添乗員目線で言えば、たった一冊の本が、案内を変えることがある。そんな経験をした。

この小説が出た瞬間に読んでいれば、僕の旧東ドイツの案内は、今よりも遥かに中身が濃いものになっていただろう。好きな国なので、ドイツに関してはかなり勉強したし、何度もツアーで案内している。でも、どれほどイキがっても、しょせんは添乗員の薄っぺらな知識と案内であると思い知らされた。

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現在のドレスデンのシンボル。上はゼンパーオペラ劇場。第二次大戦の空爆により破壊されるが、1985年の冷戦末期に再建された。下はフラウエン教会。やはり大戦時に空爆を受けて破壊されたが、冷戦が終了して21世紀になるまで再建されなかった。

「革命前夜」という激しいタイトルは、198889年あたりが舞台だ。小説に登場する主人公は、ベルリンの壁が崩壊する直前、冷戦末期の東ドイツに音楽留学している日本人。

今となっては、特に意識しない人が大半だろうが、西側資本主義と東側社会主義で世界が別れていた時代、西側の日本からわざわざ東独に留学した日本人は、学生の中でも警戒される存在だったようだ。その辺りがリアルに描写されている。

現在、冷戦時代の東側世界については、よく言われないことが多い。

しかし、旧東ドイツを知るドイツ人の中には「東独時代のほうがよかった」と言う人も少なくない。実際、ベルリン観光時にドイツ人日本語ガイドに聞いても、意見が真っ二つに分かれるから面白い。その人が置かれる立場にもよるということが、この小説の中で描かれている。

「この国の人間関係は二つしかない。密告するかしないか」というフレーズも、心に突き刺さる。いざとなったら家族でも疑い、密告する。

旧東西ドイツは、相反する存在に見えながら「お友達同士」である部分が垣間見えるのもミソだ。

当時、人々は東ドイツを東ドイツとは呼ばず、ドイツ民主共和国(Deutsche Demokratische Republik)、通称DDRと呼んでいたが、この作品の中でもDDRという呼び方で一貫している。それも興味深い。

現在のドレスデンのシンボルのうち、ゼンパーオペラ劇場は、この時代に存在している。第二次大戦後に情勢が落ち着いた後、国と地域の威信をかけて再建されて、その格式の高さは小説の中でも上品に高らかに、大袈裟でない正しい表現で称えられている。

もうひとつ。この時代、フラウエン教会は瓦礫のままだ。社会主義時代に、政府が良しとしなかった宗教の扱いが、この史実を基に描かれている。

オペラ劇場のことも、フラウエン教会の当時のことも、街の様子も人々の生活も、今まで現地で聞いたどのガイドの案内よりも、この小説に書かれているものがピンときた。

そして音楽の描写だ。知らない曲は想像するしかないが、知っている曲に関しては、この人の文章で忘れかけていた部分の旋律までもが浮かんでくるほど、表現が緻密で正確だ。

「音楽って、曲って文章にできるのか」

ということを、この小説であらためて学んだ。

経費節減で、ドレスデンでガイドがつかないツアーが増えていた中、もしこの小説を読んでいたなら・・・と悔やまれる添乗シーンがなんと多いことか。

この感動が、体の中に新鮮に残っているうちに、僕をドイツに行かせろ。今なら、最高のドイツの旅をお客さんに提供できる。と、つい大口を叩いてしまうくらい素晴らしい小説だった。

みなさんにもぜひ読んでいただきたい。ストーリーも申し分ない。
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新市街と旧市街を結ぶアウグストゥス橋。新市街から眺めた旧市街の美しさは格別。
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歴代のザクセン王が描かれている君主の行列は、二万五千枚のマイセン焼タイルを組み合わせたもの
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カトリック旧宮廷教会。小説の中では大聖堂と表記されている。どちらも正しい。こちらは小説にも登場する。
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旧市街の細い道を歩いていても顔を出すフラウエン教会。
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おすすめ小説の表紙。
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