない。一部のコロナ抑え込みに成功した国々を除けば、他国に比べてより圧倒的に深刻かと言われたらそうは思わないし、何より自分がいる業界は、政府主導のGOTOキャンペーンに救われた。

一方で、批判されている内容は正しいから、そこで議論を交わそうとも思わない。ブログでも、何度かご意見をいただいた。「今は旅行をする時ではない。コロナが収束してから、じっくりすればいい。」

その通り。まったくその通り。返す言葉がない。

ただ、経済という言葉の響きで、単純に「お金の流れ」だけをイメージしているコメントを散見するような気がする。コロナ禍にあっても、自分の生活を守ることができる人は、そう言えるのだろう。でも、発言はよく考えて欲しい。経済の上に成り立っているのは、国の富だけではない。人の生活もそこにある。さきほどの医学の権威のお言葉だが、経済を別の言葉で言い換えてみよう。そうだ。最近、槍玉に上がっている「旅行業界や飲食業界で働く人々の生活」に置き換えてみてはどうか。

 

「旅行業界や飲食業界で働く人々の生活も大切かもしれないが、それどころではない。政府にはコロナを収束させようという『覚悟』が感じられない。」

 

今の状況にあって、実に正しい言葉だ。実際に、この言葉を発言者に投げかけたら否定されるだとうが、間違いなく、このような意味合いは含まれている。僕らは、こういう発言が許される、非常に厳しい環境の中を、生き抜いていかなければいけない。

医師の方々は、あくまで医師であって、経済などに関する知識は、僕らとそれほど変わらないと思う(かなり詳しい人もいらっしゃるけれど)。だが、その有無に関係なく、この医師の権威には、覚悟を感じてしまった。「ある程度の犠牲なく収束は不可能。それを叶えるためなら、批判は受けよう」というプロフェッショナルな覚悟。すでに、崩壊しつつある医療現場を背負っているからこその覚悟が見えたような気がした。

あれを上回る覚悟は、今の僕には表現できない。意見を言いたいのに、意見はあるのに。相手が正し過ぎて、なにも言えないストレス。一番いやなストレス。

 

どの国の医師も、あのように叫んでいるのだろうか。

 

政治家やお偉方の会食が発覚した時は、確かに呆れたが、政治家がこんなだから国民が納得しなくても仕方ないというような、一般市民をおかしな意味で煽るようなメディアの論調には腹が立った。実際に「政治家が飲んでるから僕らも飲んでいい」という若者の馬鹿げた言葉が、あるメディアでも紹介されている。いや・・・言葉は馬鹿げていても、彼らもまた、ずっと我慢していたのかもしれないな・・・。

 

日本だけではない。イギリスやフランスでは、ロックダウンにありながら、マスクなしで外出した市民が警察に諫められたり、2500人規模のパーティーが摘発されたりしている。都市や州ごとにロックダウンを実施しているイタリアでは、その直前に多くの人が「ギリギリ許される外出」をしているなど、世界中が疲れ切っている。

 

医師たちの言葉は、果たして届くのか。誰がどんな覚悟をすれば、コロナ収束するのだろう。

 

そういえば、去年の今頃は、モロッコから帰ってきたんだな。初めて、僅かながらコロナを意識したのがそのツアー中だった。以前にもその頃のことを書いたけど、思い出したことがある。明日は、それについて書こう。

これまた新潟でのお話。舞台は佐渡島。

ホテルの売店で、どんなお土産があるのかチェックしていた時のことだ。かわいらしい朱鷺(トキ)のデザインが入った小さな箱を見つけた。中身はクッキー(ビスケットかも)。なにより値段が安かった。ひと箱250円。店員さんが言うには、

「それは、修学旅行生用に仕入れるのです。ここに置いてある通常の商品は、高校生くらいまでには高すぎますからね。」

僕らが、二泊している間に、高校生のグループが出ていき、中学生が入ってきた。その後は小学生が入ってくると言っていった。みんな新潟市内からだそうだ。港から船で2時間。ずいぶんと近場の修学旅行だ。

「いや、それだけ入ってくるならあっと言う間に売れちゃいますね。」

「それが、今年はいつもほど売れないんです。」

「え?そうなんですか?」

「今年は、みんなクーポン持ってるでしょ?だから、小学生でもあちらにある大きいの買っていくんですよ。」

「あの、大きなお菓子の箱詰め?三千円のをですか?」

「はい。」

「小学生が?」

「はい。」

「・・・・・・生意気ですね。小学生のくせに。」

「・・・はい()

店員さんは、マスクの上に手をあててクスクス笑い出した。

「中学生や高校生になると、知恵がついてきてね、お土産が250円のクッキーで、クーポンでは自分の好きな物を買ってる子もいます。それでも、ここぞとばかりに高いものを買うのは一緒ですね。」

なるほど。地域共通クーポンで小売り事情がこのように変わることがあるのか。

 

「ふーん。これ、余ってるの?安いなあって思ってたんだ。」

そばで話を聞いていたお客さんが会話に入ってきた。

「倉庫にまだまだありますよ。」

店員さんがにこやかにこたえた。

「段ボールひと箱どれくらいなのかな?」

商売が始まった。お客様の男性は、奥様と相談して、ひと箱丸ごと修学旅行生用朱鷺クッキーを購入して、その場で宅配手続きを済ませた。

「よしっ!これでかなりクーポンが片付いた!!」

満足そうなご夫婦。

後からやってきたお客様も、そのご夫婦から話を聞いて、次々と修学旅行生用朱鷺クッキーを購入した。さすがに箱買いされる方はいらっしゃらなかったが、5個、10個をお求めになられた方はたくさんいらした。

一番最初に購入されたお客様が、店員さんに得意気に話した。

「よかったねえ、余ってる品がはけて。」

「ええ。本当にありがとうございます。助かります。」

と、店員さん。

僕は、興味深くその現場を眺めていた。そして、みなさんがお買い物を終えて、お店が静かになった頃、

「よかったですね。品がはけて。」

と、労いの言葉をかけた。すると、店員さんはエレベーターのほうを覗き込んで、お客様が誰もいなくなったことを確かめてから。

「添乗員さんよね?じゃあ、言ってもいいわよね。」

と、言って語り始めた。にこやかな営業スマイルは、少々苦笑に変わっていた。

「この時期だからありがたいのだけどね。大人には、大人の商品を買ってほしいわあ()

言われてみれば、このクッキーを10個買っても売り上げは2500円だ。お菓子の詰め合わせ一つほどにしかならない。この時は極端だったが、実は、大人が修学旅行生用朱鷺クッキーを買っている現象は、今年に限って、多く起きているとのことだった。

「小学生だと、ふだんなら持たせてもらえないお金を持っているようなものだから、買っちゃうのでしょうね。大人だと、お土産を買っていくべき人がたくさんいると、できる限りクーポンの中で済ませようってことになっちゃうのかしら。」

店員さんの分析は、なかなか鋭いと思う。

僕が、店員さんとこんなことを話さなければ、もう少し高いものを買ってくれたのかなあという、多少の罪悪感があったので、その売店で、地酒を買った。佐渡のお酒もまたうまい。

 

以上、地域共通クーポンで発生した小売り現場の逆転現象をお伝えしました。

 

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追加の小ネタ

佐渡から新潟へ渡る船の中で、あるお客様から言われた。

「ずっと気になっていたのですが、今回のクーポンの金額。間違えていませんでしたか?友達が9月に同じツアーに参加したのですが、13000円もらったと言ってました。私たち、12000円でしたよ。同じツアーなのにおかしくないですか?」

「9月と11月では料金が違うのです。クーポンの金額は旅行代金の15%です。申し訳ないのですが、ツアーの種類は関係ないのです。」

お客様は、手元にパンフレットを広げて代金を確かめた後、「失礼しました。」と言い残して去っていった。そう。クーポンは、代金の15%です。よろしくお願いします。

コロナ禍の中でも、修学旅行が近場で実施された地域はあった。例えば新潟県。

県内のあるホテルに宿泊した時、同じホテルで小学生の団体と一緒になった。小学生に限らず、学生の団体と一緒になると、大浴場は、一時的に彼らの貸し切りタイムとなる。そういえば、修学旅行の時には、自分たち以外の個人客は誰もいなかったが、そういうことだったのか。

今回、このホテルでは、お土産屋さんでの貸し切りタイムもあった。館内の売店の様子を見ようと行ってみると、売店近くにあるソファでお客さんたちが座っていた。

「お店に入らないのですか?」

「今、あの子たちの貸し切り時間なんだって。」

なんだか面白そうだったので、お客さんと一緒に様子を観察していた。

20人ぐらいずつのグループに分けて、30台前半くらいであろうか、女性教員が、児童に一生懸命何かを説明していた。

 

「これはお金です!」

そう言って、手に持っていたのが、地域共通クーポンだった。小学生にわかるような言葉で、そのシステムについて説明している。まさに学を修めていた。コロナ禍ならではの修学旅行プログラムだ。

 

GOTOキャンペーンを使って旅行を手配すれば、当然地域共通クーポンは発生する。ただし、前述したとおり、クーポンは、旅行先で旅行期間にしか使えない。

よって、代金を払った保護者ではなく、小学生の子供がクーポンを手にすることになる。

また、クーポンには細かい番号が振られていて、発行時に、誰がどの番号のクーポンを所持しているか分かるようになっている。これは、一般のパッケージツアーでも同様だ。旅行会社は、万が一の不正や不祥事に備えてどのお客様が、どの番号のクーポンを所持しているか把握することが義務になっている。(その把握がかなり大変な作業になっているらしい)

ツアーに参加していて、旅行会社が連れていったお店で、ツアーバッジをつけていれば、クーポンを出すだけで買い物させてもらえるが、完全な個人旅行者の場合、クーポン利用時に身分証明書の提示を求められることがある。

あくまでクーポンは、個人に帰属するものだ。つまり、原則学校や教員がまとめて用途を決めることはできない。

 

以上の理由で、この修学旅行では、「子供のためのクーポンでお買い物講座」が行われたと思われる。

さあ、いよいよ買い物タイムだ。先生たちが見守る中、楽しそうにいろいろなものを見ている。

「俺、これでいいや。」と即決する男子。みんなで集まって「これかわいい、あれかわいい」ときゃいきゃいやっている女子。買い物をしている時のノリは、世代を超えて男性も女性も変わらない。

そのうち、ある児童が先生に声をかけた。

「先生!ここに千円札が落ちています!!」

持ち主は、すぐに見つかった。

「夢中になっている時も、気を付けてね。お金はすぐにお財布に入れて。私の見ている前で。」

男子が財布にお金を入れると、すぐに解放された。

少しして、別の声が聞こえた。

「先生!千円のクーポンが落ちてます!!」

今度は持ち主が名乗り出ない。先生は、手元にあるファイルを広げた。おそらく、クーポン一覧表で持ち主を確かめていた。

「〇〇くん!こっちに来て!!」

落とし主が分かると、先生は男子生徒を呼んでお説教を始めた。大人と子供の違いはあるが、同じクーポンを案内する人間として興味があったので、声が聞こえるところまで行って、話を少し聞いてみた。

「これはお金なんだよ。なくさないでって言ったでしょ?」

「ここにある番号はね、○○君の番号なの。もし、あなたが落としたこのクーポンで、誰かが悪いものを買ってしまったら、あなたがそれを買ったことになっちゃうの。分かる?」

最初、全員に言ったことを、今度は、より細かく教えている。お説教は3分くらい続いた。買い物タイムの中にあって、長過ぎず短過ぎず、正しいことを感情的にならずに言う、完璧に近いものだった。最初、あまり真面目に聞いていなかった男子児童が、きちんと話を聞くようになるまでじっくりと話していた。

「いい先生だなあ・・・。」と、僕は感心していた。

 

翌朝、出発時間が近いせいか、先生チームとロビーで一緒になった。前日のことを少し聞きたかったが、忙しいだろうと思って、遠慮してこちらの準備をしていると、

「おはようございます。昨日は、いろいろご協力いただいてありがとうございました。」

と、あちらから挨拶してくださったので、ついでに少しお話した。クーポンについては、

「まさに今しか学べないですからね。買い物も実習です。システムだけでなく、お釣りの出ないクーポンでいかにきちんと買えるか。」

「現金を落とした子とクーポンを落とした子で、叱り方が違うと思ったんだすけど、あれは意図的だったんですか?」

先生たちが、顔を見合わせた後、笑い出した。

「よく見てましたね()。現金を落とした子は、『しまった・・・』って顔をしていたので、注意で留めました。クーポンを落とした子は、自分が落としたことにも気づいていなかったし、『お金を失くすところだった』という自覚がないように見えたので、それを分かってもらえるまで話を聞いてもらったんです。」

「なるほど。クーポンの説明は、僕ら添乗員も苦労する時があります。落とした時の『誰かが悪いものを買ったら、あなたが買ったことになる』のくだりは参考になりました。」

「そこも聞いてたんですか?恥ずかしいなあ()あれは、クーポンの番号は個人情報の一部なのだから、それを分かってもらうためです。でも、『個人情報を落とすのと同じ』というのは、なかなか小学生ではピンと来ないんです。それでああいう例え話にしました。実際にクーポンで悪いものを買えるかどうかはともかく、個人情報を落とした時の例え話としては、分かりやすいでしょ?」

「確かに。ふーん。ますますなるほど。」

「本当にそう思ってますか?()

「思ってます。とても思ってます。」

 

この時点で、どれほどの児童が、先生が言ったことを全て把握しているかはともかく、真剣に説明してもらった言葉は、記憶に残るだろう。だんだんと成長していった時、様々な場面で「あれはこういうことだったのか」と、思い出す場面がきっとある。僕自身の経験でもそうだ。

地域共通クーポン券の利用は、子供たちにとって、コロナ禍における、珍しく貴重な体験だ。その本来の意味を理解するのは、もう少し後であるだろうけど。

それにしても、いい先生だなあ。小学校の時、ああいう人に教わりたかったな。

 

次回。修学旅行編をもうひとつ。

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